18,俺の知ってる怪盗と違う【前編】
最初に少し三人称あります。
それはどうしようもなく気詰まりな空間だった。
教育係の笑みはぎこちなく、鍵の声はどこか上の空。騎士は下を向き、手を固く握りしめていた。
誰かがつつけば、破れてしまいそうな。壊れかけの歯車を、無理矢理回しているような。
それでも彼女は知らないふりをする。知らないふりを、し続ける。
「ぐはっ!」
鳩尾を一突き、赤い影。
「短剣を使うまでもないな」
警備員さんがまた1人、ミツキ君にノックアウトされた。
〈流石です、ミツキ君!〉
「あ、ああ……」
僅かな明かりに光る、ミツキ君のイヤカフ。語り手さんがくれたもので、乗っ取られ中のボクの声もミツキ君に聞こえるようになった。非常にありがたい代物である。
「あたしの出る幕は無さそうだねぇ……」
〈いえいえ、そんな事ありませんよ……〉
ここから脱出できたら、ミランダさんに宿を取ってもらわなければならないのだ。現代風の世界では、大人姿の方が都合がいい。
「全く……なんであたし達はいつもいつも妙な場所に出るんだか……」
ある時はマスコット占領地帯に。またある時は魔王城のど真ん中に。
そして今回ボクたちは、人気のない夜真っ只中のビルをさ迷っていた。
もちろん見つかれば不法侵入で逮捕されるだろう。強硬手段を使ってでも、ここから出なければまずいのだ。色々と。
「……む?」
いきなり、ミツキ君が立ち止まった。
〈どうしました?〉
彼はボク達を曲がり角へと押しやり、一言。
「人が居る」
「……またかい?」
暗い廊下に落ちる囁き声。
「いや、今までの者と様子が違う。ケイビインでは無さそうだ」
3人でこっそり覗いてみると、ちょうど、男性がビルの1室に入ろうとしている所だった。黒いコートに黒いズボン、黒い革靴。街中でも歩いていれば、ちょっとお洒落な普通の人に見えなくもない。
突然……男性が、こちらを向いた。
「……見たな?」
男にしては長いまつ毛に縁取られた、鋭い目。それはなんだか、只者では無さそうな光を湛えていて。
……これはもしかして、終了のお知らせってやつでしょうか。
ボク達は、男性に部屋の中まで連行されましたとさ。
「ミランダ殿、貴方は隠密行動もしていたのだろう?」
「まあ、玲央をとっちめる為に、色々やってたからねぇ……」
「私も傭兵殿達から習った事があって、今回も実践していた。……何故見つかったのだ?」
「んな事、あたしに聞かれても……」
「何をコソコソ話してるんだ? 場合によっては……」
「「何でもない(よ)!」」
こちらを振り返ってスマホを持ち上げた男性に、ミランダさんとミツキ君が大声を張り上げる。
「静かにしろ。見つかりたいのか?」
その言葉に途端に黙る2人。
〈はぁ……〉
面倒な事になった。男性は、不法侵入で逮捕されたくなかったら、今から自分がやる事を見逃せと――つまりは、脅してきたのである。
「ここで通報したら、あんたの存在もバレるじゃないか」というミランダさんの言葉に対し、「こちらの存在を知られずに訴える方法もある」などと非常に恐ろしい事をのたまってくださり。
だからと言って、隠密術(?)を華麗に見破った男性を気絶させる事が出来るのかと言われれば、それもあまりにも危険な賭けで。
〈どう、しましょう〉
「ここは従っておくしかないだろう……」
そんな訳で、冷や汗たらたら、男性の側に立っているわけだ。
「終わったぞ」
彼の両手には、いつの間にやら大量の札束。札束……
〈……え!?〉
もしかして、泥棒!?
