第29話 紅の瞳
…現状を、把握しましょう。
午後、暇で暇で、少しごねてみたら白馬の王子様が現れた。
王子様は王子ではなくて、魔王の側近だった。
彼に案内されて中庭に来た。
中庭はすごくキレイで、噴水の上に精霊さんがいて、手を振ってくれた。
嬉しくなってそっちに行こうとしたら…視界が回って、目の前にアウインの顔があった。
どうやら私はアウインの腕の中にいるようだ。
背中に回された腕、密着した体、吐息まで感じられるほど近い顔。
少し背伸びすればキスだって出来るくらいの、そんな距離…。
「…って、ちょっと!!」
思わずキスしそうになったよ!! 恐るべきイケメンパワー!!
思いとどまった自分を褒めてやりたい。
慌てて、離れようとする私。
なのに。
視界がまた、反転した。
「きゃぁっ」
強い力で体が倒される。
衝撃で、メガネが飛んだ。
地面にぶつけたお尻が痛い。
上からの圧迫が、苦しい。
息が…と思ってみれば、私の頭を抱きこむようにかぶさるヒト…アウインだ。
どういうこと? 私、アウインに押し倒された?
何ていうか、嬉しい、とか思ってしまう自分にちょっと呆れながら、どいての合図としてアウインをペチペチ叩いてみる。
そろそろ本気で息がヤバイ。
私の合図に気づいたのか、アウインが顔を上げる。
拘束の解けた私の目が見たのは、頭のすぐ上の地面に刺さった矢と、上に圧し掛かるアウインの紅い瞳だった。
…ええっと、え、どういうこと?
シュッという音とともに、矢が放たれる。
今度は少し軌道を逸れて、3メートルほど先にある木に刺さる。
よく見れば、始めに私がいた辺りにも1本の矢。3本とも青黒い魔力を帯びている。
もしかしなくても私、狙われている??
あまりに急なことに、無意識に側にいるヒトに縋る。つまり、アウインに。
押し倒したような体勢のまま、下から袖を握り締められたアウインは、一瞬にやりと笑った気がした。さっきまでの王子様の微笑とは違う、少し皮肉っぽい笑み。
けどそれも一瞬のことで、笑みを消したアウインは、紅い瞳のまま、矢が放たれた方向を見た。
…視線だけで人でも殺せそうな、物騒な視線だ。紅い瞳が、怪しく輝く。
そのアウインの視線の先に意識をやれば、回廊の死角に魔力の気配。矢と同じ、青黒い魔力。けれどその魔力は、次の瞬間プツリと消えた。花火を水につけた時みたいに、シュって。始めからなかったみたいに。
恐いものを見た。そして、その恐ろしいことをしたのは…
「アウイン…?」
恐る恐る、私の上に圧し掛かったままの紅い瞳のヒトを見上げる。
握り締めた服の袖はまだ私の手の中だ。
会ったときの王子様なアウインと、目の前の残忍な目をしたアウイン、どっちを信じたらいいかわからなくて。…信じるも何も、つい1時間くらい前にあったばかりなのに。
どうしていいか、自分でもわからなくて、動けないでいる私に、アウインが微笑んだ。
その微笑みは、今までの王子様とも違う、にやりと笑ったあの笑顔とも違う。人を惹き付ける、魔性の微笑み。これは、この笑顔は見てはイケナイ。
本能が命じるままに、目を閉じる。見続ければ石になる、そんな気がして。
目を閉じた私の唇に感じるぬくもり。
え、と思って目を開けたら、もうそこにアウインの姿はなかった。
起き上がったアウインは、飛んでしまっていた私のメガネを拾い、掛けてくれる。
手を引かれて起き上がってみれば、そこにいたのは元の金髪碧眼の王子様だ。
さわやかに微笑みかけられて、あれ、今までのは錯覚?とか思ってしまう。
「魔王陛下にも注意はされているかと思いますが、后様は一部の魔族からお命を狙われております。くれぐれも、お一人で出歩いたりなさいませんように」
ぽかんとしているアウインに、諭すように言われた。
あ、やっぱり私が狙われてたんだよね? はい、身にしみてわかりました。
「魔王陛下の部屋より外では、今のところ后様に安全の保証はできませんので」
しゅんとうな垂れた私に、畳み掛けるような忠告。
そして……
「な…」
また、キスされた。
「ここも、部屋の外、ですので、気を許してはいけませんよ」
そう言って笑うアウインは、魔性の微笑を称えていた。
私の安息の地は、どこですか???
お気に入り登録1000人突破!! ありがとうございます!!
皆様の期待にこたえられるように頑張ります!!