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13,魔物勇者と赤い月【前編】

※今回、暗めの話となります。

※非王道要素が少ないかも。

※拙い戦闘描写あり。

※未成年?が飲酒するシーンがありますが、良い子はマネしないでね。

 潜入したのは、得体の知れない材質でできた、黒く巨大な城。窓から見える、あり得ない程毒々しい色の雲。数々の警備と仕掛けを切り伏せ、今、一際豪華な扉の前にいる。

 ――ようやく、ここまで来た。

 恐怖と歓喜で震える腕は、未だ細いまま。成長する事はないと、分かっている。

 私は、扉の取っ手を掴み、力いっぱい引いた。

「覚悟しろ、魔王!」


「我が城を襲う者ありと報を受け、どんな輩かと思ってみれば……年端も行かぬ子供ではないか。全く、情けない部下どもだ」

 血色のカーペットの先、階段の上にある王座。そこに座っていたのは、長い黒髪の男だった。尖った耳や紅い瞳が、奴が人間でない事を示している。歩きながら、少しづつ魔王に近づく。

「子供ではない。これでも20年は生きている」

「20年? はっ、十分子供ではないか。我々からすれば、ほんの瞬きするような時間に過ぎん」

「そう……かもしれないな」

 私は、武器を構えた。真紅の刃を持つ剣。

「我を倒そうというのか?」

 魔王が立ち上がり、はるか上から私を見下ろす。いつの間にか、その手には長い剣が握られていた。

「その為に、ここまで生きてきたっ!」

 剣を振り上げ、跳躍。魔王の背丈より高くに飛び上がり、斜め上から攻撃を打ち込む……が、流石魔王、難なく受け止めた。私はその勢いのまま宙返りし、王座の後ろへと着地する。すぐさま、ほぼ真上から迫る刃を受け流した。

 そして素早く振り返り、追撃を斜め下に向けた剣で左側から受け、魔王の剣を右上に弾く。その反動を使い、身体を宙に浮かせたまま半回転。魔王の背後に一度着地した後、階段を一気に飛び降りる。

「お前は……何者だ?」

 階段を降りながら、聞いてきた魔王。

「決まっているだろう。お前を倒しにきた、勇者だ」

「いいや、違うな」

 嘲笑ひとつ漏らして、魔王は続ける。

「紅い目……人間離れした動き……お前には、魔物の血が流れているだろう。これは『魔王の討伐』ではなく、『下克上』ではないか? それに、ついこの間我を倒そうとした勇者という存在は、『平和の為に俺に殺されろ』やら、『俺が世界を守るんだ』やらと、下らない『正義』をかざしてきた。お前には、それがない。復讐……その為だけに我を殺そうとしている」

「……っ!」

 図星、だ。私は、勇者にはなれていないということか。

「さてと、お遊びはここまでだ」

 魔王が、攻撃に転じた。一度退こうとした私を信じられない速度で追いかけ、食らいついてくる。人の姿をしているが、その動きは凶暴な魔物を思い起こさせた。

 素早さと変則的な動きで攻撃を避けつつ、少しづつ敵の体力を削り、時に均衡(バランス)を崩して仕留める私のが戦法だ。圧倒的な速さと力でこれを封じられてしまえば、防御以外に打つ手はない。幸いなのは、魔王が剣をかなり下に向けて戦うのに慣れていないだろう事か。それでも、魔王の方が優勢であることに変わりはない。

 剣を受け止め、反撃する事は私の筋力、体格からして不可能。私は勢いに押され、どんどんと後退していく。今はなんとか剣を受け流しているが、それもいつまで持つかどうか……

 ふと、視界の隅に入った白いモノ。魔王の城には不釣り合いな色。

 そこに居たのは、白髪白装束の少年だった。まさか、魔王に囚われているのか!?

