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魔法使いと皇の剣  作者: 123
1章 出会い
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ジン 2

 自身に触れようとする気配を察して、ジンは目を覚ました。


 一眠りしたことで、昨晩の感情はすべてリセットされており、瞬時に状況を判断すると、そっと自身に触れようとした人物に声をかける。


「有難うございます。キョウ。」


 ジンがお礼を言うと、キョウは静かに頷き、体を丸めて寝る準備に入った。ジンもすぐに頭を切り替え、火の番を変わる準備を始める。


 焚火の火が揺れ動く様子を眺めながら、ジンは昨夜の出来事を思い返していた。


 少し気恥ずかしいやり取りがありながらも、あのとき感じていた一体感。ジンはその感覚を大切にしたいと思いながら、仲間たちを見渡した。


 バショウは気持ちよさそうに仰向けで寝ていたが、いびきをかくこともなく穏やかだ。

 キョウとランも体を丸め、静かに眠りについている。


 ジンはそんな仲間たちの姿を見て、自分が最後の火の番であることを自覚し、起こさないよう慎重に時を待った。


 辺りが薄明るくなるにつれ、仲間たちは自然と身体を起こし始めた。


 軽い挨拶を交わすと、誰に指示されるでもなく、それぞれが必要な準備に取り掛かる。


 ジンも戦闘の準備を進めながら、帰還時のために荷物を最小限にまとめた。

 残りの物は、消した焚火の跡地にきちんと整えて置いて


「それで、国からの指示なんて適当なもんだったが……何か作戦があるのか?俺らの長なんだから、じっくり火の番しながら考えてくれたんだろうな?」


 バショウが歩きながら、挑戦的な視線と皮肉を込めてジンに問いかける。


「勿論です。侵入して、切る。それだけです。簡潔にいきましょう。」


 ジンのあっさりとした返答に、バショウは肩をすくめるようにしてため息をついた。


 その顔にはあきれと苦笑が混じりながら

 助け舟を求めるかのようにキョウへ目線を送るが、キョウは小さく首を横に振るだけだった。


 そんな空気をフォローするかのように、ランが木々の上を飛び移りながら声をかけてきた。


「昨日の見張りが戻ってこない時点で、もう敵も何かを察している可能性は高いですね。今すぐ作戦を決めるより、まずは山の様子を見てから動くほうが良いと思います。」


 ランは下を歩くジンたちを見下ろしながら、自然体の口調で提案を続ける。


「ロウライ山のどこから侵入するかによって状況は大きく変わります。もし頂上から内部に入る作戦にするなら、待ち伏せされたら厄介ですし。」


 ランの提案を聞いたバショウは、「見習え」とでも言いたげに、ジンの脇腹を肘で軽く突いた。


「す、すみません。俺も現場に着けば何か案を出せるんですけど……。急に質問されると、つい何も考えずに答えちゃって。」


 ジンは申し訳なさそうに頭を掻きながら言い訳を口にした。


 その視線をランに向け、感謝の気持ちを目で伝えると、ランは困ったように微笑みながら木々の上から降り、再び仲間の列に加わった。


「もう私たちが歩いている場所は、ロウライ山の麓にあたりますね。ただ、敵の気配は感じません。」


 ランの言葉通り、周囲には不穏な気配はなく、静寂だけが広がっていた。

 それを確認しながら、キョウが冷静に推測を口にする。


「俺たちがまだ本拠地から離れているのか、あるいは内部を固められているのか……そのどちらかだろうな。」


 キョウの言葉を受け、バショウが首をひねりながら考え込む。


「それにしても、奴らの動きはわからん。建物の中に隠れて守りを固めたとして、俺らが毒でも撒いたらどうするつもりだ? それじゃ何の意味もねぇだろ。」


 その疑問に対し、ジンは少し考え込むようにして答えた。


「おそらく、どちらでもない可能性もありますね。彼らはあくまでバルドの命令に従っているだけで信仰者と呼ばれる人間たちも確認されていますが、どうやら戦闘経験がある者たちではなさそうです。もしバルドから守りを固めろと命じられたら、そのまま従うでしょう。」


