26,師匠
「お、おかえり……」
気づいた時には、語り手さんの部屋にいた。語り手さんはやや戸惑った様子で、一枚のタロットカードを手に持っている。占い中だったのだろうか。
「君たち、通達なしで現れたって事は、本を使わないで帰ってきたね……?」
どうやら非正規のルートで帰ってきたため、語り手さんに帰還の情報が伝わらなかったようだ。魔法陣の便利機能がまた一つ明らかになった瞬間である。
「君たちにいったい、何が……」
「そうですよミランダさん! 何なんですかあの子!」
「ミランダ殿とはどういう関係なのだ!」
ボク達は鍵姿のミランダさんを持ち上げ、問いつめる羽目になった。
『分かった、分かったよ! ちゃんと説明するから、2人とも落ち着いとくれ!』
「ついでに、僕にも事態を説明してくれないかな……?」
最後にそっと、語り手さんの声が添えられた……
「そうか。君たちに呪いをかけて送り返してきた、謎の女の子について知りたいんだね」
「そうなんですよ! せっかくかぐ……うぐぐぐぐぐ……」
かぐや姫、と発言しようとすると、口が縫い付けられたかのように動かなくなる。某有名アニメ映画か、とツッコミたくなるような呪いであった。
負けじと筆談も試してみたけれど、かぐやの事について書き始めると、ペンがあちこち浮遊して、本にはぐちゃぐちゃの線が残る始末。
「リーテ殿が駄目ならば、私が話そう。あのおと…………うぐ……」
ミツキ君も、あの男、と言おうとして挫折した。多分。
『2人とも、諦めな……。師匠は魔法の腕は一流、しかも抜かりないときた』
「そんな……」
これでは今回の冒険は、ただの骨折り損ではないか……
「ああ、これだ! あったあった」
ボク達が呪いに抗っている間に、語り手さんは何かを探していたらしい。その何か――表紙が深緑色の、分厚い本――を書斎風の机に置いた。
「これは何だ、語り手殿?」
「言うならば……〔全世界要注意人物図鑑〕だよ」
『なんだって?』
ミランダさんの声に、息を飲む音が混じった。
「この本には、〔語り手〕や〔世界調整機関〕の力を借りずに世界を行き来でき、様々な世界に影響を与えている人物が載っているんだ。ちなみに、上位版の〔全世界危険人物図鑑〕なんてものもある」
語り手さんが手をかざすと、本が開いてページがパラパラと捲れるとともに、上部に浮かぶ、人間の立体画像のようなものが次々に移り変わっていく。ハイテクだ。どのような仕組みなのだろう。
「君達が出会ったのは、この人だろう」
「……! そうです!」
ページが止まると、そこにはツーサイドアップの女の子がいた。
どうやら本のページには説明が書かれているようで、語り手さんが読み上げてくれる。
「ええと、名前は特に無し、関わった人に自由に呼ばせる。最高位精霊。この世の全ての魔法を扱う事ができる。見た目とは裏腹に、数百年は生きていると思われる。かなりの宝石マニアかつコレクターで、様々な世界で人助けをしては、助けた人に宝石を要求する。……間違いないかな、ミランダ氏」
『よく調べたねぇ。合ってるよ。あたしは、師匠に魔法と異世界知識を教えてもらって、宝石を買わされたのさ』
「え、異世界知識ですか!」
思わぬところで、ミランダさんの博識の訳を知ったボク達だった。
『そうだよ。……多分、彼もあたしと同じだったんだろうねぇ。呪いに引っかかるから、これ以上詳しくは言えないけど、さ』
ようやく事情が掴めてきた。かぐやとあの精霊は契約を結んでいたのか。『蓬莱の玉の枝』で。
呪いをかけられた原因はやはり、無許可で〔物語〕を書こうとしたからのようだ。
「質問がしたい。あの少女は、人間ではなく精霊なのだな」
そう言うミツキ君の眉間には皺が寄っている。気持ちは分かった。精霊と言われると、あのエセ紳士を思い出してしまう。
『いや、基本的に、精霊はそんな有害な存在じゃあないんだよ! あの神経逆撫で男は例外さ!』
ああ、例のストーカーか……などと、語り手さんがブツブツ呟く。
「そう、なのか……しかし……」
それでもミツキ君の顔は晴れない。ボクの気持ちも。
「その、会っていきなり、実力差を見せつけられて、呪いをかけられてじゃ、ボク達は有害だと思ってしまうというか……」
『そりゃ、そうか。でもねぇ、宝石を要求されたとはいえ、師匠はあたしに色々教えてくれたよ。……ま、異世界知識に関しては、リーテに会うまで冗談だと思っていたけどねぇ! あの人だって冗談も言うし、人をからかうし、時々子供みたいになるのさ。あんた達が見たのは彼女の一面にすぎないよ』
そう言ったミランダさんの声には、懐かしさ、多少のイラつき、喜び、たくさんの気持ちが含まれていて。
「そうか……ミランダ氏にとって、『師匠』との交流は大切な思い出なんだね」
『そう、なんだろうさ。ま、たまに、思い出してはイライラもするけどねぇ』
「いらいら、なら、私は剣職人を思い出すな……」
あまりにも、あまりにも皆が、しみじみと言うものだから。ボクは、声をかける事も出来なかったのだった。
素敵な思い出。羨ましい、羨ましい……妬ましい。持っていない。そんなもの。ボクにあるのは現実逃避の妄想だけ。梨子にあるのはどうでもいい記憶だけ。
きっとボクは冷たい顔をしていた。誰も気づかなかったようだけれど。




