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20,俺の知ってる怪盗と違う【後編】

「……こいつらは海外から来た」

 静まり返った空間の中、影人さんがぽつり呟いた。

「この国がほぼ鎖国状態である事を考えれば、例え国外で何を言われたって、怪盗稼業に支障は無いだろうよ」

「それでも」

 しかしなお、光太さんは首を振る。

 先程までの軽さなど微塵も感じさせない真剣な顔で。

「1ミリでもバレる危険性があるなら、おれは拒否するね……これは、遊びじゃねーんだ」

「ふざけんじゃねぇ!」

 突然の大音声が鼓膜を打った。影人さんが光太さんの肩を掴む。

「人前だからってイイコぶりやがって! 目立ちたいだけのお前に怪盗のなんたるかが分かってたまるか!」

 だらり、下がる肩。光太さんが急激にしぼんだように見えた。

 きっとそれは、身体だけでなく。

「おまえ……おれの事、そんな風に思ってたのか……?」

 黒の前髪で隠された目元が、彼の気持ちを如実に表している気がして。

 それでも影人さんは止まらない。

「ああそうだよ! 今まで、生活のために、仕方なく! 付き合ってやってたが、もう我慢できねえ!」

「……そう、か」

 光太さんは手を振り払った。2人の絆を断ち切るように。

「分かった……さよならな、影人。今まで付き合わせて、ごめん」

 それは決して、一時の別れの挨拶ではなかった。


「ちょっと」

 光太さんの去った方向をずっと見つめる影人さんに、ミランダさんが声を掛けた。

「……なんだよ」

 振り向いた彼は冷静なのに、何処か子供を連想させた。迷子になって、途方に暮れた小さな子供。

「影人……あんたの言った事は、ただの誤解だ。偏見だよ。あんたが学生時代にマトモじゃなかったからって、皆がそうな訳じゃあない」

 諭すかのごとく静かな声に、重ねるようにしてミツキ君も口を開く。

「独りというのは辛いものだ。謂れのない言葉も、きっと。影人殿、貴方は謝罪するべきだ」

 ボクも何か言おうとして……やめた。

(あなたに何も言えるわけがない。だってあなたは……)

「……人の性質を見誤るなんざ、何年ぶりだろうな」

 遮られた幻聴と、そして影人さんの、苦笑に失敗したような顔。

「少し頭を冷やす。あんたらの取材計画は、白紙に戻してくれ」

 彼は歩いてゆく。光太さんの行った方向とは逆へ。


 それから、丸1日が経った。

「どうしましょう……」

 ボクはホテルで確保した、シングルルームのベッドに沈み込む。

 現代な世界では仕方が無いとは言え、十数時間ぶりのボク姿。喜んだっていい所なのだが、ボク達の抱える大問題を思うとそういう訳にもいかない。

「リーテ殿……寝るわけでもないのにベッドに横になるのは……」

「分かりました……」

 ソファーにお行儀良く座ったミツキ君に指摘されてしまった。騎士であるゆえか礼儀にうるさいミツキ君は、この時ばかりはまるで兄のよう。……一般的な兄がどういうものか、ボクにはよく分からないけれど。

「本当に、どうしましょう……」

『他にいい〔物語〕の題材も見つからなかったしねぇ』

 まあ、つまりは。〔物語〕が書けないのである。題材にするはずだった光太さんと影人さんは、何だかそれどころではない。

「語り手殿の所へ帰っていいのではないか?」

 当然のごとくほぼほぼ隠れっぱなしのミツキ君は、既に参ってしまっているのか、珍しくも台詞が投げやりだ。

『ミツキ……これ、一応あんたの初仕事だよねぇ? 空振りでいいのかい?』

 それを言わないでくれ、とばかりに頭を抱えるミツキ君。

「護衛の仕事がしたい……」

 やっぱりミツキ君に変装でもさせるべきだったかなとか、この世界治安はそれほど悪くないからなとか、ミツキ君こそベッドに寝転ぶべきではとか、割と考えても仕方ない事が頭に浮かんだ。

