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22,面倒くさい奴、現る

『まったく! 結局あいつの占いはなんだったんだか……』

「当たらなかったな……」

 ミランダさんとミツキ君の言葉には、安堵の響きが伺える。結局、「ストーカーには要注意」という語り手さんの予言は的中しないまま、ボク達は今回の仕事を終えようとしていた。

「ミツキ君、ミランダさん! この家を出て、転移魔法を使える所を探しませんか?」

 しかし……世の中には、油断大敵という言葉があった。帰るまでが遠足、という言葉も。


 森の中にしてはよく整備された道を歩いている途中。見知らぬ青年を見かけた。

 服も瞳も新緑の色で、長い茶色の髪は1つに括られている。洒落た帽子と地面すれすれの長いスカーフを身につけ、手には楽器を持っていた。所謂、吟遊詩人だろうか。

 木に寄りかかる彼の横を、挨拶でもして通り過ぎようとした、が……

「ハーイ、可憐なレディ♪ 貴女の名前を教えておくれ?」

 歌うような、浮ついた口調とともに。

 何故ボクは彼に跪かれ、お姫様よろしく手を握られているのだろうか。ボクはロマンは求めても、ロマンチックは求めていない。

『姿だけでリーテを女と認識しただって……!?』

「ミランダ殿、その発言はリーテ殿に失礼だぞ……」

『そんなこと言って、あんたも最初リーテの事少年だと思ったクチじゃないかい?』

「そ、それは……」

 別に怒りはしないけど、聞こえてますよ、その会話。

 ……そんな風に現実逃避しつつ。

 何も言わずに目の前の青年を見ていたら、さらに強く、手を手でぎゅっと握られた。

「ああ、恥ずかしがり屋なレディ……どうか、ミーにその名を聞かせてほしい!」

 うわあ、この人面倒くさい。

「……リーテです」

「ミス・リード……なんて素敵な名前なんだ!」

「いやあの、リーテです」

「ミーはヴェントさ! ナイストゥーミートゥー、ミス・リード♪」

「リーテですってば!」

 ……ちょっと、イラっときた。自分から名前を聞いといて、まともに呼ぶ気ないなヴェントさんよ。

 そして未だに、ボクと彼の手は握られたまま。

『……ミツキ、頼んだ』

「もちろんだ。ヴェント、殿? リーテ殿から手を離していただけないか……」

「ところでさっきから聞こえる、女性の声は何なのかなー?」

 呼びかけは華麗に断ち切られた。

『……あたしかい?』

「そうさ、マダム!」

 何故そこで、フランス語。というかそもそも、語り手さんの魔法によって、ボクの耳にはどんな言語も日本語として聞こえるようになっているはずなのだが。どうしてこの人の言葉には外国語が混じるんだろう。

『あたしは、ミランダ。色々あってリーテの護衛やってる、悲しいかな元人間だよ』

 そう言ってミランダさんは、(仮の)身体である鍵を揺らす。

「なるほどねーえ……ナイストゥーミートゥー、ミス・ヨランダ♪」

 ヴェントさんは鍵を恭しく手に取った。

 ……ミランダさんはボクの胸元に掛かっているわけで、そんな彼女に顔を寄せてくるわけで、必然的にボクと彼の距離は近くなる。それでいて、ボクの手を離すつもりもないようだ。パーソナル・スペースの重要性を全力で主張したい。

『あんたねぇ……!』

 怒り混じりのミランダさんの叫びに、ミツキ君が呼応する。

「いい加減にしろ! 女性の嫌がる事を止めようともせず、適当に名前を呼ぶ者など、男の風上にも置けん!」

 先程無視された怒りというのも確実にあるだろう。ミツキ君が剣を抜く。

「えっ、ミツキ君、ちょっとそれは流石に!」

「やっても峰打ちだ! リーテ殿とミランダ殿から手を離せ!」

 そしてそのまま、吟遊詩人に飛びかかった。……しかし。

「おっと、危ないなー」

 呑気な声とともに、彼の気配も感触も、掻き消える。

『なっ!?』

「え……」

 ヴェントさんが素早く飛び退いたとか、そういうわけじゃない。ミツキ君の攻撃は、明らかに彼に当たっていた。当たっていた、のだが。

「手応えがないだと……!?」

 ヴェントさんが、ふわりふわりとボク達から離れ、気障ったらしいお辞儀をした。

『あんた、もしかして……!』

「ご明察恐れ入るねー、ミス・ヨランダ」

 地に着いていないブーツの底に、妖精の羽のように舞う、先の透けた黄色いスカーフ。

「そう! ミーは、風の精霊なのさ♪」


「精霊……」

 そんなものもいるのかここ。

「とは、何だ……」

 ミツキ君の困惑した呟きを受けて、ミランダさんが説明してくれる。

 彼女は、他の世界の事についても何故か詳しいのだ。その理由を聞く機会はなかなか訪れない。

『あたしが使う魔法のエネルギー源……魔力は、人の体内だけじゃあなくて、自然の中にもあるんだよ。それが集まって精霊となる。あんたの世界にいる魔物と、性質的には結構似てるねぇ』

