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魔法使いと皇の剣  作者: 123
1章 出会い
20/179

ドルガンとガンザ

 三日目の夜が訪れた。空腹と眠気に耐え続けていたジンは、ついに限界を迎え、力尽きる寸前でなんとか水樽に上半身を預けることができた。しかし、その瞬間、意識を失ってしまった。


 意識を失ったジンは夢を見ていた。それは過去の記憶だった。広々とした広間の中央に立つ自分。そして、その目の前にはアマネが――いや、アマネと同化したソルメーラが立っていた。


「ジン!ソルメーラを殺せ!」


 突然背後から怒号が響く。振り返らずとも分かった。その声の主はタチカゼだった。


 ジンがゆっくりと後ろを振り向くと、広間の扉が破られ、タチカゼが数人の兵士たちを引き連れて入ってきた。


 兵士たちは手に武器を握り、返り血を浴びたタチカゼは厳しい表情を浮かべていた。兵士たちがジンに迫ろうとした瞬間、タチカゼはそれを制し、静かに告げた。


「やめろ。たとえ姿が変わろうと、ジンの妹だ。身内をどうするかは他人に任せるべきではない。切るか否かは、ジンが決める。」

 


 タチカゼの視線は冷たく、しかし彼の言葉には重みがあった。それは、アマネと同化したソルメーラを「殺す」役目をジンに託すという意味だった。


 ジンはしばらく沈黙していた。そして、ゆっくりと刀を抜くと、背後にいるソルメーラを守るように立ちはだかり、タチカゼたちを鋭く見据えた。


「ソルメーラには手出しさせない……皇の剣として。」


 その宣言は、静かながらも確固たる決意に満ちていた。



「ジン!!」


 兵士たちは怒りの声をあげながら、ジンの名を叫んだ。その叫び声に応えるように、タチカゼは大きく溜息をつき、肩をすくめた。


 どこか失望したような眼差しをジンに向け、つまらなそうに口を開く。


「なんだ……お前も神のためなら死んでも良いと思う人間か。」


 その言葉が響き渡った瞬間、兵士たちは一斉にジンへ向けて駆け出した。その背後で、タチカゼも長刀を静かに抜き、ゆっくりとジンの方へ歩みを進める。


 ジンはそんなタチカゼの動きに合わせるように、自らの刀を抜き放った。無言のまま、タチカゼと兵士たちに向かい歩を進めるジン。両者の間に漂う緊張感は張り詰めた糸のようだった。



 ジンの夢はそこで途切れた。


 木の香りと、遠くから聞こえる人々の声が彼の意識を引き戻す。ジンはゆっくりと目を開けようとしたが、ランプの鋭い光が目を刺し、しばらく視界がぼやけていた。


 光に少しずつ慣れると、周囲の景色がぼんやりと浮かび上がる。しかし、それは気を失う前に見た夜の海とは全く異なる場所だった。



 周りの壁は木の板でできており、その雰囲気は粗末だがしっかりとした造りだ。だがジンがいる場所は、さらに特殊だった。鉄の棒で囲まれた小さな鉄檻の中に押し込められていた。


 その鉄檻は寝転ぶ分にはなんとか収まるサイズだったが、立ち上がることは到底できず、座っているだけでも首を曲げなければならないほどの狭さだ。檻の中で身動きをとるたび、金属のきしむ音が部屋に響いた。


 ジンは状況を確認しようと、目を凝らして部屋の中を見回した。しかし、部屋には彼以外に誰もいない。室内にあるのは、天井から吊り下げられたランプと、この鉄檻だけだった。



 ジンは部屋の状況を一通り確認した後、自分の腰に差していた刀がなくなっていることに気づいた。だが、その事実に焦りを覚えることはなかった。


 その刀――ソルメーラがジンに渡した「永劫の力」を宿すものは、特殊な絆を持つ代物だった。海に落とそうと、大陸の果てに置き去りにしようと、必ずジンの元に戻ってくる。


 それは刀がジンと「離れられない存在」であることを意味していた。


 刀が手元にないことを確認しながらも、ジンは冷静に思案を巡らせた。どのように脱出するべきか、あるいは誰がこの状況に追い込んだのか――答えを探して思考を巡らせる。


 そのときだった。人の気配が近づいてきた。廊下の奥から微かに話し声が聞こえ、それに合わせて足音が徐々に大きくなる。声の主たちは、間違いなくジンのいる部屋に向かっているようだった。

