25,運命を変えたい!【後編】
ざまあみろ、と喜べる事態でもなかった。ボク達の間に嫌な沈黙が落ちる。
あの変態吟遊詩人、性格はアレでも、男、女を見分ける目は確かだろう。女好きの特殊技能、あるいは、専売特許である。お決まりとして。
そして、先程から顔を引きつらせ、汗をだらだら流すかぐや。これはもう、当たりと言っているようなものだ。
「わた、わた……」
真っ赤になって震えていたミツキ君は、ついに決壊し……
「私の純情を返せー!」
彼女……いや、彼に掴みかかった。
かぐやは、男の娘だったのである……
「悪かった! おれが悪かった!」
女学生の服装を、動きやすいよう工夫された和服へと変える。髪を上げ、萌え袖をやめて、スカーフも取り、顔や身体の輪郭を出す。口紅をやめる。かなり無理していたらしい声の出し方を、元に戻す。
すると確かに、かぐやはただの細身の男であった。
「悪かったで済めば騎士団は要らない! 本当にどうしてくれる!」
そのただの細身の男は、土下座しかけの姿勢のままで、かなりの身長差があるミツキ君にがくがく揺さぶられている。……結構、情けない。
『ところで、なんであんたは女装してたんだい? あたし達を騙したんだから、説明責任は果たしてもらおうか』
「そうだ、何故このような……!」
2人は、かぐやを追及する事に決めたようだった。ミツキ君の、肩を掴んでの揺さぶりはまだ終わらない。
「そういうわけで、聞かせてくださいあなたの事情!」
「………………」
「………………」
『………………』
なんだろう、このいたたまれない空気は。ボクなりに、2人の言葉を綺麗にまとめたつもりだったのだが。
「リーテ殿……何故、そんなに目を輝かせているのだ?」
『なんだか、声も弾んでないかい?』
「えっ、いや、そんな……」
今度はボクが、冷や汗をかく番だったようだ。
これで、無事〔物語〕が書ける!……と、ボクの心は正直、歓喜でいっぱいなのである。騙されていたにも関わらず。
こんな事、口が裂けても2人には言えない……!
「分かった、話す! 話すから!」
かぐやの発言に、ボクはこっそり胸をなで下ろした。
かぐやってのは女の名前だけど、偽名じゃない。本名だ。
女装してたのは……夢をなんでも叶えてくれる、不思議な力を持ったモノを探すため。最初に言ったお願いは、嘘じゃない。本当なんだよ。
おれの願いは。
竹から産まれて、3ヶ月で大人になるような不気味な男を、神様からの贈り物だと言ってここまで育ててくれたじいちゃんとばあちゃんに、沢山の親孝行をすること。そして……その命が尽きる時に、涙を流して見送ること。
あの2人の笑顔を、慈愛に満ちた眼差しを、全部忘れて月に帰るなんて、まっぴらごめんだ!
「『ちょっと待った!』」
「リーテ殿、ミランダ殿、どうしたのだ? この男の弁明は、未だ終わっていないと思うが……」
ミツキ君は不満の表情だが、かぐやに確認したい事がある。
「もしかしてあなた、ものすごい美女として、一般庶民からやんごとなきお方まで、色々な男から求婚されていませんでしたか!?」
「ああ、不本意なことに……って、なんでそれを……」
『で、すげなく断られてもどうしても諦めなかった5人の男に、伝説の宝を取ってこいって無理難題を言い渡して、求婚を止めさせたんだろう!?』
「そう、だけど……」
「で、実は月の住民のあなたは、ある夜月へ帰っていって、そのまま戻らなかったはずでしょう!?」
「そうなるはずだった……でも……」
間違いない。
『かぐや姫! なんであんたがこんな外国に!』
「しかも、男でえええ!」
「ま、待て! 何か訳があるのは分かったから、私を置いていかないでくれ!」
ミツキ君の一言で、ヒートアップしていたボクとミランダさんは我に返った。
気がつけばかぐやは、青紫の目にうっすら涙を張っているではないか。情けないを通り越して、なんだか哀れに思った。
「えっと、実は。ボクの故郷やミランダさんの故郷には、かぐやさんの身の上話によく似た、古くから伝わるおとぎ話がありまして……」
