第4話 レオとレーヌ
セレニア王国王都、中央通り。勇者一行の銅像が建つこの通りは、戦勝記念祭を近く控えていることから多くの旅行客で賑わっている。そんな、人々の笑い声が響く通りを私、エレオノールは一人足早に歩いていた。
動きやすさを重視したパンツスタイルは貴族の令嬢らしいとは言い難いが、これから会う相手ならばそのようなマナーに目くじらなんて立てまい。そんなことを考えながら、腰に下げた剣の柄に手をかけて更に歩く速度をあげる。いつでも抜剣できるように備えておくのは、この5年間の旅でいつの間にか癖になっていた。
目的地はカフェ「ソレイユ」。白い建物が爽やかな、最近流行りの店だ。カランコロンと軽やかなドアベルの音を聴きながら、軽く息を整える。その間に店内を見渡せば、件の彼女は窓のすぐそばの席で優雅に腰をかけていた。
「……すまない! 待たせてしまっただろうか」
私の声を聞き届けると、彼女はゆるりと振り返る。深いワインレッドの髪を肩から柔らかく流しながら、彼女は笑った。
「うふふ、約束の時間はまだ先なんだから、そんなに急がなくても大丈夫だったのに」
彼女がくすくすと笑う度に、髪の隙間でエルフ特有の長い耳がひょこと揺れる。
「ほら、レオちゃん。そんなところに立ってないで、こちらへどうぞ?」
たっぷりと布を使った華やかなロングドレスを身に纏う彼女は、元勇者一行の一人、――レーヌだった。
◇◇◇
「今日は取材もあって疲れてるでしょうに、呼び出したりしてごめんなさいねぇ。ただ、今日ぐらいしか予定が合う日がなかったものだから……」
「いや構わないさ。お互い、忙しい立場だしな。それに……、今日は非番にしたから、その点でも抜かりはない」
まだ湯気の立つ紅茶に口を付けながら、私は笑う。
思い返してみれば、こうして穏やかな午後を過ごすのはいつぶりだろう。王都に戻ってきてからの数ヶ月間というもの、レーヌは魔塔の筆頭魔術師、セシルは次期枢機卿候補、そして私は騎士団の師団長として、それぞれ休日も取れないほどの激務に追われていたのだ。
ふと息をついて、考える。そういえばレーヌからの連絡では、セシルも来るはずでは無かっただろうか。
私の疑問に気が付いたのか、レーヌは頬に手を添え大袈裟にため息をついてみせる。
「私も、セシルちゃんのことは呼んだのよ? だけどセシルちゃんたら、『レーヌからの急な呼び出しなんて絶対にろくなことじゃない』って言って……」
断られちゃったのよ、と肩を落とすレーヌから言葉通りの悲壮感は感じられない。ある程度の予想は付いていたのだろう。
「はは、それはまたなんとも……、セシルらしい断り方だな」
「でしょう? せっかくタルトの美味しいお店を見つけたのに、セシルちゃんったら損なんだから」
そうぼやくレーヌと笑い合いながら、私はカチャリとフォークを皿の上に置く。
「それで……、早速だが用件というのは?」
前置きもそこそこに、私は本題を切り出した。すると対面のレーヌはにこりと微笑んで、パチンと指を鳴らす。瞬間、目の前に魔法陣が浮かびあがる。音もなく、きらきらと光る粒子とともに綺麗に綴じられた紙の束が現れた。息を呑む程の手際のよさに、私は一瞬目を奪われてしまう。
ただ、すぐに気を取り直すと、空中に現れたそれを手に取って目を通す。どうやらこれは、王都周辺で起こっている魔獣被害のリストのようだ。再び視線を彼女に向ければ、彼女は微笑みを崩さぬままに言葉を紡いだ。
「実はね。……最近、各地で魔獣の活動が活発化しているみたいなの」
「……何?」
私がおもわず問い返せば、レーヌはくるりと髪を触れながら、それに答える。
「過渡期ってやつなのかしらね。……魔王が消え、魔素も段々と薄れつつある。魔獣たちからしたら、空気が薄くなるようなものだもの。足りない魔素を、人を食らうことで補給しようとしているんでしょうね」
時代は変わる。魔王に苦しめられた日々が終わっても、完全な平和が訪れることなどありえないということなのだろうか。
「地方には冒険者組合の方に伝令を出したし、魔塔の子たちにも働いてはもらっているんだけどね? どうにも人手が足りていなくて……。騎士団への依頼、ってことで王都の近くの魔獣討伐をお願いできないかしら」
その笑みの奥には確かに理知的な光が宿っていて、これが真剣な依頼であるということは一目瞭然だった。丁寧にまとめられた資料の表面を撫で、私は答える。
「了承した。だが、依頼とは言うが報酬は受け取らないぞ」
「……あら」
返答を聞くと、どこか意外そうに彼女は瞳を瞬かせる。そんな的外れな反応に、私は笑った。
「当たり前だろう? 民を守るのは我々騎士団の役目。王都の付近に魔獣が出現したのなら、それを討伐するのももちろん我々の本分だ。それに、ここまで綺麗にまとめられた資料があるなら、依頼料を払ったってお釣りが返ってくるぐらいだろう」
「……もう、レオちゃんたら。いつもそうやって国のため民のためって。レオちゃんはもう少しぐらい強欲になってもいいのよ?」
困った子供を見るように、彼女は眉を下げて笑う。その純粋な心配が、少しだけこそばゆい。こそばゆさを誤魔化すように咳払いをして、私は答えた。
「……それに。なんと言っても大切な仲間からの頼み事だからな。是が非でも引き受けるさ」
「あら。ずいぶん嬉しいことを言ってくれるのねぇ。もう……、――勇者一行は解散したのに」
その言葉には明らかな寂寥が含まれていて、私は無意識のうちに指先に力を込める。勇者一行が解散した、というのは変えようのない事実だった。
「それでもだ。たとえ解散しようとも、私たちが仲間であることは、ずっと変わらないさ」
「ふふ、そうね。ずっと……、変わらないわよねぇ……」
長命種であるレーヌにとって「ずっと」という言葉がどれほどの重さであったかは分からない。だが、彼女はその言葉を噛み締めるように繰り返すと、微笑んだのだ。
「そうねぇ。それじゃあここは、優しい仲間のお言葉に甘えましょうか。頼んだわよ、レオちゃん」
「ああもちろん。任せてく――」
承諾の言葉を言い切る寸前。窓の外からばさりという羽音が響く。視線を向ければ、そこに居たのは魔術で出来た伝令用の白い鳥だった。
実体のないその鳥は、窓をすり抜けレーヌの目の前で柔らかな白い紙へと姿を変える。その紙の上から下へと視線を滑らせると、彼女は笑った。
「――ふふっ、うふふふっ! ……はぁ、そうなのね」
「レ、レーヌ? 急に笑い出してどうしたんだ?」
突然響くレーヌの笑い声に、私は瞠目してしまう。少しの間のあとで息を吐くと、レーヌはいつも通りに微笑んだ。
「いえ……。ごめんなさいね、レオちゃん。こんな風に頼んでおいて悪いけれど、レオちゃんのお仕事が減りそうよ?」
「それは……、つまり?」
私のそんな問いかけに、彼女は妖しく笑みを浮かべた。
「『誰かさん』が、魔獣の討伐をしてくれているみたい。……なんでもうちの子たちに、名前も名乗らなかったんだとか。ふふ、一体、どんな方なのかしらねぇ?」
心底愉快そうに、彼女は笑う。
――窓の外では、平和を祈る鐘の音が鳴り響いていた。




