表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の兵と神殺し  作者: OCEAN
第一章  邂逅
4/6

第四話  困惑

 滝のそばにあった小屋は更衣のためのもので、中には手ぬぐいと襦袢が用意

されていた。

 今は充てられた自室で襦袢から代えの神兵服に着替え、太刀の手入れをして

いる。

 刃を柄から抜き、和紙で丁寧に水滴を拭っていく。

 きらめく刃には、難しい表情をした若造の顔が映っていた。


「神に仇なす悪鬼・・・か」


 知らず、呟く。

 俺は神に拾われた身だ。 神を信じているし、敬っている。

 だから、神聖な神の領域を侵そうとする賊は容赦なく斬り捨てた。

 情報を素早く届け、危険因子は迅速に排除した。

 神に刃を向けるものは殲滅した。

 全霊を以って、神の領域を守護する力の一端を担ってきたのだ。

 ”神殺し”を使った人柱の儀式も、神へ仇なす者という認識しかなく、深くは

考えていなかった。

 幼少の頃に鳥居を潜ったときからそう言われてきたし、実際にこの目で見た

ことが無かったからかもしれない。


 銀の娘を思い出す。 

 彼女を見たとき、俺は何も考えることができなかった。

 それは、”神殺し”に関わる事になった嫌悪からか。

 穢れを押し付けられた屈辱からか。


「いや・・・違うな・・・」


 一人ごちる。

 初めて見た”神殺し”。

 それは生気を失ったかのように力ない存在であり、悪鬼のような凶悪性は

微塵も見えなかった。

 神に手を出せるような、そんな力を感じられなかった。

 退魔札の効果なのだろうか?

 あるいは、俺がその力を感知できていないのだろうか・・・。

 だがそもそも、”神を殺し得る力”などというものがあれば人ごときに捕まる

ことはないのではないだろうか。

 いや、十年以上も前に来たのなら、当時はまだ幼子だったのだろう。

 その成長が人と同じであれば、の話だが。

 

 刃の手入れをしながら悶々と考えていると、部屋の外から声が聞こえてきた。

 聞こえるのは子供の声。 距離は少し離れているようだ。

 俺の部屋は一般的な宿舎の一室にあり、人の声がするのはおかしいことでは

ない。

 だが、聞こえてきたのは明らかに言い争う声だった。


「何かあったのか・・・?」


 気になった俺は手早く太刀を組み上げ、部屋を出る。

 声の方へ歩いていくと、程なく現場に出くわした。

 神職見習いである出仕の少年が四人と、巫女の少女が一人。

 みんな十歳くらいの年頃だ。

 一人の少年を庇うように少女が立ち、三人の少年と対峙している。


「だって宗太はもう追い出されるじゃないか!」

「そんなの、まだ決まってないじゃない!」

「もう決まったようなもんだろ! あれだけやらかせば当たり前さ!」

「そうだそうだ! 落ちこぼれの宗太は出て行った方が、ここの為だ!」

「なんてこと言うのよ! あなたたちに宗太の何が分かるって言うの!?」

「出た出た、千代の宗太好きが!」

 少年たちと言い争う少女の後ろで、宗太と呼ばれている少年は俯いたまま

何も言わない。


「良かったな、宗太!

 最後の最後まで千代に守られてよ!

 立派な男だ!」


 少年たちが宗太を指差して嘲笑う。 それでも、宗太はただ拳を握り締めて

いるだけだ。


「何をしている」


 見かねて彼らに声を掛けると、少年たちは怪訝な顔で俺を見た。


「見たことない顔だな」

「でも、神兵服を着てる」

「そういえば、今日新しい神兵が来るって聞いたぞ」

「げ・・・じゃあ、本当に神兵かよ。

 やばいんじゃないか?」

 

 ひそひそと話し合った後、少年たちは気まずそうに視線を逸らした。


「神に仕える神人が、同じ神人を蔑むのは感心できることではないな。

 ともに精進する仲間ではないか」


「「・・・申し訳ありません」」


 揃って頭を下げる少年たち。

 そのまま、逃げるように立ち去っていった。


「やれやれ・・・」


 溜息をついて見送っていると、


「あの・・・!」


 少女が声を掛けてきた。

 千代と呼ばれていた巫女だ。


「ありがとうございました」


 そして、深々と頭を下げる。


「ほら、宗太も!」

「う・・・うん」


 千代に促され、宗太も頭を下げた。


「ところどころ、話は聞こえてきたが・・・わけありのようだな」


 宗太に尋ねると、すかさず千代が答えてきた。


「あの人たち、ひどいんです!」


 ポロポロと。


「宗太はこれまで、一所懸命に頑張ってきたんです!

