第4章 – さよなら、魔族ちゃん
まったく、なんであんなに急にムキになってたんだよ…
別に自販機に年齢知られたって気にすることないのに…
ほんと、おもしれー子だよ。マジで。
出会えてよかったよ、ほんとに。
ああ、こんなふうに誰かと「会話」なんて……
最後はいつだったかな……懐かしいな。
……って、待てよ。
話してるの、全部あの子じゃん!これ、会話って言えるのか!?
「お水ありがとう、レアレリックくん!」
……え? はっ?
あ、ああ!そうだ、俺……おしっ――
じゃなくて、水のボトルを落としたんだった!
……って、どうやってやったんだよ!?
ていうか、誰も金入れてないのに水出していいのか!?
うそだろ……!
目の前に見えてる、あのミニマルなUI……
あれ、実はもっと色々あったのか!? 今まで全然気づかなかった。
彼女の存在に夢中で……
全然気づかなかった。あれって……「0 VP」?
指で“クリック”してみたけど、反応なし。だから今度は、長押ししてみた。
すると、例の「最小化」「拡大」「閉じる」アイコンが表示されて……
「0 VP」の横に、“ⓘ”マークも出てきた。
たぶん「インフォ」だろうと思って、押してみた。
新しいポップアップが表示された。
「0 Vending Machine Points」《0 自動販売機ポイント》
自動販売機ポイント、ね…… どうやって集めるんだろう。さっきの水、出したときに使ったのか?
まあ、それなら納得だな。
――「水といえば……帰りのために、何本か持ってったほうがいいかも」そう言いながら、彼女は目を閉じて首をかしげた。それから、思い出したように前のボトルを手に取り、ラベルを確認する。
「えーっと……250なにか……?なんだそれ。まあ、いっか。4本にしよっと」そう言って、ボトルを見てうなずいた。
「よーし!ぽいん、ぽいん、ぽいん、ぽいーん♪!ぜ〜んぶまとめて飲み込んでね、RRくん!」
そう言いながら、彼女はしゃがみ込み、楽しげに小銭を次々と投入していく。
最後にはなぜか俺のボディをぺちぺち叩いてきた。
……って、RRくん!?
なんで俺の名前、縮んでる!?
ビーッ。
ガコン、バゴン。
ミネラルウォーターを4本、出した。VPが4に増えていた。予想通りだ。
――「わぁ、便利〜!さすがRRくん!おうちに連れて帰りたいくらい!」
「ご購入ありがとうございます!」
……あっ、今のじゃない!
違う、今じゃなくて……ただ感謝を伝えたかっただけなのに、
なんか……まるで“家に連れてってほしい”って意味になっちゃってるじゃん!
い、家!?
俺が……?
女の子の家の中に、俺が!?
行きたい……どうか、魔族ちゃん様!俺を連れてってください!
永遠に飲み物を提供するだけでいいんです!
むしろ、それって最高じゃないか……!
……一緒に暮らす……君と?
そういえば……
俺、彼女の名前、知らないんだった。
……まあ、聞けるわけもないし……って、え?おいおい、何して――
――「ほら、うごけってばー!」
また、あの温かい手で押されてる……!
――「なんでこんなに太ってるの、RRくん?
なにこれ、ノロゴンでも食べたの?」
おい!太ってないからな!?俺はただ四角いだけだ!形の問題!
……前世だって太ってなかったと思うし……たぶん……
――「うおおおおおっ!!」
今度は肩を預けて、脚まで使って本気で押してきた。
……ちょっと、動いた。
なんか……これってデートっぽくないか?
よく考えたらさ、手を引かれて、遊園地のアトラクションに連れていかれてるみたいな……そんな気がしてきた。
アトラクションってのは――あの、彼女が話してた“見たこともない魔法陣”!
……なーんて、冗談だよな。誰を騙してんだ、俺。
あんなすごい子とデートなんて、できるわけない。
でも……誰も見てないし……
ちょっとくらい夢見たって、バチは当たらないよな。
――「もうちょい……!あと少し! ほら、手伝ってよ〜!」
汗だくで、眉をひそめながら、髪が顔に張り付いて……
それでも真剣な表情で、ブツブツ独り言を言いながら俺を押している。
なのに、なのに――
やっぱり……きれいだ。
魔族って、本当に怖い。
“美しすぎて”怖い。
これ、不公平すぎないか!?神様!?
俺が「自販機に転生したい」なんて言ったの、明らかに冗談だったでしょ!?
誰がどう見たってネタにしか聞こえないって!
なのに、なんで!?
よりによって神様が本気にする!?
全部知ってるはずなのに……くそっ……!
もし俺が人間だったら……
まだワンチャンあったのかな、彼女と……はは。
……何言ってんだ、俺。
人間だった頃だって、女の子とまともに関われなかったのに。
それに……考えてみれば、
もし俺が人間で、彼女が魔族なら……敵同士だったかもしれない。
……そう考えると、
自販機って、案外悪くないのかもな。
「ご購入ありがとうございます!」
――「なにそれ……はぁ、はぁ……まだ着いてないってば……」
……
彼女はそれでも、懲りずに俺を押し続けていた。
そして――ついに、見えてきた。
地面に広がる、青く輝く魔法陣。
……うわ、なにこれ。めちゃくちゃカッコいいじゃん。
本当に……ここ、異世界なんだな。
いや、そもそも俺が自販機になって、
目の前に美少女の魔族が現れた時点で、気づくべきだったけど。
――「いっけーっ!!」
彼女が最後の力を込めて、俺を魔法陣の中へと押し込んだ。
光がまぶしすぎて、俺は思わず目を閉じた――
……そして、光がすっと消えて、
暗くなった頃、ゆっくり目を開けてみた。
……変わっていなかった。
俺は、同じ場所にいた。
……ただひとつ、違ったのは――
――彼女の姿が、どこにもなかったこと。
魔法陣は……ちゃんと動作した。
彼女だけを連れて。