第一話 神兵
朝の静謐な山中を、小鳥の囀りが彩る。
厳しい冬の終わりが見え、蕗の薹が雪を押し上げようかという季節。
どこか柔らかさが出てきた寒さの中で、俺達は木刀を振っていた。
軽く、小気味良い音が響き渡る。
「うおおおっ!」
芳次が首筋を目掛けて木刀を振り下ろしてくる。
俺はそれに対抗するように下段から木刀を振り上げた。
そして木刀が触れ合う刹那。
「ふっ!」
木刀を回転させ、垂直の斬撃を水平に弾いた。
さらにその反動を利用し、最短距離で、芳次の眼に向けて木刀を振る。
「うおぁっ!?」
芳次が上体を仰け反らせて回避しつつ、木刀を持つ俺の手首に向けて自らの
木刀の柄を打ち込む。
俺は反射的に後へ大きく跳び、芳次の柄は空を切った。
互いに間合いが開き、動きが止まる。
仕切り直しの状態だ。
「よく軽々と振り回せるものだ。
とても『鉄芯』を扱っている動きとは思えん」
俺は素直に感嘆の意を述べる。
芳次の武器は斬馬刀とも呼ばれる大太刀だ。
その大きさと重量から扱うのは難しいが、使い手次第では騎兵を馬ごと
両断する破壊力を発揮する。
そのため芳次の木刀もそれを想定し、長く、重くした鉄芯入りの木刀を
使っているのだ。
職人に依頼して特別に作ったもので、俺達はそのまま『鉄芯』と呼んでいる。
さすがに両手持ちだが、それをあそこまで使える者がどれだけいるだろうか。
腕力だけではないだろう。
また腕を上げたようだ。
だが俺の賛辞に、芳次は面白くなさそうな顔をした。
「その『鉄芯』をさらっと流しやがって・・・嫌味にしか聞こえねえ。
つーか・・・相変わらず、えげつねえな。
上は天道から下は草陰まで、全撃急所かよ。
ためらいなく攻めて来るあたり、ぞっとするぜ」
「お前が容赦ないからだろう。
全力で迎撃しなければ、下手をしなくてもこちらが死ぬ」
俺は即座に言い返した。
実際は受け流すのも必死だ。
集中を乱せば即座に重症へつながる綱渡りを強いられている。
それほどに今日の芳次は気合の乗りが違う。
持ち前の自力にその気合が合わされば、身の危険も感じようというものだ。
「今日はどうしたというのだ?
いつも以上にやる気というか、殺気がみなぎっている気がするが」
俺は答えが分かっている質問を投げかける。
「それはな・・・」
問われた芳次が僅かに身を屈め、
「人の恋路を邪魔しやがったからだ!」
予想通りの答えと共に、 2丈の距離を一足で詰めてきた。
そのまま、縦一文字に木刀を振り下ろしてくる。
「やはりそれか・・・っ!」
昨夜の記憶が過ぎる。
昨夜の散策中だった。
男に迫られている巫女をみつけたのだ。
それは強引に強引を被せたような迫り方で、見かねた俺は声を掛けた。
そして男が気を取られた隙に巫女が逃げ出し・・・
「うおらあああっ!」
結果、こうしてその男の恨みを買っているわけである。
「くっ!」
『鉄芯』が迫り来る。
あまりにも大振りな一撃はしかし、こちらの予想以上に速い。
俺の木刀が斬撃を受け、力を流しきれず刀身が砕け散った。
「どうだ・・・っ!?」
自らの勝利を確信した芳次の顔が、瞬時に歪む。
その喉元には、砕け散った木刀の柄が突きつけられていた。
俺の木刀が『鉄芯』を受けて稼いだ一瞬の間に体位を変え、砕け散ると
同時に半身で躱し、破片に気を取らせている隙に懐へ迫ったのだ。
突きつけている柄の断面は、当然滑らかではない。
刀身が粉砕された木刀は、その柄の先を鋭い剣山と変えている。
殺傷力は十分にあるだろう。
「勝負あり、だ」
「ちっ・・・」
芳次の舌打ちを降参の意と捉え、柄を引く。
背後にある『鉄芯』を見ると、長い刀身の半分近くが地面に埋まっている。
「しかし『兜割り』まで使ってくるとは。
よほど恨みが大きかったか」
「あたりまえだ!