『本当にそっくりなんだよ。かぐやが男って事と、月に帰ってない事を除けば、ねぇ』
「成程……」
1人、納得した彼は、かぐやへと話しかける。
「では、弁明の続きを。リーテ殿とミランダ殿の疑問にも、答えてもらおうか」
「わ、分かった……」
ミツキ君は、先程よりかは落ち着いていた。……もしかして、ボク達が騒ぎすぎたせいでしょうか。
なぜ男なのか、と言われても困る。生まれたら男だった。それだけだ。
女装のきっかけは、じいちゃんとばあちゃんが貧しかったから。綺麗な女に化けて、貢ぎ物を沢山貰って、それで楽な暮らしをさせてやりたかった。
おれの精神はかなりやられたけど、結構な蓄えはできたな。
……もっと他に、方法があったんじゃないかって?残念ながらおれは、田舎で育った世間知らずで、いくら鍛えても筋肉がつかないし、そこまで頭もよくない。これしか思いつかなかった。
自分が人間じゃないことは、まあ、いつの間にか分かってた。月に帰らなきゃならないことも。
嫌だったよ。そりゃあ。でも運命は、受け入れるものだと思ってた。……ただの小さな女の子にしか見えない精霊が、おれの前に現れるまでは。
精霊は言った。
『月に帰らなくていい方法を、探しにゆくのじゃ』と。
そうして、今に至るってわけだ。
おれは、唯一の取り柄の女装で、男どもの協力を得ながら、奇跡を求めて旅をしてる。
「女装で男を騙して協力させるとは、人間の風上にも置けない奴だ! けしからん!」
ミツキ君の怒りは再燃してしまったようだ。というかどこで覚えたの、その「けしからん」って言葉。
「いやあ……でもな。男だからとか、女だからとか。かっこ悪いぞ? そういう考え……」
へらり、男の娘バージョンとはかけ離れたかぐやの笑顔が炸裂する。……言わせてもらおう。
「そういう台詞は、あなたが言うと非常にかっこ悪いと思います……」
勇敢で聡明な女の子ならまだしも。
「う……」
彼の目に涙の膜が張る。
『じゃあ……ミツキ。あんた、かぐやに戦闘の手ほどきをしてやったらどうだい?』
ミランダさんの意見だ。
「成程……良いかもしれないな。ということで、覚悟だ、かぐや殿!」
その提案には賛成した。
「え、ちょっと待った、うわあああああ!」
……かぐや以外が。
「分かったか……? おれに武術の才能はないんだ……」
戦闘の手ほどき、という名の模擬試合は、それはそれは酷いものだった。あまりにも一方的すぎるという意味で。
10分の後には、着物をボロボロにして、刀代わりの木の枝を放り出して、地べたに座り込むかぐやの姿があった。ちなみにミツキ君は、しっかり地面に足を付けて汚れ1つない服に身を包んでいる。武器は同じく、木の棒だ。
かぐやの目に出来た水の膜は、今にもこぼれ落ちようとしている。
「かぐやさんって、泣き虫だったんでしょうか?」
『うーん、女装してる時はここまで涙腺緩くなかったような気がするねぇ』
「そこ! 聞こえてるからな!」
ひそひそ話がばれてしまったようで、声にも涙がにじみ始めた。
「その、訓練と称して叩きのめした事は謝ろう……」
「叩きのめした!?」
形勢逆転、今度はミツキ君がかぐやに揺さぶられている。
「悪いが、どうしても我慢ができなかったのだ……男ならば、自分の力で道を切り開くべきではないか!」
揺さぶりが、止まった。
「分かってる! おれだって、自分の努力でなんとかしたいんだよ!」
見ているこちらまで苦しくなるような表情が、かぐやの顔に表れる。
「でも、時間がない! 手段を選ぶための時間が! じいちゃんとばあちゃんはいつまで生きていられる!? 人間の命はあまりにも短い!」
かぐやの叫びは、この空間を打った。思いきり。
「しかし……!」
それでも納得できないらしいミツキ君が、何か言おうとして……そのまま、黙りこんでしまった。
「悪い。おれには、あんたのお説教を受けている時間もないんだ……」
かぐやはぽつりとそう言って、旅の支度を始めてしまう。
スカーフを首に素早く巻いて、さらり、髪を下ろして。顔を押さえた手の隙間から、一筋の涙が零れ落ちる。その流れ、惚れ惚れするほど「女の子」であった。
