第7話 寝着と口付け
コーラルに隅から隅までピッカピカに磨き上げられて、ようやく浴室から出られた。
ホントもう、くたくた。
「さ、こちらをお召しください」
あんまりにも疲れていたので、差し出されたその服を確認もせずに袖を通した。
さらりとした肌触りが、ほてった体に気持ちいい。
……が、ふと見下ろした自分の体に驚愕した。
「…あ、あの。
この…服? なんなの、これ?」
自分の身を覆うその布をつまみながらコーラルに尋ねる。
「思ったとおり、とてもよくお似合いでございますよ」
満面の笑みで答えるコーラル。
どこか誇らしげなのがまた癪にさわる。
「そうじゃなくて、なんなのこれ、スケスケじゃない!!こんなの着てる意味ないわよ!!」
そう、着せられたその衣装は、いわゆるネグリジェのようなものなのだろうけど、それはもうものすごい薄い素材で出来ていた。
しかも、下着もつけさせてもらえていないため、体の線も大事なところもばっちり見える。
服とも言えない気がする。
「あら、では何も付けずに行かれますか?」
「そういう意味じゃないでしょ!!違う服を出しなさい!!」
「すごくお似合いですのに…」
「いいから早く!!あと下着もね!!」
怒鳴り散らす私をよそに、まだ何かぶつぶつ言いながらコーラルは部屋を出て行った。
疲れた…。こんなに怒鳴ったの久しぶりかもしれない。
なのにぜんぜん自分の意思が伝わらないもどかしさと理不尽さ。
思い返しても、こっちに来てから誰も私の意見を聞いてくれてない気がする。
「はぁ……」
何度目かのため息をついたところで、コーラルが戻ってきた。
「あらあら、そんなにため息をつくと、幸せが逃げてしまいますよ?」
「もう幸せなんてこれっぽっちも残ってないから大丈夫」
「ふふふ。后様って面白いお方ですわね」
もう会話に疲れた。
とりあえず持ってきてもらった着替えを確認することにする。
透けてはいない。けど……
「露出が多すぎない?」
やたら布が少ない。
なんでこんなに胸元が開いてるんだ。
なんでこんなに丈が短いんだ!!
下着も、こんなの下着じゃないよ!ただの紐だよぉ…。
「もっとまともな服ないわけ?」
「まともとおっしゃいましても…」
「透けてないくて、長袖で、足が見えないような服。ないならもうさっきまで着てたドレスでいいから」
「もうあちらの服は洗濯係に渡してしまいましたから…」
「じゃあコーラルと同じ服でいいから。着替えとかあったら貸してよ」
コーラルは紺色のワンピース型の、いわゆるメイド服を着ている。
身長がコーラルの方が20センチ以上は高いけど、持ってこられた服よりはだいぶましだ。
「そんな、このような服を后様に着せたとあっては魔王様になんとお叱りをうけるかわかりません」
「じゃあ違う服持ってきて」
「仕方ないですね…。けれど、どうせすぐ脱ぐんですから、そこまで気にしなくてもいいのではないですか?」
「ぬ…って、え??」
脱ぐって何さ??
体キレイにして、セクシーな服着て…って、そういう流れだったの!?
「嫌よ!! 冗談じゃない!! 私は一人で寝るからね!!」
「え? どうしてですか? 今夜が初夜ですのに…」
初夜って…初夜って…なんかありえない展開になってるんだけど。
どういうこと?
后様って…そういうこと?
「ひとつ聞きたいんだけど…。 私、もしかしてもう、結婚したことになってるの?」
死刑宣告を待つ気分で、ドキドキしながらコーラルの返事を待つ。
知らない間に結婚してましたとか、ありえない。
私にも選ぶ権利とか、心の準備とかいろいろ必要だ。
「正式には、まだですわ。
けれど、先ほども申し上げたとおり、皆の前で貴方様を后とすると魔王様が宣言なさいました。
その際、宣言の口付けもなされましたので、仮の婚姻は済まされたことになります。
ですから、正式な立后は儀式のあとになりますが、この城内での位は魔王様に次ぐ上位になっております」
ちょっと、待って。
仮の婚姻に……口付け??
「私は…公衆の面前で、気を失ってる間にキスされたってこと?」
自然、声が低くなるのがわかる。
もういい大人なんだから、キスが始めてなんてことはないけれど、でも、初対面の男に、しかも自分の 意識のない状態でキスされたなんて…。
「イケメンだったら何してもいいと思ったら大間違いよ!!」
瞬間、数年前に二股掛けられて別れた元彼を思い出した。
彼も結構なイケメンで、告白された時はかなり嬉しかったものだが、その分、最初から二股だったと知った時の怒りは半端なかった。以来、イケメンは信用できない。
そんな2重の怒りもあらわに、そのまま魔王のところに殴りこみに行く勢いだったけれど、自分はまだ真っ裸だったと思い直して留まる。
「后様、落ち着いてください。
あの場で魔王様があのようになさらなければ、広場に集まった魔族たちを落ち着けることはできなかったでしょう」
怒りの矛先を探していた私に、コーラルが落ち着いた声で語りかける。
「あの時、魔王様に傷をつけた后様を処分しようと魔族たちがいきり立っていました。
気を失った后様に口付け、『この娘を我が后とする』と魔王様が宣言しなければ、今頃后様はこうして生きては居られなかったでしょう」
落ち着いた声ながら、その言葉は私の心にしっかりと入ってきた。
確かに、あの時、背後にいた魔族の大群からの負のオーラに負けて気絶してしまった。
ベッドで起きたとき、自分が生きていることを不思議に思ったほどだ。
だったら、キスぐらい……許せる?
いやいや、許せないでしょう。
気絶してる間に、そんな大切な口付けされたなんて。
しかも相手は魔王様だし!!
でも……
「……やっぱ許せないけど、まぁ今のところは不問にしておいてあげるわ」
だいぶ上から目線発言だけど、今はまだこれ以上の気持ちの整理は出来ない。
「あぁ、もうとりあえず疲れたから今日はこれでいいわ!」
今日のところは露出満点な寝着で我慢しておいてあげるわ。
もう何もかも忘れてこのまま寝てしまいたい。
コーラルに夜着を着るのを手伝われて、脱衣所を出る。
そして、ついさっきまで寝ていたふかふかベッドへ。
……はい。
魔王様の存在、忘れてました。
今回ちょっと長めになりました。
主人公は熱しやすく冷めやすい、ひとつのことしか考えられないタイプ。
コーラルさんはなかなかよい性格してます。
さて、次話、ようやく魔王様登場。