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神の兵と神殺し  作者: OCEAN
第一章  邂逅
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第五話  八つ当たり

 総本社に来てから三日が経った。

 宗太は俺の下で頑張っている。

 結果が未だ伴っていないのと、ことあるごとにこっそりと覗いている視線が

あるのが問題だが・・・


「千代のやつ、自分の役目はいいのか?」

 

 心配になったが、とりあえず放っておいている。





 あれから俺は銀の娘への語り掛けを始めた。

 結局、まだ割り切れていないのだ。

 災厄がいつ起きるか分かったものでもなし、悶々と考えること自体が無駄

なのかもしれない。

 だが、ここで思考を止めればきっと後悔すると感じていた。

 どうすべきなのかは分からない。

 ゆえに、今は娘との意思疎通を試みる。

 この娘が何を思っているのか、あるいは何も思っていないのか・・・それを

知りたい。

 反応は無く一方通行であったが、他にどうしようもない。

 話題を変え、話し方を変え、時を変え、色々な状況を試した。

 今のところ、結果は皆無。

 だがそれでも、俺は自分が納得するまで続けてきた。

 そして、今も檻の前に立っている。


 草木も眠る丑三つ時。

 幽霊や悪霊がはびこると言われる時刻に、俺は地下へ来ていた。

 札で埋め尽くされた格子の奥には、僅かも変わらぬ銀の娘がいる。


「こんな時間に邪魔して悪いな」


 声を掛ける。


「調子はどうだ? 変わりないか?」


 反応はない。 いつものことだ。


「寒くは無いのか?

 まだまだ朝晩は冷え込む。

 掛け布はいらぬか?」


 俺は野営用の布を格子の隙間から差し出した。

 だがやはり、娘は反応しない。

 もとより期待はしていない。

 このくらいで反応するのならば、はじめからこのような状態にはなっていない

だろう。

 しばらく娘を観察する。

 息はしているようだ。


 最近になって、ようやく彼女の呼吸が分かるようになった。

 すずが言っていた通り、本当にゆっくりと呼吸をしている。

 二十を数える程度の時間を使って微弱な一呼吸を行い、それが半刻ほどおいて

再び行われる。

 呼吸時間や間隔は様々だが、平均するとそのような感じだ。

 呼吸動作は注意深く見たときにかろうじて分かるくらいであり、その間隔が

非常に長いため本当によく見なければ気づかない。

 半刻もの間、僅かな動きをも見逃さぬ集中力が必要となる。

 すずは、それをやっていたとみていいだろう。

 だがそれは、嫌悪を以って見たのでは到底適わぬことだ。

 彼女はこの娘をどう思っているのだろうか。

 生贄として運命付けられた、この娘を・・・


「お前は・・・お前達は、本当に神に仇為す者なのか?」


 知らず、呟く。

 この世は災厄が多い。

 そして、戦がその災厄を広げている。

 耐え切れぬ民は救済を求め、そこに人柱という存在を聞かされれば傾倒して

しまう。

 そうして信者を放さぬようにしてきたのかもしれない。

 分かりやすいほどに普通と違う特徴を持つ者たちを生贄にして。


「ぐ・・・っ!」


 思い至った瞬間、強い吐き気が込み上げてきた。

 腹から競り上がって来るものを必死に堪える。


 俺にとって、神とは正しき者を救う”救済者”だ。

 だが、あの娘を犠牲とするのなら・・・俺が信じてきた神は何なのだろうか。

 俺がしてきたことは、何だったのだろうか。

 より多くの善人が救われる、と神域を守ってきた。

 弱き者が救われると、そう思って刃を振るってきた。

 それらは、間違いだったのか。

 ならば、俺は何の為に・・・・・!


