第3話 騎士エレオノールの証言
誰もいない応接室。部屋の中央には、一人がけの椅子が置かれている。画面外からガチャガチャという金属が擦れる音が聞こえたのち、ノックの音が響く。
「すまない! もう約束の時間になってしまっただろうか!」
――いえ、こちらこそお忙しい中お呼び立てしてしまい申し訳ありません。どうぞこちらへ。
「あぁ、承知した」
了承の声が響いた直後、画面の外からプラチナブロンドの髪をひとつに束ねた、華やかな女性が現れた。女性は腰に帯剣しており、右手をそっと柄に添えている。
「それでは改めて……、私の名はエレオノール・ド・ジェラール。ここ、セレニア王国の騎士団、第一師団団長だ」
そう告げると、彼女は考え込むように口元に手を当てる。
「いや勇者一行としての名乗りならば……、――レオの方が通りがいいだろうか」
――そして彼女は、少し寂しげな笑みを浮かべてみせたのだ。
◇◇◇
少しのノイズの後で、映像が切り替わる。
映像のエレオノールは、先程と比べ幾分かリラックスした表情を見せていた。彼女は椅子に浅く腰掛けると、画面の中央へ視線を向ける。
――重ねてになりますが、本日は戦勝記念祭の準備などでお忙しい中、こうしてインタビューを引き受けてくださりありがとうございます。さっそくですが、まずはエレオノール様についてお聞きしてよろしいでしょうか?
「あぁ、もちろん構わない。とは言え、特に面白い話もないのだが……。何か聞きたいことはあるだろうか?」
――それでは、エレオノール様が勇者一行に加わった経緯についてお聞かせください。
「……勇者一行に加わった経緯、か。そうだな。それでは……貴殿は、私の家、ジェラール家は代々騎士の家系だというのはご存知だろうか?」
――もちろんです。ジェラール家といえば、これまでにも高名な騎士を数多く輩出してきた名門。その高潔さはまさに貴族の中の貴族である、と平民の間でも評判ですから。
「……そこまで持ち上げられてしまうと多少気恥ずかしいんだがな。とはいえ、大まかな私の家についての認識はそれで構わない。とまあ、そんな家に生まれた私は、騎士団長である父に幼い頃から鍛えられていたんだ」
昔のことを思い出すように、彼女はどこか遠い目をしながら指を絡ませる。金属の擦れる、冷たい音が響いた。
「そして、そんなある日父に連れられて、聖剣を背負った幼いアレクシスが鍛錬場に現れた。そして彼は、私たち騎士見習いとともに鍛錬をすることになった。言うなれば、彼は私の弟弟子だったんだ」
――そうだったのですね。やはり、訓練の中でアレクシス様と仲を深められたのでしょうか?
エレオノールは、質問に軽く目を見張り、少しの沈黙の後でぽつりと語り始める。
「……そうだな。段々と、仲良くなっていったんだ。――私は初めて会った時、アレクシスのことが嫌いだったから」
――それは……、どういう意味かお聞きしても?
「どういう意味、か……。実は幼い頃、私は『勇者』になりたかったんだ。聖剣に選ばれ、国を守り、英雄となる。そんな英雄譚に憧れていた。それなのに……、聖剣の儀で私は聖剣に選ばれず、その数年後にアレクシスが聖剣に選ばれた。そして、勇者の象徴を手にしたアレクシスは父に連れられ、私の前に現れたんだ。……嫉妬しないわけが無いだろう?」
エレオノールは笑みを浮かべるが、絡ませた指にはかなりの力が込められているように見える。
――それでは……、なぜエレオノール様は勇者一行に帯同することになったのでしょうか? 今のお話だけでは不思議に思えてしまいますが……。
「……共に過ごす中で、気づいてしまったんだよ。彼はまさしく『英雄』の名がふさわしい人間なんだ、と。だが、彼の命を削るような無茶は、いっそ愚直でもあるほどで。だから私は……、そんな彼を支えたいと思ってしまったんだ。それで父に直談判もしたんだが、『ついて行くなら破門にする』とまで言われてしまったものだ!」
心底愉快そうに、彼女は豪快な笑い声を響かせた。だが、その表情には過去を偲ぶような色が見え隠れしている。
――……それでは、アレクシス様の「命を削るような無茶」について、どのようなものか詳しく伺ってもよろしいでしょうか?
