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35.魔王VS不良少女【後編】

「覚えていろ」

 歓声はぴたりと止んだ。ムォワンがゆっくりと立ち上がり、闘技場の出入り口まで、足を踏みしめて歩いていく。ふらつかないよう慎重に振舞っている、ように見える。だが、表情はいつもの顰め面で、悔しがる様子はない。彼よりもリンファの方が、よほど顔を歪めていた。

「ミツキ、ムォワンを追ってくれないかい? で、さっきの竹林に引き止めてほしい。聞きたい事があるからねぇ」

「……ああ、分かった」

 ミツキ君が、人波を縫って走り出す。直後、リンファが踵を返し、闘技場から去っていった。肩を怒らせ、早歩きである。

〈あの、ボク達3人で行けば良いんじゃないですか?〉

「いや……ちょっと、確かめたい事があるんだよ」

 

 『確かめたい事』の為には、観客が去るのを待つ必要があるらしい。ボク達はしばらく待った。

「さ、行くよ」

 立って、階段に板が張られただけの客席を下る。土足で椅子に乗り上げるが、仕方がない。そうして、競技場の中心に至った。

「……ほら」

 太陽の光でちらちらと瞬く何か……勝負に決着がついた時に、たくさん、客席から投げ込まれたもの。よく見ると大した輝きではない。ミランダさんが1つ、手に取る。

〈……お金、ですか?〉

「だろうねぇ」

 四角い穴がある、四字熟語の刻まれた硬貨だ。

「ダメ! 取らないで!」

 その時、ここまで案内してくれた女の子が、ボク達に抱きついた。急いで駆けてきたようで、腰にしがみつきながら、肩を上下させている。

「……ああ、悪かったね。盗むつもりはないから安心しとくれ」

 ミランダさんは、硬貨を女の子へと渡した。

「せっかくだし、手伝うよ」

 女の子の瞳には、にっこり笑ったミランダさんが映っている。女の子も顔をぱあっと明るくした。

「ありがと! じゃあ、あっちのお金を拾ってくれる?」

「任せておくれ」

 ボク達は女の子の指差した方へと歩いていく。

〈どういう事、ですか?〉

 硬貨を丁寧に拾い上げる彼女に尋ねる。女の子に直接聞けない事がもどかしい。

「よし、これでハッキリした」

〈……はい?〉

 しかし、ミランダさんは何もかもが分かったようで、得意気な声で呟いた。

「正義の味方にもお金が必要って事だよ、リーテ」

 ……ミランダさんを象徴する言葉である。が、今ここで言われる意味が分からない。

「竹林にミツキとムォワンを待たせてるだろ? で、そこへリンファも連れていく。そうしたら説明するから、さ」

 頭の中が疑問符でいっぱいになっている事を見抜かれたのか、諭されてしまった。さっさと教えて欲しいと思ったが、探偵っぽくて素敵だとも思ったので、抗議はしないでおく。


竜花(リンファ)姉、カッコよかったでしょ?」

「ああ」

 手の中に溜めた硬貨を、女の子の持つ袋の中に入れにいく。金属の触れ合う音の中で、そんな風に聞かれた。ムォワンがわざと負けている事は、言わない方が良いだろう。

「わたしね、嬉しいの。表街に出て、竜花姉の試合が見られて」

〈……え?〉

 幸せそうに顔を緩ませる女の子の言葉に、引っかかりを覚える。

「前は、そうじゃなかったのかい?」

 ミランダさんが彼女に聞いてくれた。だが、女の子は寂しそうな表情になってしまう。

「……うん。外に出ると、『この罪人が』って言われた」

 でもね。

 その言葉とともに、女の子の口角が上がる。

「リンファ姉がね、ステキな服を用意してくれたの。そうしたら、誰も何も言わなかったの」

 それは、まるで魔法のように?

「……そうかい」

「うん! だから今度は、わたしが竜花姉のお手伝いをするの!」

 この子が明るい顔になって良かった。ボク達〔語り手〕が伝えなければならないのは、この女の子の事だと思った。

「それでさ、お金拾いが終わったら、またリンファ姉のところに案内してもらえないかい?」

「うん、いいよ! たぶん、あっちの方にいると思うから!」

 そう言って女の子が指差したのは……間違いでなければ、あの竹林の方角。

「……そっちなのかい? 街の方じゃなくて?」

「うん。竜花姉、勝負のあとは竹林にタンレンしに行くんだって」

 つうっと、冷や汗の流れる感覚がした。

〈ボク達が、ムォワンさんと待ち合わせる所って……〉

「分かってる! 分かってるよ!」

 そう小声で口にしたあと、ミランダさんは女の子に手を合わせた。

「悪いけど急用を思い出したから、手伝いはここまでしか出来なくなった。本当に、ごめんねぇ!」

「う、うん……手伝ってくれて、ありがとう」

 面食らって呟く女の子を置いて、ボク達は駆け出した。

 ……リンファとムォワンが出会っていたら、大変なことになる!


