2-3 トリア編 レベルドレインの本当のこわさは、脅しのネタにしたときだ
その時、私は夢を見ていた。
『これでこの学校も卒業だね、ラウル』
『うん……』
私たちは、学校の卒業証書を手に、卒業式を終えて校門の前に集まっていた。
『ラウルはさ、卒業後はどうするの?』
『……知らないよ……』
『……その、もしさ。村に残るなら、私と付き合って……』
『あのさ、さっきからウザいよ、トリア』
そういうと、私のことを魔法弾で突き飛ばしてきた。
『な、なにするの?』
『これでやっと、君から離れられるんだから。……もう、こびへつらわなくていいからね』
『どういうこと?』
『僕はさ。卒業したら街に行くんだよ。……そこなら、貴族じゃなくても魔導士になれるから』
『けど、そんなお金はないでしょ?』
この世界では移住には莫大な税金を払う必要がある。
正直なところを言えば、平民で裕福ではないラウルは、ずっとこの村で私と一緒にいてくれる……そんな風に考えていたくらいだ。
『お金は、あたしが出すもの』
だが私に対してそう言いながら、後ろからグロッサが現れた。
……この女は、私をいじめるだけじゃ飽き足らず、ラウルまで奪うつもりなの?
『ラウルってさ、凄い優しいでしょ? そのこと、あんたしか気づいてないと思ったの?』
『え?』
『彼なら、隣町でなら最高の魔導士として活躍出来るもの! ……だから、私は彼にお金を出してあげて、向こうで一緒に暮らすんだ!』
『そんな! ラウル、うそでしょ……?』
だが、ラウルはこちらを恐怖交じりの目で見下すように答える。
『逆に聴きたいんだけどさ、君はどうして、僕が友達でいてくれると思ったの? 課題では足引っ張って、つまらない本を押し付けて、感想を強要して!」
『う……』
『そんなの、君のレベルドレインが怖かったから、一緒に過ごしてただけに決まってるでしょ? ……どれだけ、あの日々が苦痛だったか分かるの?』
『そんな……私はラウルのこと、ずっと……!』
『ああ、僕の「魔力」が好きだったんだよね? ……僕はいつも怖かった! この力が奪われて……トリアに殺されないか不安でならなかったよ! トライル家を継ぐため? うそでしょ! 本当はさ、自分が『支配する側』になりたかっただけだろ!』
『そんなことない! 私は支配するようなことなんてしない! 対等だって思ってた!』
そう叫ぶが、ラウルは私を疑いのまなざしで見つめて答える。
『強い奴が弱い奴に訴える平等なんて、支配と一緒だよ。……まあさ、君はこの町で好きなだけ皆から魔力を奪って、魔王にでもなったら?』
『そ、あんたは自由に生きなよ。あたしたちは、隣町で幸せに暮らすから、もう二度と顔を見せないでね? ……じゃーねー?』
『待って、ラウル!』
「ラウル!」
……夢、か。
思わず私はそうつぶやいた。
「けど……正夢よね、これは……」
私は『普通にしている』だけなのに、ラウルはいつも優しくしてくれる。
あれは、ただ単に私のことが怖いからだ。
「そういえば……お父様もそんなことを言っていたな……」
お父様は以前、他の領主との付き合いということでダンスパーティに参加していた。
そこで言われたのは、
「人間は歳を取るほど、ダンスパーティは楽しくなる。……けどそれは、自分の会話能力が上がるからじゃない。単に周りが気を遣うようになるからだ」
ということだ。
私もきっと同じだ。
私は『18になったらレベルドレインで、魔力を奪い取れる』という脅しのネタがある。
その力でラウルの魔力を質にして、気を遣ってもらっているだけだ。
……そうじゃなきゃ、こんなにラウルと一緒にいて楽しいなんて思うわけがない。
私には何の取り柄もないのに、優しくしてくれるわけがない。
(せめて、私の体が目当てだったら……良かったくらいなのに……)
また、最後の武器としての肉体的魅力についても、私はまったく自信がない。
本来、サキュバスの血を引く私たちトライル家は代々優れた容姿を持つものが多いとされているし、お父様も病死したお母さまも、皆美しかった。
だが、私は違った。
幼少期から、レクターやグロッサが、
『トライル家のサキュバスは、サキュバスなのにこの世のものとは思えないブスだ!』
という噂を吹聴するほどであり、私の周りには縁談の話は愚か、興味本位で私を見に来る輩すら現れないほどだった。
……そんな私が彼に愛してもらおうなんておこがましい。
「ん、なんだっけ、これ……」
私はそう思いながら体の中に異物感があるのを感じた。
……ああ、これは確か行きがけにザックから貰った信号弾だ。
「折角もらったんだ、使わないとね……」
私はそう思うとその信号弾に火をつけた。
空にひゅるるるる……という音とともにパアン、と音が響いた。