「そうだな……。それでは、貴殿は八年前に起きた『エルシエの悲劇』を覚えているだろうか」
――はい、たしか……『エルシエの悲劇』といえば、エルシエの森を中心に起きた大規模な魔獣災害の通称ですよね。……それがアレクシス様のお話に関係しているのですか?
「あぁ、大いにな。あの日……、私やアレクシスを含む見習い達は後衛として、王都周辺の防衛に割り当てられていた。だが、迫り来る魔獣は時が経つほど、急激に勢力を増していったんだ。目の前に広がるおびただしい数の魔獣。視界一面に広がってゆく惨たらしい赤い血溜まり。そして……、鼻にこびりついて取れない鉄錆の臭い。あれはまさしく……、地獄だった。死すらも覚悟したそのとき、……アレクシスは『ここは任せた』とたった一言言い残して、前線へと駆けていったんだ」
ゴクリ、とインタビュアーの唾を飲み込む音が響く。エレオノールは、過去を振り返るように目を伏せた。握りしめた指先は、微かに震えている。
「その時私は……、アレクシスを止めることが出来なかった。次に彼を見たのは、全ての戦いが終わった後。魔獣の死骸が積み重なった山の中だったよ。……彼は魔獣の標的が聖剣であると気付き、たった独りで戦い続けていたんだ。……何時間も剣を振るった手はまめも潰れ血が滲み、筋肉も酷い断裂を起こしていた。立っていることが奇跡とも言えるその状態で、彼は『守りきれなかった』とこぼしていた。まだ、当時13歳の少年がだぞ? ……私は、耳を疑ったよ」
――それは、また……。なんというか、常軌を逸してすらいるような……。あっ、いえ、申し訳ありません。
「あははっ、いや構わない。私も当時同じように感じたからな。狂っていると、そう思った。だがアレクシスは……、『勇者』であるアレクシスは、きっとこれからも自己犠牲をやめはしない。それならば、誰かが彼の道に着いていってやらなければならないと。そう……、思ったんだ」
そこまでを語ると、彼女は深く息を吐く。カチャ、と剣の柄が擦れる音がした。
「彼がたとえ聖剣に選ばれた勇者だとしても、それは彼を独りきりで戦わせる理由にはならない。……だって彼は、勇者である前に守られるべき1人の人間なんだから」
彼女は笑みを浮かべた。が、その表情は先程までと違い悲しげにも見える。
「……すまない。少し、語りに熱が入ってしまったな。何か……、他に聞きたいことはあるだろうか?」
――……いえ、とても貴重なお話をありがとうございました。それでは……、他の勇者一行の皆様についてもお聞きしてよろしいでしょうか?
「他の皆について、か。そうだな。セシルはなんといってもしっかり者なんだ。ただ……、アレクシスにはよく懐いていてな。子どもみたいに悪態をつく様がまるで兄弟のようで微笑ましかったんだ。ただ、自分がしっかりしなければ、と気負いすぎる面があるから、そこは心配だったな。もっと私たちにも頼ってくれればいいのに、とは何度も思わされたよ」
懐かしむように、エレオノールは笑みをこぼす。
「そしてレーヌは……、自分の興味関心にとても素直で、何が起きても楽しそうにしているんだ。……今振り返ってみれば、レーヌが怒っているところは見たことが無いかもしれない。機転が利いて、……言い方は悪いが悪知恵も働く人でな。個人的には、姉のようにも感じていた。それに、さすが年の功と言うべきか、古い文献なんかの知識も豊富だから、その点でも勉強になって――。……すまない。今のはなかったことにしてくれないか。年齢のことを話すとレーヌが怖いんだ」
彼女はしゅんと肩を落とすと、体を縮こませた。その様子を見てか、インタビュアーの控えめな笑い声が響く。
――……皆様は、本当に仲の良いお仲間だったのですね。それでは、最後に、何か一言よろしいでしょうか。
「……そうだな。それでは、これを見ている君へこの言葉を。我々はいつでも君を待っている。困ったことがあったとき。頼りたいとき。……いつでも、城の門を叩いて欲しい。…………こんなものでどうだろうか?」
――ここで、映像は途切れている。




