12,ゆめゆめお忘れなきように
目を開けて最初に飛び込んできたのは、天井だった。ボクに与えられた部屋の天井。
そうか、朝か。
今日の朝食は何だろう。どんな世界に行くのだろう。ミランダさんは、起きているかな。
枕元に置いたメガネを掛け、黒紫の鍵を探していた所に、声がかかった。
「おはようリーテ」
「おはようございます…………え?」
そこに居たのは、語り手さん。どうしてこんな所に……いや待て、そもそも、ボクは魔力切れを起こしたのではなかったか。
鍵は既に胸元にあった。
「ミランダ氏」
『はい』
完璧な微笑みで口を開いた語り手さんに、これまた完璧な返事。起きてたのか、ミランダさん。
「護衛の君が、何でリーテを倒れさせるかな」
『すみません』
語り手さんは変わらずニコニコしている。…しかしこれはもしや、フードを取ったら「口元は笑っているけど、目は笑っていない」状態ではなかろうか?
「何でって聞いてるんだけど」
ボクは理解した。これは、お説教だ、と。
『〔物語〕の登場人物を救うためでしたが、結果的にリーテを倒れさせてしまいました。申し訳ありません』
「面倒見が良すぎるのも考えものだな。君の役割はリーテの身を守ることだっていうのを、忘れないでよ?」
『はい』
お説教は、そう言って締めくくられたようだった。
意外にも短くてよかった。まあ悪気はなかったし、ミランダさんがそうする事をボクが望んでいたからだろうか。
「で、リーテ、どちらかというと君の方が問題なんだけどさ」
「……はい?」
何かをやらかした覚えはないのだが。
「僕、研修の時に言ったよね? 自分達だけじゃどうにもならない事態が起きた時は、〔世界調整機関〕に連絡しなさいって」
「……あ」
〔世界調整機関〕とは、様々な世界の監視と関与を行う団体らしい。ただし、関与はそれ程しない。しても、記憶を消す、悪影響を与えるモノの強制排除などの、世界が滅ぶ事を防ぐ為の最終手段が主だ。〔物語〕の記録と、それをより良い物にする為のある程度の関与が(多分)認められているボク達より、1歩引いた立場と言える。
確かに、語り手さんからそんな話を聞いた。
もしあそこで愛奈ごとマスコット達が撃たれていたら、それこそ人間とマスコットの戦争が起こっただろう。最悪、どちらかが滅ぶ事態となった。助けを求めれば、「語り手の手伝い」という例外として関与を行ってくれただろう……
「ごめんなさーい!!」
ここはボクの〔妄想〕だから、対応できない事態なんて起こらないだろうと思って……今の今まで、すっかり忘れてました!
「リーテ。人の話はちゃんと聞いて、忘れないようにしようか」
その後、こってり絞られて、数日間謹慎する羽目になったとさ。
「うぅ……」
彼が去った後、ボクはベッドに倒れこむ。語り手さんのお説教は、長かった。
『あれは、8割方あんたが悪いね』
「うぅ……」
ミランダさんにもそんな事を言われる始末。
『でもねリーテ。あたしも……まあ、今日みたいな理由でよくお説教されたんだけどさ。お説教は、愛情だよ、愛情!』
「愛情……?」
あの苦痛が?
『そうさ。愛の反対は無関心って言うだろ? あんたの事を気にかけているから、あれこれ言ってくるんだよ。
ま、いくら愛情でも、あのねちっこい説教はどうかと思うけどねぇ! あはははは!』
「ふふふっ」
やっぱり、あれはしつこいよね。
……声を上げて笑ったのなんて、何年ぶりだろうか。帰りたくないなあ、なんて、思ってしまった。
「あの、結局、愛奈ちゃんはどうなったんでしょうか?」
謹慎を解かれ世界へ飛び立つ前に、ずっと気になっていた事を聞いた。
「〔世界調整機関〕の協力で、なんとか助けることができたよ」
ボクは胸をなでおろす。
『良かったよ。で、愛奈の説得に、効果はあったのかい?』
「君達の代理で行った〔語り手〕の報告によると……」
手の中に現れた(!)紙を、ペラペラめくる語り手さん。
「世間のマスコットに対する捉え方に、変化はないみたいだね。
でも彼女は、仲間を得たようだよ。まず、参謀役の青年が1人。それと、見習いの妖精が1人。2人とも、マスコットは悪、人間は悪という認識に疑問を抱いていたみたいだね。
これから彼女達は、マスコットを利用しようとする人間達、そして、人間に復讐を果たそうとする妖精の過激派、その両方と戦っていくことになるだろうね」
『へええ!やるじゃないか、愛奈!』
ボクは、心の中で愛奈に願った。どうか、〔物語〕をハッピーエンドへと導いてほしい、と。
語り手さんは、ボク達を指さす。
「さてさて、君達にも、やらなきゃいけない事はあるだろう?」
「はい!」
『任せておくれよ!』
ボクは、本を開いた。空白のページだらけの本を。




