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33,魔王VS不良少女【前編】

 途中、ミツキ視点があります。

 しばらくしてまた、〔物語〕を集める事になった。語り手さん(結局、そう呼んでいる)に見送られ、新しい世界へとやって来る。そこまでは良かった。だけど忘れていた。ボク達が大抵、厄介なトラブルに巻き込まれることを。


「観念しやがれ、魔王(ムォワン)の仲間どもめ……!」

 来て早々に、因縁をつけられていた。

 目の前には、清潔だが地味な民族衣装を纏った、黒髪の少女。いや、少女と分かったのは口を開いてからか。ベリーショートで、体型つるぺたで、輪郭だけならボクにそっくりなのである。

 彼女は青い瞳を輝かせ、否、ぎらつかせながら構える。迫力に思わず後ずさると、ボクを思いっきり睨んできた。

 冷や汗が頬を伝う。足が震える。……ああ、今回は、人気のない竹林の中に出られたと思ったのに!

〈ミツキ、あんたが説明してくれないかい? あたしの声は聞こえないし、そうじゃなかったら余計に怪しまれる〉

 久々に使われた3人だけの連絡手段。ミツキ君は頷き、前に出た。

「私達は、もわんとやらの事は知らない。ただの旅人だ。貴女を害するつもりもない。だから」

「黙れ、ガキ。しらばっくれるんじゃねえ。服装が魔王とそっくりなんだよ」

「違う!」

 怒鳴った彼の肩に手を置く。怒るのも無理はないが、事を荒立てたくない。ミツキ君はこちらを振り向き、気まずそうに目を伏せた。

 しかし、時すでに遅し。

「だああっ、めんどくせえ! ごたごた言わずに成敗されやがれ!」

 少女は頭を掻きむしったあと、飛び蹴りをしてきた。「下がれ!」というミツキ君の言葉がなければ危なかった。そのまま、少女と騎士の戦いが始まってしまう。

 ……結局、こうなるのか。

〈はあ、あたしの気遣いも、無駄だったねぇ。あれが、この世界のルールって奴かい?〉

「揉め事は戦闘で収める、でしたっけ?」

 恒例の語り手さん情報を披露してみる。そうだそれで、格ゲーに似た世界だと思ったのだ。

 少女の呼び名を、脳筋不良少女から格闘少女に変更しておいた。


 鋭い突きを、首を傾けて避ける。私の髪が勢いよく宙を舞った。すかさず鳩尾を狙ってくる膝から、跳んで距離を置く。こちらも足元を崩そうと試み、しかし踏み込みが足りなかった。隙ありとばかりに迫る拳に、腕で身体を庇う。骨にまで響く痛み。なんとか足を動かし、後退する。

「テメエの武器は手でも足でもねーんだろ? 腰に下げてるモン、さっさと抜いたらどうだ」

「いや、いい」

 幸い、特殊な剣筋のため体術を少し齧っている。そもそも、丸腰の相手に剣を向けるなど出来ない。

 舌打ちが聞こえた。私に本来の戦い方を求めるとは、彼女も律儀である。

 派手で素早い回し蹴りを、屈みこんで避ける。低い姿勢で、もう一度足元を狙おうとし……戻ってきた脚に蹴り飛ばされた。声も出ないまま、十何本もの竹を折り地面に叩きつけられる。

 なんて力だ。女性とは思えない。いつもと違う距離感が仇になった。自分の戦い方をするべきだったか。いやしかし。朦朧とする中で考える。痛い、痛い、痛いと叫ぶ声から、必死に逃れようとする。

 打撲の痛みには慣れていない。魔物との戦いでは切り傷ばかり負ってきた。起き上がる事が出来ない。肘当ても膝当ても、剣も、竹林の中に散らばったようだ。ナイフだけが傍らに残っている……

――ねえ、ミツキ。あの子、僕が倒してあげよっか――

 ああ、久々に会った。私が追いつめられると現れる、私の中にいるなにか(・・・)。薄まった意識の中をずるずると這いまわって、徐々に染み渡ってくる。

 ……だが私は、残った心をかき集めて、力いっぱい叫んだ。

『あの娘は魔物ではない! そして、私は、もう勇者ではない!』

 少女の、赤色ではない、真っ直ぐな眼差しを思い出した。そして……魔王を倒した時、蹲って震えていたリーテ殿を思い出した。

 彼女には、二度と怖い思いはさせない。させてはならない。「私は貴女を守ってみせる」と、そう誓ったのだから!

