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魔法使いと皇の剣  作者: 123
1章 出会い
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ミエラ 2

 鳥のさえずり、木々の揺れる音、暖かい日の光。ミエラはその心地よい朝の気配に誘われ、ゆっくりと目を開けた。


 昨夜の出来事は夢だったと思い、歓喜の気持ちで飛び起き周りを確認したミエラの希望は打ち砕かれた。


 目の前に広がるのは夢ではなく、昨夜の惨劇そのものだった。


 周囲には魔法で吹き飛ばした家の残骸が散らばり、レミアやノストールの姿も消え、木の根の跡さえなかった。


「夢なら…」そう願いながらも、父を失った悲しみと後悔が胸を締めつけ、ミエラはその場で泣き続けた。


 自分の軽率な行動が全てを壊した、そんな思いが押し寄せる。やがて、一羽の青い鳥が、虚ろな目で涙を流すミエラの前に降り立った。


 鳥はミエラの髪をついばみ、何かを訴えかけてるようだった。


 その仕草に促されるように、ミエラが身体を起こすと、鳥は森の奥へと誘うかのように飛び立ち、時折振り返りながら彼女を導いた。


 道中、父のことを思い出して涙をこぼし、立ち止まるミエラ。そのたびに鳥はそばに寄り添い、慰めるようにじっと待っていた。


 そして再び歩き出したミエラを先導するかのように、森の奥深くへと飛び続けた。


 やがて、森を知り尽くしたはずのミエラでさえ見たことのない場所にたどり着いた。


 目に飛び込んできたのは、色鮮やかな花々が一面に咲き誇る光景だった。



 その中心には、森のどこを歩いても一度も目にしたことのない巨大な大樹がそびえ立ち、ミエラはその美しい景色に圧倒され、思わず足を止めた。


 花々の香りと大樹の威厳に心を奪われながら周囲を見渡していると、いつの間にか青い鳥は姿を消しており代わりに目の前に立つ一人の女性に気がついた。


 ミエラは驚いたが、不思議とその女性には親しみを感じた。


 彼女の顔には見覚えがある――昨夜、自分を助けてくれたあの女性だった。


 ミエラは驚きと戸惑いの中、動けずにいると


 その沈黙を破るように、女性は静かに口を開き、ミエラに向かって言葉を投げかけた。


「ごめんなさい」


 悲しげな表情を浮かべた女性の一言。


 その意味を完全には理解できなかったはずのミエラだったが、自分でも驚くほど早く言葉が口をついて出た。



「遅いよ…」



 震える声で放たれたその言葉には、様々な感情が込められていた。


 悲しみ、怒り、そして後悔――ミエラは、この女性が誰なのかを不思議と理解していた。

 彼女が現れた意味も、なぜ謝罪を述べたのかも分かっていた。


「⋯何でもっと早く来てくれなかったの?」


 込み上げる感情を抑えられず、声を震わせながら問いかけた。


「ノストールが森に現れた時、どうして助けてくれなかったの?どうして、あいつを止めてくれなかったの!」


 言葉が止まらない。罪悪感を打ち消すように、目の前の女性へ怒りをぶつけ続けた。


「何で…!何でなの…!」


 ミエラの目から涙が溢れ出し、怒りと悲しみが交錯した叫びが響き渡る。


 女性はその言葉をすべて受け止めるかのように、ただ悲しそうにミエラを見つめていた。



 ミエラが震えながら俯き、言葉を止めると、女性は優しく語りかけてきた。



「彼の者…ノストールがこの森に来たことは知っていました。でも、私は誓いに縛られていて、森に住む生き物の力を使って妨害することしかできなかったのです。」



 女性の言葉を聞き、ミエラはかすれた声で問いかける。



「誓い…?」



 女性は静かに頷き、説明を続けた。


「そう、誓いです。ノストールが貴方に結ばせたものです。私たち神々は誓いを通じて力を得ます。その力は秩序にも混沌にも抗えるほどのもの。でも、ノストールはその力を得るために、自身の力を使い、貴方の嫌悪感を歪めて近づいたのです。」