 ジンはそこで仲間達をみて


 「ただ、そうなると内部には入れないサイズの強力な魔物や眷属が外側を守る形になるかと……。つまり、こちらが遭遇する敵はかなりの手強さになる可能性が高いです。」


 ジンの推測に、キョウは目を細めながら静かに呟いた。


「……下手すれば、内部に侵入する前に大仕事になるな。」


 その一言に、仲間たちは改めて状況の厳しさを実感しながら、慎重に歩を進めた。


 仲間たちは全員、「皇の剣」として数多くの戦いを経験してきた。


 しかし、もともと戦いに生きてきたジンを除けば、彼らは普通の暮らしを送っていた者たちだ。

 ソルメーラの力を持ちながらも、最初は不慣れな状態でこの道を歩み始めた。


 それでも、2年近くを共に過ごす中で、誰一人欠けることなく生き延びてきた。


 それは奇跡とも呼べることであり、今回の任務に挑む強い絆と自信へと繋がっている。


 魔物相手ならばまだしも、もし相手が信仰者である人間だとしたらどうだろう。


 逃げずに戦いを挑んでくるなら問題はない。だが、逃走しようとする者や、命乞いをしてくる者に対し、刀を向ける覚悟が必要だ。


 それについても、仲間たちはすでに覚悟を固めている。仲間達は全員、皇の剣になってから多くの闘いを経験していた。



 嫌な思いをすることはあっても、それを乗り越えてきた者たちだ。特にランやキョウなどは、心の強さを持っている。


 そんなことを考えながら歩いていると、隣を歩くバショウと目が合った。視線を交わすだけで、彼の気持ちは伝わってきた。


「最悪、俺たちでどうにかすればいい。」


 そう言っているように見えた。


 今思えば、バショウは初めの頃、本当にろくでもない男だった。


「自分が年長者だから自分が長だ」と勝手に主張し、スイレンに戻った日には酒場で悪口を言われたと喧嘩を始める始末。


 だが、それも過去の話だ。


 誰よりも周りを観察し、文句を言いながらも仲間をフォローし、最後には自分についてきてくれる頼れる存在になった。


 そしていまや目が合うだけで意思が通じ合う関係だ。そんなことを考えると、自然と笑みが浮かんだ。


 ふと気づくと、仲間たちは少し距離を置いて歩いている。


 ジンが「一人で何を笑っているんだ」とでも言いたげな視線を浴びている気がして、少し照れくさくなった。


 しばらくして、ジンは立ち止まり、後ろを歩いていた三人に手を挙げて合図を送った。


「……何かいる。三体か……それとも三人かはわからないが。」


 その言葉に、バショウとキョウは素早く弓を構え、ランは軽やかに木々の上へ飛び移る。ジンも弓を手にしながら、徐々に強まる気配に全神経を集中させた。


(三体……いや、これは……ゴーベットか!)


