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神の兵と神殺し  作者: OCEAN
第一章  邂逅
3/6

第三話  神殺し

「”神殺し”・・・・・・」


 すずの肩越しにそれを見た俺は、愕然とした。

 時が止まったかのように身体が動かない。

 身体中が粟立ち、喉が渇きを訴えた。

 汗が滝のように流れ、思考が嵐のように荒れ、視界が釘付けになる。

 一際、夥しく札が貼られた格子の向こう。

 冷たく湿った土。

 そこに敷かれた筵に、白装束の娘が座っていた。

 長い銀の髪。

 俺とそう歳が離れていないであろうその娘は、正座の状態から崩れたように

背中を石壁にもたれかけている。

 左右の腕は力なく垂れ、目は虚ろで、まばたきさえしない。

 

「”神殺し”・・・神を殺し得るモノ・・・・・・」


 すずが口を開く。


「最たる穢れであり、神への贄・・・人柱となるモノ。

 その監視が、石川様のお役目です」


 すずの声が、俺の金縛りを解いた。

 俺は震えそうな身体を精神で押さえ込みながら、ゆっくりと踏み出した。

 すずを抜き、檻へと近づく。


「まだ・・・存在していたのか」


 教義によれば、銀の髪を持つものは神に仇なす鬼であるという。

 凶悪な力を持ち、神を殺し得る悪鬼。

 その悪鬼を成敗し、その身を捧げることにより神の加護を強くするという

儀式があったと記憶している。

 十年以上前に雨乞いのために行われて以来、地震や洪水、大火災など災厄が

起こるたびに各国へ人柱が送られ、精力的に行われてきた。

 だがそんな儀式も次第に頻度が減少し、昨年は山陰で疫病を鎮めるために

行われた一件のみ。

 ゆえに、もう”神殺し”は滅びたのかと思っていた。


 銀の娘は全く動かない。

 虚空を見つめてさえいない気がする。

 意思を宿していないのだろうか。

 いや、すでに息絶えているのではないだろうか。


「・・・生きて、いるのか?」


「生きています。

 非常にゆっくりとですが、呼吸をしていますから」


 すずの返答は確信に満ちていた。

 呼吸・・・

 じっと目を凝らして見ても、全く分からない。

 だが、すずがそう言うのなら生きているのだろう。


「”神殺し”の監視・・・」


 俺は自分の役目を確認する。


「監視というより、牢番だな」


 言って、自嘲する。

 最たる穢れとされている”神殺し”に関わるなど、神人にとって耐え難い。

 より信心深い総本社の神人ならば尚更だ。

 そのため、外から下位の者を呼んだ。

 俺は、汚れ役を押し付けられたの。


「まさか、総本社に呼ばれて”神殺し”に関わるとは思わなかった」


 過去に儀式で人柱となった”神殺し”の数は万を超える。

 圧倒的多数の悪鬼を捕らえていた場所が、神を奉る本拠地であり最も穢れを

嫌う総本社だったとは誰も考えないだろう。

 

「お役目は明日からになります。

 今日はもう戻りましょう」


 すずが踵を返し、燭台の火を消していく。

 火が消える毎に地下は光を失い、場を闇が覆う。

 もと来た通路を戻りながら、ふと気になったことをすずに尋ねた。


「あの娘は、いつからここにいるのだ?」


「詳しいことは分かりませんが、十年は経っていると聞いています」


「十年・・・・・・」


 俺は足を止めて振り返る。

 牢を閉ざそうとする暗闇。

 そこに浮かぶ銀色が、俺の目に焼き付いた。




 小屋を出た俺たちは、そのまま清めの場へと向かった。

 汚れを落とすためだ。

 ちなみにあの小屋と地下牢は封域と呼ばれ、神域とはされていないとのこと

だった。

 封域として区別することで、神域に穢れを置かないようにしているのだとか。


「石川様のお役目は理解されましたか?」


高くなり始めた日輪の下を歩きながら、すずが確認してくる。


「ああ」


俺は遠い滝の音を聞きながら、相槌を打つ。

春先の柔らかい日差しと荘厳な滝の音色は、地下室から出た後の心を少しだけ

軽くした。


「何も起こらないとは思いますが、もし何か異変があったときは早急に報告を

 お願いします」


「ああ」


「寝具は後ほど運び入れます。

 食事はその都度お持ちしますから・・・」


「ああ」


 ・・・ん? ちょっとまて。

 俺はゆっくりと隣を歩く巫女に振り向く。


「まさかとは思うが、運ぶ先は地下ではないだろうな?」


 顔を引きつらせながら言うと、すずは初めて笑顔を見せた。


「部屋はたくさん余っておりますよ?」


 暗く冷たい、満面の笑みを。


「・・・冗談だろう!?」


「監視ですから」


 すずの笑顔は変わらない。


「待て待て待て待て・・・!

