09,心は本物だから!【前編】
――今回君達に行ってもらう世界は、既に〔物語〕が終わっているんだ。まあつまりは、5年ごとの定期報告さ。危険とかもないと思うから、ササッと終わらせて帰ってきなよ――
広大なビル群。きちんと整理された道路の脇に、点々と植えられた街路樹。足元で跳ねる、オレンジ色の水たまり。何故か人気は全く無い、そんな雨上がりの大都市を、ボクとミランダさんは……今、全力で逃走している。
ボクは叫んだ、心の中で。
(語り手さん……危険、大ありじゃないですかー!!)
『ミランダさん! どうにかならないんですか、この子達!』
追いかけてくるのは……なんと、マスコット集団。
「あっちが止まってくれないと無理だよ! あんたの身体能力から考えて!」
流石にヒールは履いていないミランダさんが答える。
『そんなぁ……』
魔法を使って戦うのはミランダさんでも、やっぱり身体能力は宿り主のボクに依存しているらしい。大ジャンプして上から魔法を放つ!とか、マスコットの群れに突っ込んで彼ら(?)をあしらいつつ魔法攻撃!とかは無謀って事なんだろう。
今回の〔妄想〕、ボクのもろもろの能力が梨子と大差ない。魔法だってミランダさんが取り憑かないと全く使えないときた。どこ行った、主人公補正……!
『瞬間移動魔法は使えないんですか!?』
「無茶言わないでおくれ! 地理のさっぱり分からない異世界で、周りをまともに見れない全力疾走じゃ、下手すりゃ壁に埋まっちまうよ!」
『そんな!』
走って逃げ切れと言うのか!?
「おっと!?」
『うわっ!』
突然、視界の端にマスコットが飛びこんできた。
「体当たりを仕掛けて、体勢を崩すつもりだったみたい、だね!」
『なるほど!ミランダさん、ナイス回避です!』
……しかし、本当の危機はこれからだった。
「ああ……うっ」
『ミランダさん、どうしました!?』
(息が、続かない……!)
『心の声でも聞こえますので、そっちで喋ってください!』
(わかった……)
体力の、限界。ボクは現在感覚をほぼ切り離されている状態である為、苦しさは感じない。だが、段々と走る速度が遅くなっている。
ミランダさんが後ろを振り向けば、ボクにも見えた。可愛らしさも台無しに、凶悪な目つきで迫ってくるマスコット。夕焼けの光に、鋭いクチバシや爪がギラリと照らされる。
「はぁ、はぁ……」
ミランダさんの足取りがおぼつかなくなって、景色が右に左に揺れて。ボクは終わりを覚悟した。
「伏せて!」
そこに掛かった、天の一声。
ミランダさんが倒れ込むように伏せた直後、ギイイイイ、という妙な鳴き声が聞こえてきた。
「鼻と口を押さえて、目も閉じて、わたしの手を握ってくれます?」
ミランダさんがその言葉を律儀に守ったため、ボクは何も見えなくなってしまった。唯一残っている聴覚から、助けてくれたのが少女であるらしい事と、コツコツと靴音を響かせて、2人が早歩きしている事が分かる。
「お姉さん、もう大丈夫ですよー」
その言葉と共に、ミランダさんが目を開いてくれた。
『「!?」』
ボクとミランダさんは、揃って絶句。何故って、ボク達を助けてくれた少女は……かなり、異様な格好をしていたから。
鮮やかなピンクの髪(不自然な艶やどぎつい色合いから、カツラだと思われる)。それを、ファンタジックな髪飾りでツインテールにしている。服装はワンピースにブーツだが、胸元の大きなリボンやファンシーな色使いは、とても普段着とは言いがたい。持っているのがビニール袋ではなく杖だったら、魔法少女だと思っただろう。
……語り手さんは、今はもう、この世界に魔法少女はいないと言っていたが。
(なんだい、これは!?)
『多分、コスプレです。またはロリータファッションでしょうか』
(ああ、なるほど…………この子、こんな姿で町をほっつき歩いてるのかい?)
「あのぉ、どうしました?」
おっと、少女に心配されてしまった。
「いや、あのマスコット達を、どうやって追い払ったのかと思ってねぇ」
上手く話を逸らしてくれた。グッジョブ、ミランダさん!
