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魔法使いと皇の剣  作者: 123
1章 出会い
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ジン 4

 ジンが目にした神の姿は、身長2メートルほどの巨体を持ちながらも異様な風貌をしていた。


 上半身は筋骨隆々とした人間に近い姿であったが、下半身は蛇の体をしており、顔は男性的ではあるものの、人とは異なる特徴を持つ。


 目は黄色く光り、鼻の位置には鼻腔だけが開いており、鼻梁はほとんどない。その姿はまさにナーベル族の出で立ちだった。


 神の右手には巨大な太刀が地面に突き立てられ、左手側にはジンの背丈ほどの戦斧が同じく地面に刺さっている。圧倒的な威厳を放つその神を前に、ジンは自らの意図を伝えようと語りかけた。


「皇国スイレンより任務のため、この地に参上しました。皇の剣、ジンと申します。そのご壮観なる姿、そして圧倒的な威容から、理念の神バルド様でお間違いないでしょうか?」


 ジンの問いに、バルドは口を開いた。


 しかし返された言葉はジンには理解できない古代語であった。ジンはここで初めて、自分の考えが甘かったことに気づく。


 古き神であれば意思疎通が可能だろうと楽観視していたが、どうやらバルドが話すのは古代語のようだった。


 ランがいれば通訳できただろうが、今は頼れる者は他にいない。


 ジンは苛立ちを感じつつも、目の前の状況を観察することに努めた。任務はバルドを討伐することだが、なぜバルドともう一つの存在しか感じられないのか。他の眷属の姿はどこにもない。


 この地に何が起きているのかを探る必要があった。


 しかしバルドはジンの思惑をよそに、古代語で何かを話し続けている。その言葉には、対話する意志は感じられず、一方的な宣告のようだった。


 そんな中、バルドの背後に広がる溶岩の溜まる空洞から、何か巨大な生物の気配が動いた。


 溶岩を撒き散らしながら姿を現したそれは、全長20メートルは優に超えるムカデのような異形の存在だった。


 ムカデは威圧的にバルドの傍に控え、その巨体がこの場の空気をさらに異様なものにしていた。



 ムカデの動きを観察していたジンは、周囲に散らばる鎧の破片や肉片に気づく。それらがムカデの食事であることを推測し、バルド自身はナーベル族の習性からして食事を取る存在ではないと判断した。


 ムカデがここで他の存在を捕食し、力を得ている可能性を考えたジンは、これで眷属の数が少ない理由が説明できると感じた。



 確かに戦える者の多くをナイル河に回していたら

 残ったそこまで強力でない者を、エサにしてこのムカデを強力にした方が良いかも知れないと、ジンは考えた。



 しかしその時、バルドが何かを命じるような動きを見せると、ムカデが突如ジンに向かって突進してきた。


 ジンは咄嗟に横へ飛び避ける。だがムカデの巨体が壁に激突し、入り口を塞ぐように陣取った。


 その間、ジンの後方位置となったバルドは、動かずいてくれれば良かったが、そんなつもりはないらしく右手に太刀を、左手に戦斧を構え、ジンに向かって迫ってきた。



 ジンはすぐさた刀を抜き、構える。その刃を見たバルドが一瞬怯んだ隙を突いて斬りかかろうとしたが、背後から繰り出されたムカデの尾がジンの右側迫ってくる。


 ジンはそれを刀で防いだものの、衝撃で左側へ弾き飛ばされた。


 身体に鈍い痛みを感じつつも、ジンは体勢を立て直し、手足の感覚が正常なのを確認して更に迫りくるムカデの対処へと身体を動かした。


 ムカデは牙を剥き出しにしてジンを捕食しようと襲いかかるが、ジンはその巨体の下に滑り込むようにして刀を振るった。


 ムカデの硬い外皮に苦戦するかと思われたが、腹部は比較的柔らかく、ジンの刀は深く切り込んだ。緑色の血液が噴き出す中、ジンはその血を気にせず、そのまま刀を縦に動かし、傷を広げた。


 ムカデに痛覚があるのか疑問だが、ジンによってつけられた傷でムカデは、その大きな身体を立ち上がらせた後、逃げるようにジンから距離をおき壁を伝っていった。



 その間にも、バルドが迫ってくる。バルドの攻撃は剣術というよりも、ただの力任せの猛攻だったが、その一撃一撃には凄まじい重量があった。



 しかしバルドの攻撃は読みやすく左手から横払いできた戦斧の一撃をジンは刀を縦にして防ぐと器用にその力を近いその場で一回転して降り立ち、今しがた自身の身体があった場所を通り過ぎたバルドの左手を切り落とした。


