41,語り手の危機?【後編】
混沌とした状況のなか、現れたアース。彼は何があったのか尋ねてきた。そして、気絶したエドを背負い、無表情で俯くカリストの手を引き、ボクたちを案内してくれた。
ミランダさんは鍵に戻った。
白い霧をかき分け、何処にあったかも分からない階段を登り、外へ。
その場の景色を眺めていた。
ボク達の立つ磨かれた床は、ギリシャ風の神殿の一部だ。柱の間からは、真っ青な空と、どこまでも続く真っ白な花畑が見える。
「なんでしょう、あの花」
真っ先にバラを思い浮かべたが、形も違うし独特の甘い匂いもしない。
「カーネーションだ」
アースが答える。そこでミツキ君が我に返った。
「いやいやいや! そんな事を話している場合ではないだろう!? ここはどこで、我々はどうやって帰ればいいのだ!?」
『そこの二人……エドとカリストだっけ……には、釈明と謝罪もして欲しいんだけどねぇ』
二人の言葉に、アースはしかめ面で重々しく頷く。
「それは勿論だ。少し、待っていてくれ」
彼はエドとカリストを引っ張り、建物の奥へ引っ込んだ。
数分後、長椅子に座ったボク達と、テーブルを挟んで向かい側。
アースは深々と頭を下げ、カリストは隣に直立する。エドは青い顔で、首元を押さえながら何やら呟いている。
そして……何故か、カカシがいる。
帽子は被っていない。紺の布地でできた顔に、金のビー玉のような目。首元に巻かれた黄色のリボン。細い布と手袋でできた腕。リボンのすぐ下からは、紺色のワンピースがふんわりと広がっている。それらを支える、キャスター付きの金属の棒。
しかもこのカカシ、ボク達に紅茶とクッキーを用意してくれたのだ。ツッコミどころが多すぎる状況のなか、アースが頭を抱える。
「何と言うか……すまない。まずはこちらの説明をしよう。
ここは俺の実家だ。エドとカリストは、俺の弟と妹だな。そこのてるてる坊主は、その……お世話係だ」
……カカシではなく、てるてる坊主らしい。確かに腕や棒を除けばそう見えなくもない。
そのてるてる坊主は、やや身体の位置を下げ(棒は伸縮自在らしい)、ワンピースを手で持ってふわりと広げた。カーテンシーってやつだろうか。
『初めまして、我はしがないてるてる坊主だ。テルちゃんと呼んでくれ! ちなみに、〔語り手〕への食事提供も行っているぞ』
思ったより厳つい声が、頭の中に響いてくる。
『待っとくれ! ここはあんたの実家で?』
「エドとカリストはアース殿のご兄弟で?」
「テルちゃんさんは……〔語り手〕の関係者?」
アースは、未だに頭を抱えながら頷いた。
「ああ、合っている。俺達は家族だ。
カリストが〔世界調整機関〕の長というのも聞いたか?
俺達は家族ぐるみで〔語り手〕と関わりがある。仕事仲間、だな」
アース達は家族。〔語り手〕の仕事仲間。……これ以上の理解は諦めた。
一通りの説明が終わったのか、アースが再び頭を下げる。
「本当にすまなかった。うちの弟と妹が迷惑をかけた」
『我からも謝罪させてほしい』
アースがエドの、テルちゃんがカリストの頭を下げさせた。
「なんでこんな事をしたんだ?」
アースが目を横に向ける。カリストは、目を逸らしながらも答えた。
「〔語り手〕が、羨ましかったの」
その、何を言ったのかちょっと分からなかった。彼女は無表情のまま、肩に力を込めて叫ぶ。
「だって、〔世界調整機関〕ってつまらないんですもの!