 


「しっかし、なんだってアイツは一人で海を漂流してたのかね?」


 部屋の外から、はっきりと聞こえる男の声がジンの耳に届く。その声は、低く落ち着いたもので、続けてもう一人の若々しい声が返事をした。


「俺は身なりからして島流しにあった奴とかだと思うが、ガンザはどうよ?」


「わっかんねぇ~。死んでないなら本人に聞けばいいだろうよ。ただ、ドルガンと違って俺は島流しじゃないと思うぞぉ? だってアイツ、剣を持ってたからな。島流しなら武器を持たせるかぁ?」


 ジンは静かに耳を澄ませ、話の内容を聞き取った。どうやら、声の主は二人の男。低い声の方がガンザと呼ばれ、若い声の方がドルガンと呼ばれているようだった。


「どちらにしろよぉ~、大陸を渡ろうとしてたんだろう? お頭はそういう奴、嫌いじゃないだろうから、話を聞いたら仲間にするかもなぁ~」


「はぁ? 絶っっ対に嫌だぜ俺は! アイツがどんな奴か知らねぇが、これ以上お頭の周りに野郎が増えるのは阻止してやる!」


「ドルガンよぉー、いい加減諦めろよぉ。お頭は靡かないぞ、絶対。」


 話し声が次第に大きくなり、ついにジンのいる部屋の前まで到達した。そして、扉が開かれる音と共に、二人の男が姿を現す。


「うっせぇな!そんなもん……。ん? んだよ、起きたのかよ。」


 扉を開けながらジンに話しかけたのは、ドルガンと呼ばれた男だった。


 彼は癖っ毛の金髪をバンダナでまとめ、そこから伸びる髪が特徴的だった。ジンと同い年か、少し上に見える彼は、細身ながら引き締まった筋肉を持っており、まさに「働く男」「闘う男」といった体つきだった。


 その後から、ドルガンよりも頭三つ分ほど背の高い男が入ってきた。話の流れから、これがガンザであることは明らかだった。


 彼はジンより少し年上に見え、小柄なドルガンとは対照的に、縦にも横にも大きな体をしている。

 

 丸顔で垂れ目がちな表情はどこか親しみやすさを感じさせる。それだけでなく、彼の丸みを帯びたお腹も、不思議と嫌味ではなく、人を惹きつける魅力を感じさせた。頭にはバンダナが巻かれ、その存在感はドルガンとは全く異なる穏やかな雰囲気を醸し出していた。

 


「なんだぁ、起きてたのかぁ~? 悪いなぁ。狭いだろ、そこ? ドルガンでも狭いぐらいだもんなぁ、そこ~。」


 ガンザが屈託のない笑顔で言うと、すかさずドルガンが食ってかかった。


「ふっざけんなあ! これ小型の魔物用だぞ。俺でも狭いとか関係ねぇだろ! ガキ以外誰が入れるんだよ!」



 ジンはそんな二人のやり取りを静かに見守り、話に割って入ることを控えた。


 二人の性格を掴むためにも、もう少し様子を見るのが得策だと考えたからだ。


 やがて、言い合いを切り上げたドルガンが、ジンに向き直り軽い口調で話しかけてきた。


「っと、わりぃな。俺はドルガン。こっちのデカいのはガンザってんだ。えーと、お前は?」


 ジンは短く答えた。


「ジンと言います。」


 その言葉を聞いたドルガンは目を細めて笑いながら、首を傾げた。


「言います?なんだお前、育ちがいいのか? んな身なりしてるくせに。ま、わりぃな。俺たちは慣れた喋り方で行くぜ。」


 ジンは無言で頷いた。すると、今度はガンザが口を挟む。



「ドルガンよぉ~。俺たちが尋問しちゃ不味いんじゃないかぁ? まずはお頭に報告するのが筋だろう? お頭に見放されるぞぉ~。」


 しかしドルガンは鼻で笑い、軽く肩をすくめた。


「いいんだよ! お頭は別に気にしねぇよ。俺の仕事でもねぇし、誰の役でもねぇだろ。聞きたいやつが聞けばいいんだよ! んでジンだっけか?

