4-1 トリア編 そもそも「暗殺者の口調は物々しい」って、偏見だ
「終わったね、帰ろうか、トリア?」
「うん」
そして試合が終了した後、私はラウルとグロッサと一緒に帰途につくことにした。
だが、宿に戻る途中何かを思い出したようにグロッサは急に道を曲がった。
「あ、そうだ。ちょっとこっちに来てくれない?」
「うん、何か用があるの」
「ああ、合わせたい人がいるんだ。きっと、あんたの将来に役立つと思うから」
「僕の?」
「うん、トリアも来て? ……つーか、あんたを連れてくることが条件だっていうからさ」
「私が?」
そう、グロッサは私たちに声をかけてきた。
何となく嫌な予感がしたが、ラウルの将来のためと言われると、引くわけにはいかない。
「トリア、今日は疲れたと思うから無理に来なくても……」
「ううん、行く。それがラウルのためになるんでしょ?」
そういうと、グロッサはフン、と笑った。
「……ま、あんたはブスだからね。色恋がらみの話じゃないから安心しなよ」
「トリアはブスじゃない! すっごい可愛いよ!」
そうラウルは怒ってくれたのは、ちょっと嬉しかった。
勿論、それが本音じゃないことは私だって分かっている。
ラウルは、私を怒らせてレベルドレインの餌食になるのが怖いから、そう言ってくれているだけなんだ。
……そんな風に邪推する自分が嫌になる。……もし、ラウルが本気でそう言ってくれるんだったら、嬉しいんだけどな。
そう思っていると、グロッサは私を見下すような表情をして、答える。
「はいはい、まったく……すっかり魅了されてるよね、ラウルは? あんた、あたしといるときもトリアのことばっかり話してるじゃん」
「え……?」
「ち、ちょっと、グロッサさん! その話は……」
そうグロッサがいうのを見て、私は自分の耳を疑った。
……ラウルが私の話ばかりしてる? それは悪口? 陰口?
そう思ったが、グロッサは意外そうな表情をした。
「あれ、気づかなかったの? ……あたしはさ、あんたにちょっかい出すたびに、のろけ話を聞かされてんだよ。トリアは可愛い子だ! だの、いつも楽しい本を貸してくれてる! だの、トリアは優しい子だ! だの……少しは聞かされる身にもなってよ?」
「そ、そうなの……?」
それは私にとって、信じられない言葉だった。
正直、本を読んでくれているのは、私に合わせているだけだと思っていた。
……けどラウルは、私のことを……本当に好きになってくれるの?
「ね、ねえラウル? ラウルはさ……」
「なに?」
「う、ううん……何でもない……」
……ダメだ、本心を問いただすのが怖い。
そもそも私はラウルに何もしてあげられていない。
ラウルが優しくしてくれるのは、自分の将来を私の手で奪われるのが怖いからだ。
そもそも私は、誰かからレベルドレインを行って魔力を得なければ、貴族としての地位は保てない。
(違う……私は、優しくなんてない……)
それなのに、こうやってラウルの未来を質にして脅し、愛だけ受け取る私は卑怯者だ。
そう思いながらも、私はこの場の雰囲気を変えることにした。
「その話はおいといてさ、その……ごめん、腕、貸してもらっていい?」
「え?」
「うん、ちょっと……歩きすぎて疲れちゃって……」
「い、いいの?」
勿論、これは言い訳だ。
けど、優しいラウルはそういうと、黙って腕を差し出してくれた。
それを見たグロッサは、こちらを囃し立てるように笑う。
「はあ、まったくお熱いねえ……下心が丸出しだけどさ」
「ぼ、僕は……」
「私は別に……!」
そうだ、これはラウルと少しでも触れあっていたいという私のエゴだ。
まだ、私はレベルドレインが出来ない。
だからこそ、こうやってラウルは私に安心して腕を貸してくれるのだ。
……もし私が覚醒したら、きっとこんな風に一緒に歩いてくれることもなくなるのだろう。
そう思うと、私はラウルと握っている腕に、ギュっと強くしがみついた。
それからしばらく歩いていくと、あたりはますます暗くなっていった。
「あとはこの先の路地の先まで行けばいいんだ。……悪いけど先行ってて」
そういうとグロッサは立ち止まった。
正直違和感を感じたが、少しでもラウルと二人っきりでいたかった私は、そのまま足を進める。
……多分私の勘だが、グロッサはラウルに好意を持っている。
それが単に『次期魔導士としての能力』が好きなのか、それとも内面が好きなのかは分からない。
彼女の顔は、正直なところ私なんかよりもずっと綺麗だ。
だからいつか、ラウルは以前見た夢のように、グロッサと一緒になるかもしれない。
……けど、それだけは嫌だ。
そんな風に考えていると、ラウルがぽつりと呟く。
「ねえ、トリア……」
「なに?」
ラウルは、いつになく思いつめた顔をしている。
その表情を見て、何か大切なことを話そうとしているのだと分かった。
「もし、だけどさ……」
「うん……」
「もし、僕の魔力をトリアにあげたらさ……ずっと一緒にいてくれる?」
……その瞬間、私は幻聴を聴いたのかと一瞬耳を疑った。
ラウルが私にレベルドレインの許可をくれた?
