21,頼もう、語り手さん
〈あの……〉
(待っとくれ。今、代わるからさ)
戻ってきて早々語り手さんに話しかけるボクに、ミランダさんが憑依を解いてくれた。そこら辺の連携は、だんだんと取れてきた感じがする。
「あの、今回の〔物語〕についてなのですが!」
と前置きし、当事者達に〔物語〕をすぐさま公開する許可は取れなかった事を口にした。
「なので……語り継ぐのは100年後からでも、大丈夫でしょうか?」
しかし自分で言っておきながら、途方もない数字だ。まあ言い訳するのならば……70年では、影人さんはとてもへばってくれない気がしたからである。
「いくらか前例もあるし、大丈夫だよ。僕がしっかり預かっておくね」
「念の為私も覚えておこう。……その頃自分がどうしているのか、全く想像はつかないが」
『あたしも、一応。まあ成仏しているかもしれないけれどねぇ』
なんだか、3人が人ではない事がひしひしと感じられた。
それでもボクは寂しくない。むしろ安心したのだった。
だって、人間は。登場人物ではない、生身の人間は。梨子の周りの人間は……
ボクは慌てて頭を振った。
「リーテ……もしかして、僕の記憶力が信じられない? 〔物語〕は預けられない?」
そのせいで、思いっきり語り手さんに誤解されてしまう。フードから覗く、下がった口元。
「えっ!? いやいやいや、あのそのこれは、そういう事じゃなくて……」
というか。思い出したことがある。
「すいません! そう言えば、まだ〔物語〕書いていませんでした!」
語り手さんは、盛大にずっこけた……
それは、無事〔物語〕を渡し終えた数日後、語り手さんの部屋を偶然通りかかった時のことだった。
ボク達は、見てしまったのだ。怪しげなカードを奇妙な配置に浮かべ、(少なくとも顔の下半分は)真剣な表情で佇む語り手さんの姿を……!
「なっ……なっ……何やってるんですか語り手さん!?」
「うわっ!」
彼が驚くとともに、地面と垂直になっていたカードがバラバラと落ちた。
「なんだ、リーテか。実は、君達にこれからどうしてもらうかを占っていたんだ」
散らばったカードを拾いながら、言葉を発した語り手さん。だがそこでミランダさんから氷の一言が突き刺さる。
『あたしはあんたの事がさらに信用出来なくなったよ……』
「えっ」
「実を言うと、ボクも……」
追い討ちをかけるようだが、残念ながら先程までの語り手さんの様子は、ローブが黒か紫ならば完全にぼったくり占い師である。非常に胡散臭い。
「そ、その、占いなら私の世界にもあったぞ! 勇者を導く占い師は、伝説の一端として語り継がれるそうだ!」
『……占い師が使ってるのは、水晶玉っていう未来を見通す魔法道具だろ? それならともかく、何の魔法も掛かってないカードじゃあ、どっちにしろ怪しいよ!』
「ミランダ殿、何故それを知って……」
ミツキ君の必死のフォローも、ミランダさんに論破されてしまう。語り手さんの心に、深く突き刺さっている数本の矢。
「そこまで言うのなら……そこまで言うのなら、僕は証明しようじゃないか! 君達を占ってしんぜよう!」
胸の辺りを押さえつつ、指を鳴らして。先程のようにカードが浮かび上がる。素早い空中シャッフルから、1枚のカードが取り出された。
「大アルカナ愚者、逆位置! ストーカーには要注意!」
いやいや、流石にそれは……
そもそも世界を渡り歩くボク達〔語り手〕を、ストーカーできる人なんている訳がない。
ボク達3人の疑いの目(ミツキ君もフォローを諦め、自分の気持ちに忠実になったらしい)を、語り手さんはさらりと躱した。さあさあとでも言いたげに、びしっと指を突きつける。
「そういう訳で、怪盗話は他の〔語り手〕に任せて、君達には新たな〔物語〕を書いてもらうよ!」
さあさあさあさあ急かされるまま、ボク達は飛び立つ事となった。
『あいつ……意外に子供っぽい一面があるんだねぇ』
ミランダさんのその呟きに、ボクはついつい笑ってしまった。