「愚かだぞ、余所見をするとは……」

「!!」

 一際強い打ち込み。衝撃で座りこむ。私の剣が耳のすぐ側を通り、切られた白金の髪が、宙に舞った。金属と石畳が触れあい、音を立てる。

 私はもう一つの武器……やはり刃の紅いナイフを取り出した。

「そんな物で、我の剣を受けられる訳がなかろう……! さて、どこから切ってやろうか?」

 勝利を確信したらしい魔王は、左の指を、まるで私の首や胴体を切るかのように動かした。

 ――ねえ、ミツキ。魔王、倒してあげよっか?――

 聞こえたのは、幻聴。幻聴のはず、だ。

 まただ。私が死にそうになると現れる、私の中のなにか(・・・)。返答など聞かないうちに、私の精神を飲み込んでいく。

「ねえ魔王。油断大敵、だよ?」

 私の口が勝手に言葉を紡ぎだしたあたりで……意識が途切れた。


 私が目を覚ました時、魔王は既にいなかった。他の魔物を倒した時と同じように、何かはあまり考えたくない真っ赤な液体が広がるのみ。

「はあ……」

 その中心に、さらに紅くなったナイフが鎮座していた。身体中傷だらけで、何故か鎧もそこかしこに散らばっている。

 ……私に魔物を倒した記憶がないという現象は、度々起こる。多くは、ナイフを使わなければいけない事態となった時だ。命を奪われそうになった時。

 結局、ほとんどの魔物と魔王を倒し、復讐を終え……いや、世界に平和をもたらしても、私の中に巣食うなにか(・・・)の正体は分からずじまいだった。

 ナイフを拾い上げて帰ろうとしたとき、少年の存在を思い出す。彼は、私に背を向けていた。

 このように、助けた人間が隅の方で膝を抱えて震えていることもある。……私はいったい何をしてしまっているんだろう。

「怖がらせてすまなかった。しかし、いつまでもここにいる訳にもいかない。嫌だろうが、私に付いてきてはくれないか?」

「はい……」

 少年にしては高い声。少女? そうだとしたら髪が短すぎるが……これは、異国の文化なのかもしれない。魔王が他の国で人攫いをしたという可能性も、十分にある。

 しかしまずは、彼女を私の住む国へと連れていくべきだろう。

「案内しよう。こちらだ」

 無言で付いてくる少女。どこの国の者だか聞きだして送り届ける、そのような「勇者」としての行いは、私にはとうてい出来そうになかった。


『リーテ、あんた、本当に大丈夫かい?』

 まただ。

 私は、魔王城を逆行し、時々現れる残党を蹴散らしつつ(これ以上怖がられたくはないので、気絶させる程度に)、彼女を連れて歩いていたのだが。

 私と少女(と魔物)以外は誰もいないというのに、女性の声が、聞こえるのだ。しかも、耳ではない所から。

 実を言うとこの現象には心当たりがある。聞くか、聞くまいか。好奇心と警戒心と、彼女は私に話しかけられた時どんな反応を返すか、という恐れの間で揺れる。

『あはは、確かにねぇ!』

 謎の声が、笑った。……ええい、聞いてしまえ!

「その、先程から女性の声が聞こえるのだが……もしや貴方は、魔物と契約を結んでいるのか?」

『……誰が魔物だって……?』

 問いかけに答えたのは、少女ではなく。明らかな怒りを含んだ謎の声だった。


『いやー、大人げなく怒っちゃって、申し訳なかったねぇ』

「こちらこそ、意図せずとも無礼を働いてしまった。すまない」

 謎の声ことミランダ殿と、言葉を交わす。

 少女ことリーテ殿の身体を借り、今にも私に殴りかかりそうだったミランダ殿。平謝りし、名を名乗ってもらう程度には落ち着かせる事ができた。……酒場によく居る男の、「女ってのは怖いもんだ」という言葉は正しかったようだ。

 ちなみに、リーテ殿は「ミランダさんの声が聞こえる人っているんですね……!」となにやら驚いていた。

「あの、ミツキさん、ですよね? 魔物と契約を結ぶって、何なんですか?」

 若干気まずそうに、質問してくる彼女。

「それはだな……」

 私は、自分の国には魔物と契約をして、何かしらの能力を得ようとする者がいること、それには相応の対価が必要であること、また、位の高い魔物となら心の声で対話も出来ることなどを話した。

 私は同族なので、魔物の声だけなら聞こえてしまうことがある……と言うのは黙っておく。

『ふうん……あたしが、魔物じゃない、って点を除けば、あたしとリーテの関係性もそんなもんだねぇ』

 魔物でないと言う部分をやたら強調しつつ、ミランダ殿が言った。

「そうですかね?」

『そうだろ? あたしは自分の身体を失ってなお、この世に存在していられる。心躍る冒険もできるし、魔法だって使える。 あんたは、時々身体をあたしに貸す代わりに、護衛を得ることができる』

 ミランダ殿にも、色々あったらしい。少し気になったが、初対面で聞ける事でもないので諦めた。じゃあお前の過去も話せ、などと言われても困る。

「確かに、そうですね!」

 その後も、楽しそうに会話する彼女達。当然ながら、私は蚊帳の外だ。2人を見ていると、羨望とも嫉妬ともつかぬ感情が沸き上がる。

 勇者は……いや、私は、孤独だった。魔王を倒しても、この痛みがなくなる訳ではない。それもまた、契約の代償。

 私は、魔王城の門を開けた。


 道中では、ミランダ殿が魔物討伐を手伝ってくれた。

 彼女は、魔術師のようだ。魔物に対しての属性攻撃。私には到底理解出来ない技術で、援護をしてくれる。その時リーテ殿の姿が変わるのも、魔法の1種なのか。おそらく、リーテ殿の身体を使って自分の姿を再現していると思われる。