 その考えは、見事に当たってしまったようだった。戦いの衝撃で、竹があちらこちらへ揺れている。

魔王(ムォワン)テメエ、どのツラ下げて来やがった……!」

 その揺れ具合と、迫力のあるリンファの声を頼りに、ボク達は彼女達の所へたどり着いた。

「り、リーテ殿、ミランダ殿……その……」

 彼らの間を行き来していたミツキ君が、こちらを縋るような目で見てくる。

「ミツキ……ごめんよ」

 頭を抱えながら、ミランダさんが答える。次に大声を上げた。

「リンファ! ムォワンを呼んだのはあたしなんだよ!」

 戦いはピタッと止み、2人がこちらを向く。ミランダさんは手を口に当て、咳払いをした。

「あんた言ってたろ?『ムォワンはわざと自分に負けた』って」

「お、おう……」

「その理由が分かった。で、本人を呼んで確認しようと思ってねぇ」

 その途端、ムォワンが一歩下がった。すかさずミツキ君が背後に回り、ミランダさんが詰め寄る。何か隠している事は明らかになった。

「あんたは国を乗っ取ろうとしていない。そういう名目でリンファに勝負を挑み、彼女に資金提供をしている……」

 ムォワンのついた溜息は肯定と見なして良いだろう。しかし、訳が分からない。

「勝負と資金提供が、どこで繋がるんだ」

 そこでミランダさんは、ムォワンの肩越しにミツキ君を見て、ボクに目を向けるように胸に手を置く。

「ミツキの解説を聞いて思った。ムォワンは、わざと見栄えの良い戦い方をしているってねぇ。つまりは、ムォワンとリンファの勝負は、見世物って事さ」

〈はあ……〉

 話し方が探偵並にまどろっこしい。次にくるりと振り返り、彼女はリンファへと話しかける。さては楽しんでいるな。

「そして、正義の味方にも……ごほん、差別を無くし人権を主張するにも、お金はもちろん必要だろう? ムォワンは見世物を作り上げて、売上をそっくりそのままあんた達にやってる。正に、資金提供だねぇ」

 客席から投げられた硬貨と、女の子がそれを一生懸命集める光景を思い出した。

 リンファは、呆然と立ち尽くした後で、何とか口を開いたようだった。

「そう、なのか。サッパリ分からなかった。オレは金と損得勘定には弱えからな……」

 悔しそうに頭を掻く彼女。そう言われれば、マカナイメシを「言っておけばとりあえず何とかなる言葉」として使っていた気がする。

「それで、ムォワン殿はどうしてそんな事をしたんだ」

〈ただの正義感……では、ありませんよね?〉

 正義だなんて、ご都合主義でつまらない展開であるはずがない。しかし、ムォワンは諦め顔のままで、首を左右に振ったのだ。

「いいや」

 

 信じてもらえないだろうが、この国の事は何とかするつもりだった。呪術が使えない者への差別が、貧富の差が、何百年経っても変わらなかったから。俺がこの国を支配して、強制的に世直しをする気でいた。

 この世界で王になるには、勝負にひたすら勝ち続ければいい。だから俺は戦いを挑んだ。……だが、戦いの中で見つけたんだ。この国を変えてくれる者を。

 

「それが、リンファだった」

 しかめ面が少しだけ緩んでいた。互い違いの瞳は輝き、声のトーンは高くなった。

 しかし逆に、リンファの表情は険しくなり、絞り出すように声を上げる。

「ふざけんな……!」

 ムォワンの胸ぐらに掴みかかり、ミランダさんとミツキ君が慌てて退いた。

「下手な憐れみ、上から目線の施し……ンなモン、死んでもゴメンだ!」

 ムォワンは何も言わず、そっと、目線を下に向ける。

「テメエが恩の押し売りをして、オレ達に理不尽な見返りを求めるかもしれねぇ。オレ達がテメエの助けに頼りきって、何もしなくなるかもしれねぇ」

 彼女はさらに言い連ねる。猛撞(モンツァン)の人々を思い描いたのかもしれない。前にもそんな事があったのかもしれない。

「だから……オレの前から、去れ。二度と姿を見せるんじゃねぇ」

 だが、リンファの声からは、勢いがどんどん失われていった。きっとそれは、ムォワンがすっと目を伏せたからだ。

「ああ、全くその通りだ。傲慢にも程がある……俺はまた、間違ったんだな」

 口が横に引き伸ばされる。笑ったのかもしれない。なのに声は、今にも泣きだしそうだった。

 ボク達に背中を向け、ムォワンは去っていこうとする。しかし……その襟首を、掴んだ人がいた。

 