 ミエラはその言葉を聞き、自分が最初からノストールの計画に巻き込まれていた事実に怒りを覚えた。


 しかし同時に、それが自分の意志ではなかったことに小さな安堵も感じた。


 女性はさらに続けた。


「そして私もまた誓いを立てていました。あなたの父と母に…」


 ミエラはその言葉を繰り返し心の中で反芻した。そしてふと目の前の女性を改めて見つめる。


 その美しい顔立ちは、どこか自分によく似ている。自惚れではない――確かに、自分の面影がそこにあったのだ。



「かつて、貴方の母は私に誓いを立てました。『貴方の父を助けてほしい』と。そのためなら、自分の身体を依り代にすると…」


 女性は静かに語り続けた。


「その後、現れた貴方の父は、私の姿を見て怒り、こう誓いました。『我々の前に姿を現すな』と。そして私はさらに誓いました。『貴方たちがこの森から出ないように』と。」


 ミエラはじっと目の前の女性を見つめた。彼女の姿――母の姿をしたレミアに対して、怒りが胸に湧き上がる。


 しかし、その怒りはすぐに収まった。



 レミアの悲しげな顔。その目からこぼれる涙を見た瞬間、ミエラの感情は変わった。


「貴方の母は、とても強い魔法使いでした。そして、美しかった…」


 レミアは静かに続ける。


「私は彼女になりたかった。だから誓いを結び、貴方の母と一つになりました。ですが、私の心はレミアであり、同時に貴方の母でもありました。」


「徐々に、貴方の母がレミアになり、私もまた、貴方の母になっていったのです…」


 ミエラはただ、目の前の女性――レミアを呆然と見つめていた。


 今目の前に母の姿をした女性は、人のように涙を流し、ミエラを見つめていた。


「貴方の父が侵された病…それは、ただの病ではありません。とても強い神の力によるものでした。そして、その病をかけた神――それは貴方も知るノストールです。」



 女性の言葉に、ミエラは静かに耳を傾けた。



「ノストールはかつて、貴方たちがいた大陸に顕現しました。そして貴方の母に目をつけたのです。貴方の母と父は何とか神の結界を破り、この大陸に逃げてきました。しかし、呪いの力は彼らを蝕み続けました。」



「やむを得ず、貴方の母は私と誓いを立てました。それでも呪いそのものを消し去ることはできず、私はその力を抑えるのが精一杯でした。」



 レミアの声には苦悩が滲んでいた。


「私は、貴方の父が怒り、私の前に現れた時に大いに悩みました。貴方たちの前に姿を現さないという誓いは、母との誓いである『父を助ける』を妨げるものだったからです。」


 レミアの声には、深い苦悩が滲んでいた。



「そのため、私は新たに『森から出ない』という誓いを立てました。これなら貴方たちを間接的に守ることができると思ったのです。けれど、貴方の父は激怒しました。『娘まで奪う気か』と。それでも貴方達を守り続けるための方法だったのです。」



 ミエラはその言葉を聞きながら、混乱する頭の中で話を整理しようと必死だった。


 事実の重さに押しつぶされそうになりながらも、彼女は沈黙を保った。しばらくの間、レミアはミエラに時間を与えるように口を閉じた。


 そして、優しい声で続きを語り始めた。



「私は、しばらく貴方たちを見守り続けました。できる範囲で力を使い、守ろうとしていました。貴方に直接会えない悲しみはありましたが、それでも成長していく貴方を見るのが喜びでした。」



 レミアの目にわずかな笑みが浮かんだ。しかし、その次の言葉には再び深い影が落ちる。


「そんな中、ノストールがこの森に現れました。本来、奴がこの森に入ることはできないはずです。この結界が、外部の神々を阻むはずでしたから…」


 レミアは目を伏せ、苦しそうに息をついた。


「しかし奴は、貴方の父にかけた呪いの繋がりを利用し、さらにモノグの身体を使って森に侵入しました。私は力を使い、奴を妨害し続けましたが…最悪の事態が起こってしまいました。」