 気が付けば、走っていた。

 逃げるように石段を上がり、封域を飛び出してしゃがみこむ。


「うっ・・・!」


 そのまま吐いた。

 堪えきれない。

 臓腑が激しく暴れまわっているかのようだ。

 中身を全て出し、なおも出そうと胃の蠕動が続く。


「はあ・・・はあ・・・」


 思考が行き詰る。

 答えを出すことを止めている。

 結論への流れを堰き止め、思考が荒れ狂い、意識がささくれ立つ。

 口内に残った胃液を吐き捨てる。

 顔を手で覆い、震える身体を抑え付ける。

 そうしなければ、自分が何をするかわからなかった。


 そのまま時が過ぎ、やがて身体が落ち着きを取り戻してきた。

 だが、精神の方は未だ戻らない。

 己の内と外が靄で分かたれたような感覚だ。

 フワフワとして、足が地に着いている気がしない。


「俺は・・・・・・」


 ふらりと立ち上がる。

 意識はしていない。

 身体は勝手に動いている。

 俺は何を成すために生きているのか。

 答えを拒絶しているくせに、自問する。

 答えを求めるかのように身体がさまよい歩く。

 今まで気にならなかったことが、今では俺を呪いのように蝕んでいた。


「俺は・・・どうすれば・・・」


 自問する。

 だが答えは出さない。

 支離滅裂なまま身体は動き続け・・・


 リン・・・


 ふいに、耳が聞きなれた音を捉えた。


 音がした方向を見る。

 いつの間にか外れまで来てしまったらしい。

 鬱蒼と生い茂った草木が、視界に広がっている。

 その茂みの奥から、鈴の音は聞こえてきた。

 鈴の音は断続的に鳴り続け、同時に持ち主の声も運んでくる。


「おやめっ・・・ください!」


 聞き慣れた声が、はっきりした敵意を持って耳に届いた。

 だが、その相手は俺ではない。


「わっははは! 効かぬ効かぬ!」

「や、ぁっ!」


 男の声と女の悲鳴。

 俺は混濁したような意識のまま、その場へ近づいた。


「何をしておいでか」


 内に吹き荒れる暗い情念を抱えながら、茂みの奥に声をかける。

 そこに見えたのは二つの人影。

 そのどちらにも、俺は見覚えがあった。


「石川様・・・!」


 一人は、すず。 彼女は両の手首を相手の左手で掴まれ、吊り下げられる

ように拘束されていた。

 凛と着こなしていた巫女服が少し乱れている。

 その側にいるのは、初日に会堂で見た男だ。

 神兵一階位、野島宗覚。

 六尺はあろうその身体は筋骨隆々としており、力強さに満ちている。

 酒が入っているのか、少し顔が赤い。


「七階位か。 去ね」


 振り返った野島は俺を一瞥し、すぐに前へ視線を戻す。


「これは、一階位の野島殿が取る行動とも思えませぬ」


 定まらない意識の中で、自分でも何を言っているのか分からない。

 ただ、俺の精神に変化があった。

 それは怒り。

 必死に抑え込んでいた、振り下ろす場のない怒り。

 それが捌け口を見つけ、荒れ狂っている。


「そのような小娘にご執心とは。

 いや、人の嗜好とはなかなかに理解しがたい」


 俺の言葉が気に障ったのか、立ち去らぬ俺が気になるのか。

 野島は再び俺に振り返った。


「野島殿」


 一歩、茂みに踏み込む。


「力が余っているならば、私と遊んでいただきたい」


 そして、殺気を放った。


「ほう・・・」


 野島が左手を放し、すずが地に落ちる。


「石川様、だめです!」


 すずが叫ぶ。

 だが、俺の意識には入らない。

 運よく捌け口が見つかったのだ。

 存分にぶつけさせてもらう。


 野島と相対する。

 相手は一階位。 間違っても殺してしまうことはないだろう。

 逆はあるかもしれないが、今はどうでもいい。

 月は晦。 明かりはほぼ無く、涼やかな夜風が周囲の木々をざわめかせる。

 やがて風が止み、木々の声も静まったとき。

 俺は地を蹴った。



「おおぉっ!」


 二足で間合いを詰め、鳩尾に拳を叩きつける。

 だが、野島は僅かに位置をずらして急所を避ける。

 そのまま、俺に右の拳を振り下ろしてきた。


「くっ・・・!」


 俺は左腕を楯にして防御する。 その左腕が、鈍く軋んだ。


(折れるっ・・・!)