「な、何を……」

 ミランダさんだ。そうして、後ろを向いて声をかけた。

「リンファ。別に、追い返さなくても良いんじゃないかい」

「ハァ? そりゃあどういうコトだ」

「確かに、あんたのいう事も一理ある。ならばこいつを、仲間にしちまえば良いのさ」

「「!」」

 ムォワンとリンファが、息を飲む。

〈貴女は、襲いかかってきた方を仲間にしてきたんですよね? ならば、問題はないはずです〉

 その手があったか、と思いつつボクも援護射撃する。

「魔王はただの部外者だろ。オレ達を見捨てるか、裏切るか……」

「見ただろ? あのキラキラした表情。それに、こいつはさっきから一切言い訳をしてない。信用に値すると思うけどねぇ」

「………………」

 リンファが黙りこんだところで、ミランダさんはムォワンに彼女の方を向かせた。

「さ、後はあんたの意思だけだよ。どうだい?あたしの提案は」

「そうしたいが、しかし……」

「そうしたいなら、それで良いんだよ! あんたは、もっと自分の気持ちを伝えた方がいい」

「……俺は化け物なんだぞ」

 沈黙した。彼を「化け物」と言ったのは他でもない、ボク達だから。

「テメエの容姿なんて、猛撞のヤツらは気にしねえよ」

 そこで、ムォワンの肩に手を置いたのは……リンファ。

「仕方ねぇなあ。協力してえなら、させてやる。ったく、上から目線の回りくどい方法取りやがって」

「その、すまん……?」

 疑問符付きの謝罪に、リンファはニッと笑う。

「申し訳ねぇと思うなら働きやがれ。仲間ならいつでも大歓迎だ」

「……分かった」

 ムォワンのしかめ面が、また少し緩んだ。僅かに残った眉間の皺を、リンファのデコピンが弾く。

「で、テメエの事はなんて呼びゃいい?」

「別に今のままでも……」

 そこで、ミツキ君が2人の間に割って入る。

「駄目に決まっているだろう! まお……もわんは、私の国では冷酷非道な者の呼び名なのだぞ!」

「しかも、その名は悪名として広がってるんだよ?」

 ミランダさんの呆れ声に、彼は頭を掻いた。

「そ、そうだな。……アースと、呼んでくれ」

「わーったよ、アースー……アス……アー…………だああ、呼びづれえ!」

 アース……確かに、中華圏の人には馴染みのない響きだろう。

「伸ばしても縮めても、好きなようにすれば良い」

「それはそれで悔しいだろう、が……」

 リンファが目を見開く。いや、ボク達だってそうだ。

 彼は、笑っていた。口角は歪んでいるし、眉間にはうっすらと皺があるけれど……これなら、誰も怖いなんて言わないのに。

「……アス、もっと笑え」

「……?」

 残念ながら、考え込んだためしかめ面に戻ってしまった。

 

 リンファはこれから、新たな仲間を披露しに行くらしい。

〈あの、ボク達も一緒に……〉

「や、悪ぃが、部外者を入れるワケにはいかねぇ。オレ達にとっちゃ大切な事だからな」

〈……はい〉

 至極残念であるが、引き下がるしかあるまい。

「また来ればイイだろ? そん時に様子は聞かせてやるからよ」

 マカナイメシでも食いながらな、とのこと。どうやら、また奢ってくれるらしい。

「……お前達には、世話になってしまったな。また、どこかで会えれば良い」

 アースは、いつものしかめ面ながらもそう言ってくれた。そこでようやく、ブラック〇ャックやらフランケンやらの無礼を謝る事が出来た。

 最後にイヤーカフを返してもらって、猛撞へ向かう2人を見送る。

 ……また、会えれば良い。アースの言葉を、心の中で繰り返した。

 

 白紙の本を取り囲む強い光の中で、ボクは大変な事に気がついた。

「アースさんって、何者なんでしょう!?」

 ミツキ君の世界じゃあるまいし、魔王なんて居るはずがない。だが彼は、何百年もこの世界を見ていたという。

「……そう言えば、聞きそびれたな」

 ミランダさんの名推理と、その後のやり取りのせいである。なんて事だ。

『なんだって良いんじゃないかい? リンファはそんなの、気にしないさ』

「いやいや、リンファさんが良くても、ボクが気になるんですよー!」

 そう叫んだ時には、ボク達はもう世界から離れていた。

*格闘世界*(≒格闘ゲーム)

「揉め事や競争は闘って決着をつける」という暗黙のルールが存在する世界。

 国同士での揉め事が即戦争となり、世界が滅びかけたこともあるため、他国には干渉しないという全世界共通の法律がある。そのため、国ごとに文化の種類や水準は大きく異なる。

 なお戦えない者は、戦える者の下につく、戦える者を雇って従える、争いを避ける、等の方法をとっている。

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