「あんた……そりゃあ、窃盗罪じゃないか!」
そう、それはこの部屋の隠し金庫から取り出されたもの。
男性はどこからか引っ張り出した袋に、お金を詰めた。
「俺にも事情ってものがあるんだよ……それにこれ、元々汚い金だしな」
「たとえ汚れた財産だとしても、盗んだ事に代わりはない!」
ミツキ君もミランダさんも「主人公側」の人間だからか、正義感が割と強い。今だって、男性に食ってかかっている。
「だから静かにって言ってるだろ。今時、呆れる程に綺麗事だな」
男性の声が、ワントーン、下がった。
「……何だと?」
「ふうん……」
今にも飛びかかりそうな2人。
〈ミツキ君、ミランダさん、落ち着いてください! この世界の常識は……!〉
ミツキ君の表情が、抜け落ちた。多分ミランダさんも。
「そう、だったな」
「そうだったねぇ……」
急に構えを解いた2人に、男性は妙な顔をしている。
――この世界のこの国の政治機関と呼ばれるものは、酷い有様だよ――
語り手さんの、悲しく歪んだ口元が浮かぶ。
ここの警察検察は、弱い立場の人々の罪を不当なまでに重くする。時には濡れ衣さえ着せる。自分達の為だけに、罪悪感も躊躇いもなく。それだけでも許しがたいのに、さらには財産を多く持つ悪い人間と結託し、その人達の悪事は見逃し誤魔化しもみ消している。
権力分立なんてあったもんじゃない。皆利益の事しか考えないし、自分の都合のいいようにしか動かない。
だからこそ……この国で捕まるのは、まずいのである。
「よし」
いつの間にやら、男性が重たげな袋を担いでいた。
「行くぞ。秘密を守ってくれれば、出口までの安全なルートを案内してやるよ」
「「〈…………〉」」
脅しに餌。なにこの人、こわい。
「あんた、名前はなんて言うんだい?」
〈ミ、ミランダさん……!?〉
再び夜真っ只中のビルを歩き回る――と言っても先程と違い、警備員を気絶させずに済んでいるが――その最中、ミランダさんが男性に名前を尋ねるという、なんとも勇気ある行動を取った。
あるいはこれが年上の余裕と言うものかもしれない(男性はミツキ君の実年齢以上、ミランダさんの年齢以下ぐらいに見える)。
「ま、これ以上何を知られても同じか……俺の個人情報もさっきので黙らせればいいワケで」
恐ろしい独り言には聞こえないふりをして。
「ただ……名を名乗る時は、まず自分からだろ?」
飛び出る王道台詞。
「それもそうだねぇ。あたしは、ミランダ」
「……ミツキだ。漢字は無い」
リーテです、と、心の中で呟いた。
「ふーん。俺は影人。日影の影に人と書く」
……数字の8?
「おい、今誰か馬鹿にしただろ」
男性改め、影人さんがギロリとこちらを見た……気がした。
〈だ、だだだ、第六感……!?〉
(リーテ……)
ミランダさんの呆れた声がボクの中に響く。
と言うか、数字の8って馬鹿にした事になるんですか!?
「で、あんたらは何者だ?」
彼は仕返しとばかりにボク達の事を聞いてきた。
「記者……みたいなもんだねぇ」
「記者? ……ああ、ネタを求めてこんなトコに来たのか。だがあんたはまだ分かるとして、そこのコスプレしたチビっ子も?」
……ちなみにミツキ君の現在の姿は、鎧を付けていない騎士だ。真紅のナイフ(剣は目立つので置いてきたらしい)と、赤いギャンベソンが暗がりでもはっきりと見える。
「……知らない言葉があったが、侮辱されているのは分かる……!」
〈ミツキくーん! 抑えて! 抑えて!〉
またもや攻撃体制を取った彼を宥めるボク。
「こいつは……護衛みたいなもんさ。あと、姿はチビっ子でも、中身は青年だからね」
「そうだ!」
ミツキ君は何とかナイフを収め、抗議のごとく肯定するにとどめた。
「へぇ、障害かなんかか? 赤い目ってのも、珍しいな」
「あ、ああ……」
複雑そうな顔をするミツキ君。故郷では魔物の象徴、忌まわしきモノとされてきた赤い瞳が、「珍しい」で済まされてしまうから……だろうか。
「さてと、この階段を降りれば出口だ」
「随分、時間が掛かったねぇ」
「なんか知らねえけど警備員らの動きがやけに活発だったからな……ルート選びに苦労したぜ……」