 ミエラはじっと耳を傾ける。レミアの言葉には、抑えきれない悲しみが込められていた。



「奴は貴方に出会い、そして私は誓いに縛られて貴方の前に現れることができませんでした。その結果、奴と貴方の間に誓いが結ばれてしまったのです。」



 レミアは顔を歪めながら言葉を続けた。


「奴は歓喜しました。そして、なぜ私が現れないのかを考え、その答えに辿り着きました。それが、あの夜の惨劇です…」



「奴は、誓いを解釈し、貴方の父の『身体を良くする』という願いを、自分に都合の良い形で実行しました。結果として、貴方の父は意志のない存在へと変えられました。皮肉なことに、それが異形と化した彼の身体にとっての『良くする』という解釈になってしまったのです。」


 レミアの声には、重い悲しみが滲んでいた。


「しかし、ノストールは誓いを勘違いしていたのです。神々の誓いは、片方の望む通りに事が運ぶとは限りません。双方の意図が合わない場合、多くの誓いが破綻してしまうのです。ノストールの願いは叶わず、誓いは果たされませんでした。」



 レミアは深い息をついて、静かに続けた。



「貴方の父が亡くなり、私が誓いの相手を失ったことで、ようやく私は貴方の前に姿を現すことができるようになりました。」


 ミエラはその話を聞きながら、次々と湧き上がる疑問を投げかけた。



「どうしてノストールは、そんなにお母さんを自分のものにしようとしたの?他にも魔法使いや綺麗な人がいると思うのに、わざわざ危険を冒して大陸を渡ってまで…?」


 その問いに、レミアはしばらく沈黙した後、ゆっくりと答えた。



「それは、私にも完全には分かりません。ただ、ノストールが執着したのは貴方の母、アルミラの持つ特別な力だったのかもしれません。彼女は並外れた魔法の才能を持ち、そしてその魂は誰にも真似できない輝きを持っていました。」



 彼女の言葉を聞きながら、ミエラの心の中には新たな疑問と怒りが芽生えつつあった。



 それでも、少しずつ彼女の中で何かが整理されていくのを感じていた。



「そしてノストールが大陸を渡ること自体が極めて難しいのです。神の世界に大陸などという概念はほとんど存在しません。しかし、一度顕現し、身体を得た神にとっては、それは非常に困難な行為となります。」



 レミアは慎重に言葉を選びながら話を続けた。



「ノストールがどうやってこの地に顕現したのか、その詳細は私にも分かりません。そして昨夜の姿…本来あり得ないものです。彼はモノグに顕現していましたが、昨夜は全く別の異形の姿になっていました。眷属でもなければ、私が知るどの存在とも異なっていました。」



 レミアは深く息をつき、申し訳なさそうに続けた。



「ごめんなさい、今の私にはこれ以上答えることができません。それと、なぜ彼が貴方の母に執着したのかですが…ノストール自身、最初は諦めていたのだと思います。長い間、貴方たちの平穏が続いていたことがその証拠でしょう。」



「ですが、なぜ今になって現れたのか。その理由についても、残念ながら私には分かりません。」


 一瞬の静寂が訪れた後、レミアは最後に静かに告げた。


「ただし、ノストールが最後に残した言葉が、その答えに繋がるのかもしれません――」


 《彼の地で人は神を生み出した》


 その言葉を聞いていたミエラも、心の中で繰り返した。 


 人が神を生み出した―



 ノストールが最後に残したこの言葉を、ミエラは心の中で何度も繰り返した。



 そんなことが本当に可能なのか。人間が神を――。その真意を知ることは、今の彼女にはできなかった。


 ノストールがなぜ母を執拗に狙い続けたのか、母が手に入らないとわかると自身を標的にした理由、それらがこの言葉とどう結びつくのかも見えなかった。



 しかし、胸に広がる喪失感と虚しさの中で、その謎めいた言葉が、ミエラに新たな目的を与えた。理解するために進むこと、それが今の彼女を支える唯一の光となりつつあった。



 ミエラはふと、もう一つの疑問を口にした。



「最後に、もう一つだけ教えて…ノストールは、生きてるの?」



 その問いに、レミアは一瞬言葉を失った。


 ミエラをじっと見つめ、彼女がこれから何を選ぶのかを考えるように沈黙する。



 やがて、慎重に言葉を選びながら静かに答えた。


「…生きています。神を殺すのは難しい。できなくはないけれど、それは非常に困難なことです。」



 レミアは視線をそらさず、淡々と説明を続けた。



「神を殺す方法は幾つかありますが、いずれも代償や条件が非常に厳しい。まず一つは…神を信仰する者が誰もいなくなること。信仰を失えば、神はこの世に顕現することができなくなります。それは事実上の死といえるでしょう。」