 確かに、失敗もたくさんしてきました!

 炊事で料理を焦がしたり、洗濯で奴袴を破いたり、祭事でお神酒の酒瓶を

 割ったり・・・

 不器用で、周りにもどんどん追い抜かれていって・・・でも、それでも頑張り

 続けてるのに!」


 涙をこぼしながら、我が事のように語る千代。

 だが今、洒落にならない話が出てきたような気がした。


「ちょっとまて。

 料理を焦がすのはまだいいとして、奴袴を破くのはまずいだろう。

 祭事の失態などは論外だ」


 俺が言うと、千代は愕然とした表情を浮かべた。


「でも・・・!」

「千代」


 何か言おうとする千代を、宗太が止める。


「みんなが言ってたことも、神兵様が仰ることも正しいよ。

 最後の機会を貰えただけでも幸せなんだ。

 宮司様には感謝してる」


 そう言って、笑った。


「ふむ」


 俺は密かに感心した。

 宗太の声は澄んでいて、嘘や強がりが感じられなかったのだ。

 先程の出仕たちが言っていた言葉も、真摯に受け止めているのだろう。

 神の下を去らせるには惜しい少年だ。

 何か、良い手段はないだろうか。





「宗太をそなたの専属に?」


 宮司様が不思議そうに聞き返してくる。

 昼餉の後。 俺は宮司様を訪ね、宗太について相談してみた。


「誠に厚かましき願いとは存じますが、お聞き届けいただきたく存じます」


 通常、神兵ならば五階位以上でなければ専属の出仕は就かない。

 七階位の俺が申し出るのは、実に厚かましい。

 だが・・・


「なぜ、宗太なのだ?」


 宮司様の疑問はそこではなかったらしい。


「あの者はまだ十歳。 それに、不器用なことでも有名だ」

「彼は不器用であるために周囲の扱いがよくないとのことですが、良い心根を

 持っているように見受けました。

 努力する者が報われぬことはあってはならぬこと。

 それに、彼ならば側に置いても私のお役目について余計な詮索をしないと

 思うのです」


 怪訝そうに言う宮司様に答える。


「なぜ、そうと言い切れる?」


 という疑問には、


「頭は悪そうですゆえ」


 と答えておいた。 これはここだけの話にしておこう。

 宮司様は姿勢よく正座したまま苦笑していた。


「・・・まあ、言いたいことは分かった。

 宗太がまた何かしでかす前に、お主が保護したいということだな。

 だから専属にせよ、と」


 正しく解釈してくれた宮司様に、俺は頷いた。


「宗太については私も気に掛けていた。

 お主の意向は正直、助かる」


 宮司様はそう言って。


「・・・が、だめだ」


 ピシャリと否決した。


「未熟な者に釣り合わぬ役職を与えた所で、良い結果は生まぬ。

 それは、宗太自身のためにもならぬ」

「そうですか・・・」


 できれば宗太を落ち着いて成長させてやりたかったのだが・・・

 俺は溜息をつく。

 それと同時に、「だが・・・」と宮司様が続けた。


「これ以上、あやつに何かを壊されるわけにもいかん。

 しばらく、修行をさせることにしよう」


 そう言って、扇子で俺を指す。


「石川殿。 お主に別命を与える。

 宗太の指南役として、あやつを導いてやってくれ」


 その言葉に、俺は顔を上げた。


「宮司様・・・それは」

「公に専属にすることはできん。

 重要な役目から外し、その時間を修行に充てさせるだけだ。

 良いな」


 それは、実質俺の専属になることと変わりない。

 役職としての専属とはならないため宗太の立場は変わらないが、少なくとも

 大失敗は俺の傍でしか起こさなくなる。

 俺が判断を下さない限り、破門にされることもないだろう。


「ありがとうございます」


 俺は深々と一礼した。

 そんな俺を見ながら、

 