ぎくっ。
〈それってもしかして……ボク達のせいでしょうか……〉
ミツキ君に気絶させられた警備員さん達が、復活したのかもしれない。
視線だけでの会話を実現したボク達は、固ーく口を閉ざす事に決めた……
外だ。ああ、外だ。
たとえ夜遅くても、出た場所が細く暗い道でも、外である事に変わりはない。裏路地を照らす灯火が、天の光に思えてくる。
しかし、吹きすさぶ風は少し冷たい。この世界は現在秋あたりのようだ。
〈ふう、脱出出来て良かったです……〉
「ようやく、だな」
「一時はどうなることかと……」
「その口ぶり……あんたら、迷ってたのかよ……」
影人さんは札束を足元に置き、呆れたように腕を組む。
「ま、ありがとうねぇ」
彼女はいきなり、お礼を言った。
「……は?」
「あたし達をここまで案内してくれて、さ。ほら、ミツキあんたも」
「……感謝する」
〈ありがとうございました!〉
ボクも、と言われた気がしたので。
例え伝わることがなくても、お礼は大事なのだ。
「別に感謝されるような事じゃねーよ。言うこと聞かせるためだ」
「分かってるよ、そんな事は」
「はああ? あんたら、変な奴らだな……」
影人さんは腕を組み直し、ボク達を――正確にはミツキ君とミランダさんを、上から下までジロジロ見つめた。
……が、彼のスマホから流れた軽快なメロディに、慌てて背筋を伸ばす。
「どうしたのだ?」
「あいつの、お出ましだ。あんたらにも見せてやるよ」
勿体ぶったような代名詞。
〈あいつ? 何者でしょう……〉
(さぁ……一般人では無さそうってのは、確かかねぇ)
その時だ。音もなく、ボク達の前に彗星が降り立った。……もちろん、それはただの人である。
「サンキュ、影人!」
「ああ……」
現れたのは、奇抜な格好をした青年だった。
やや蛍光色がかった、淡い水色のシルクハットとタキシード。暗い色のシャツは丈が短く、腹筋が惜しげもなく晒されている。……寒くないのだろうか。
象牙色の髪は短くも長くもなく洒落た風に跳ねていた。そのうちの1束だけが群青で、長さも違う事からつけ毛だと思われる。背は……男性としての平均身長を軽々と超えるぐらいか。
「ん? そこにいんのは……悪人面のOLと、コスプレした子供?」
「なっ……!」
ミツキ君またもや憤慨。もう慣れてもらうしかない。
〈あなたも人の事言えませんよー……〉
せめて、青年に対して言い返しておく事にしよう。聞こえなくとも。
ミランダさんは「悪人面のOL」呼ばわりに特に怒りもせず、ため息をついただけだった。
「女記者とその護衛だと……任務遂行中に、見つかっちまった」
「おいマジかよ! ヤバイじゃん!」
「大丈夫だ。脅してある」
「おお、そーか……」
おまえもけっこーヤバイな、という言葉に、ボク達は全力で頷く。
「…………まあいい。というかお前、そろそろ行かないとマズイんじゃねえか」
「あ! そーだよ!」
やべーやべー、と呟き、青年は札束の入った袋を持ち上げた。
〈……え?〉
その事に対して、影人さんは何も言わない。
もしかして2人は、コンビの泥棒なのだろうか。でもそれにしては青年の服装は派手すぎる。……もしや、これは。いや、まさか。
「あ、しくった! そこの影人に見つかった哀れな2人に、自己紹介してなかったな!」
「誰が哀れだ!」
「あんたねぇ……さっきっからちょっと失礼じゃないかい?」
ようやくミランダさんも口を出した。
「そっか、わりーわりー!」
ともすれば更に怒りを煽りそうな軽い謝罪だが……顔が良いわけでもないのに何故かキラッキラな笑みで言われると、不思議と怒る気になれない。
「おい! さっさと行け!」
痺れを切らした影人さんが、青年を追い立て始めた。……何故だろう。彼から余裕の無さが伺える。
「んじゃ最後に! おれは光太……あ、光って字に太陽の太な! そんでもって、何でも盗む正義の怪盗ライトラインでもある! ……じゃーな!」
青年こと光太さん(いや、ライトラインか?)は、再び彗星のように去って行った……