 結末を察知し、身体を右に回転させる。

 強大な力を受け流し、それによって得た回転力で後ろ回し蹴りを放つ。

 遠心力に乗った踵が、野島の側頭部を襲う。

 だが、それは野島の左掌で弾かれ、届くことはなかった。

 速度と力の伝達、反応速度・・・文句なしの一撃だと確信したが、無造作に

防がれたのだ。


「ふははは! いいぞ、もっと来い!」


 遊ぶように、野島が哂う。

 体格差では完全に不利だ。

 この超至近距離でなければ、戦いにならない。


「はあああっ!」


 秘中、雁下、壇中、電光、章門、関元。

 六段突きを全て急所に叩き込む。

 破壊力を落とし、速度に軸を置いた連撃が野島の正中線に沿うように突き

刺さっていく。

 しかし、


「ふぬぁあっ!」


 六つの急所を打たれながら、野島は平然と反撃を繰り出してきた。

 左の膝蹴り。

 俺は左側に身体をずらし、回避した。

 ・・・と思った瞬間、俺の頭部が衝撃を受けた。

 そのまま側の木に背中から叩きつけられる。


「が・・・はっ!」


 なん・・・だ、今のは・・・!?

 野島を見ると、上に繰り出されたはずの左脚が横向きに振りぬかれていた。

 蹴りの軌道を変えたのか!?

 だが、変則的な打撃には本来の一撃がもつ破壊力が無い。

 にも拘わらず、この威力・・・


「さすがは一階位ということか・・・

 これならば、本当に・・・」


 口元がつり上がる。

 感覚が研ぎ澄まされていく。

 理性のタガが外れていく。


「殺してしまう憂いはない!」


 駆ける。

 離された距離を、最短で埋めていく。


「その意気や、良し!」


 野島が構える。

 間合いが詰まった。 

 だが、俺にはまだ遠く、相手には絶好の距離。


「ふん!」


 繰り出される右正拳。

 それを、身体を右にずらすことで回避する。

 拳圧が俺の左耳を掠めていく。

 その振り抜かれた野島の右腕に俺の右腕をすばやく絡ませ、肘関節を極める。

 しかし、完全には極まらない。

 野島は右腕を外側に捻って回避すると同時に、右手で俺の後頭部を掴んだ。


「はっはーーーっ!」


 高笑いとともに俺の頭を手前に引き、右ひざを腹部にめり込ませた。


「ぐ・・・あ・・・」


 鳩尾をやられた。 

 呼吸が止まり、同時に動きも止まる。


「そらそらそらぁっ!」


 容赦の無い右膝が、休み無く腹部に突き刺さる。

 後頭部を抑えられ、呼吸を止められた俺に逃げる術が無い。

 ならば・・・!

 俺は途切れそうになる意識を奮い起こし、動かない身体を無理やり動かした。

 俺にできる最短動作。

 左腕を折りたたみ、肘を前に突き出す。


「ぬぅっ!?」


 左の肘が、野島の大腿に突き刺さった。

 一瞬、俺の頭を掴む力が緩む。

 その隙を逃さず、俺はさらに踏み込んで野島に左肩を密着させる。

 そしてそのまま、震脚とともに押し込んだ。

 地を蹴る力を伝達し、密着した肩から放つ。

 野島の身体が後ろへ傾いていく。

 ここからだ。

 野島が倒れたところを制せば、勝負はまだ五分へ持っていける。

 だが、


「ぬおおおっ!」


 野島は倒れない。

 身体を後ろへ傾けて俺との間に空隙を作り、左手で俺の胸倉を掴んだ。

 そのまま俺を背負い込み、地面へ振り下ろす。


(まずい!)