「ときに石川殿。 役目の方はどうであった?」


 宮司様が、話題を変えてきた。

 だが、それは俺が宮司様を訪ねた本当の目的でもある。

 俺の役目について、話し合っておきたかったのだ。

 だが、どう言えばいいものか・・・・・・


「ここだけの話だ。

 思いのままを言ってくれ」


 言い澱んでいる俺を宮司様が促す。

 今日会ったばかりだが、この宮司様は大器であるように思える。

 ならば、正直に言っても大丈夫だろう。


「では、おそれながら申し上げますが・・・このお役目には疑問がございます」

「ほう」

「内容は監視というよりも牢番。

 これは対象を考えれば確かに重大であると存じます。

 しかし交代要員がおらず、さらに別命もあります。

 監視を終始行うわけでもなければ、定時報告の義務もない。

 これでは、私がいる意義が見えませぬ。

 本当に監視する必要があるならば、あと一人は必要かと思います」


 俺が答えると、宮司様はしばらく考える素振りを見せた。


「では、次の質問だが。

 あの”神殺し”をどう見る?」


 穏やかでありながら射抜くような目。

 宮司様は俺の言葉だけでなく、表情や仕草の全てを以って解とするかのように

俺の目から視線を外さない。

 どう答えるべきか。

 この問答は、教義にも触れるものだ。

 だが下手な嘘では見破られる気がする。

 いや、どれほど巧妙に嘘をつこうとも、あの目はごまかせないかもしれない。


「言うたであろう。 ここだけの話だと。

 例え教義に背いた答えだとしても、それもここだけの話だ」


 再び、俺の心を見透かしたかのような催促がきた。

 いや、これは命令だ。

 正直に話せという、頂点に立つ者からの勅令。

 俺は、ためらいながら口を開いた。


「・・・”神殺し”というものを初めて見ました。

 そのときに感じたのは、教義における存在とは異なるものだということです」


 俺が答えると、宮司様は目を細めた。


「ほう・・・どう違う?」

「主観的なものです。

 なんとなく、私が想像していた禍々しさを感じず・・・」


 俺は一呼吸置いて、


「人と変わらないのでは、とさえ思いました」


 はっきりと言った。


「そうか・・・予想以上だな・・・」


 宮司様は顎に手をやり、考える素振りを見せながらなにやら呟いた。


「は・・・?」

「いや、こちらの話だ。

 それより、”神殺し”を見て心が折れないのは大したものだな。

 よほど強い精神を持っていると見える。

 その様子なら明日からの役目、任せても大丈夫だろう。

 頼んだぞ」

「はっ。 しかし宮司様、あの娘はまったく動く様子がありません。

 呼吸も分からぬほどに弱く、相当衰弱していると思われます。

 先程申し上げた通り、増員した方が良いかと・・・」


 俺が進言すると、宮司様は首を横に振った。


「必要ない。

 あの娘はな・・・もう一年以上、ああしているのだ」





 闇が覆う地下へ降りる。

 役目は明日からだが、どうしても確認しておきたかった。

 逢魔時・・・魑魅魍魎が活気付き始めるというこの時刻に、”神殺し”は

どうしているのかを。

 もっとも、魑魅魍魎も俺は見たことがないのだが。

 手燭の持つ頼りない灯りを、壁の燭代に移していく。

 そうして、俺は再びその場所に立った。


 流れるような銀の髪。

 雪のような白い肌。

 身に纏った、白装束。

 全てが炎の光を反射しているかのように、娘は輝いていた。

 だが、その目はうつろなままだ。

 力なく壁にもたれ、その姿勢は今朝と全く変わっていない。


 宮司様は、彼女が一年以上何も口にしていないと言っていた。

 水も食もなく生き続けていることが、人でない証明だとも。

 彼女の身体の線は細く、頬は少々こけている。

 しかし、その肌は瑞々しさを失っていなかった。

 呼吸をしている様子はまだ分からないが、確かに生きているのだろう。

 普通ならば考えられない。

 しかし、禍々しさもやはり俺には感じられない。

 もしあれが人でないというのなら、それは悪鬼などではなく----


「いや、考えるだけ無駄か・・・」


 俺がどう思い、何を言ったところで何が変わるわけでもない。

 災いが起こるたび、この一族は悪鬼として人柱にされてきた。

 この娘も遠からずそうなるだろう。

 この一年余り、大災厄が起こらなかったことが奇跡と言えるくらいなのだ。

 分かっている。

 そう・・・分かりきっていることだ。

 ならば、俺は俺の役目を果たすことのみを考えるべきだろう。

 この娘は、”神殺し”。

 それだけ認識しておけばいい。

 自分の在り方を確認する。

 だが・・・


「本当に・・・それでいいのか?」


 俺の口は意思に反した言葉を吐いていた。

 声は空虚に溶け、静けさが戻る。

 何を思って言ったのか、俺自身にも分からない。

 言い知れぬ虚無感を抱いたまま、俺は踵を返した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