もう少しで、絹をモノにできたってのに!」
『鉄芯』を引き抜きながら、芳次が悔しそうに言う。
「芳次。 力ずくで迫るのは違うと思う。
ましてや、神に仕える神聖な巫女を襲うというのは考え物だろう。
そろそろ、その広義解釈を改めではどうだ?」
「うるせぇ! お前の方が狭義すぎるんだよ!」
俺が返すと、靖虎は再び拳を振り上げる。
だが、その拳は勢い無く、しおれるように下がっていった。
「もう少し、もう少しで・・・」
半泣きになりながら項垂れ、崩れ落ちる。
悪い奴ではないが粗暴である芳次らくない。
どうやら意外と本気で惚れているらしい。
「まあ、その・・・なんだ。
次からは力ではなく、絹殿の心に訴えることだな。
心が通じ合えば、成就するかもしれんし・・・な?」
「ここにいたのか、二人とも」
芳次の背中を軽く叩くきながら宥めていると、細身の男が声を掛けてきた。
「靖虎か。 どうした?」
俺が尋ねると、靖虎は溜息をつきながら答えた。
「どうした、ではない。 お役目だぞ。
指揮を取れ。 神兵七階位、石川小次郎」
靖虎の答えに、俺は眉をひそめた。
我が宗派では各神社に神職と神兵を配置している。
神職は宮司を含め、権宮司や禰宜など、祭事を行う。
神兵は神領域の警護や諜報活動を担う、 武者と忍を掛け合わせたような
組織だが、統括者は宮司となる。
この神社には五階位の神兵がいるが、今は宮司様が総本社へ出向いている
ため、護衛不在だ。
そのため七階位の俺が神兵の指揮権を託されていた。
「また賊か?」
「ああ。 行商風の男女が五人、賊に追われてこちらへ逃げている」
「賊の数は?」
「今回は多いな。 少なく見積もっても五十はいる。
馬は無いが、武装は悪くない」
「まったく・・・十日前に殲滅したばかりというのに、なぜこうも頻繁に出て
くるのだ?」
「隣国で戦があったからな。
流れてきた落ち武者が身をやつしたのかもしれん」
「戦か・・・」
この時勢では、村人が当たり前のように兵として借り出される。
件の賊たちも、望まぬ戦に行かされた者たちなのかもしれない。
だが、困っているのなら神に縋れば良いのだ。
悪事に走り、罪無き人々を犠牲にするなど言語道断である。
「分かった。 手遅れになる前に片付けるぞ」
指揮官として、討伐の意を示す。
「やってやろうじゃねえか・・・・・・」
黙っていた芳次がユラリと立ち上がる。
「おい、芳次!」
そのまま、俺の制止も聞かず走っていった。
明らかに、鬱憤晴らしをするつもりだな。
「・・・どうする?」
「さあ・・・どうしよう」
俺たちは苦笑しながら、
「「とりあえず、任せるか」」
互いに頷き合った。
「さて」
俺達は石段の上から下を見下ろしていた。
石段の下には一の鳥居があり、そこから内側が神領地となる。
そこへと続く一本道を、行商団が走ってきている。
その一町ほど後から鎧を纏った集団が追いかけていた。
その鎧はあまり手入れをされていないようで、どれも所々が傷んでいる。
さらに、野卑な叫び声も微かに聞こえた。
「あきらかに賊だな」
賊は弓は持っていないようだが、商人達の足元はおぼつかない。
いつ追いつかれてもおかしくない状況だ。
芳次が石段を駆け下りているが、下手をすると間に合わない。
彼が到着するまでは援護する必要があるだろう。
「靖虎」
「分かっている」
靖虎が弓に矢を番え、放つ。
放たれた矢は弧を描き、商人と賊の間へ突き刺さった。
賊が驚いた様子でこちらを見る。
これで、こちらが行商団を保護する意図が伝わったはずだ。
それでも彼らを襲うのなら、それは人を救う神の御手に刃を向けるのと同じ。