『ま、明日また考えようじゃないか。休憩も大事さ!』

 柔らかなクリーム色の壁を、黒紫の鍵が横切る。彼女が開けたのは錠ではなくカーテンだった。

『せっかく夜景の綺麗なホテルに……』

 びたり、ミランダさんの動きが止まる。

 外の景色に釘付けになる。

「なんでしょう、これは……?」

「……分からない」

 明かりの灯る藍色の都市に、くっきりと舞う白の紙切れ。それがまるで雪のように、大量に降り注いでいた。

 ホテルのベランダにも落ちた紙を、寄ってたかって拾ってみれば。

『今夜10時丁度、銀の涙を頂きに参る 怪盗ライトライン』

 なんとそれは、信じられない予告状だったのだ――


 どうにも、気になってしまった。

 物々しくライトアップされた美術館、その外観に反して薄暗い中を走り回るボク達。

〈ミランダさん、「銀の涙」という宝石はここにあるんですね!?〉

「ああ!」

 ちなみにどこぞの政治家が血税を投入して買い上げたと噂の、いわくつきの代物である。という揉み消されていてもおかしくない話も、先程カタカタミランダさんが調べてくれた。

 文明の利器ことパソコンには、感謝しなければなるまい。

 怪盗モノでは定番の予告状(ばら撒きすぎにも程があるが)に書かれていた情報から、ライトラインの現れる場所を特定する事が出来たのだから。

「しかし、カイトウ2人は果たしてどうなったのか……」

〈ボク達が見ない間に、何かあったんでしょうか?〉

 だがさすがのパソコンも、ライトラインの動向を探る事は不可能であった。

 ……これで実は今日の朝にでも仲直りしてましたなんてオチだったら全ボクが泣くぞ。〔物語〕の美味しい所見逃した的な意味で。

「それを確かめるために、あたし達はここにいるんじゃないか……うわ!っとと」

 ミランダさんは華麗にウインク、した拍子に何かに躓く。どうにか転びはしなかったようだ。

「障害物としてはかなり大きいな。もしや、人か……?」

 素早く座り込んだミツキ君は、その何かの検分を始めた。触り、叩き、苦労しつつも裏返す……

「!」

〈そんな……!?〉

 そこに現れたのは。

 聞く限り物を盗むはずのない、怪盗ライトラインの陽動。彗星色はどこへやら、暗闇に溶ける黒い服と髪。

「光太じゃあないか!」

 彼が幾らか青い顔をして、倒れ込んでいたのである……


〈大丈夫ですか光太さん!〉

 そう言って、ボクの声は彼に届かない事に気付く。ミツキ君が身体を揺さぶり、ようやくうっすら目を開けた。

「うーん……」

 どこか虚ろなその瞳が、ボク達を捉えている。

「サンキュ……えーと……確か、どっかで会ったよな……」

 そうして何とか起き上がった彼。目を細めたその仕草が、なんだかやけに重たげで。

「昨日の夕方に、ねぇ」

「そうだ。光太殿、身体は平気か?」

 ふと、ボクは悟ってしまった。

 消えている。まばゆい存在感が、跡形もなく。

「だいじょぶ……ちょい、無理した、だけ……」

「どこがだい!」

「とにかくここを出て、休養した方がいい!」

 むしろ今の彼はそのまま消えてしまいそうなほどやつれているではないか。

「学校でもいつも、こんな感じだし……? ホント、ヘーキ、ヘーキ……」

 光太さんは力なく笑み……急にその目が何かを捉え、大きく見開かれた。

 ボク達の背後から忍び寄ってきたのは。

「おまえ……なんで……」

 いつになく目付きの凶暴な、影人さんだった。


「この、大馬鹿野郎!」

 ひそかに怒鳴った影人さん。

「お前が1人で怪盗なんざ、無謀にも程があるだろうが! 能力を抑えると神経が働かないって言ったのはどこのどいつだ!? あ!?」

 抑え目な声を補うかのように、彼はぎろりと睨みつける。本気、というか、まるで現役不良というか。

〈は、ははは……〉

 いきなり登場したのも相まり、影人さんは一層怖い。ボクは思わずカラ笑い、護衛2人も微動だにしない。

 しかしなるほど、光太さんは〔カリスマ・インパクト〕を押さえ付けていたのか。

「……見せたかった。おまえに」

 それは、光太さんの放った言葉。