 護衛騎士となってからの景色が、言葉が、私の中を駆け巡る。なにか(・・・)は、いつの間にか居なくなっていた。

 そして、目の前に黒紫の鍵が浮かんでいる事に気が付く。

『ミツキ、ミツキ! あんたの具合を心配したいとこだが、そうも言ってられなくなった! 今すぐ、あたしについて来とくれ!』


 まるで呪いのように、形代がボク達を取り囲んでいる。何があったというのだろう。こんなものに襲われる覚えはない。

「くそっ! こいつら、手応えもなにもありゃしねえ!」

 格闘少女が拳を叩きこむ。だが、形代はたわみ、元に戻ってしまう。戦闘能力皆無のボクは、ひたすらに大人しくしているしかない。

 そこへ、黒紫の鍵と金髪の少年が現れた。

「ミランダさん! ミツキ君!」

 形代の一つが、赤いナイフに切り裂かれる。すぐさま鍵が胸元に飛び込んできて、ボクの身体はミランダさんに預けられた。

「やっぱりテメエら、あの野郎の仲間……」

 目をつり上げた少女の後ろに……影が跳んだ。形代が踏みつけられる。その後、何故か燃え上がって、跡形も無くなってしまった。これはボク達の仕業ではない。

 いつの間にか、白いシャツと暗い色のズボンの青年がいた。白い肌、肩にかかる程度の真っ直ぐな黒髪、語り手さんよりは色の濃い琥珀色の瞳。青いバンダナは何故か、左目の周辺を覆い隠すように巻かれている。

「魔王!? こんな時になんの用だぁ!?」

 形代へよりも憎しみをこめて、呼ばれたのは件の名前(ムォワン)

「たまたま通りかかっただけだ。俺も、助太刀しよう」

 青年は姿勢一つ変えないままで、落ち着き払って返事をした。……これが、少女を煮えくり返らせる者だというのか。


 ほどなくして、形代を全て片付けられた。ミランダさんから、ボクの体を返してもらう。

「何なんだよ、テメエら」

 こうなっては仕方がない。ミツキ君のイヤーカフの、片方を少女へと渡した。

「リーテです。遠い国からやって来ました」

『んであたしは、リーテの……まあその、守護霊みたいなモンさ。ミランダって呼んどくれ』

「リーテ殿の護衛をしている、ミツキだ」

 二人に続き、ボクも軽く頭を下げる。

「ミランダ殿、ミツキ殿、リーテ殿か。俺は通りすがりの男だ。よろしく頼む」

 青年には、イヤーカフは必要ないようだった。呆れたような憂鬱なような、しかめつらしい顔で頷く。

 なんとも近寄りがたい顔。もしかして、さっさと帰りたいのだろうか。

「おい、妙な自己紹介をするんじゃねえ。お前は魔王だろうが」

「やはり、そう名乗るべきだったか……?」

 驚いた。声の響きが急に弱々しくなって、頭まで抱えている。……そうか。しかめっ面が彼の元々の表情なんだ。

「ええと、貴方! 貴方のお名前はなんですか!」

 少女の方へと手を向ける。「竜花(リンファ)」とぶっきらぼうな返答が来た。それから舌打ちが聞こえる。

「何だってんだ。妙な3人組、妙な紙っ切れ。挙句の果てには魔王にまで会っちまう……」

 そこで、ミツキ君が手を挙げた。

「妙な紙切れならば、一度戦ったことがある」

 皆が一斉に彼の方を向く。

『あんた、本当かい!?』

「ああ。リーテ殿とミランダ殿が店に入っただろう? エイト殿に食い逃げされた、あの時だ。貴女があまりにも怒っていて、言いそびれてしまった」

 ボク達の間に、生温い空気が流れる。ミステリー世界にいた時の事か……

「それで、あれはどういう存在なんだ?」

「すまない、そこまでは……」

 皆が一斉に考え込んで、話はここで終わってしまう。

 風が吹く。竹のぶつかり合う音だけが聞こえる中、また、舌打ちが響いた。

「そもそもあれは、テメエらが結託して用意したモンじゃねえのか! あ!?」

 背を屈めて下から睨み付けられ、ボクは思わず両手を挙げた。そう言えば、ボク達=ムォワンの仲間という誤解は解けていませんでしたっけ!