「ああ、これですよー」
彼女がボク達の目の前に突き出したのは、手に持ったビニール袋。中には、真っ赤な粉が入っていた。
「わたし特製足止め粉ですっ」
「何となく想像がつくけど、一応聞くよ。……材料は?」
「トウガラシとか、コショウとか、目と鼻に悪そうないろいろですねー」
「うわあ……」
ミランダさんが顔を歪めた、気がした。そうか、さっきの鳴き声は、顔にスパイスを振りかけられたマスコット達の悲鳴だったのか。
「とにかく、気をつけてくださいっ! ここら辺、マスコット達が占拠してる地区なんで……」
少女の言葉に、疑問が沸き起こる。ボク達は何故、世界にやって来たとたんに襲われたのだろう?しかも、魔法少女、ひいては人間の味方であるはずのマスコットに。
「マスコットが占拠って、どういう事だい? そもそも、あたし達はなんで追われたのか」
ミランダさんも、考えは同じようだ。
「……知らないんですか?」
少女が目を見張る。
……あれ、もしかして、この世界の一般常識の類?ここの常識うんぬんについては、語り手さんから聞いたから問題はないはずなのだが。
「いや、ほら、あたし達はかなーり田舎からちょっと観光に来たもんでねぇ。世間に疎いのさ」
「あ、そーなんですか!」
『……ミランダさん、苦しい言い訳ですね……』
(あ、あはは……この子があまり頭が良くなくて助かったよ……)
『えっ』
なんとミランダさん、彼女をアホの子認定した。
(田舎って具体的にどこら辺ですか、とか、何かしら追及が来るもんだろ? 普通は)
『あー、確かにそうですね……』
この〔妄想〕の数少ない主人公補正(運関連)だと思っていたけど、それを抜きにして考えるとそうなる。……個人的には、主人公補正が働いた説を信じたい。
「……大丈夫ですかー? マスコットに追いかけられたの、そんなにショックでした?」
少女に目の前で手をひらひらされた。会話には気をつけないと駄目らしい……
「まあ、それなりには……ねぇ。で、なんでマスコット達は襲いかかってきたんだい?」
「ええと……魔法少女ノーブル・ハートは、知ってます?」
彼女はそう切り出した。
「ああ」
そこら辺は語り手さんから聞いている。確か、ベタな魔法少女モノみたいな話だった。
「あ、そうなんですか! やっぱりノーブルは田舎でも有名なんですねー!」
「まあ、ねぇ……」
少女の目は煌めいていた。その格好といい、魔法少女に憧れているのだろうか。
しかし彼女は、次の瞬間項垂れる。
「でもノーブルは、死んでしまったんです!」
「……え!?」
『はい!?』
ボクもつい、声(?)を出してしまった。
「いやだって、ノーブルは敵を無事倒したんじゃなかったのかい!?」
そうだ。〔物語〕は、めでたしめでたしで終わっていたはずだ。
「……実は彼女、敵との戦いに勝ったあと、魔法で電気を作るようになったんですね?」
「そりゃまた、何でだい?」
「その、えーと、エネルギーがどうたら、石油がこうたらで……」
良く分からない説明が続いた為、割愛。悲しいかな、彼女がアホの子だっただけ説が濃厚になってきた。
「……もしかして、エネルギー問題かい? 石油はいずれ無くなる上に、燃やすと二酸化炭素が発生して温暖化が進行する。原子力は危険。再生可能エネルギーもまだあまり普及していない。いわゆる、発電の問題だねぇ」
「あー! それですそれです!」
ミランダさんがため息をついた。
「で、この国はそれを魔法少女の力で解決しようとした……」
「そのとーり、です。」
(えええ……)
〔妄想〕のくせにやけにリアルだ。というか、〔物語〕に環境問題ってどうなんだろう……
「ノーブルは、人の役に立てるならとOKしたんですが、1度にたくさんの魔法を使って、それを何年も続けて……身体を、壊して……それで……」
少女は、やや乱暴に目を擦った。
「怒ったのは、妖精……マスコット達です。ノーブルは、世界を救った伝説の英雄として、マスコット達の国では神様みたいになってました。しかも、ノーブルのパートナーのマスコットも、彼女が変身し過ぎたせいで、身体がボロボロになったらしいです……」
「なるほど、大体の事情は分かったよ。これはマスコット達の復讐なんだね?」
「そーいうことです」
『……道理で、あんな怖い目をしていたはずですね』
(あれは恐ろしかったよ……)
今夜の夢に出そうである。
「色々と教えてくれてありがとうねぇ」
「いえいえ! えねるぎーもんだいとか、あんまり上手に説明できなくてごめんなさ……」
その時だった。
「うわあー! 助けてくれー!」
響きわたるSOS。
「あちゃあ、また誰かマスコットに襲われてる……あ、わたしはこれで! お姉さん、気をつけて帰ってくださいねー!」
「ちょっと待っとくれ!」
声の聞こえた方向に走って行こうとする彼女を、ミランダさんが呼び止めた。
「ここで会ったも何かの縁さ。あたしは、ミランダ。あんたの名前は?」
「そーいえば、お姉さ……ミランダさんには自己紹介してませんでした!」
彼女はこちらを向いて、キュルン、とキメポーズをする。
「わたしは、伝説の英雄2代目……になる予定、チアフル・ハート! 魔法少女(仮)です!」
彼女……チアフル・ハートは、去っていった。
『って、絶対本名じゃないですよね!?』
「リーテ。あたしはあの子の将来が心配なんだが」
ミランダさんの言葉は、否定出来なかった。
『ところで、チアフルちゃんから物語の気配がしたんですが!』
「……そうかい?」
『なんだか、語り手が来ない間にこの世界の状況も変わっているみたいですし』
「まぁ、そうだねぇ」
『ちょっとチアフルちゃんを取材したいんですけれど!』
「分かったよ」
ボク達は、「マスコット占領地帯」と書かれたテープをくぐって、今夜の宿を探す事にした……
『それにしても、ミランダさんの所にも環境問題ってあるんですね……』
「どこの世界も、おんなじような問題抱えてるってことさ。
うちの世界では数十年前に、火力発電所が怪獣に踏み潰された事があってねぇ……」
『怖っ!
ミランダさん、流石にそれはミランダさんの世界だけですって!』




