第1話 神官セシルの証言
応接室のような間取りの部屋。画面の中央には一人がけの椅子が置かれていて、聖職者然とした外見の少年が、つまらなそうな顔で腰かけている。少年は、自身の身の丈ほどもある豪奢な聖杖を抱えている。
「あー……、たしかその記録水晶で録るんでしたっけ? そんな水晶ひとつで映像が残るんだからレーヌさまさまだよな……、ってもう録ってる? ……こほん。それでは一応名前から。僕の名前は、セシル・アルジャン。勇者一行には神官として同行していました」
彼はにこりと微笑むと、軽く姿勢を正してみせる。それと同時に、しゃらと聖杖の飾りが揺れた。
――ありがとうございます。この度は救世の英雄とも名高いセシル様のお時間をいただくことができ、編集者一同感謝しています。
「……そんなにへりくだってくださらなくて結構ですよ。僕はアレクシスやレオと違って危険な前衛だったってわけじゃありませんし。ほら、アイツらのおかげで、こんな風に五体満足なんですから。……英雄なんてのはアイツらの方が良く似合う」
セシルは、どこか自嘲的な笑みを浮かべると、目を伏せる。
――いえ。セシル様といえば、若くして『神の愛し子』と形容される程の神聖術の使い手です。やはり、英雄と呼ぶに相応しいお方ですよ。
「…………その呼び方、やめて欲しいんですけどね。とりあえず、さっさと本題に入りませんか?」
一瞬眉をひそめると、彼は気まずそうに画面外へと視線を向ける。
――分かりました。それでは……さっそくですが、魔王討伐の道中について伺ってもよろしいでしょうか。
「はい。まあ、元々そういう話でしたしね。確か……、王都で投影されるんでしたっけ? となると、どんな話すればいいのかな。なにか聞きたい話とかありますか?」
――それでは……、セルヴァン村での赤竜の討伐などは昨年、王都でも大変話題になっていました。勇者一行としての裏話などがあれば教えていただけますか。
苦々しげな表情を浮かべながら、彼は話し始めた。その眉間には深く皺が刻まれている。
「セルヴァン村……、ですか。アレは本当に……、思い出したくもない」
――やはり……、あの竜種との戦いですからね。差し支えが無ければ、討伐にあたってどのような苦難があったのかお聞かせください。
「……別に赤竜との戦い自体はそこまで苦ではなかったんです。それよりも問題は、倒した後の話なんですよ……! あんの馬鹿アレク、せっかくドラゴン倒したんだからドラゴンステーキが食いたいとか言い出して……。思い出したら腹立ってきたな」
その後もセシルは、ぶつぶつと怨嗟の声を漏らし続けている。
――ドラゴンを食べる……!? それは、なんというか予想のつかないというか……、さすが勇者様、ということでしょうか……?
「違いますよ。あんなの全く勇者らしくなんかない。ただアレクが……、考え無しなだけです」
――ええと。それでは気を取り直して。……アレクシス様といえば救世の英雄ということで知られていますが、そのような意外な一面もあったんですね。
「意外というか、むしろ世間の噂話に尾ひれが付きすぎてるんですよ。やれ人を疑わず慈愛に満ちた聖人だ、だとか。山ひとつ吹き飛ばすほどの力の持ち主だ、だとか。……実際、アレクシスは別にそんな、英雄然とした完璧超人なんかじゃないですから」
――そ、そうなのですか? それでも世界を救うなんて偉業を成し遂げたのですし、やはり我々からすれば英雄であると思ってしまいますが……。
「……僕だってアイツが英雄だってことには文句なんてありません。なにせアイツは、今まで幾人もの人間が道半ばに倒れた、魔王討伐なんていう偉業を成し遂げたんだ。ただそれでも……、アイツは勇者だ英雄だって前に、一人の『アレクシス』っていう人間だった。そこを皆勘違いしてるんです」
そこまでを言い切ると、セシルはハァと大きくため息をついた。その表情は、どこか憂いを帯びているように見える。
「アイツは本当に……、救いようがないくらい考えなしの馬鹿で、分からず屋で、石頭なんですよ。きっと、みんなもそう言うんじゃないかな」
――みんな、というのは他の勇者一行の皆さまでしょうか。よければ、他の皆さまについてお聞きしても?
「あぁ。そうですね……。僕からすると、アイツらもみんな、アレクとはまた違った意味で馬鹿ですよ。大馬鹿」
――セシル様!? ええと、なぜそうおっしゃったのかをお聞きしてよろしいでしょうか。
「はは、そんなに焦らなくても。……なんていうのかな。一言で言うと、レオは正義漢なんですよ。曲がったことが大嫌いで、目の前で泣いてる人が居たら、そこが針の山だとしても、迷わずに膝をついて涙を拭いてやろうとする。……自分のことを顧みないって意味だと、アレクにも似てるかな。そのせいで、よく僕が貧乏くじ引かされてたもんです」
――なるほど、そういった意味でしたか……。それでは、レーヌ様についても伺ってよろしいですか?
「レーヌは……、よく言えば天才、悪く言えば自分勝手? ……マイペースなんですよ。どんな問題起こしても、『うふふ、困ったわねぇ』っていっつも笑ってて……! そのせいで結局……、ってこれだと僕の個人的な恨みになるか」
ごほん、と咳払いをすると、セシルは姿勢を正す。
「まぁ実際、彼女に助けられてたってのは事実です。ただ単に戦闘面だけじゃなくて……、たとえば交渉ごとは彼女の独壇場でしたし、彼女が作った魔導具は間違いなく旅の助けでした。戦闘中も、あの二人が敵に突っ込んでいく後ろで、僕を守ってくれていたのは彼女の魔法でしたし……。感謝してますよ。まぁこんなこと本人には言いませんけど」
――貴重なお話、ありがとうございます。皆さま、本当にとても良い関係だったのですね。……それだけに、アレクシス様が亡くなってしまったということが悔やまれます。
「…………そう、ですね」
重い沈黙の後。セシルは視線を下へ向けると、手を組み直す。どこか落ち着かない様子だ。
――……申し訳ありません。配慮に欠けた言葉でした。何か別の話題に……
「いえ、構いませんよ。勇者一行っていうならそこに触れないってわけにはいかないでしょうし。……あの馬鹿は、自分が死んだらどれだけ周りに影響を与えるか、なんてことすら考えてなかったんですよ。本当に……、大馬鹿だ」
――セシル様……。
インタビュアーの声のあとで、突然くすくすと笑い声が響く。
「あはは、安心してください。……泣いたりなんてしませんから」
――……セシル様。……それでは、以上でインタビューは終了となります。最後に、何か一言よろしいでしょうか。
「うーん、そうですね……。それじゃあひとつ」
そこで言葉を区切ると、彼は水晶へと悪戯な笑みを浮かべる。
「――もしもこの話に文句があるなら。僕に直接言いに来いよ。……なーんてね。こんな感じでどうですか? あ、都合が悪そうだったら今の部分は消してもらっても……」
――ここで、映像は途切れている。
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