第5話 魔術師レーヌの証言
ジジ、と音がして、画面が点灯する。しかし、その後も画面は真っ暗な状態のままだ。コツコツ、という足音が止まり、何者かの息遣いが聞こえた。
「……あら、このままじゃ暗すぎて何も見えないかしら?」
ぱちん、と何かが弾けるような音とともに、画面中が眩い光に包まれる。が、しばしの静寂ののち、画面の光度は徐々に落ち着いてゆく。
すると画面には、両側の壁に所狭しと本が詰め込まれた本棚が並び、正面には黒檀の執務机と肘掛椅子が置かれた、書斎のような部屋が映し出された。
画面中央。肘掛椅子には妖艶な笑みを浮かべる、ロングドレスの女性が座っている。
「それじゃあ、自己紹介でもしましょうか。私の名前はレーヌ。魔塔の筆頭魔術師で……、勇者一行のひとりよ」
よろしくね、と彼女は柔らかく微笑んだ。
◇◇◇
映像が切り替わる。中央に座るレーヌの周囲には細やかな装飾の施されたティーポットとティーカップがふわふわと浮かんでいる。
紅茶がひとりでにティーカップに注がれると、ティーカップはふわりと机の上へと移動した。
「はぁい、どうぞ。こんなところまで来てもらって、ごめんなさいねぇ」
――いえ、こちらこそまさかレーヌ様の執務室にご招待いただけるとは思っておらず……、恐縮です。
「ふふ、そんなに畏まらなくても大丈夫なのに。それじゃあ、さっそく本題に入りましょ?」
朗らかな笑みを浮かべながら、レーヌはこくと紅茶を一口飲み込んだ。
――はい。それではまず……、旅の中で記憶に残った出来事を教えていただけますか?
「そうねぇ、記憶に残ったこと……。あ、私が一度貴重な素材を見つけて、路銀を全て使ってしまったことがあったのだけどね? そのときのセシルちゃんの剣幕ったら本当にすごくて……。聖杖を振りかぶってこっちにずんずん歩いてくるのよ。……アレクちゃんが止めてくれなかったら、私土にでも埋められてたんじゃないかしら」
くすくすと、心底愉快そうに彼女は笑う。そしてふと、こちら側へと視線を向けた。
「……なんてね。記者さんが本当に聞きたいのは、そんな話じゃないんでしょう?」
――……それは、どのような意味か伺っても?
レーヌは口元に指を添え、少し考えるような仕草を見せたあとで口を開く。
「そうねぇ。ほかの子たちには聞きにくいこと。たとえば……、『勇者アレクシス』の最後の姿、なんて聞きたいんじゃないかと思ったのだけれど」
違う? とレーヌは緩く首を傾げ、こちらを見据える。
――……それはお聞きしても、よろしいのですか?
「ふふ、私から言い出したのに答えられない、なんてひどいことしないわ。でも……、その前にひとつ。『勇者』について話してもいいかしら」
彼女はどこか遠い場所に思いを馳せているようで、その瞳にはもうインタビュアーすらも映っていないようだった。
「この国では、毎年十歳を迎えた子どもが『聖剣の儀』に臨まなくてはいけない。年端もいかない子供たちが、勇者としての資質を測られるの。……私も個人的に、どんな基準で勇者が選ばれるのかを調べたけれど、はっきりとした理由はわからなかったわ」
歴代の勇者は、魔力の有無、人格、血筋、性別、そのどれもに一貫性は無く、言うなれば「聖剣の好み」でしかないのかもしれない、とレーヌは語る。
その語り口は朗らかなものの、どこか仄暗い探究心が滲んでいる。紅茶で軽く唇を湿らせた彼女は、ふ、と自嘲的に笑みをうかべた。
「……人知を超えた運命に翻弄されて、ある日突然英雄として祭り上げられる。果たしてそれは幸福なのかしら」
――……レーヌ様は、それは幸福ではないと?