「は?」

「影人がいなくてもちゃんと怪盗できるって、証明したかった。……単なる目立ちたがりだって言われて、ちょい悔しかったし」

「おい……それだけでわざわざ警察に捕まりに行くような真似をするか?」

 お前の思考はどうなってるんだよ、そうブツブツ呟いて、影人さんは肩をすくめた。

「……やっぱり俺が、サポートしないとな」

 だけれども、ニヤリ笑ったその顔は……無邪気ないたずらっ子のように楽しげで。

「……へ?」

「あぁそれから、お前が目立ちたいだけの馬鹿ってのは、撤回させてもらう。俺の勘違いだったからな」

 最初、呆然としていた光太さんも、ぱあっと明るい顔になって。

「行こうぜ、光太」

「おまえ……おれの名前、知ってたのか!?」

「まあな」

「影人……!」

 いつの間にやら彗星オーラを纏った彼は、感極まってか影人さんに抱きつこうとし……

「へぶっ!」

 ……彼のいきなり繰り出したつま先蹴りが、鳩尾にクリーンヒットした。

「さてと。一旦ここを出るぞ、記者」

 倒れた光太さんを大型荷物のごとく肩に担ぎ、いけしゃあしゃあと言い放った影人さん。

「ちょっと影人あんた、この流れで一体何を……!」

「鮮やかな体術だな。見習いたいものだ……」

「あんたも何言ってんのさミツキ!」

「はっ……! そうだ、大丈夫か光太殿!?」

 光太さんの無事よりも。ボクは声を大にして言いたい。

〈せっかく、せっかく……! いいシーンだったのにいい!〉

「何だ、今声がしたぞ!」

「侵入者か!?」

 その途端、響いたのは警備員の声。ボク達は慌てて近くの展示室へ駆け込んだ。

「うるせぇよ記者と通信者。危うく見つかる所だったろうが……」

 頭を抱えた影人さんの腕には、そういえば借りられっぱなしのイヤカフが。腕時計に引っ掛けられて、かすかな照明にきらきら揺れている。

 すっかり忘れていた。ここは、美術館の中でしたっけ……


「くっ……無駄にデカいんだよなこいつ……」

 と文句を言われても、体格的にも筋力的にも、光太さんは影人さんが運んだ方がいい。

 ――〔カリスマ・インパクト〕は人間を引き寄せる。無効化するには気絶させるのが1番手っ取り早いんだよ――

 影人さんからそんな言い訳を聞かされたボク達はしぶしぶ納得し、彼について行った。今はまたもや人気のない裏路地を歩いている。派手に予告状をばら蒔いてしまったからには、活動するしかないらしい。

 そういう時に限って――いや、これもまたもやと言うべきか――邪魔は入ってしまうようで。

「あの、すみません! 怪盗ライトラインを見かけませんでしたか?」

〈うええええ!?〉

 背後から掛けられた言葉の内容は、絶対絶命を知らせるもの。驚愕と共に、張り詰めた空気が走る。

 ついつい声をあげたボクを影人さんが(通信機と説明している黒紫の鍵の方向に)思い切り睨む。

 ……ええ、その視線の冷たさにボクの喉は機能しなくなりましたとも!今のボクに喉はないけれど!

 そして……恐る恐る振り向いて、ボク達は再び驚く事となる。

「失礼しました、わたしは探偵。探偵、ネイビーと申します!」

 警察官とは雲泥の差、涼やかな声が耳を打つ。立っていたのは美少女だった。

 セミロングの茶髪、つり目気味の緑の瞳。細めの眉と唇の角度が、彼女の意思の強さをはっきりと示している。服装はハンチング帽にインバネスコート、ボストン型の大きめ眼鏡といかにもな探偵。しかしショートパンツやローヒールのブーツなど、モダンテイストや動きやすさにもこだわっているようだ。

 ……基本的にブラウンベースで、紺色(ネイビー)要素が欠片も見当たらないのだが。どこから出てきたその探偵名。

 きらめく視線に、ボク達は動けない。下手に話すとボロが出そうだ。

 美術館へ向かう時、念の為にとミツキ君に鎧を外してもらっていたのは不幸中の幸いか。

「あれ、もしかして紺野さんですか? あそこのコンビニでバイトしている……」

 愛想笑いを装備して、振り向いたのは影人さんだった。

「あれ、御坂さん!」

 奇遇ですねと笑い合う2人。

 知り合い!?知り合いなの!?

