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2-1 ゲームと違って、魔物の個体数はすぐには回復しない世界です

「ふう、結構歩いたな……」

「大丈夫、ラウル?」



僕たちはそれからすぐに『山猿の洞窟』付近の森に到着した。

時刻はすでに正午になっている。



「はい、よかったら飲んで?」



トリアはそういって、僕に水筒を渡してくれた。

けど、トリアの分の水を僕が飲むわけにはいかない。


「ありがと、けど僕はまだ……」

「無理しないで? もうふらふらしてるじゃない。私はまだ平気だから」



正直、僕は魔力こそ高いが素の身体能力はあまり高くない。

そのため、女の子のトリアにも持久力では勝つことが出来ないことを少し恥ずかしく思いながらも、僕は水を分けてもらう。



「……ん、おいしいよ、ありがとうトリア」

「こっちこそ。……けど、本当にゴメンね? 明かりの木の実のことは……」



トリアは、何かにつけて謝る癖がある。

きっとサキュバスとしてだけではなく、たった一人の『トライル家』の跡取り娘として色々と言われてきたのだろう。



……この世界では、魔力を持つ世継ぎがいない貴族は取りつぶしになる。

そのため、彼女は『レベルドレインをして魔力を手に入れないと、貴族としての地位を保てない』という大きな問題を孕んでいる。


(僕に今こうやって水を分けてくれたのも、親切心ではなく、魔力がほしいという下心があるからなんろうか……)



……彼女が優しくしてくれるたびに、そう彼女の好意を疑ってしまう自分が本当に嫌になる。


そう思って僕は、精一杯の笑顔を作って答える。



「トリア、もう謝らないでよ。寧ろさ、僕は嬉しいくらいだから!」

「え?」



「僕はさ、こうやってトリアと一緒に課題をやったり本の話をしたりさ、後はご飯食べたりする時間が凄い楽しいんだ。授業なんかよりずっとね」



「……ありがと……」



僕は彼女のことが好きだ。この言葉も、まぎれもない本音だ。

……けど、僕は今朝見た夢を忘れられない。今笑顔を見せてくれている彼女も、本当はレクター君達と『あっち側』に居たいのかもしれない。



僕は、レクター君たちが僕を嫌う理由はよくわかっている。

だから、彼らを恨んだりしない。……だから、トリアが『あっち側』から僕をいじめてきても、恨むつもりはない。



そう思っているとトリアは僕の顔を見ながら笑顔で呟く。



「あのさ! こんなことになった原因の私がいうのもあれだけどさ! 私も……君といるのは楽しいよ? ……それはさ、いじめから庇ってくれるからだけじゃないから!」

「え?」

「本の感想を話すのは楽しいし、一緒にご飯食べてる時も勉強しているときも、一人よりずっといい! ラウルがいるから、学校が楽しいんだよ?」

「そう……なんだ……」


だが、そういうと先ほどと同様に表情を曇らせて呟く。



「……けど……。ゴメンね、サキュバスの私が言っても、信じてくれないよね……」



ここできっと、戯曲の主人公なら「そんなことはない! 僕は君を信じてる!」と言えるのだろう。



……だけど、僕はその言葉を言えるようなまっすぐな性格じゃない。

どうしても「これは魔力を奪うための方便だ」と思ってしまう自分がいる。



そんな性格の悪い僕でも、トリアに好かれるためだけの嘘は言いたくない。

今僕に出来るのは、彼女に楽しい時間を提供してあげることだ。

そう考えて、僕は話題を変えることにした。



「……そうだ、そろそろお昼食べようか? マーマレード作ってきたからさ」

「あ、ごめん……その、お昼は実はグロッサに……」


やっぱり、あの時にお弁当も踏みつぶされたのか。

……酷いことをするな。



「大丈夫、トリアの分も作ったからさ」

「いいの?」

「うん! 新作のマリネを作ったんだけどさ、トリアってやっぱり貴族だから味にはうるさいでしょ? 感想が欲しくって!」

「アハハ……うちは貧乏貴族だから、あまり期待しないでね? けど……本当にありがとう……」



けど正直、僕のお弁当を食べてもらえるのだから、これはこれで嬉しいということは秘密だ。

そういって僕はバスケットを開いてトリアと一緒に近くの小川で食事にすることにした。




……それからしばらくして。

僕たちは昼食を食べ終えた後、森の中をまっすぐ歩いている。


「後北東に1キロくらいだよ?」

「そう? ありがと」



トリアは方位磁石と地図を使って線を引きながら、現在地を確かめる。

よく誤解されるが、方位磁石は単に方角を知るためだけのものじゃない。


ランドマークになる場所と磁石との角度を把握する工程により現在地を把握することが出来る。


……ただ、僕はこのやり方が苦手なのでトリアに任せている。まったく、トリアには甘えっぱなしだな。



「ここから先は気を付けないとね……モンスターが出るらしいから……」

「うん……確か『スノー・シルバーバック』だっけ? 見つかったら、すぐに逃げないとね……」



この世界にいるモンスターは、魔導士たちが戦闘技術を磨くための訓練(という名目による、毛皮採取のための乱獲)によって、あらかた駆除されている。


だが逆に言えば、生き残っている魔物は『下手な魔導士では太刀打ち出来ない強敵』ということになる。


奴に見つかる前に、何とか『明かりの木の実』を見つけて下山しないと。

そう考えていると、ふいにトリアが真剣な表情で立ち止まった。



「……ねえ、少しおかしくない?」

「え?」

「ちょっとこのあたりの音、聞いてみて?」

「う、うん……」



そういわれて、僕は耳をすませた。

……そういうことか……。先ほどまで聞こえていた鳥の羽音がなくなっている。



「なんか、おかしいよね……」

「うん。……ひょっとして、モンスターが近くにいるのかも……」



……だが、それを聞いた瞬間に僕の心に薄汚い考えが芽生えた。

僕の魔力を持ってすれば、モンスターから彼女を守れるかもしれない。



そうしたら、トリアは僕のことを『カッコいい人』と惚れてくれて、僕と付き合ってくれるかもしれない。……少なくとも、彼女がレベルドレインが出来るようになって、僕が『用済み』になる18になるまでは、だろうが。



(はは、何バカなこと考えてるんだよ、僕は……)



だが、僕はその考えをすぐに打ち消した。

トリアを『守る』というのは、そういう危険な場で身を挺することなんかじゃない。そもそも危険な目に遭わせないことだ。


そう考えて僕は、



「……トリア、下山しよう。命のほうが大事だから」


そう提案した。

だがトリアは、



「きっと、まだモンスターは遠いから大丈夫だよ。……それに、どうせここで下山したら退学になるでしょ? 私のせいで、ラウルを退学させるなんて嫌だから」



そういうと、トリアは森の奥のほうに歩いて行った。


「待ってよ、トリア!」



……トリアは責任感が強い子だ。僕が下山するとしても彼女は『明かりの木の実』を見つけるまでは下山しないことが分かった。



そこで僕は彼女についていくことにした。

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