「もう一つは、死の神の力を借りることです。しかし、死の神は既にこの世界と一体化し、その力は非常に希少です。わずかに残された力を持つ物を使うことで、神を滅ぼすことが可能になるかもしれません。」



「最後は魔法です。しかし、それには膨大な知識と命、そして深い理解が必要です。実現するにはほぼ不可能といって良いでしょう。」



 レミアの言葉を聞きながら、ミエラの心にはある決意が静かに芽生えていた。


 悲しみを忘れる目標とも呼べるものだった。


 空虚だった心の中に、小さな炎が燃え尽きる前に、ミエラは進むべき道を見つけると心に誓っ



 そんなミエラを見つめながら、レミアはまるでその心を見透かすように静かに語りかけた。



「…あなたの目的はわかります。そして、それが生きる目的になるなら、私はその手助けをすることができます。ノストールは今回身を引きましたが、目的だった貴方の母を奪えないと知った今、次はきっと貴方を狙うでしょう…」



 ミエラはその言葉に耳を傾けながらも、目の前のレミアを完全には信じられなかった。



 神とは、人間とは異なる遠い存在だと信じていた。


 しかし、このレミア――母の姿をした存在は、人間らしい感情を滲ませていた。母の姿がそう感じさせているのかもしれない。


 ミエラには確かな記憶はなかったが、この女性が母であると感じる部分があった。


 だからこそ、その身体を使って自分を騙すことも容易だと疑念を抱いていた。


 その考えを読み取ったように、レミアは静かに言葉を紡いだ。



「私が貴方を助けるのは、貴方が大事だからです。貴方の母と一つになり、今の私はレミアであり、そして貴方の母――アルミラでもあるのです、ミエラ…」



 レミアの言葉は悲しみに満ちていた。優しく微笑む母の姿を見つめながら、ミエラは心を決めた。そして、一言、強い意志を込めて告げた。



「誓いを。」



 その言葉に、レミアは驚きと悲しみが入り混じった表情を浮かべた。


「誓いは必要ありません。私はできる限り貴方に力を貸すつもりです。」



 しかし、ミエラはその申し出を静かに断った

 決意を固め、毅然とした態度で



 もし、目の前にいるこの神が先ほど流した涙が本物ならば、きっと助けてくれるだろう。


 だが、母の身体を奪った神である以上、ミエラは完全には信じられなかった。


 誓いを結ぶことでしか確かな助力を得る手段はない――そう確信していた。



「誓いを…。私を助けると、ノストールを打ち倒すための手助けをすると。」


 その言葉に、レミアは小さく息をつき、諦めたように頷いた。


 そして、重々しい声で誓いを受け入れた。



「誓いましょう。私は貴方がノストールを打ち倒すための手助けをする。そして、誓いは双方の願いが必要です。私は貴方に願います…」



 ミエラはその言葉を受け止め、次に何が来ても構わないと覚悟した。


 今の空虚な自分ならば、それすらも目標として生きていけるだろう。


 そんなミエラを見て、レミアは悲しみを浮かべながらも優しい目で彼女を見つめ、静かに涙を流した。


 そして、懇願するように言葉を絞り出した。


 まるで、それを口にすること自体が愚かで恥ずかしい行為のように――




「貴方がその願いを叶えるまで、母と呼んで欲しい。」



 その言葉に、ミエラは静かに頷き、二人は誓いを立てた。レミアは誓いを通じて、ミエラにあらゆる知識を与えた。


 それはレミアとしての経験、そして母としての記憶と知識だった。ミエラは誓いを守り、レミアを「母」と呼び続けた。


 確かにレミアは母の身体を奪った神ではあったが、その振る舞いの端々や時折見せる表情から、ミエラは確かに母の面影を感じていた⋯



 そして、自分の旅立ちの日が訪れるその時まで、レミアはミエラにとって「母」であり続けた。


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