17,妄想と、現実と
シリアス警報発令中。
『リーテ、ちょっと僕の部屋に来てくれないかな? ミツキ氏とミランダ氏も一緒に』
「あ、はい、分かりました」
ミツキ君による大質問大会の最中、頭の中に響いた声。
〔物語〕集めお疲れ様休み(たいてい1日~2日)を満喫していたボクは、語り手さんから呼び出しを受けた。自室のソファーから立ち上がる。
『なんだい、もう次の仕事かい?』
ボクの様子から呼び出しがあった事を察したらしく、やや面倒そうに応じるミランダさん。
「私の初仕事、か……」
仕事と聞いたミツキ君は、手を握りしめている。しかし……
「そうでは、ない気がするんですよ」
仕事なら仕事と必ず言うのだ、語り手さんは。
「違うのか?」
肩透かしを食らったらしいミツキ君。
「はい。ミランダさんとミツキ君も来てほしいと言われたので、とりあえず行ってみませんか?」
「わ、分かった……」
『ああ……何だろうねぇ』
こうしてボク達は、よく分からない呼び出しに応じる事となった。
語り手さんの部屋。
この部屋は、ボクにとってはロマンの塊だった。現実から連れ出されて、説明を聞いた所。高揚する気持ちを抱えて、世界へと旅立つ所。
だからこそ……この部屋であんな事、聞きたくなんてなかった。
「分かったんだ。君が魔法を使えない理由が」
「そうなんですか!」
これはいい知らせだ。
ボクの力だけで魔法を使う。少なくとも魔法が使えない理由の判明は、その第一歩であるはずだ。
「……リーテ、期待してる所悪いけど、君単独で魔法を使えるようにはならないと思う。努力でどうにかなるような理由じゃないんだ」
「え……」
……上げて落とすなんて、恨むぞ語り手さん。
『そうなると、あたしが用無しになっちまうしねぇ……』
「私とて同じだ。リーテが自分の身を守れるようになれば、ここにいる意味は無くなってしまう」
「あ……いえいえ! 例えボクが魔法を使えたとしても、頼りない事に変わりはないですし! 2人には、護衛でいてほしいです!」
「『リーテ……』」
なんで驚かれるんだろう、そこで。
でも。ボクの態度は、2人を不安にしてしまったのでは、と思った。すみませんでした、と、声に出さず謝る。ボクに言えた義理ではないというのは、重々承知だけれど。
ただ先程の言葉も、確かにボクの本心だ。ずっと独りは、きっと心細い。
(……独りで生きてきたあなたが今さら、そんな事を言うんですか?)
幻聴には聞こえないふりをする。
『……で、リーテが魔法を使えない理由ってのは、何なんだい? あんたのその言い方からすると、先天的な物だと思うんだが』
ミランダさんの言葉で我に返った。そう言えば聞いてませんでしたね!
「……ミランダ氏の言う通りだよ。リーテ、君は、魔力を外に出す事が出来ないんだ」
「それ、は……」
「語り手殿、どういう意味だ?」
ミツキ君がボクの言葉の続きを言ってくれる。
「君の中には確かに魔力がある。量も質も申し分ないものがね。でも、放出する事ができない。
君の身体の中に、蛇口のない水道があると思ってもらえばいいと思う。魔力が君の身体の外へ出て行かないんだ。ゆえに、魔法が発動しない」
「へえ、そうなんですか……」
分かるような、分からないような……
「成程……リーテ殿が魔法を使えない事には、そのような理由があったのだな」
ついさっきの質問大会でボクが魔法を使えない事を聞いて、水道やら蛇口やら訳分からなそうな物で例えられて、よく納得できるねミツキ君。
『で、なんであたしが取り憑くと魔法が使えるんだい?』
よく理解できるねミランダさんも。
「それについては推測の域を出ないんだけど……多分、ミランダ氏が取り憑く事によって、何らかの形で魔力の通り道が出来ているんだと思う。さっきの例えでいうなら、ミランダ氏が蛇口の役割を果たしているんだね」
『ふーん……なるほどねぇ』
なるほど、わからん。この件の理解は、異世界出身の2人に任せておこう……
「で、ここからが問題なんだけど」
語り手さんは口角を下げ、ボクを指差した。
……この前もやってましたけど、人を指差すって、あまり良くないんじゃないですかね。
「魔力を使いすぎると身体に不調が出るのと同じく、使わなすぎても弊害が出てくるんだ。これは、様々な前例から分かってる事なんだけどさ」
……魔力魔力よく分からない言葉を連呼され過ぎて、話半分で聞く気にしかなれなくなってきた。
「今は、ミランダ氏が君の魔力を使ってくれているから大丈夫だと思う。だから、ここに来る前の事を思い出しながら考えてみてほしい」
何だろう、雲行きが怪しい。〔妄想〕が現実を仄めかすような事を言うなんて……
「まず1つ、あまり眠気が起きない。ごく少量の睡眠時間でも大丈夫」
思考を遮った語り手さんの言葉に、同意。確かに梨子はショートスリーパーだ。
ちなみにボクは平均睡眠時間8時間、全くもって正常である。
「2つ目、人に悪印象を持たれやすい」
何かを抉られた気がするが、しぶしぶ同意。正直、考えたくない案件……
「最後に……五感全てを伴った、トリップとしか言いようのない幻覚症状」
「……!」
ああ、駄目だ。
もう限界だった。この〔妄想〕での、数々の、考えないようにしてきた違和感。矛盾点。それが収束し、ボクにある啓示をさせる。
もしかして、ここは…………現実?
「……図星、みたいだね」
その言葉に答える余裕なんて、今のボクには無かった。
「……リーテ殿?」
『あんた、どうしたんだい』
知らない。ボクの〔妄想〕が幻覚だなんて。
知らない。現実にこんな場所があるなんて。
だって現実は、ボクを傷つけるものでしかなくて。ボクを受け入れてくれるのは、ボクから生まれた〔妄想〕だけのはずで。ボクはずっと、ずっと独りで。
……これは、認めてしまえばボクという存在が跡形もなく崩れて、風に吹かれて散り散りになってしまうことで。
「すごい、ドンピシャです! 驚いて自失呆然になってました!」
ボクは笑って……事実に、蓋をした。
気付かないふり、気付かないふり、気付かないふり。逃げて逃げて逃げて、そうやってボクは生きてきた。
正面から向かいあうなんて、ボクには……できない。できっこないんだ。
「ボクへの用事は、これだけですか?」
「う、うん」
「ではボクは失礼します! もうすぐ食事の時間なので!」
幸いにも時刻は夕飯直前。
「待ってリーテ! 僕はミランダ氏にも用事が……!」
その言葉を最後まで聞かず、ボクは部屋を飛び出した……