『先に進めば、容赦はしない』
警告を込めて賊の集団を睨む。
仮にあれが秩序ある兵であるとすれば、そこで止まるだろう。
こちらに使者を出し、然るべき理由を述べて商人たちの引渡しを求めてくる
はずだ。
だが、相手は賊であり、当然止まるわけがない。
嘲笑いながらこちらを一瞥だけして、商人たちを追い続けている。
「侮られているのか?」
俺達と賊どもとの直線距離はおよそ1丈。
常識で考えれば射程範囲ギリギリ、有効射程は明らかに外れている。
ゆえに、今の矢をただ外れただけとでも思っているのか。
「だとしたら、哀れなことだ。
神兵の実力を知らんとは」
靖虎が二の矢を番う。
「同情はしないがな」
賊たちが一の矢を踏み越えたと同時に矢を放ち、放たれた矢は先頭にいた
賊の眉間に突き刺さった。
倒れた仲間に足を取られ、賊どもが転倒していく。
追撃が止まり、賊との間が開き、商人達はようやく鳥居へ駆け込んだ。
限界だったのか、その場へ倒れこんだ商人達に辿り着いた芳次が何かを言い、鳥居から飛び出していく。
距離は二町ほど。
体勢を立て直しかけている賊を捕捉しながら雄叫びと共に突進し、大太刀を
叩きつけた。
五尺もの刃は一振りで五人を纏めて斬り伏せ、悲鳴が戦場を駆け巡る。
それを押しのけるように踏み込み、返す刃でさらに斬撃を振るう。
白刃が乱舞し、血が飛沫をあげ、凄絶な阿鼻叫喚が幕を開けた。
数で圧倒的に有利だった賊どもは今更ながらに自分達の失態に気づいたらしい。
呆然とするもの、命乞いをするもの、逃げ出す者が出始めた。
「靖虎」
「ああ」
俺が言うと、靖虎は矢を構えた。
番えているのは三の矢。
だが、その手には更に三本の矢が握られている。
逃げ出す賊に狙いを定め、矢を放つ。
その結果を見ずに握っていた次の矢を番え、また放つ。
連射はまだ止まらない。
靖虎の矢は次々と逃げる賊を仕留めていく。
「逃がさん」
俺は怒りを隠さず呟いた。
当然、賊には聞こえてはいない。
ただ、自分の意思を口にしただけだ。
逃がしはしない。
神に刃を向けた者が逃げるなど、許されはしない。
殲滅されていく賊どもを冷徹に眺めつつも、あの中に女子供がいないことを
再確認する。
女子供を死なせるのは流石に目覚めが悪い。
昔、それで一悶着起こったこともある。
「やれやれ」
俺は安堵し、芳次の役目遂行を見届けた。
戦いが終わった後、俺達は保護した商人達を禰宜たちに任せて後始末に
取り掛かっていた。
とはいっても賊の遺体を埋葬するだけなのだが、これが五十人分であるから
一苦労である。
賊が身に着けていた武具の中には、なかなか良いものもあった。
おそらく、戦場跡の死体から剥いだものであろう。
鎧はほとんどが芳次によって両断されているが、刀は無事なものもいくつか
残っていた。
それらを回収し、家紋等がないか確認する。
「手掛かりなし、か・・・」
せめて所属する国が分かれば領主に遺品として届けることにしている。
だが、分からない場合は闇市に流し、救済費に充てている。
後者については今の規則では認可も禁止もされていない。
伺いも立てていない。
完全に俺の独断だ。
「しかし、神兵が四人だけってのはつれえな。
特に今は岩見様がいねえのが痛え」
林の中に設けている共同墓地に新たな穴を掘りながら、芳次がぼやく。
「仕方あるまい。
山奥の小さな分社に、そこまで人材を裂くわけにもいかんのだろうよ」
同じく穴を掘りながら、靖虎が返す。
二人の言うことはもっともだ。
神仏の領域が戦に直接巻き込まれることはない。
そのような不届きな武将はいないからだ。