「そうねぇ。はっきりと言い切れるほど、私は人の幸福を理解できていない、というのが私の答えかしら。だけどたとえば……、道半ばに倒れた誰かは、芸術家になりたかったかもしれない。また誰かは父の跡を継ぎたかったかもしれない。他の誰かは……、小さな日常を愛していたかもしれない。そうでしょう?」
水晶の向こう側を見通すように、レーヌは告げる。少しの間目を閉じると、彼女は穏やかに笑みを浮かべた。
「話を逸らしてごめんなさいね。それじゃあ本題に入りましょうか」
――はい。それでは……、お伺いしてもよろしいでしょうか。
「彼はね、血と泥にまみれ、ぼろぼろになっても、私達の前に立っていたの。骨が折れても神聖術で無理やり治して、体が悲鳴をあげてもそれを無視して、ね。……だからきっと、彼は限界だった」
人差し指でくるりと髪を遊ばせると、彼女は嗤う。
「彼の最後は……、静かだったわ。私達の元に残ったのは血に汚れ、ぼろ切れも同然になってしまった彼の外套と、最後まで彼の手にあった聖剣だけ。私達の目の前で、……『勇者アレクシス』は確かに死を迎えたの」
短い沈黙が流れ、レーヌはティーカップに手をつける。痛みをこらえるように、彼女は一瞬だけ顔を歪めた。
「『英雄』は、もういない。けれど私達は今も生きている。それなら私達は……、彼の作った平穏を享受するだけでなく、守らなければならないと思うの。一人一人が、ね?」
――……そう、ですね。我々一般市民も、その意識を忘れてはいけないと思います。
「……あなたにもそう思ってもらえたならよかったわ。記者、という職業が人々に与える影響は大きいもの」
少しだけ雰囲気を柔和にしながら、彼女は正面を静かに見つめる。飲み込まれてしまいそうな、昏い輝きがそこにはあった。
――レーヌ様にそう言っていただけると光栄です。それでは……、他にも勇者一行の裏話などについて、お聞きしてもよろしいですか?
「えぇもちろん。それなら……、なんの話がいいかしら」
笑顔で激情を覆い隠すように、レーヌは目尻を和らげる。
「アレクちゃんはね、私の話す薬草や鉱石なんて素材の話を、面白そうに聞いてくれたの。知らないことがあることが楽しいって言うみたいに目をきらきらさせていて……。だからきっと、初めて楽しいと思ったの。人とお話をすること。自分の知識を分け与えることが楽しいって、初めてそう感じたの」
愛おしそうに、彼女は笑う。
「特に興味があったのは押し花にしても綺麗な花に、いい香りのハーブとかかしら。いつもどれがいいだろうって悩んでて……。ふふ、なかなかロマンチックで可愛いでしょう?」
朗らかにレーヌは微笑み、更に言葉を続けていく。
「セシルちゃんは……、私のことをいつも警戒してたわ。私だっていつも問題ばかり起こすわけじゃないのに、ひどい話でしょう? まぁだからこそ、たまに見せる年相応な態度が可愛いんだけれど。あとは……、食わず嫌いが多くって、新しい料理にはなかなか手をつけてなかったわ。だけど、ひとくち食べてみたら、大抵美味しそうに食べてくれるの」
くすくすと口元を隠しながら、彼女は笑った。
「……そしてレオちゃんはね、とってもまっすぐな子なの。自分自身の幸せよりも、周りを優先してしまう。周りの人達の幸福が自分の幸せだ、って言うみたいにね。だから私が無理やり連れ出したりもしてみたんだけど……。結局、私の考え方が間違ってたの」
――……間違い、ですか?
「えぇ、そう。レオちゃんは、……心の底から周りの幸福を自分の幸福だって思ってるの。それが仲間でも、一度挨拶を交わしただけの相手でも、その人が喜べば彼女も喜ぶのよ。正直私には理解できないけれど、それがレオちゃんなんだから止めるわけにもいかないでしょう? だからせめて私は、彼女の息抜き相手になってあげたいって思うの」
こくこくと、紅茶を飲み込むと、彼女は満足そうな笑顔を見せた。
――レーヌ様は……、本当に皆様を愛しておられるのですね。
インタビュアーの声にレーヌは目を瞬かせると、これ以上ないほど幸せそうに破顔した。
「えぇもちろん、大好きよ。これまでもこれからも……、ずぅっと大切な仲間なの」
――ありがとうございます、レーヌ様。……それでは、以上でインタビューは終了となります。最後に、何か一言よろしいでしょうか。
「……それじゃあ、一言だけ。あなたの作った平和な世界は、私たちが守るから。安心していてね」
ふふ、とレーヌは微笑んだ。
――ここで、映像は途切れている。