 静かに張り詰めた場の中で、今度は長いため息が聞こえた。

「俺とお前は敵対しているが、こんな卑怯な手を使うつもりはないぞ。あの3人は仲間でも何でもない」

「魔王の言う事が信用できるかってんだ!」

 また、ため息。

「……そうだな」

 声が低く、小さくなって、青年は少し俯く。それからいきなり、顔のバンダナを外し始めた。

 ボクは、口を押さえる。鍵からは息を吞む音が聞こえる。ミツキ君が剣を構えて、慌てて下ろす。

 青年の顔には、赤い縫い目が走っていた。しかもそれを境として、肌の色が黒くなっている。

 現れた左目は深い青色。黒髪の上にふわりと金髪が乗ったが、染めているようには見えなかった。

 フランケンシュタイン、ブラック〇ャック、ボクとミランダさんとで順番に呟く。

「……分かったか? 彼らは、道に迷った観光客だろう」

「あ、ああ……」

 俺はそろそろ散歩に戻る。じゃあな、気をつけろよ。青年はそう言い残して去った。声に張りは戻らなかった。


「傷つけて、しまったでしょうか」

『あたしも、見た目で判断されたクチだ。何やってるんだか……』

「容姿を恐れられる辛さは、私もよく知っているというのに。騎士失格だな……」

 ボク達の間で、後悔が共有される。打ち破ったのは、リンファの明るい声だった。

「ハハ、テメエら、情けねえなあ!」

 馬鹿にする、非難するような言葉だが、歯を見せて笑われるからそんな印象を受けない。

「髪と目と肌の色が左右で違うくらい、大したコトねえよ。オレのトコには、あいつよりもっとおっかない兄ちゃんが山ほど居るぜ?」

「……すごいですね」

「ああ。テメエらが見たらチビっちまうだろーな」

 リンファは自慢げに鼻を擦った。だが、ボクが本当にすごいと思った人は、ミツキ君もミランダさんも分かってくれていると思う。

「その、悪かったな。勘違いして、いきなり襲ったりしてよ」

「気にするな、私にとって大変有意義な戦いとなった。貴方は強いのだな」

 ミツキ君がやや前のめりに答えた。流石、戦闘マニアである。

「あれでも魔王には敵わねえんだがな。くそ……」

 ムォワンという言葉の所で、彼女は顔を歪める。ボクは思わず、距離を取った。

「あ、わりぃ。テメエらがどう思おうが、迷惑かけた事に違いはねえ。お詫びと言っちゃナンだが、メシでもどうだ?」

『いやあんた、そこまでしてくれなくて良いんだよ!?』

「気にすんなって。マカナイメシってヤツだからな」

 にやり、とリンファが口角を上げる。これにはミランダさんも、「……なら、ありがたく」と返した。

「普通の観光じゃ、絶対に行けないトコへ連れてってやるぜ?」

 そうして、彼女についていく流れになったが……ボクは言わずにはいられなかった。

「あの、ついでにもう1つお願いがあるんですけど!」

 リンファは、怪訝な顔で振り向く。

「あなたの〔物語〕、聞かせてください!」

「…………はぁ?」


 もう気になる事だらけで、〔物語〕のターゲットにするしかないと思ったのだ。

 碁盤の目のように敷かれた道を、人波をかき分け歩きながら、ボク達は色々と話していく。

 自分たちは、語り部、伝道師……そのようなものである事。ここに来た目的。リンファの〔物語〕を聞いて、皆に伝えたいという事。

「いいぜ。この国の現状は知って欲しいしな」

『……言っとくけど、助けは期待できないよ?』

「そんなモン要らねえよ。知ってくれりゃあそれでいい。憐れまれて下手に首突っ込まれる方が困るってんだ」

 軽く笑い飛ばされる。全く、格好いいを体現したような人だ。

 

 笑い終わると、リンファが横道に逸れる。立派な表通りとは違う、薄暗く狭い道。少しためらって、ミツキ君がナイフを構えて、それでも彼女が手招きするので、おそるおそる付いていった。

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