それでも、その二次的、三次的な被害は日増しに波及してきている。
村々から兵を徴収して働き手は奪われ、戦に巻き込まれて田畑は荒らされる。
それでは飢饉も多発しようというものだ。
そして食うものがなくなった村人が奪う手段を取るのは珍しいことではない。
賊は増えるが領主の膝元は警備網が整備され、結果として山道を通る人々を
襲うこととなる。
警戒されるようになれば場所を移していく。
ゆえにこんな辺境にも賊は多いのだ。
「まあ、救いは少数ながらも精鋭であることか」
この二人がいれば大体は今日のようにカタがつく。
靖虎は九階位だし、入門年数の関係で階位を持っていないが芳次も実力は
折り紙つきだ。
「だが、本当に岩見様が総本社へ赴任となれば、ますますもって状況は厳しく
なるな」
靖虎の言葉に、俺は一層気を重くした。
一月ほど前。
総本社からの書状により急遽呼び出しを受けた宮司様は、ここにおける
最高位の岩見を護衛に出頭した。
その間は俺が留守を預かることになったわけだが、俺を含む残った者達で
ある推測が立った。
岩見が総本社に引き抜かれるのではないか、と。
総本社は宗派の中枢、全ての分社を統括する神社だ。
よって、強力な神兵のみが役目に就くこととなる。
最低でも五階位以上の猛者がひしめきあっているのだ。
ちなみにいまのところ神兵を束ねる神兵長は一人、一階位は五人、二階位は
十人である。
三階位以降は飛躍的に人数が増え、俺が属する七階位は千人を超えるだろう。
各階位に定数があるわけではなく、武力や武勲、信仰心が認められれば
相応しい階位へと上がっていく。
特に五階位と六階位の間には大きな開きがあるという。
「総本社に務める神兵は五階位以上。
岩見様も五階位。
どうしても結びつくよなあ」
「その後に神兵が補充されるとは限らんしな」
「このままでは、俺達が潰れるのも時間の問題だな」
俺達は墓穴を掘りながら、揃って嘆息した。
埋葬が終わり、禊をして境内へ戻ると、一人の巫女に呼び止められた。
茶室へ寄ってくれとのことだったので、俺達は言われたとおりに茶室へ行く。
そこにいたのは禰宜と商人達だった。
「おお!」
俺達に気づいた商人達が慌てて向き直る。
「この度は、おおきに! ほんま、助かりましたわ!」
商人達は幾度も頭を下げた。
「私、堺で碇屋いう店を出しとります、碇清次いいます。
これは、娘のお葉です」
「葉でございます」
商人の長らしき中年の男が紹介すると、娘は深々とお辞儀した。
その仕草は品があり、高い教育を受けているのが分かる。
「今は三河まで木綿の買い付けに行った帰りでしてな。
近江で合戦が起こる聞いて回り道したら、山道で賊に襲われましたんや。
護衛も雇っておったんですけど、全員やられてもうて・・・・・・。
使用人と、勉強のためにお葉も連れて来たんですが、アカンかったですな」
そう言って、商人・・・清次は葉を見る。
お葉はそわそわと落ち着かない様子でいた。
心なしか頬を紅く染め、こちらを見てははにかむ様に目を逸らし、また
見ては逸らす。
視線は落ち着かないが、俺には何を見ているのかが分かった。
となると、この後の展開は・・・・・・
俺が慌てて禰宜を見ると、清次たちを接客対応していた禰宜は気まずそうに
目を逸らした。
こいつ・・・
「ですが、もう長く店を空けとるので、早く帰らなアカンのですわ。
しかし、やはり道中は物騒でっしゃろ?」
来た。
清次は心底困ったように話を切り出す。
「それで、厚かましいようですが護衛をしていただければ、と思っとるんです。
芳次様に」
「はあっ!?」
芳次が不機嫌に声を挙げる。
「清次さんっつったか?