 俺は左腕を野島の首に滑り込ませ、俺の右肘を掴んだ。

 次いで、右手を野島の延髄に持っていく。

 左腕が野島の首を絞め上げ、体勢を崩させる。

 だが、それは僅かな乱れに過ぎない。

 このままでは頭から落ちて即死だ。

 俺は顎を引き、腹筋を締めて前転の回転力を生み出す。

 野島の崩れが大きくなり、二人揃って前転をする形になった。

「が・・・っ!」


 背中からの着地に成功したが、地面と野島に挟まれた衝撃が俺の呼吸を止め、

意識を乱す。

 だが、腕を放すわけにはいかない。

 俺の腕はまだ野島の首を絞めている。

 普通なら首を折ってもおかしくないが、野島はまだ意識を失っていない。


「ぐおおおっ!」


 雄叫びとともに、野島が立ち上がる。

 絞められ続けているというのに、なんという力か。

 立ち上がるだけでなく、傍の木に向かって突進を始めた。


「俺をぶつけるつもりかっ!?」


 だが、絞め技は効いている、はずだ。

 俺は頚椎を潰すつもりで腕に全力を込めた。

 だが、首まで強靭な筋肉が巻いていて、これ以上腕が食い込まない。


「くっ!」


 このままでは激突する。

 俺は腕を放した。

 ・・・が、野島が顎を引いて俺の左腕を挟み、さらに両手で掴んで放さない。


「なにっ!?」


 迫る木の幹。 


「うおおおっ!?」


 衝撃音と枝葉の揺れ。

 乱れ散る木の葉の中で、俺は野島の後ろ首・・・頚中に右拳を打ち込んだ。

 拳は人差し指と中指の関節を少し突き出している。

 以前、すずに喰らった拳だ。


「ぐぅっ!?」


 流石に効いたらしく、野島の首が緩む。

 すかさず、俺は野島から離脱した。

 すぐに左肩の関節をはめる。

 木への衝突を避けるためとはいえ、関節を外したためにかなり無理な角度で

捻ってしまった。

 靭帯を痛めたかもしれないが、この程度で済めば僥倖だろう。

 集中を絶やさず、呼吸を整える。

 野島の方はといえば、もはや聞き飽きた高笑いをあげていた。


「はーっはっはっはっは!

 おもしろい。 おもしろいぞ、石川小次郎!」


 そして、構える。 先程と同じ構え。

 だが、その気勢がはるかに違った。


「よかろう、少し本気を出すとしよう!」


 言って、腰を僅かに落とす。


「死んでくれるなよ」


 その声が俺の耳を振るわせた瞬間、野島の姿が消えた。

 それだけしか認識できなかった。

 気が付いたときには俺の身体が宙を舞っていたのだ。

 小枝をへし折りながら地面へと落下する自分の身体を自覚し、受身を取って

衝撃を和らげる。

 呼吸ができていないことにも気づかず、俺は構えた。

 視界の端に僅かに影が映る。

 目を向けている暇は無い。 直感に任せ、身体を捻りながら地面に倒れ込む。

 そのすぐ上を風が掠めていく。

 閃光の如き蹴りをかわし、無様に地面を転がり、茂みに身を隠した。

 口からこぼれる血を拭い、静かに空気を吸い込む。

 途端に体中を激痛が走り、感覚を薄れさせていく。

 その刹那。 反射的に、左へ跳んだ。

 一寸の余裕も無く落ちてきた蹴りが膝をかすめ、地面に足型をつける。

 そこからさらに。

 地面を突いた脚を軸として、野島が回し蹴りを放ってきた。

 この状態からの回避は不可能だ。

 俺は腕を交差させて防御・・・は、まずい!

 最初に腕を折られかけたことを思い出し、咄嗟に迎撃へ切り替える。

 蹴りの高さは中段、ならば・・・


(膝を砕く!)


 既に傾いている体から、右肘だけを突き出す。

 ・・・が、またもや蹴りは軌道を変え、踵が無防備な顔面に叩きつけられた。

 激痛と呼吸困難が俺を襲い、意識が刈られていく。


「終わりだっ!」


 吹き飛ばされた距離を助走として、野島が追い討ちを掛けてきた。

 薄れる意識で思った。

 まだ、動ける。 

 まだ、やれる。

 まだ・・・倒れたくはない!

 自分から背中を木に当て、吹き飛ばされている身体を止める。

 その反動を利用し、木を蹴り付けて、迫り来る野島の迎撃へと移った。


「うおおおおおっ!!」


 自身を奮い立たせるように声を張り上げ。

 俺の意識は途切れた。


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