決まりごとに従って、測定して査定して、実際にどこかの世界に行っても誰とも喋らないで……もう我慢の限界だわ! 私だって鞭を使って冒険したり、たくさんの人と話がしたかったの!」
静まり返った場の中、アースが半眼で問いかける。
「それで、リーテ殿達を襲ったと?」
「傷つけるつもりはなかったわ…………」
肩を落としたカリストに、掴みかかったのはミツキ君である。
「質が悪すぎるだろう!! 私は! リーテ殿が本当に殺されると思ったのだぞ!?」
「ごめんなさい、馬鹿な事をしたわ、」
カリストは揺さぶられながらも、やや低い声できちんと謝っている。
『なんて人騒がせな……』
ミランダさんはそれきり黙ってしまう。
『もしかして、カリストちゃんって結構子供っぽかったのだろうか』
「そうだったんだろうな……」
テルちゃんとアースが揃って頭を抱える。
そんな中、ボクは口を開いた。
「あの、じゃあそっちのエド、さんは」
「ああ……」
頭を抱えたまま、アースがこちらを向く。
「こいつは面白そうな事ならなんでもやるからな」
『残念ながら、この子からはまともな動機も心のこもった謝罪も得られないと思うぞ』
アースは真顔で、テルちゃんは困った笑みで、ばっさりと言い切った。しかもその後に「外には出さないようにしていたんだが」と続く。ずいぶんと信用がない。
「こいつをこんなに打ちのめした奴の顔は、少し見てみたいがな」
そう言ってアースはエドの方を見た。未だにエドは青い顔でぶつぶつ呟いていて、こちらに応じる気配もない。
『いや、何が起きたかはさっき話した通りなんだけどねぇ』
「ヴェントという者が此奴の首を絞めたので、追い払ったのだが」
「『自分には関係ない』って感じでふわふわ浮かんでいた人よね。なんでそんな事したのかしら」
「貴女達の知り合いなのよね? 何か知らない?」と問われ、首と手を激しく横に振った。
あの精霊と知り合いとは言われたくないし、エドとの関係も分からないし、そもそもあんなに怒った姿など見たこともない。
アースがパチリとテーブルを打つ。
「すまない、話が逸れてしまった。カリストにはきちんと責任を取らせ、エドは俺達がしっかり見張っておく」
『……頼むよ』
黒紫の鍵がぐっとアースの方を向いた。
ここからなら、白紙の本を使えば帰れるらしい。本を手に持ったところで、ボクは大変な事に気がついた。
「〔物語〕!!」
ヴェントに絡まれ、迷惑な事件に巻き込まれて、誰からも話を聞けていない。
だが幸い、ボクは重大な謎を抱えていた。
「あの、アースさんって結局何者なんですか? テルちゃんはどうして動いて喋ってるんですか? 〔物語〕のために! ぜひ教えてください!!」
ミツキ君が肩に手を置き、ミランダさんが反対側の肩に乗る。
「リーテ殿、流石に今日は休んでも良いのではないか?」
『そうだよ、あいつ……語り手さんも何も言わないだろう』
ボクは2人の手(と身体)を優しく落とし、アース達の方へ身を乗り出した。
アースとテルちゃんが目を逸らす。
「すまないが、断る」
『我々の事は企業秘密だ。黙秘するのだ』
「なん、ですと」
肩を落とし、膝を着いて、嘆く。
ボクの代わりに、ミツキ君とミランダさんが本を開いた。
1日が経った。
ボクはまた、〔物語〕を集めに行こうとしている。
「リーテ殿……まだ休んでいるべきではないか?」
『そうだよ、そんなに急がなくたっていいじゃないか』
2人の言葉に首を振る。フードの下から心配げにボクを見つめる語り手さんへ頷く。
帰ってきてすぐ、ボクが体力不足で動けなくなったからだろう。「大丈夫です」と口に出す。
「しっかり休みましたし。ボクには書きたい〔物語〕が出来ましたから」
何かといえば、ヴェントのことだ。アースとテルちゃんに何も聞けないのならば、彼の謎を追うしかない。
叩き割られたガラス、エドとの関係、激怒した理由、あの言葉の意味。会って全部問い詰めてやるのだ。
住む場所など知らないが、どこにも住んでいないのかもしれないが、ボク達がどこかの世界へ行けば、向こうから押しかけてくるだろう。面白そうな人がいれば、別の〔物語〕を集めてもいい。
首を傾げる3人には、この事をあえて言わないでみる。
黒紫の鍵を首に下げ、ミツキ君を手招きし、語り手さんと向かい合った。
「じゃあ、行ってきます」
分厚い本を開いた。真っ白なページだらけの本の、最初のページにだけ魔法陣が描かれている。そこをペンで叩くと、魔法陣から光が溢れだし、ボク達を照らした。
「ああ……行ってらっしゃい、リーテ」
――世界説明の閲覧は不可となります――




