プロローグ2 トリア視点『レベルドレイン』が怖いからなのは分かっているけれど
「『ヘキサード共和国との戦争に勝利! これにより、南部半島の割譲を確定』か……。今度の魔導士さんは、調子がいいんだね……」
私『トリア・トライル』は寝起きに新聞の一面に目を通しながら、そうつぶやいた。
この世界では、ある特別な血筋を持つもの……大抵は貴族だが……は『魔力』というものを先天的に持ち、それによって魔法を操ることが出来る。
その魔力の力は凄まじく、並みの軍団なら一人で相手に出来るため、この世界では軍隊というものが存在しない。
「『先日戦死した魔導士、スカールも草葉の影で喜んでいるだろう』か……。スカールさん、死んじゃったんだ……」
そのため、この世界に置ける紛争は、それぞれの国の魔導士による一対一の戦いによって解決するという『代理戦争』形式で行われるようになって久しい。
当然、魔力の高いものが要職に着けるという世界であるが、この魔力は先天のものである。
即ち魔法を操る技術によってある程度の不利は補うことが出来るが、この魔力そのものはどれほど努力しても後天的に高めることはできない。
けど、私は例外だ。
……私は魔力自体は持たないが、100年に一度隔世遺伝すると言われる『サキュバス』の血を引いている。
そのため、古文書によると18歳になると牙が生え、他者から魔力を永続的に奪取できる『レベルドレイン』が使えるようになるそうだ。
この能力を使い、他者から魔力を奪えば際限なく魔力を高めることが出来るらしい。
そして私は現在16歳。あと2年もすれば口に牙が生えるのだろう。
「お嬢様、お時間です。起きてください」
私の家で働いているメイド『オーバル』の声とともに私は目を覚ました。
「うん、おはよう、オーバル」
「今朝は随分早く起きるんですね?」
「ラウルが試合だっていうからさ。色々用意してあげないとって思って!」
そういうと、私は幼馴染のラウルのためにレモンのはちみつ漬けを用意するべく腕をまくる。
「フフ、お嬢様は本当にラウル様が好きなんですね」
「うん! ラウルと一緒にいると楽しいから!」
ラウルは、この世界では珍しい『平民の魔力持ち』だ。
貴族というのは、ただでさえ平民のことを下に見ている。……弱小ではあるが同じく貴族である私から見れば、少し恥ずかしいことだが。
それに加え、私の国では、
『貴族として世継ぎになれるのは、最も多くの魔力を内包するもののみである』
『魔力を持つ世継ぎがいない家系は、貴族位と財産を全て没収される』
という鉄の掟がある。
そのことへの嫉妬もあるのだろう、ラウルは貴族の連中からことあるごとに目の敵にされていた。
そう思いながら、私は試合場に向かっていった。
「お疲れ様、ラウル?」
それからしばらくして、私は試合を終えて汗をかいているラウルに、朝作ったレモンのはちみつ漬けを差し出した。
「いつもありがとう、トリア?」
「ううん、気にしないで!」
ラウルは、いつも私が作ったお菓子を喜んで食べてくれる。
失敗したときにも、それを怒ったりしないで、いつも『味付けがいいね』『色合いがいいよね』といいところを見つけてくれるのが、嬉しかった。
だが、それを見ているとクラスメイトである貴族『レクター』と『グロッサ』がいつものように嫌味を言ってきた。
「あんたさ、よくそんな化け物……『サキュバス』の作ったものなんか食えるね」
「だよな……。ま、嫌われ者同士馬が合うってことだろ?」
「そうよね! 精々あんたらは、二人で傷でもなめ合ってなよ! ほらみんな、行こ行こ!」
彼女たちは幸いなことに『魔力持ち』だが、やはり私の『レベルドレイン』が怖いのだろう、ことあるごとに私に嫌がらせをしてくる。
その気持ちは分からないでもないが、それでも正直、私はこの二人が大嫌いだ。
「む……二人とも!」
「待って……。私は気にしないから……止めて?」
そういいながら、ラウルは抗議しようと思ったのを私は止めた。
彼はいつも、私のために怒ってくれるし、私のために泣いてくれる。
……それに『サキュバス』ということを知っていても、怖がらずに接してくれる。
そんな彼のことを私は小さいころから大好きだった。
せっかく、あのバカ二人が取り巻きを連れて離れてくれたんだ。
もうちょっとだけ、ラウルを独占したい。
「……ねえ、ラウル?」
「……なに?」
そう思いながら、私は思わず彼の服の裾を握った。
「私はさ……。まだ『レベルドレイン』は出来ないよ? だから、安心して一緒に居られるから……だから、まだ傍にいてくれる?」
私は、彼を怖がらせたくない。彼に捨てられたくない。
だから、ことあるごとにそういうようにしている。
それを聞いて安心したのか、ラウルは優しい笑みを向けてくれた。
「うん……教室に戻るのはさ、もうちょっと後にしようか……」
私はラウルに何もしてあげられていない。
彼みたいに素敵な人が、私のことを本気で愛してくれているわけがない。
……彼は、私から『レベルドレイン』をされるのが怖いんだ。だから、私を喜ばせることで、見逃してもらおうとしているんだ。
「そういえばさ、この間貸してくれた本、面白かったよ?」
「え、もう読んだの? さすがラウル。早いね」
「あの主人公のイルミナって子さ。凄いけなげなんだね。ただ、勇者二コラを裏切ったときの気持ちはどんなだったんだろう……」
「うん。そこは私も、少し泣いちゃったんだ。彼女は……なんか私みたいでさ……」
正直、私の趣味はあまり人に理解されないマニアックな本ばかりだ。
それなのに、ラウルはいつも私が貸した本を隅々まで読んでくれて、感想だけでなく自身の考察まで含めて色々と話してくれる。
……私は少しでもこの時間を長く過ごしたい。
「ねえ、ラウル? 今度はさ、続きを貸すから……また読んでくれる?」
「勿論! トリアの貸してくれる本って、本当に面白いから嬉しいよ」
「……それなら、私も嬉しい」
今私の貸した本をきちんと読んでくれるのも、こんなに優しい笑顔を向けてくれるのも、私にレベルドレインをされたくないから、合わせてくれているだけだということは、頭では分かっている。
今は彼は、※国を出るお金がないから私と同じこの村にいてくれる。
(※この世界は、平民の流出を防ぐため、引っ越しには莫大な税金を納める必要がある)
けどきっと、お金が貯まったら実家を出て、魔導士として働くはずだ。
逆に貴族の私は、家を継ぐためこの土地を離れられない。
だからその時には、きっと彼は私に対して『もう君に会わないで済むから、媚びるのはやめるよ。二度と顔を見せないでくれ』と、掌を返してくるのだろう。
そんなことは分かっている。けど……。
もうちょっと、もう少しだけでいい。
彼が私に好意を持っていると『勘違い』していたい。……そして、恋人……なんておこがましいけど、せめて友達として一緒に居させてほしい。
(このまま、ずっと子どものままでいられたらな……)
彼の優しさに触れるたびに、私はそう思っていた。