4-2 トリア編2 ブチ切れて強くなるなんて、弱者の願望だ
「……来い……暗殺者……」
「ふむ……」
よく、戯曲の世界では「キレることによってパワーアップする」という展開があるが、あれは、カタルシスを求める観客の願望を投影したものでしかない。
……激昂することによって得られる力など、たかが知れている。
殆どの場合は寧ろ、視野が狭窄状態となることで逆にパワーダウンするものだ。
正直、大切なラウルを傷つけられたことにはらわたが煮えくり返りそうだ。
だが、私は冷静さを保ちつつ、木の枝を持って半身になると、後ろ側の足に体重をかけて構えた。
「……ほう……杖術の心得があんのか……!」
「はあ!」
私も貴族の端くれだ。杖術をはじめとした護身術の心得くらいある。
左手は沿えるだけにし、右手で押し出すように枝を突く。
「く……!」
暗殺者は男性だろうが、体格はあまり大きくない。
そして武器のリーチの差を考えれば、性差は大きなハンデにはならないはずだ。
「は! ……だあ!」
私は、連続で槍を放つ。
「む……はあ!」
相手はこちらの攻撃を避けながらもナイフで応戦してくる。
「ラウルに……手を出すな!」
「ふん……!」
だが、リーチの差はやはり大きく向こうのナイフは何度も空を切る。
私は懐に入られないように距離を保ちつつ、そのアサシンを遠ざけるように攻撃を繰り返す。
(けど……このままじゃ、決め手がない……)
杖術は所詮護身術だ。
木の枝で何度小突いたところで、アサシンに決定打を与えることは出来ない。
喉元などの急所を突けば話は別だろうが、さすがにそれは向こうが喰らわないだろうし、正直私には全力で急所を突く覚悟はない。
(なら……!)
私は一瞬気を抜いたふりをして、枝を一瞬下ろす。
「貰った!」
そういってアサシンがこちらに突進してきたタイミングで、私は体をねじらせながら、
「そこ!」
「なに!?」
そう叫びながら、懐に隠していた拳銃を抜き、撃った。
パアン……と乾いた銃声が響く。
「ぐ……!」
この暗がりでは、銃弾がどこに飛んだのかは分からなかった。
……だが、そのアサシンは左肩を抑えながら、カランとナイフを落とした。
(当たった……!?)
「くそ……なぜ貴様が銃を持っている……」
「ラウルから貰ったの。……それより、今の音を聞きつけて誰か来ると思うけど、まだ続けるの?」
「フン……いや、ここまでか……」
意外なことに、アサシンはそういうと、私から距離を置き、そして尋ねてきた。
「だが……一つ聞きたい。……お前は、その男を餌として喰らった後、どうするのだ? 国中のものから魔力をかき集め、魔王にでもなるのか? 化け物が」
私たちサキュバスは、レベルドレインを繰り返すことで際限なく魔力を高めることが出来る。
だが、その力で世界を支配することにはクソほどの興味もない。
私は、ラウルと一緒に一生を送ることができれば、何もいらない。
……もし、彼が本当に魔力をくれるというなら……お詫びにトライル家に婿として迎え入れ、絶対に幸せにすると決めている。
「ラウルは餌じゃない! 大切な友達……ううん、私は彼を愛してる! ラウルは……私を嫌ってるに決まってるけど……魔力を失ったって、ラウルはラウルだから! ずっと傍にいる!」
そう叫ぶが、アサシンはフン、とローブの下からでも分かるほど、私を露骨に見下した表情を見せた。
「フン、化け物が……。サキュバスの語る愛など信じられるものか……。知らないのか?」
「え?」
そして奴が呟いた一言は、彼のナイフの一閃よりもはるかに鋭いものだった。
「サキュバスは、魔力の強いものしか愛せない。……断言する。ラウルから魔力を奪ったら、貴様はラウルに興味を失う」
「え……?」
その瞬間、ぽつり、ぽつりと雨が降り出し、そしてそれは豪雨となった。
だがそんなことはどうでもよかった。
「サキュバスとは、そういう種族だ」
「違う! そんなわけない!」
私は、奴の言葉を信じるつもりはない。……というより、信じたくなかった。
「愛も恋も、所詮は成長と生存の手段に過ぎない。……貧しい彼氏が、金を持った瞬間に今まで支えてくれた元カノを捨てる……そんなところを何度見てきたと思ってんだ? ……サキュバスも、レベルドレインによって力を得た後『搾りかす』を愛することはない」
人間に同じような輩がいることを知っている私には、奴の言葉が説得力を持って響いた。
だが、私の『今』の感情を否定されたことで、私は怒りに震えて叫んだ。
「嘘! そんなわけない! 私はラウルの優しいところに……暖かい心を持っているところに恋をしたんだから! 絶対……絶対に、魔力目当てで愛情を持ったんじゃない!」
「フン……。なら、レベルドレインをしてみるがいい。その瞬間、お前の恋心は消え、ラウルはただ『うっとうしいだけの野郎』になり下がるだろう。……人間もサキュバスも、所詮利用価値のあるものしか愛せないのだからな」
そういうとアサシンは去っていった。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ! そんなはずない!」
今すぐこの場を離れるべきだ。
そう思っていたが、奴が去った後も、私はその場から離れられなかった。
奴が落としたナイフを握りしめながら、私は泣いていた。
……私は、ラウルからレベルドレインを行ったら、ラウルへの想いも全部消えるなんて考えたくない。
もしそうなったら、私はラウルから将来を奪ったうえで、彼をゴミのように……それこそ、レクターたちのように扱うようになるということだ。
……そんな薄情な女になるくらいなら、このナイフを今胸に突き立てた方がマシだ。
そう思いながら、私はラウルを抱きしめながら泣いていた。
「……トリア……」
……だが、そんな私の頭を誰かが優しくなでてくれた。
ラウルだ。
「……起きてたの、ラウル?」
「うん……いたた……」
そういうと、ラウルは目を覚まして私の方を向いた。