 そう確信すると、ジンはゆっくりと弓を地面に置き、刀を抜いた。


「ゴーベットが三体だ。」


 短く伝えたその声に、仲間たちもすぐに対応する。

 それぞれが武器を持ち替え、戦闘態勢に入った。


 やがて、ジンの視線の先に、人ならざる巨大な影が姿を現す。



 バルドの眷属 ゴーベット


 その姿は、周囲の木々をはるかに超える巨体を持つ。全長3メートルにも及ぶ球体の身体に、大きな口だけがついている異形の存在。


 手足はいくつも伸び、目はなく、音や体温を感知して獲物を捕らえる。


 その厄介さは、その特徴的な性質にある。

 目の前にいるものを何でも捕まえ、大きな口へ放り込む――それしか考えのない単純さ。


 だが、斬りつけてもすぐに再生する異常な治癒力を持ち、小細工は通用しない。


 倒すためには、強力な魔法で一気に焼き尽くすか、体内にある核を破壊するしかない。


 ジンは魔法が使えるランを守りつつ、核を狙う方針を仲間たちに伝えた。


「ランを守りながら核を潰す。タイミングを見て動くぞ。」



 静かに言いながら、ジンは目の前のゴーベットを睨み、戦闘の機会をうかがった。



「ヒュン」という鋭い音と共に、バショウが放った矢が1体のゴーベットに深々と突き刺さった。


 その一瞬の隙を逃さず、ジンは最も近くにいたゴーベットへと駆け寄る。ゴーベットは4本の腕を大きく動かしてジンを捕らえようとしたが、その腕は瞬く間に切り落とされた。


 ジンは攻撃の手を止めず、最初のゴーベットを通り過ぎて奥にいるもう1体のゴーベットに向かい、鋭い斬撃を繰り出す。


 奥のゴーベットは木々をなぎ倒しながら無数の手を動かして応戦するが、そのたびにジンの刃によって手足を切り落とされ、隙を見せた瞬間に身体を切り裂かれていた。


 一方で、ジンの手前にいたゴーベットは、ジンを狙うかキョウを狙うかで動きを迷っていた。


 その迷いを見逃さず、キョウが音もなく近づき、鋭い斬撃で手足を立て続けに切り落とす。


 動きを封じられたゴーベットは、ジンを食らうべきか、キョウを狙うべきかでさらに混乱しているようだった。


 その間もバショウは離れた位置から矢を放ち続けていた。彼の矢は通常の矢とは一線を画す速度と威力を持ち、ゴーベットの硬い身体を貫いていく。


 放たれた矢は矢羽根を散らしながら、矢筈まで深く食い込むほどの力を見せていた。


 しかし膠着状態は長く続かない。



 バショウが攻撃していたゴーベットが乱戦の最中にいるジンとキョウの元へと近づいていく。


 そのタイミングを見計らい、ジンとキョウは互いに合図を交わし、その場から素早く退避した。


 逃げた獲物を追おうとゴーベットたちが動き出したその瞬間――大きな地響きが響き渡った。


 ゴーベットたちの足元が沈み込み、まるで地面に巨大な円形の穴が開けられたように、彼らの身体が深く落ち込んでいく。


 三メートルもの巨体を持つゴーベットたちは互いに重なり合いながら下へと落ち、その直後、穴の底から炎の柱が噴き上げた。


 轟音と共に炎が空へと立ち上り、地面全体が揺れるほどの衝撃が辺りを包む。


 ジンたちはその光景を見つめながら、魔法の力の圧倒的な威力を改めて実感していた。炎が収まるのを見届けたジンは、木々の上にいるランへと視線を向ける。


「相変わらず……すごい威力だ⋯」


 ジンが感嘆の声を漏らすと、ランは軽やかに木々から降り立ち、微笑んで見せた。


「ランの魔法は相変わらずスゲェけどよ……これ、騒ぎすぎじゃねぇか?」


 バショウが消えかけた炎の柱を見上げながら、苦笑混じりにランへ語りかける。


「これで気づかれないなんてこと、ありえねぇよな?」


 バショウの言葉にランは少し肩をすくめたが、その表情にはどこか余裕があるようだった。



「ゴーベットが三体いたので、隠密より三人の命を優先しました。それに、ゴーベットが三体一緒にいる時点で、既にバルド側には警戒されているはずです。ゴーベットは基本的に群れることはありませんから。」


 ランは淡々と、しかしどこか涼しい顔で状況を説明した。


 その冷静な態度に、バショウは両手を挙げて降参の意を示す。


「おいおい、分かったよ、ラン。お前が正しい。」


 そう言いながらも、どこか苦笑を浮かべている。


「ジン。」


 キョウが目線を穴の中に向けたまま、静かに問いかけた。


「俺たちの動きが既に読まれ、警戒されているのは予想通りだったわけだが……次はどうする?」


 ジンは穴の中をしばらく見つめていたが、やがて小さく頷いてキョウに返す。


「それなら、思った以上にゴーベットとこの場所で交戦できたのは収穫だったみたいですね。」


 その言葉に、キョウとランも小さく頷きながら、改めて穴の中を覗き込む。すると、炎が収まった先に2メートルほどの横穴がぽっかりと口を開けているのが見えた。


「近道じゃねぇか。」


 その横穴を見つけた瞬間、バショウが嬉しそうに呟く。その声には期待と少しの安堵が混じっていた。

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