そんなわけない。……いや、ひょっとしたら何か交換条件があるの?
まさかまさか『私のことを好きだから?』……な訳はないか。そんな奇跡が起きるなら、私は今日死んでもいい。
「それってどういう……」
だが、それについて尋ねようとした瞬間。
「うわああああ!」
突然ラウルが強烈な光弾を後ろから受けて倒れこんだ。
「ラウル!」
幸い、ただのエネルギーの塊だ、外傷はないし気を失っただけだ。
「誰!?」
「……悪いね、化け物。……あたしだよ」
そこには、邪悪な笑みを浮かべたグロッサと、全身をマントで覆い、ナイフを持ったものがいた。体格からして男だろうが、それ以上のことは分からない。
「こいつが合わせたい人さ。……ま、見りゃわかるだろ? アサシンだ」
殺し屋、か。
私がそう思った瞬間に、グロッサは私を指さして叫ぶ。
「あんたみたいな、人の魔力を奪えるような化け物はさ! あたしたちの国に居ちゃ困るんだ! ここで死んでもらいたいんだよねえ!」
そういうことか。
最初から、そのつもりで私たちをこの国に呼んだんだ。
そして、戦闘力の高いラウルを不意打ちで気絶させて、私を狙うという魂胆だったか。
一瞬でも、彼女のことを信用した私がバカだったんだ。
……許せない。
そう思いながら、私はギリ……と歯をきしませる。
……残念ながら、まだ覚醒はしていない。あれほど嫌だった覚醒を今望むのは、私でも以外だった。
「ふん、まだあんたはレベルドレインが出来ない、普通の女の子だろ? にしても、その殺気は怖いねえ。何か紛れがありそうだし、あたしは逃げるから、始末したら教えてね?」
「……承知した」
そういうと、グロッサは去っていった。
暗殺者はナイフを構えたまま、こちらを見て笑みを浮かべる。
「フン、サキュバスが……うまくその天才に取り入ったようだな……『餌』としては上質そうじゃんか……」
「ラウルは餌じゃない! 私の大切な……友達だ!」
その暗殺者は声色を変えており、その声からは年齢も読み取れない。
だが、そのナイフを私に向けてきた。
(ラウルは……絶対、私が守るから!)
私は今まで、ラウルに何もしてやれなかった。
それなのに私は、ラウルの優しさに私はどれほど救われていたか分からない。
……私はいずれ、ラウルに捨てられるのだろう。
ならば今、ラウルが私と友達でいてくれている、このつかの間の『夢』を見たまま死んでいくのも悪くない。
幸い、足元には木の枝が転がっていた。
私はそれを手に持つと、ラウルを守るように立ちはだかる。
「私はトライル家の次期当主、トリア・トライル! ……覚醒していないからって、舐めてかからないで!」
そして何より、私がどうなってもラウルには生きていてほしい。
そんな風に思った私は、この命をラウルのために使えることを寧ろ嬉しいくらいに感じていた。