1-3 人に『普通に』優しくできる奴が、一番かっこいいんだよ
やるなら、僕のほうをやればいい!
トリアを傷つけられた怒りで僕は思わず手に魔力を高める。
だが、その様子を見ながらレクター君はニヤニヤと笑みを浮かべてきた。
「おっと、やんのか? お前、貴族の……それも領主の息子である俺に手を出すってどうなるか分かんのか?」
「そうそう。平民とは命の重みが違うのよ。いくらあんたが天才でも……これよ?」
グロッサさんは指で首を切る真似をしてくる。
……だが、そんなことはどうでもいい。トリアをこれ以上傷つけるのを見て見ぬふりするなら、死んだほうがマシだ!
「だから何だよ! ……彼女がサキュバスだから何だっていうんだ! トリアは僕の大切な友達だ!」
「くそ、バカが!」
レクター君も、僕が魔力を込めるのを見て障壁を張ろうとする。だが、素の力なら僕の方が上だ。
障壁なんか打ち破ってやる!
「もういいの、止めて、ラウル!」
……だが、僕が魔法弾を打とうとした瞬間にトリアが涙目で止めた。
「トリア!」
「お願い、ラウルがいなくなったら私は……嫌だから! ね?」
「…………」
その様子を見て、レクター君たちは猛烈な勢いでその場を去りながら叫ぶ。
「けっ! 言っとくけどな、ラウル! お前はその化け物に騙されてるんだよ! そいつが止めたのは、お前のその、バケモンみてーな魔力が欲しいだけだ!」
「そうよ、どうせ最初にそいつからの『レベルドレイン』で魔力を失うのはあんたになるわよ! バーカ!」
そんな風に言いながら、二人は去っていった。
「……ごめんね、ラウル……」
「ううん……いいんだよ、トリアは悪くないじゃないか……」
そう、悪いのはレクター君たちだ。
……確かにトリアのレベルドレインが怖いのは分かる。だけど、だからと言ってあそこまで酷い扱いをしなくてもいいじゃないか。
少なくとも今のトリアは、レベルドレインは出来ないし、魔力も持たないただの女の子だ。
いや、仮に彼女がそうでなくても、トリアをいじめるなんて、僕は許せない。
「ちょっと膝、すりむいてるね……ちょっと見せて?」
「あ、うん……ごめん、グロッサと木の実を取り合ってる時に転んじゃって……」
……そして悲しいことに、こんな風に彼女がケガを負わされるのは、今回が初めてじゃない。
トリアはこうやってケガをすることが多いため、僕はいつも※傷薬を持参している。
(※この世界には『回復魔法』は存在しない)
「これならすぐ治るね。すぐ手当てするよ……」
「ゴメンね? ……いつもありがと、ラウル……」
そういって僕は彼女の膝に傷薬を塗り、包帯を巻く。
……幸いかすり傷だ、すぐ治るだろう。
だが、彼女の綺麗な足を見た瞬間、僕は胸が高鳴る。
(……ダメだ、考えるな……彼女に向ける性欲は、悪だ……)
一瞬、彼女の生足を見て性的な想いを抱いた自分が嫌になった。
そんな自分の汚い性欲を抑え込みながら、僕はトリアの顔を覗き込んだ。
……彼女の表情は暗い。
「けど……どうしよう、課題が……今日中に提出しなきゃ、退学だよね……?」
「……なんとか、明かりの木の実をまた見つけないと……」
……だがそこに、先ほどまでレクター君が怖くて隠れていたのだろう、ザック君がやってきた。
「悪い、二人とも……助けられなくて」
「気にしないでよ。それで、どうしたの?」
「ああ。……確か、この北東にある『山猿の洞窟』には、まだ『明かりの木の実』があるって話を聞いたことがある。今日中に往復できる場所だと、そこしかないかもな」
「え?」
今日の24時までに素材を手に入れることが出来れば、確かに退学は免れる。
だがザック君は、申し訳なさそうに首をすくめる。
「けど、最近はあそこ、魔物が出るらしいし危険みたいだな。……悪いけど、俺は手伝えないぜ? 危険だし、今日はこれから補習があるからな」
「うん……ありがと、ザック君」
仮に補習がなかったとしても、無関係なザック君を巻き込む気は毛頭ない。
その情報を教えてくれただけで十分だ。
僕はあらかた治療を終えた後、トリアに呟く。
「それじゃ、僕はこれから『山猿の洞窟』に行くからさ、トリアはそのまま学校に……」
「嫌! 絶対に私も行く!」
そういうと、トリアはギュっと僕の手を掴んだ。
「そんな危険なところにラウルを一人で行かせるなんて、嫌だよ! ……私は魔力がないし、あまり役に立てないかもだけど……絶対に行くから!」
「……トリア……」
正直、一人では探しに行っても見つけられるかわからない。
……それに、トリアが傍にいるだけで、僕は強くなれる気がする。
だから本当は、一緒に来てほしかった。
「分かった……じゃあ一緒に行こうか?」
「うん!」
それを見たザック君は、少し驚いた様子を見せながらもうなづいた。
「……気をつけろよな。先生には俺が伝えておくから。……それと、念のためこれを持ってけ」
そういいながら火薬が詰まった大筒を渡してくれた。
これは黒色火薬を使った信号弾だ。撃つと情報に花火が上がり、現在地を教えてくれる。
「へへへ、最近色々と火薬と冶金にハマってんだよ、俺たち『その他大勢』はさ」
「そうなんだ……」
近年、この国では硝石丘が発見されたことと、製鉄所の建造が終わったことにより、火薬を使った技術が飛躍的に進んでいる。
特にザックたち平民の意識は高く、日常でも火薬を使った道具を持つことが増えている。
低レベルの魔力しか持たないものであれば、※圧倒できるような武器も開発が進んでいるらしい。
(※因みに、この世界にある魔道具は、基本的に治療薬や毒薬が中心で、武器にはならない)
「近いうちに『ぶっ壊したいもの』があるからさ! その準備に、こういうの作ってんだよ」
「へえ……ありがとう、ザック君。それじゃ行こうか、トリア?」
「うん! ……ありがと、ラウル? ザックもありがと!」
そういって彼女は微笑んでくれた。
……僕は『普通にしている』だけなのに、トリアはいつも僕に笑顔を向けてくれる。
それが魔力目当てだとは分かっているけど、それでも僕はもう少しだけ彼女といたい。
そう思いながら、僕は彼女と一緒に洞窟に向かった。