 じゃあ、隠し扉の説明は何だったんだ!?」


 慌てる俺をひとしきり見て、すずは巫女服に付いた泥を払いながら小さく

嘆息した。


「冗談です」


 ・・・いや、目は本気だったと思うが。

 まだ根に持っていたのか・・・・・・


「・・・悪かった」


「どのみち、禊をするつもりでしたから。

 気にはしていません」


 ・・・・・・うそつけ。


「ともかく・・・ 監視といっても定期的に状況を確認するだけで結構です。

 また、別命があるときは一時的に監視のお役目は免除されます」


「それは助かるが・・・」


 助かるが、また不穏な単語が出てきたな。


「別命とはなんだ?

 監視だけではないのか?」


「さあ。 私はそのようにお伝えするよう、申し付けられているだけですから」


「そうか・・・」


 返答するすずの様子からは、本当に知らないのか、実は知っているのか、

判別できない。


 ともかく、主とした役目は”神殺し”の監視ではあるのだろう。

 あの地下牢に一人だけというのは、正直つらいな。

 ・・・いや、俺一人なのか?

 すずを見る。


「何か?」


 視線に気づいたすずが、怪訝な表情を返してきた。


「いや、俺が地下にいないときは誰が監視をするのだろうかと思ってな」


「・・・誰もしません」


俺の問いに、すずは溜息をついて答えた。


「監視といっても、定期的に様子を見て状況を確認するだけです。

 あそこの状況が把握できていれば良いのです」


「なんという・・・

 実にやりがいのないお役目だ・・・」


 俺は溜息を付きながら言った。

 そんな俺の態度が気になったらしい。


「・・・思ったより、平然としているんですね」


 すずが、意外そうに言ってきた。


「・・・いや、思考はずっと乱れっ放しだ。

 あまりにも突然だったからな」 


「でも、その方が良かったでしょう?」


「そうだな。

 事前に聞いていたら、寝込んでいたかもしれない。

 案ずるより生むが安し、とは良く言ったものだ」


 本来、神人にとって”神殺し”は精神をすり減らす存在だろう。

 片手間にできるような役目でも、”神殺し”に関わるとなれば敷居が飛躍的に

上がる。

 関わりたくない上にその存在が漏れる可能性も最小限に抑えたいとなれば、

監視役を一人に絞って定期的に見させるのが最善だと判断したのかもしれない。

 そんなことを考えていると、すずの歩みが止まった。


「着きました。 早く済ませましょう」


 いつの間にか、お清め場に着いていたらしい。

 ・・・いや、禊ってこんな所でするんだったか!?


「・・・すず殿」


 ・・・また、いやな予感がしてきた。


「禊は、ここでするのか?」


 俺は呆然と、それを見上げた。


 高い岩壁。

 その頂上から大量の水が絶えず流れ落ち、壮大な音色を生み出している。

 目に写るのは小さな小屋と大きな滝。


「泥はよく落ちると思います」


 すずはあっさりと答える。

 通常の禊は白襦袢を着て、水を引いたお清め場で桶に水を汲み、己に掛ける。

 それは己の中の邪気や雑念を祓い、清めるのが目的だ。

 すずによると、今回は体中の泥を落とすため着替えずに滝へ入るのだという。

 これは洗濯の手間を省いているのではなく、封域の泥が持つ穢れを滝で浄化

するためらしい。

 禊というより、もはや修練の域だ。

 

「なんと豪快な・・・」


 躊躇せずざぶざぶと滝に向かっていくすずに感嘆を受けながら、俺も素直に

後を追いかけた。


 


 滝に打たれながら、俺はあの娘のことを思い出していた。

 あの寒く暗い地下牢に、銀髪の娘は十年いるという。

 先ほど、そこで過ごせと言われただけで俺は背筋が凍りついた。

 その地下牢に十年・・・

 自我を崩壊させるには有り余る時間だ。

 ”神殺し”の一族がどのようなものかは分からない。

 地下に入ってからあのような状態になったのか、それとも元々がああなのか。

 あの様子から見て、まともに食事を摂っているとは思えない。

 分からないほど呼吸が微かならば、死期も近いのではないだろうか。

 


 隣のすずを流し見る。

 封域の存在、地下牢への道、”神殺し”についてもよく知っている彼女は、

総本社においてどのような存在なのだろうか。

 あの銀の娘について、どれだけのことを知っているのだろうか。

 俺の視界で、すずは動くことなく滝に打たれ続けている。

 左の横髪で、濡れた鈴が光を反射しており、やはり目に付きやすい。

 

 思考を巡らせていると、すずが静かに目を開けた。

 そのまま歩いて滝から出ると、


「何をジロジロ見ているんですか?」


 ジト目で見上げてきた。


「いや・・・あの娘について、すず殿はどれだけ知っているのかと思ってな」


 素直に俺が問いかけると、


「色々と知っていますよ」


 自嘲気味にそう答えて、背を向ける。


「石川様の前任者は、私でしたから」


 そして、そのまま水の中を歩いていった。

 すずが何を思っていたのかは分からない。

 小さな背中は何も語らず、小屋の中へ消えていった。


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