 途中、加減を間違えて魔物を倒してしまったが、リーテ殿に怖がっている様子はない。……良かった。


 私達が国境沿いの門に辿り着いたのは、今にも夕焼けの光が消えるという頃だった。

「独断で私の国に来てしまったが、貴方達の国に直接行った方が良かったか?」

「大丈夫です」

『構わないよ。あたし達の住んでるとこは、1日2日で辿りつけるとは思えないしねぇ』

 ……そんなに遠い所からさらわれて来たのか。魔王は何をしたかったのだろう。

 謎に思いながらも、門番2人に話しかける。

「ここは王国国境。お前は……何者、だ」

 まさか、という言葉を、無理に飲み込んだように思えた。

「王国騎士団第6部隊、ミツキ・フォーレだ。こちらは、魔物災害被害者のリーテ殿」

 顔を青くし、寄って話を始める彼ら。

「げっ!第6部隊!?」

「ミツキって、『あの』ミツキか!?」

「〈血染めの騎士〉……!」

「あああ、俺、呪われるかも……!」

 声を潜めているつもりなのだろうが……人間より過敏な私の耳は、大体の会話は拾ってしまう。

「で、通して貰えるのか」

「「は、はいいいい!」」

 門番達は、避けるように道を開けた。


 薄暗い街中へ、リーテ殿とミランダ殿を案内する。

『ミツキ、さっきの奴ら、なんか様子がおかしくなかったかい?』

「すまない、この国は閉鎖的でな。ただ、魔物に被害を受けた者ならば、保護の名目で立ち入る事が出来るから、安心してくれ」

 違う。魔物の影響で外交が途絶えており、外国の者が珍しいのは確かだが……大半は、私のせいだ。

「あの……さっきからボク達、避けられてませんか……?」

「すまない、この国は閉鎖的でな」

 いや、違う。私のせいだ。


 むせ返る熱気と、喧騒。漂ってくる酒と料理の匂い。

「あら、ミツキ君! いらっしゃーい!」

 行きつけの酒場(私はこれでも大人だ)に入ると、女将が出迎えてくれた。

「おうおう、ミツキじゃねーか…………ん? そこの坊主は誰だ?」

 無遠慮な言葉をかけてきたのは、仕事の時以外は酒場に入り浸っている傭兵達だ。

「こちらは、リーテ殿。異国から来た少女(・・)だ」

「……は?」

 おいおい、冗談だろ、と、声が上がる。

「え、あ、はい、どうも……」

 リーテ殿が声を発するとともに、傭兵達の間で驚きの叫びが響き渡った。

『……リーテ、やっぱあんた、その髪型変えた方がいいんじゃないかい? 男に間違われるの、これで何度目か……』

 ……私もその1人であろう。

「いいんですよ、別に!」

 満面の笑みのリーテ殿。

『そう、かい……?』

 納得のいかないような声色のミランダ殿。

「ところでミツキさん、どうしてこんな所に?」

「実は、ここの酒場は宿屋も兼ねていてな。宿泊代金は私が払う。今日はここに泊まっていかないか?」

 私の屋敷は……使用人が1人もいない為、泊める事は難しい。

「今なら、夕食もつけるわよ!」

 女将も宿屋を勧めてくる。

「確かに、泊まる所があれば嬉しいですけど……悪いですよ!」

『あたし達、金は持ってるんだよ?』

 そこに割り込む無粋な声。

「嬢ちゃん! カネなんてな、ミツキに払わしときゃいいんだよ!」

「こいつは給料が有り余ってるんだ、使わせてやれよ!」

「悪かったな! 大した趣味も持ち合わせていない戦闘馬鹿で!」

 傭兵達に言い返す。否定出来ないのが辛い。

「いや、でも……」

『そういう事なら、世話になってもいいんじゃないかい?』

 ミランダ殿の含み笑いが居た堪れない。

「では、その、ありがとうございます」

「はーい! じゃ、まずは腹ごしらえね!」

 リーテ殿の声に応え、女将は台所へと向かった。


 夜も更け、リーテ殿とミランダ殿が2階の宿へと向かった後、女将に宿泊料を渡す。

「これが代金だ」

「ありがとう……あら? ミツキ君も泊まるとして……なんでお代が3人分なの?」

「……すまない、間違えた」

 実体を持たないミランダ殿は勘定に含まないのだった。

「それから、今日は酒も頼もうと思う」

「えっ!?」

「魔王討伐達成の祝いだ」

 私の復讐は、終わった。

「はあ!? そういう大事な事は早く言ってくれよ!」

 酒臭い息で、傭兵が私に詰め寄る。

「ってこたあ、魔物が大人しくなるじゃねーか!」

「俺達の仕事が減るー!」

 彼らの悲痛な叫びが酒場に反響した。

「じゃあ、高めのお酒がいいかしら?」

 魔物の沈静化は大歓迎の女将は、心なしか浮かれている。

「いや、安い物でいい」

「そう?」

 女将の手元にあった、いかにもな安酒がグラスに注がれる。

 私は考えた。魔王を倒したその後、どうすればよいのだろう。……こうもあっさりと終わった復讐のその先を、全く考えていなかったのだ。

 自棄酒のように、ぐい、とあおる。傭兵達の間から、飲みっぷりを賞賛する声が上がった。

「飲み過ぎちゃ駄目よ?」

「私の酒癖は、かなり悪いらしい、な」

「ええ」

 それでも今日は、飲まないと眠れそうにない。

ミツキの戦法は、人外ならではの素早さと、鍛錬の末身につけた驚異のバランス感覚によるヒット&アウェイ。

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