3人揃って、何も言わない。言えない。
「なりふり、構ってはいられない」
かぐやはさらに、女学生風の服を着込む。
萌え袖から見える指先が、懐から小さな入れ物を取り出した。蓋を開けると、そこには赤が。唇へと塗られていく。
「わたしには、心と矜持を売ってでも得たいものがあるのです」
『大切な人に、恩返しをする機会……かい?』
「ええ」
かぐやはそこで、にっこり笑った。思わずうっとりするような、華やかな笑顔。
「狡くても、かっこ悪くても、わたしはこの道を歩いていきますわ。今回は色々と教訓も得られたことですし……」
身体の接触には気をつけること。女性の方にとっても魅力的な女装を目指すこと。呟きながら、数えていく。
「では、皆様、ごきげんよう。……騙してごめんなさい」
かぐやは、ボク達と歩いてきた道を引き返し、森の中へと消えていった。
「時間がないなど、ただの言い訳だ。彼の生き方……私には、理解ができない」
その場を覆っていた沈黙を破り、ミツキ君が独り言のように言う。
『あたしだって、分かんないさ!』
そこでミランダさん、ため息を1つ。
『でも、あたし達にあれこれ言う権利はない。あいつの人生は、あいつの物だよ』
「…………」
「そして、ボク達には、人の生き方を語り継ぐ義務があるんです」
そこで2人とも、今気づいたと言うように目を丸くした。
「そうだったな……」
『すっかり忘れてたよ……』
ボクは彼の事を……かっこ悪くて、情けなくて、それでも、かっこいいと思ってしまったのだから。
「纏めましょう。〔物語〕に」
「それが、そうはいかないのじゃよ」
ボクの声に答えたのは、ミツキ君でもミランダさんでもなく。落ちてきたように急に現れ、反対、と言い放った者がいた。
それは紫の髪をツーサイドアップにした、宙に浮かぶ小さな女の子。天体モチーフの髪飾りが、大人しめの日光の中でもぎらぎら光っている。
「だ、誰だ……」
戸惑った様子で剣を向けたミツキ君の疑問に、女の子は答えない。
「久しいのお、蘭子。まさかそのような姿で、〔語り手〕となっているとは……」
『ミランダですよ、師匠。……ご無沙汰しております。相変わらずのようで』
やたらと古めかしい口調で、子供とは思えない乾いた笑みで。落とされたのは、爆弾発言であった。
『それで、何の用ですか』
ミランダさんに彼女について問い詰めたい所だが、そのような空気ではない。
ミツキ君は剣を女の子に向けたまま、慎重に距離を取っている。
「〔語り手〕であるからには、かぐやの〔物語〕を書くのじゃろ? しかし、それを見過ごすわけにはいかないんじゃよ」
「どうして、ですか?」
「かぐやにとって、女装は屈辱であるようだからの。全世界にその事実が発信されるのを見逃してしまえば、わらわの大事な『蓬莱の玉の枝』はパアじゃ!」
……何が何だか分からないが。
言われてみればかぐやには身の上話を〔物語〕とする許可をもらっていない。女装の衝撃ですっかり忘れていた。そのせいでこんな事に?
「それゆえ、そちらには呪いを掛けなければならん。かぐやの事を語れなくなる呪いを、の」
呪い。その言葉で一気に空気が張り詰めた。
『ミツキ、下がってくれないかい。リーテ、身体を借りるよ』
「分かった……」
「はい!」
しかし。女の子は、ボク達に見せつけるように目の前で指を揺らす。
「甘い。甘いぞ、蘭子」
ツーサイドアップに突き刺さる髪飾りが抜かれ、それが2本の杖である事を知る。
「もう遅いのじゃ! 〔アグリメント〕!」
気づいた時には、文字とも記号とも言えない形をした光が、ボク達を囲みこんでいた。
……そこから先の意識は、あまりはっきりしない。
*童話世界*
王様、妖精、喋る動物、騎士、神様、悪魔……〔現実世界〕からは無くなってしまったものや、空想上のものたちが当たり前のようにある世界。
ここでは童話・おとぎ話・昔話によく似た出来事が繰り広げられる。それゆえか、人々は〔登場人物〕以外への関心が薄い。
清らかな心の持ち主が救われるという不文律が存在するが……?




