16,格差パニック!?
「おかえり、リーテ」
「ただいま戻りました、語り手さん!」
「ここは何処だ!? 違う世界とはなんだ! 説明してくれ!」
ボク達はいつも通り、〔語り手〕の拠点に帰ってきた……と、いう訳にもいかず。新たな護衛であるミツキ君は、背伸びしてボクに掴みかかっている。
『ミツキ、ちょっとは落ち着きなよ……そんなに揺らされたら、あたしが気分悪くなっちまうよ』
力の無い声で呟くミランダさん。
「えーと、ミツキ、氏? とりあえず落ち着いて……」
語り手さんがそう言った途端、ミツキ君は凍りつくように動きを止めた。
「申し訳ございません」
すぐにボクから離れ、跪いたが……頭を垂れる様子はなく、信じられないとでも言うように、目を限界まで見開いている。
おかしい。
『あんた、なんで敬語なんて使ってるんだい?』
そうだ。彼は、年上のミランダさんにも敬語を一切使っていないのに。
ミツキ君はぎこちなくミランダさんの方――つまりはボクの胸元――を見た。
「魔物としての性だ。人ならざる格上の者には、つい従ってしまう」
爆弾発言、炸裂。え、語り手さんって人外だったの!?
「あなたは、一体……」
ボクの言葉に、フードから覗く口元が引き攣った。
「待った、待った! 僕は確かに人間ではないけど、黙ってたのは悪かったけど! 偉いわけじゃないから! 僕に敬われる程の価値はないから!」
「そんな訳にはいきません。貴方様は、生きた年数も、人ならざる者としての力も、私とは段違いなのですから」
そうして、彼らの腰の低さ競争が始まり……
「……分かった」
最後には、ミツキ君が折れた。
ちなみに、ミランダさんは語り手さんが人外である事を知っており、ミツキ君が魔物ということも予測していたらしく。衝撃の事実やらミツキ君のイメージが揺らぎそうになるやらで慌てふためくボクとは違い、終始落ち着いていた。
……流石だ。
その後ようやく、備え付けのソファーに向かい合わせに座り、ミツキ君にあれこれ説明する事になったのだが……
世界へ取材に行った事による身体的、精神的な疲れ、そして昨夜ほぼ睡眠を取っていなかったせいで、ボクは居眠りしてしまったのだった。
「ん……?」
目を覚ますと、語り手さんがいた。
「あー、ごめん。起こしちゃった?」
ボクはソファーに横になっている。そこに語り手さんが自分のマントを掛けようとしていたらしい。
「いえ、大丈夫です」
……こんな風に誰かがボクの身体を労わってくれたのは、随分と久しぶりだった。
「2人は部屋に行ったよ。ミランダ氏が、ミツキ氏に色々案内したいんだってさ」
「そう、ですか」
首にかけた黒紫の鍵に引っ張られるミツキ君を想像してみる。
「……ミランダ氏から聞いた。ごめんね、君を怖がらせてしまって」
「いいえ!」
確かに少し怖かったけれど、ミツキ君に会えたのだし、後悔はしていない。
「あ、そう言えば……」
ボクは、テーブルの前に置かれていた本から、今回の〔物語〕に相当する部分を開く。
「どうしたの、リーテ? 今回の収穫は無しっていうのも聞いてるよ?」
「いえ、あるんですよ」
ボクから本を受け取った語り手さん、〔物語〕を流し読み。
「これは、もしかしてミツキ氏の……?」
「……やっぱり、バレますか」
「〔物語〕の主人公」と身体的特徴が完全に一致しているから、仕方ないと言えば仕方ない。
「実は、本人に〔物語〕を書く許可を取ったとは言い難いんです、それ」
きっとあれは、ボクにだけ話してくれたものなのだ。
「なので……公開は、しないでもらえませんか? ミツキ君が、自分の過去を話せるようになるまで」
「分かった。でも……ミツキ氏が過去を自分から話す事が出来る日なんて、来るかな? 誰にだって、話したくない過去の1つや2つあるものさ。僕にだって、君にだって、ね」
「…………」
そう、ボクだって、偉そうにミツキ君の事を言える立場ではないのだ。
……何故ボクは、追い詰められているのだろうか。〔妄想〕は、ボクによる、ボクのための空間であるはずなのに。
「まあ、いいよ。〔物語〕は、僕が厳重に保管しておくから」
「ありがとうございます……では、ボクは部屋に戻ります」
こんな時には、何も考えず休んだ方がいい。皆の前で、明るく振る舞えるまで。
「仕事が来たら、また呼ぶからさ。それまで、ゆっくり休みなよ」
「はい」
不可解を押し込めるように、ボクは扉を閉めた……