「何っ!?」

 慌てて剣をもう1度、ヴェントさんに向けるミツキ君。それでも彼は平然としている。当たり前か。切っ先だって掠りもしないのだから。

 つまり、ボクがミツキ君を止める理由もないわけだ。

『基本的に害はないから平気だよ。基本的には、ねぇ』

 基本的にはをやたらと強調するミランダさん。

「ふっふっふ、それじゃあまるで、ミーだけは違うみたいじゃないか」

 ……有害精霊が何か言っている。

「これはもう、ミーの目的を明かすしかないね♪」

 彼はまたもや、誰にも止められない素早さでボクの手を握り、跪いた。ミツキ君とミランダさんから、ぴりぴりとした空気を感じる。

「ミス・リード。貴女の涙が、欲しい」


 場を支配する、奇妙な沈黙。

 ……変態だ。とんでもない変態に捕まってしまった。

 正直、間違えられた名前すら気にならないぐらいにドン引きした。気持ち悪い。

『リーテ、ちょっと、身体を借りるよ』

 ミランダさんの声は、完全なる氷点下。ボクに憑依した彼女は、ヴェントの手を思いっきり振り払って、高らかに呪文を唱えた。

「〔リトル・サンダー〕!」

「おっと!」

 鍵の杖から飛び出した小さな小さな稲妻が、ヴェントを素通りして、地面に突き刺さってぷすぷすと黒い煙を上げる。そこに追撃、ミツキ君がすかさず剣を振り回す。

 当然の事ながら、変態吟遊詩人には全くもって効いていない。衝撃で掻き消えたかと思うと、またふっと現れる。

「フレー、フレー、ミスター・ナイト!」

 ……煽っている。完全に煽っている。ミツキ君が渾身の力を込めて剣を叩きつけるが、傷のひとつも負わせられない。

「くそっ!」

 彼らしくもない悪態。剣と魔法が吹き荒れるなか、煽りはまだまだ終わらない。

「ところでミス・ヨランダ、それこそが貴女の真の姿なのかい?」

「…………」

「ソー・ビューティフル! その美貌で、何人の男を虜にして、弄んできたのか……ああ、でもそんな悪女な貴女も、エクセレント……!」

 ぶちっ。血管、あるいは堪忍袋の緒が切れた音が確かに聞こえた。

「あたしはねぇ……そうやって、見た目で判断されるのが、1番、嫌いなんだよ!」

 ああ、なんて事だ。よりによってこの人はミランダさんの逆鱗に触れてしまった。

「なんとしても、成敗しなければな」

「そりゃあ、もちろん」

 彼女の声は、いまや完全なる絶対零度。普段はボクと共に慌てて宥める役に回るはずのミツキ君も、なんだか物騒な事を言っている。

〈ど、どどど、どうしよう……〉

 ボクが口を挟む余裕もない。

「どうしたんだい? 2人とも。そんなに怖い顔しちゃって♪」

〈ちょっ……!〉

 この人、わざと言ってるよね、絶対!

 怒りの密度がさらに上がり、とうとうミランダさんが呟いた。

「あたしに、策がある」

「それで打ち倒せるのか?」

「少なくとも追い払えるよ」

「そう、か。こいつに実体がない事が悔やまれるが、仕方が無い。ミランダ殿に任せよう」

「ああ! まずは、森を抜けるよ!」

 それと同時に2人は、走り出した。この道を辿ればすぐに森を出られると言うのは、〔物語の主人公〕から聞いている。

「追いかけっこかー♪ 待ってよ、レディ達ー!」

 地面に置かれていた楽器を持ち、非常にご機嫌に、スキップさながら飛行する彼。

 いったいこの人は、護衛2人をどうしたいんだ!


 森の先には、のどかな平原が広がる。迷って置いていかれるなりすれば良かったのだが、残念ながらヴェントは風となってスイスイ付いてきた。

 ……道は真っすぐなので、迷いようもないが。そもそも実体のない彼は、迷路の壁すらすり抜けるのだろうが。願望ということで許してほしい。

「さて、と」

 ミランダさんが、手をポキポキ鳴らす。ミツキ君は任せっきりで、ヴェントを見守る(にらむ)ことに決めたようだ。ボクもそれにならうとしよう。

「何かなー?」

 ヴェントは相変わらずだ。その微笑みすら煽っているように見えてくる。


 目を閉じて深呼吸する、ミランダさん。


 彼女が目を見開く。鍵の杖が巨大化し、くるくる回ってヴェントの足元に配置される。

「〔ピラー・オブ・ファイア〕!」

 そこから、火柱が上がった。天より高く。

「えっ、ちょっと……オーマイガああああ!」

 流石に顔を青くして、迷惑男は吹っ飛んでいった。

「成程……実体がなくとも、衝撃で退ける事が出来るのだな」

「大気圏外にまで飛ばされることを願いたいねぇ」

 しかし声の調子からするに、2人の怒りはまだ治まっていない。

「さぁて、帰ろうか、リーテ」

〈ハイ……〉

 そう答える以外に、ボクに何ができただろうか。いや、何もできなかったに違いない……

新キャラ登場です。

まあ、読んでの通りのネタキャラですね。

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