 事態は全く掴めないが、影人さんの苗字が御坂という情報を獲得した(意味はない)。

「どうしたんですか?こんな所で……しかも、人なんて背負って」

「実は……」

 ボク達が呆然としている間に、影人さんは話す話す。適度に盛り上げみるみる嘘をでっち上げ、人助けの最中なのだとのたまった。

「流石、御坂さんですね!」

 本当に、流石すぎる。ここまでつらつらでまかせを述べるとは。

「紺野さんも、探偵活動頑張って下さいね」

「はい! それではまた!」

 影人さん、最後はライトラインの事さえもはぐらかし、窮地を軽々乗り越えた。ネイビーさんは去っていく。

 果たして……影人さんが凄いのか、美少女探偵が(探偵なのに!)鈍いのか。まさか、どちらもなのか……?


 色々とあったがなんとか、人気がなくそれなりに広さのある場所へと辿り着くことができた。

「う、うーん……?」

 ドサリ荷物のごとく下ろされ(まあ男の男に対する扱いなんてこんなものだろう)、ようやく目を覚ました光太さん。

「おい起きろ光太。さっさと警察どもを撹乱してこい」

 先程のデレはどこへやら、影人さんの呼びかけは冷たい。

「おー影人! サンキュな!」

 それでも動じる事もなく、笑顔を浮かべる光太さんはまあ流石カリスマと言うべきか。

「ああそうだ、これも着てけっ!」

 飛び上がった光太さんを、影人さんが呼び止めて。どこからか取り出したのは……怪盗ライトラインの、シルクハットとタキシード。

 高度を上げる光太さんへ華麗に投げつけ、黒い衣装は途端に怪盗ルックとなった(しかし神業である。投げる影人さんも、受け取り着込む光太さんも)。

「怪盗ライトライン……ただいま参上っ!」

 その声は空気を切り裂き、震わせる。

 バルコニーの柵を蹴り上げ、彗星は空へ駆けていった。


 その直後。

「10分遅刻だ! ライトラインっ!」

 ライトラインに負けず劣らず、鬼神のような声を上げ、彗星の後を追う者が。

 長い茶髪とインバネスコートが、ビルの隙間に翻る。

〈って、ネイビーさん!?〉

 大人しいタイプではないだろうと思っていたけれど……まさか、ここまでとは。

「ううむ、出来ることなら影人殿とネイビー殿に体術を御教授頂きたいものだ……」

「ミツキ……あんたのあだ名、戦闘狂だったろ……」

 何故それを、とでも言いたげに、ミツキ君がミランダさんの方を見た。

「呑気だなまったく……」

 そこへ口を挟んだのは、呆れた様子の影人さん。

「まあいい、俺もこれから忙しい。今度こそじゃあな、あんたら」

 こんなの持ってちゃ目立ってしょうがねぇ。そう言ってイヤカフを放り投げようとした影人さんを、ボクはまたもや呼び止める。

〈その……100年後なら、どうでしょう? あなた達の〔物語〕を、語り継いでもいいですか?〉

「はあ?」

 ボクはまだ、諦めていなかった。……だって。魅せられてしまったのだ。

「あんた、まだやる気だったのかよ……」

〈はい! 〔物語〕の100年に渡る保存について、上司に掛け合ってみようと思っています!〉

 ボクの発言に、影人さんはしばらくぽかんとした後。

「……流石に100年後なら、時効か。だが、万が一って事もある。あいつ……光太にもちゃんと許可は取れよ? さもないと……」

 そう言って彼は口角を上げた。それは陰動、策略家の笑み。

〈分かってますよ!〉

 なのに何故だろう。ちっとも怖くない。


 夜に消え行く影人さんの手元から、ミツキ君のイヤカフが放たれる。

「この仕事も、一段落だな」

 それを的確にキャッチして、ミツキ君から安堵のため息。

「さて、と! さっさと帰って、『語り手さん』を説得しなきゃねぇ!」

〈はい!〉

 ボクは白紙の本を開いた。

*ミステリー世界*(≒怪盗モノ、あるいは探偵モノ)

政府機関が腐っており、殺人、窃盗、公私混同、冤罪などの絶えない世界。警察など当てにならず、人々は探偵、さらには怪盗にまで助けを求める。

その特性上、探偵と怪盗は熾烈な争いを繰り広げているが、正義を持って悪を出し抜く者として、どちらも人々の憧れの的である。

また、この世界には稀に身体能力その他に優れた者が生まれ、歴史に名を残す事も多いらしい。

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