あんた、勘違いしてるぜ。
俺達は神兵で、神と神人を守るのが役目だ。
あんた達を保護したのは救いを求めに来たからで、その先までは範囲外だ」
芳次の言葉に、清次がニヤリと笑う。
「でしたら、範囲内にしていただく訳にはいかんでしょうか?」
俺は諦めて嘆息した。
あとは芳次自身が決めることだ。
「おいおい、何を言っ・・・」
「お葉を娶ってもらいたいんですわ」
「でっ・・・!?」
思いがけない要望に、芳次が絶句した。
「芳次様に婿に来てもらえれたら我々も無事に帰れますし、なにより芳次様なら
お葉を安心して任せられます」
パクパクと芳次が声にならない声を挙げているが、清次は構わず続ける。
「お葉は若いながらも商才がありまして、将来は店を継がせるつもりです。
ならば、結ばれるべきは商人やなくて信頼できる武人がええ思っとりました。
お葉も芳次様に気があるようですし、いかがです?」
お葉が頬を染めたまま、芳次を見る。
芳次の顔がさらに引きつっていく。
「ま・・・まて! これは俺の一存では・・・」
「むだだ、芳次」
俺は嘆息しつつ首を振る。
「黒井様、いくら受け取ったのですか?」
禰宜に目を向けると、相変わらず目を逸らしたままだ。
「おい、どういうことだ?」
「神社における最高権力は宮司様が持っている。
それに次ぐのは権宮司となるが、小さな分社に権宮司の職はない。
そして今現在、宮司様は不在だ。
ならば、この場で全権を持っているのは誰だ?」
「まさか・・・」
芳次が禰宜を見る。
「禰宜である、黒井様だ。
何らかの理由をつけて芳次を破門。
それで神兵としての縛りはなくなり、即座に婿入りが可能となる。
宮司様の帰還を待つこともなく、面倒な手順を踏む必要もない。
そんなところだろう」
「この野郎・・・っ!」
芳次が禰宜を睨み、禰宜の冷や汗が増えていく。
同時に、緊迫した空気が満ちていく。
だが、か細い声がそれを打ち破った。
「私では・・・ご不満でしょうか・・・?」
お葉が涙を浮かべて芳次を見る。
「私のような女は・・・お嫌いですか・・・?」
「な゛っ!?」
上目遣いで見られた芳次の顔がみるみる赤くなっていく。
「・・・どうやら、首は飛ばずに済みそうですね、黒井様」
俺は皮肉ではなく、事実を禰宜に言った。
本当に、文字通り首が飛ぶところまで行きそうだった。
芳次がまだ何やら騒いでいるが、耳まで赤くしている以上、説得力はない。
縁談は瞬く間に調い、三日後に清次たちは一人増やして旅立っていった。
芳次の穴は、禰宜に埋めてもらうとしよう。
主に穴掘りの方面で。
それから半月後。
宮司様が帰還した。
「お疲れ様でございました」
会堂にて俺は黒井とともに宮司様を迎えた。
同じく帰還した岩見の傍には、二人の神兵がいる。
どうやら人員が補充されたようだ。
岩見が総本社に赴くとしても、これで減はなくなった。
安堵した俺とは対照的に、宮司様は浮かない顔をしている。
さらに言えば、岩見も同様だ。
「黒井、石川。
留守中ご苦労じゃったな」
「はっ」
宮司様の労いに、頭を下げる。
「さて、実は時間が無くてのぅ。 率直に言うぞ」
溜息混じりに言った宮司様の言葉に、俺達は面食らった。
職業病ともいうべきか、宮司に就く人はとにかく話が長い。
目の前にいる宮司様も例に漏れず、長話が好きな人である。
少なくとも、これまで単刀直入に話をしたことは記憶にない。
何が飛び出てくるかと耳を傾けると、
「小次郎は総本社にて務めることとなった」
ありえない知らせが、耳に届いた。
「は・・・?」
疑問符が俺の頭を埋めていく。
「・・・訳が分かりませんが」
俺が言うと、宮司様も嘆息した。
「ワシにも分からぬよ。
総本社へ呼ばれて行ってみれば、お主について質問攻め、最後には召喚の
申しつけだ。 令状もある」
宮司様が一通の文を取り出し、新参の神兵が俺の所へ持ってきた。
文を受け取り、広げていく。
長い紙に白面が続き、広げきったときに書いてあったのはたった三行。
『神兵七階位 石川小次郎
総本社にて役目を命ず
早急に出立せよ』
最後に総本社の宮司様の名が記してある。
「なんという・・・」
あまりにも簡潔すぎる令状に、思わず声が漏れてしまった。
三行半でもあるまいに・・・・・・
「書いてあるとおりじゃ。
ここでいくら頭を捻ろうと無駄じゃろう。
令状を持って、早急に発て」
「今、すぐにですか?」
「今、すぐにじゃ。
支度が整い次第、出立せよ」
なんとも妙な話だ。 ・・・が、総本社の命に従わないわけにもいかない。
「承知いたしました」
俺は嘆息とともに一礼し、頭を捻りながら旅支度へと向かった。