11,心は本物だから!【後編】
ごった返す野次馬の隙間から見える、規則正しく並んだ人間達。恐ろしい事に、銃口も整列している。
反対側には殺気立ったマスコット達。
一触即発、空気は張り詰めた糸のようだった。
「華麗に登場、チアフル・ハート!悪いコ達に愛のムチー!」
両者の間に、奇抜なスタイルの少女が現れるまでは。
マスコット占領地帯は、一時静寂に包まれた。その後、せき止められていた水のごとく溢れ出す話し声。
ちなみに、ボクに聞こえてきたのは……
「あの馬鹿ぁぁぁぁ!」
憑依バージョンミランダさんの、至極もっともな叫びであった。
『どうしましょうこの状況!?』
(まあ、心配する事はないよ。流石に、民間人を撃ったりはしないだろうしねぇ。……愛奈が執行妨害罪で、お縄になる可能性はあるけどさ。無謀にも程があるよ、まったく……)
『はい……』
2人してため息。
『それでその、マスコット達は……』
(残念ながらあたし達に手立てはないねぇ。『マスコットは悪』という認識は、余所者がどうにか出来るもんじゃない。この世界の人間じゃないと、駄目なんだよ)
『そう、ですよね……』
周りでは、「もしかして、ノーブルの後継が現れたのか」「マスコット達を止めてくれるのか」「いや、ただのイタズラじゃないのか」などと憶測が飛び交っている。
銃を持った隊員達は、魔法少女(仮)の出現に戸惑っているようだ。
〈構わん! 撃て!〉
その時、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
上空にはヘリコプター。
よく見えないが、乗っているのは男性のようだ。先程の言葉の響き方からして、拡声器でも持っているのだろうか?
そして再び静まり返るマスコット占領地帯。
「しかし!」
隊員の1人が声を張り上げる。
〈構わんと言っているだろう! 何を犠牲にしても、マスコットを退治するのだ! それとも……お前が責任を取るか?〉
「それは…………」
そう言ったきり、無言になる隊員。
(正気の沙汰じゃない! リーテ、行くよ!)
『どこにですか!?』
(路地裏だよ! このままじゃ愛奈が危ないだろうし、もしマスコット達に弾が当たりでもしたら、両者の溝が深まっちまう!)
そうか!
『魔法ですね!』
(ああ!)
唖然としている野次馬達をかき分け、建物の間に入った。出来るだけ愛奈に近づく。
人波から遠ざかれば、愛奈は隊員達とマスコット達の間で両手を広げている事が分かった。まるで、喧嘩している人達の間に入るように。
「〔ディフェンド〕!」
「……撃て!」
ミランダさんが高らかに呪文を唱えたのと、先程の隊員が苦しげに号令をかけたのは、ほぼ同時だった。
鍵の杖が目の前で光り、撃たれた銃弾はことごとくはじかれる。人間達もマスコット達も、戸惑っているようだ。
「攻撃……の……バレ……からねぇ」
『え?ミランダさん、何か言いました?』
(銃に攻撃魔法を使うとあたし達の存在がバレるって言ったんだよ。そうか、この銃声じゃ、聞こえないよねぇ)
『はい……』
現在、けたたましい音が鳴り響いている。耳が使い物にならなくてもミランダさんの心の声は聞こえる、これぞまさにお約束。
ふと愛奈を見ると……なにやら手をバタバタさせていた。
『ミランダさん、愛奈ちゃんは何をしているんでしょうか?』
(……もしかして)
「〔スウェル〕!」
ミランダさんが大声を出した。呪文、だろうか?
「みなさーん! 聞いてくださーい!」
『うわっ!』
愛奈の声だ。
(びっくりしたかい? これは拡声魔法さ。愛奈は何か物申したい事があるんじゃないかと思ったんだよ)
『なるほど……』
ミランダさんの言葉を聞いて納得した。
「あーもー、みんなやっと聞いてくれたー!」
その声の調子に、ミランダさんが脱力した。視界が少し揺れる。
……聞いてくれた、と言っても、未だ銃弾は浴びせられているのだが。
「みなさーん! こんな事、止めてくださーい!」
人間もマスコットも、愛奈の方を向いた。
「この世界には、いい人も、いいマスコットも、たくさんいるんですー! わたしには、家族みたいないい人と、いいマスコットの友達がいましたー! 今はちょっとみんな、間違ってるだけなんですー!
なによりみなさん、すごくイヤな顔してますー! そんな顔で何かやったって、自分や、周りの人が、悲しむだけなんですー! だって、わたしが、そうだったから!」
ここ、建物のひしめく路地裏で。ふう、と、ミランダさんが息をついた。
(馬鹿は、シンプルな説明をする……)
『ミランダさん……』
ついに言ってしまったか、馬鹿と。
(褒めてるんだよ!? 愛奈は馬鹿だからこそ、わかりやすい訴えが出来る。馬鹿だって、ちゃんとした自分の意思を持っている。
だから、言葉の真偽を証明しなくたって、心にまっすぐ届く言葉を紡げる。彼女は間違いなく、正義の味方だよ。その心意気は、伝わってきた)
『そう、ですか……』
小説とかなら感動のシーンかもね。
浮かんだ考えを慌てて打ち消す。梨子のような事を思ってどうする!
妄想終了を早めたいのかボクは……などと自己嫌悪していると、視界が腕で埋め尽くされた。どうやらミランダさんが顔を拭ったらしい。
『か、感動の涙ですか!?』
(いや、違うよ)
ボクも気付いた。これは、涙ではなく、汗だ。視界に写りこむ程に大量の。
途切れる事なく光っていたはずの鍵の杖は、いつの間にか点滅を繰り返すようになっている。
(リーテ、すまないねぇ)
『何ですかいきなり……!?』
ガクン、と揺れた景色。その拍子に見えた髪の毛は……白い。
どうやら、ミランダさんの変身術が解けたらしい。靴がヒールから革靴に変化した事で、かかとが数センチ落下したのだろう。
(あんたの魔力を、使い切っちまいそうなんだよ)
『え!?』
言われてみればそうだ。かなりの広範囲にシールドを張って、多分撃たれる度に修復して。魔力切れを起こさない方がおかしい。むしろここまでよく持った。すごいぞボクの魔力。
……自分1人で使えれば、文句ナシだったのだが。
(リーテ。どうかあたしに、愛奈を最後まで守らせてくれないかい? その後ぶっ倒れる事になりそうだけどねぇ。……もちろん、断ってくれても構わないからさ)
『いえ、いいですよ!』
身体を張るのは、主人公の役目である。
(リーテ……ありがとう)
杖の光の点滅が、更に激しくなる。感覚がないはずのボクに襲いかかる猛烈な眠気。魔力不足の典型的症状だな、とぼんやり思う。視覚と聴覚が、おぼつかなくなってゆく。
ボクは願った。愛奈が無事でありますように、と。〔物語〕が終わったりしませんように、と。
ふつり、何かが切れる音がして。ボクは……ボク達は、意識を失った。
*人間妖精共存世界*(≒魔法少女モノ)
人間の暮らす国と見た目マスコットの妖精の暮らす国があり、たまに両者を脅かす邪悪が発生する。それを倒し世界を救うのは、選ばれた妖精とどこにでもいる普通の少女。
ただし現在、人間側の行いにより、人間と妖精は対立状態にある。