 バルドは苦痛に顔を歪めながらも何かを呟き始めた。魔法を使う気配を察したジンはそれを阻止しようと駆け寄るが、天井からムカデが吐き出す液体を避けるために動きを阻まれる。


 ジンはとっさに横へ飛び退き、ムカデが吐き出した液体を避けた。


 しかしムカデは液体を吐き終えるとすぐさま天井からジン目掛けて飛びかかってきた。その巨体が降り注ぐように迫り来る中、バルドもまた同時に力を解放する


 バルドたち神々が使う力は、人々が「魔法」と呼ぶものとは少し異なる。


 それは他の神々の力を借りるようなものではなく、それぞれの神が持つ固有の力、自身を生み出した存在に由来する力を行使するものだ。

 そのため万能ではなく、あらゆる事象を覆す力ではないが、力の在り方そのものを変えるほどの影響力を持つ。


 バルドは「闘いの神」から生まれた存在であり、その存在自体が人々から「理念のバルド」と称されるようになった。


 彼の力の特性は、「理念を覆す」こと――相手の意識や行動そのものの根幹に介入し、望む形に変化させるというものだった。



 この時、バルドが行使したのは、ジンの「ムカデの攻撃を避ける」という理念そのものを否定し、それを「攻撃は受けるべきものだ」という新たな認識へと強制的に書き換える力であった。


 しかし、ジンが持つ刀。

 ソルメーラの力を宿したその刃には、いくらバルドのセイクリッドランド内でも、ジンの存在を守り、完全にバルドの理念を浸透させることを阻んでいた。


 それでも、バルドの力は絶大であり、ムカデの攻撃を「避ける」こと自体が、バルドの力によって否定されている状態では、ムカデの巨体を完全に防ぐことは難しく、ジンには圧倒的な危機が迫っていた。


 ムカデが飛びかかる瞬間、その巨体がジンを押し潰そうと全身の重みを伴い迫り来るのは、それだけで命を奪いかねない一撃だった。


 だが、ジンはムカデの頭が降り立つ前に、ソルメーラの力を解放し、黒く染まる刃を空にむけて振り抜いた。


 凄まじい衝撃音が辺り一面に響き渡り、土埃が立ち上る。


 視界を奪う濛々たる土煙の中、ジンは体勢を崩さず、刀を構えたまま次の動きに備えていた。彼の周囲には緑色の血の飛沫が散り、ムカデの巨体が倒れ込む音が微かに響く。


 ジンはムカデの身体が到着する前に、頭部を縦一文字に切り裂いていた。


 ムカデの巨体は地面に叩きつけられる寸前で、切り裂かれた頭部から内部に逃げ場を作り、ジンが完全に潰されることを防いだ。


 やがて土埃が静まると、そこには大地を覆うように横たわるムカデの死体があった。


 頭部を縦に真っ二つに裂かれたその姿は、もはや動く気配を見せない。溢れ出した緑の血が地面を覆い、一面を血の海と化していた。


 通常ならムカデを真っ二つ等はできない。だが

 皇の剣――それは魔物や神と戦うために与えられた特別な力を持つ者の称号であり、その力はソルメーラによって付与されたものだった。



 ソルメーラの力は、自身を強化するだけでなく、その力を武器に宿らせることも可能で、通常では考えられない威力を発揮する。


 弓矢の一撃で木々を粉砕するほどの威力や、刀剣で鋼鉄を一瞬にして断ち切る力もその一例である。


 ジンの持つ刀は、死の神から生まれた「永劫の力」を宿していた。


 その力が刀に込められることで、ジンは人知を超えた戦闘能力を発揮することができた。ムカデが降り立つ直前に振り抜かれた斬撃は、その刃の力によるものだった。



 ジンは動かなくなったムカデを一瞥すると、すぐにバルドの方へ向き直った。バルドが再び魔法を使うのではないかと警戒しつつも、その様子には違和感があった。バルドは臨戦態勢を解いており、先ほどのような攻撃の気配がない。



 さらに驚くべきことに、ジンが切り落としたはずのバルドの左腕の傷は、既に塞がっているように見えた。神である彼の再生能力なのか、それともナーベル族特有の特性なのか――その真意は不明だった。



 先ほど死闘を繰り広げていた、目の前にいる神から闘う意志が感じられずジンは戸惑っていた。


 言葉もわからないなら、状況の真意も聞けないので、とりあえず立ち尽くして目の前の神を観察しているしかなかった。

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