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36.美月再来

やんでるは、ヤンデレに進化した!

 リンファ達と別れ、語り手達の拠点に帰ってきた夜。ボクは、誰かの呼び声で目を覚ました。

 寝室の薄青いランプの中で、はっきりと浮かび上がる血のような瞳……

「おはよう、リーテ」

「ぎゃああああ!」

 ボクの上に金髪赤目の少年が乗り上げていた。

「悲鳴をあげるなんて酷いなあ。いつも一緒に旅してるでしょ?」

 たしかに彼はミツキ君だ。だが、「いつも一緒に旅してる」の人を食ったような響きに、思い当たる事があった。

(ミランダさん! ミランダさーん!)

 枕元の鍵を手に取る。だが、やはり、応答はない。

「分かってるよね? 無駄だって」

 虚ろな目のまま、にっこりと笑う。前よりも余裕のある様子だ。

「その……お久しぶりです、美月、さん?」

「うん久しぶり。ほんと久しぶり。ぼくのこと覚えててくれたんだね」

「ええもちろん」

 軽く目を逸らす。忘れかけていたなんて言えるはずもない。

 「美月」……ミツキ君の、もう1つの人格である。

「ほんとはね、今日の昼にはリーテに会えるハズだったんだよ? なのに、ミツキに邪魔されてさあ……」

「そ、そうなんですか」

 ミツキ君グッジョブ!でもどうせなら今夜も邪魔してほしかった……!

「だからぼくも、仕返ししようと思って」

「……へ?」

 取り出したのは赤いナイフだった。美月は、それを手首……ではなく、左手の薬指に当てた。ナイフが器用に一回転し、真っ赤な指輪を作り上げる。

「ぎゃああああ!」

 液体の輪が、重力に従っていくつもの筋を作る。……語り手さんのように、血ぐらいで顔色を悪くするつもりはない。ないのだが、やる事なす事、精神衛生上大変よろしくない!

「血が! ボクの布団に血があああ!」

「やだなあ、そんな事しないよ」

 布団に垂れそうになった血は、赤いナイフが掬った。赤い指に、彼の手首と同じように白い包帯が巻かれた。ほっと一息着いたが、それで終わりな訳もなく。

「じゃあ次リーテの番ね。左手出して」

「え……? ぎゃああああ!」

 3度、叫んだ。断固拒否した。ボクの指にも切れ目を入れられるなんて絶対に嫌だ、と涙ながらに訴える。

「しょうがないなあ……」

 最悪の事態だけは避けられたようだ。美月は嘆息し、血の付いたナイフがボクの薬指をぐるりと撫でる。……傷をつけられずに済んだものの、血がこびり付き、怖いやら、気持ち悪いやら。

「ふふ、お揃いだね」

 美月は、ボクの手に付いた途切れ途切れの輪をうっとりと眺めた。

「どうしてこんな事を……」

 ボクの呟きに、澱んだ目がこちらに向けられる。

「それはもちろん、リーテが好きだから」

 再び上げそうになった悲鳴を飲みこみ、「ソウデスカ」とだけ返す。あまり取り乱したり嫌がったりして、彼を刺激したくはなかった。……既に手遅れかもしれないが。

「今日はこの辺にしておこうかな。またね、リーテ」

 なので、その言葉はボクを安心させた。演技でも何でもなく顔を緩める。

「は、はい。では……」

 ああ、ようやく解放される。ようやく、ようやく……待てよ、美月は「またね」と言わなかったか?

「また会おうね。次の満月の日に」

「ぎゃああああ!」

 ことりと意識を失った少年は、ボクが叫ぼうと目を覚ます事はなかった。だが、さっきの言葉が本当ならば……美月はまたボクと会うつもりである……!

 

 必死で心を落ち着かせた後、ミツキ君を何とか運び、ソファーに横たえた(いつも、寝泊まりをする際はソファーで眠ってもらっている)。

 それから、恐ろしい指輪を落とすため、手を洗おうとして……ようやく、指輪の位置にまで考えが至った。

「……結婚指輪?」

 生涯を共にする人に指輪を贈る風習は、ミツキ君の世界にもあると聞いた。その位置も全く同じだそうだ。そう言えば美月は、「リーテが好きだから」こんな事をしたと言っていなかったか?

 度重なる自傷行為。ボクへの執着。重たい重たい赤い指輪。これは、ヤンデレという奴ではなかろうか。美月はボクにヤンデレている……つまり、ボクを恋愛対象として見ている……?

「いやーまさか、ないですよね! ねー!!」

 疑惑は指輪に水をかけて洗い流す。ボクに恋愛フラグなんてある訳がない!

 ……うん。バッチリとフラグを立てるような発言をしている。分かってるよ。

 ボクは、思考を放棄した。

 

 それからというもの、満月の夜ごとに美月が現れ、目の前で左手薬指に傷を付けるようになった。ボクは彼を、玉虫色の受け答えと現実逃避で、のらりくらりと躱し続ける事となる。

 

『あれ、ミツキ。腕の包帯、外したのかい?』

「ああ……左腕の包帯が、左薬指の包帯になったようだ」

『ようだ、ってアンタ……自分の身体の事だよねぇ?』

 だが、ミツキ君の傷が減ったのは……不幸中の幸い、なのかもしれない。


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