2-4 トリア編2 「私は絶対に浮気しない」なんて誓える私なんて、いない
信号弾の爆発を見届けた後、私は洞窟の入り口付近にある岩に腰掛け、息を吐く。
(これでザックへの義理立ては済んだかな……痛い!)
どうやら足をねん挫したようだ。
幸い、ラウルが私に魔法をかけてくれたこともあり、骨までは折れなかったようだが、自力での下山は無理だ。
(きっと……ラウルは助けに来るわけないよね……足ばかり引っ張ったもの……)
私が最後に見た光景は、ラウルが私の代わりにスノー・シルバーバックの攻撃を受けていたことだ。
それにラウルはきっと、私のことを恐れ、嫌っている。
私が死んだら、レクターやグロッサと同じように、喜んでくれるはずだ。
……助けになんか来るわけがない。
なら、せめてラウルの邪魔にならないよう、ここで死ぬのもいいのかもしれない。
……そう思っていると、
どおおおおおおおん!
という凄まじい音が、森中に響いた。
「な、なに……? 雷?」
いや、どう見ても空は青く雨雲などない。
これほどの轟音、魔導士でも相当な上位のものでなければ放てないはずだ。
……だが、このあたりにそんな魔導士がいるという話も聴かない。
「なんだったんだろう……」
そんな風に思っていると、隣からがさがさという音が聞こえた。
「……私を……食べに来たのかな……?」
音からして、スノー・シルバーバックではないだろう。
だが、猛獣であっても所詮魔法も使えない上に足をくじいた私では勝ち目はない。
だが、私もトライル家の長女だ。
死ぬのが怖くないといっても、死に方くらいは選ばせろ。
無残にバリバリと食われるのはゴメンだ、せめて道連れにしてやろう。
そう思って護身用の短剣を木の棒に巻きつけて槍代わりにして、身構えていた。
……だが、出てきたのは……。
「トリア!」
ラウルだった。
魔物から追われてボロボロになったその体だったが、幸い大きなけがはなさそうだった。
「え?」
「良かった……無事だったんだね! 信号弾のおかげで場所が分かったんだよ!」
「あ、あの……ラウル……」
そういうと、私に突然ギュっと抱き着いてきた。
……嗚呼、これはきっと夢だ。
魔物に襲われた私が、今際の際に見ている光景に違いない。
そう思ったが、ラウルから伝わる体温は、魔物や猛獣のそれではなく、暖かいものだった。
……もう少しだけ、抱き合っていたい。そう思って私は自分の立場もわきまえず、ギュっと抱き返した。
優しいラウルはそれを振りほどこうとしなかった。
「……ゴメンね、トリア? 置いて行っちゃって……」
「ううん……。なんで助けに来てくれたの……?」
「当たり前でしょ、友達なんだし……僕はトリアのこと、好きだから!」
……ハハ。
一瞬、その言葉を信じてしまいそうになった。
彼が、足ばかり引っ張る私のことを本気で、愛してくれているわけがない。
きっと、私が生還したときに『なんで見捨てたの?』と、報復されることが怖かっただけだろう。……そんな風に思う自分が嫌になる。
「ラウル……ゴメン……」
この謝罪は、単に私が彼に助けてもらったことじゃない。
彼のその優しさに対しても、そんな風に勘ぐってしまう私自身の卑しさに対してだ。
「ううん……。いいんだ、トリア……。木の実も持ってきたから、安心して?」
正直、木の実なんてどうでもいい。
ラウルが生きていてくれたなら、私はそれで十分だ。
(それにしても……ボロボロね、ラウル……)
見ると、ラウルの服はボロボロだ。……スノー・シルバーバックとの交戦で付いた傷だけじゃない。貧しいラウルは、※服を買い換える余裕がないのだろう。
(※紡績技術が進んでいないこの世界では、衣服が高価なことも原因である)
私の家は貧乏ながら貴族だから、彼と結婚すれば多少は彼の暮らし向きをよくすることが出来る……そう考えると、ある考えが頭に浮かんだ。
(そうだ! 『魔力をくれるなら、その魔力と、トライル家当主としてのすべての力を使って、君を守ってあげる! 幸せにしてあげる!』……なんて言ったらどうだろう)
……だが、その条件は私に有利すぎる。
私が彼から全ての権利と自由を奪って、代わりに保護をするなんて単なる支配だ。
それに、私は私を信じられない。
私が浮気をしない保証はない。その際、力関係で下位にある彼は、私を咎めることが出来ず、ニコニコと愛想笑いをしながら私を送り出すことになるはずだ。
……そうやって相手の支配によって得られる自由を享受するなんて、死んでもごめんだ。
そう思いながら、私はラウルのほうを見た。
彼は私に背を向けて、かがんでいた。
「ねえ、トリア? 嫌じゃなかったら、おぶさって? ケガしてるんでしょ?」
「え?」
……思わず、それを見て私は涙が出そうになった。
こんなに心も体も汚れてる私に、ここまで優しくしてくれるのは、仮に私への恐怖からに由来するものでも嬉しかったからだ。
「うん……」
そういうと、私はラウルにおぶさり、そっとその首筋に歯を立てた。
「いた! どうしたの、トリア?」
「ねえ、ラウル……分かるでしょ? 私はまだ、牙は生えてない。だから、レベルドレインは出来ないから……。だから、安心して?」
「……うん……」
今はまだ、私はただのか弱い女の子だ。
そんな風に思って、今は彼に安心してほしい。
そう私は思いながら、せめてものお礼……になるかも分からないが、自分の胸をラウルに押し付けた。