 お前、えー、何だ? ん? 違うか……あーめんどくせぇ、全部話せ。」


「そりゃないだろう……ドルガン。」


 呆れたようにガンザが横でぼやくが、ドルガンの強引な態度に黙っているわけにもいかない



 首を曲げたまま、ジンは深い息をついた。


 もしこのまま話を引き延ばせば、さらに疑われる可能性が高い。そこで、ジンは任務やソルメーラに関する核心的な事実は隠しつつ、海で漂流するに至った経緯を簡潔に話すことにした。


 ドルガンとガンザは興味深げに耳を傾けながら、時折顔を見合わせた。彼らがどこまで信じるかはわからないが、ジンは慎重に言葉を選びながら、必要最低限の情報だけを伝えた。



「自分は……逆賊です。国を追われ、安全に暮らせる場所を求めていました。そして、その先にある“呪われた地”なら誰も来ないだろうと思い、そこを目指していたんです。」


 ジンの言葉は簡潔でありながら、どこか重々しい響きを持っていた。


 しかし、それを聞いたドルガンとガンザの反応は、思いのほか軽薄だった。


「なんだぁ~犯罪者かぁ……。拾うんじゃなかったなぁ。鉄の檻ごと捨てちまおうか、ドルガン?」



「だなぁ。ってか言っただろ、ろくでもないヤツだって。さっさと始末しちまおうぜ!」



 二人は不穏な話を始め、事態の深刻さに気づいたジンは慌てて声を上げた。


「まっ、待ってください! 逆賊って言われてますが、自分は何も――」


 だが、ジンの必死な弁解も二人には届かないようだった。ドルガンがジンを軽く一瞥し、肩をすくめながら言い放つ。


「あ~みんなそう言うんだよ。『俺は悪くない』ってな。それに仮にお前が無実だったとしても、助けなきゃ死んでた命だろ? ただ、その終わりがちょっと伸びただけの話だ。」


「ってなわけで、さよならだなぁ~。」


 ガンザが言葉を継ぐと、彼は鉄の檻ごとジンを軽々と持ち上げた。その腕力には驚愕するしかない。


「首をハネるより、海の神様に委ねるのが筋ってもんだ。運が良ければ、誰かが拾ってくれるぜ。」


 ドルガンはそう言い放ち、檻を抱えるガンザの前を歩き始める。彼の歩調は軽く、まるで散歩でもしているかのようだ。


(このままだと、海に放り投げられるだろうな……)


 ジンはそう考えながら、檻の隙間から手を出してみた。しかし、もし目の前のガンザの首を捻り殺したところで、その隙にドルガンのほうにやられてしまうだろう。人が集まる前に動くべきかもしれないが――。


 揺れる感覚とドルガンの発言から、ジンは自分が船の中にいることを察した。そして、周囲に漂う多くの気配から、この船がかなり大きいことも理解した。今はまず、ガンザを利用して船内の状況を把握するのが得策だと判断する。


「なんだぁ? そいつ、漂流者かよ。どうすんだ?」


 「おいおい、捨てる気か?」


 「相変わらず、すんげぇ力だなぁ!」


 鉄の檻に入ったジンを担ぎながら歩くガンザとドルガンに、船内ですれ違う人々が次々と声をかけてくる。


 彼らは自分の仕事を放り出し、面白いショーでも始まるかのように、ドルガンとガンザの後をついてきた。


 ジンはそんな船員たちを冷静に観察していた。彼ら全員が戦闘員であることに気づいた。動作に洗練された訓練の形跡は見られないが、筋肉のつき方や身体に刻まれた戦いの傷から、戦闘が彼らの日常に溶け込んでいることを推測した。


 やがて一行は船内から甲板へと続く道に差し掛かった。先頭を歩いていたドルガンが扉を押し開ける。眩いばかりの晴天の光がジンを包み込む。その瞬間、ジンは思わず息を呑んだ。こんな状況でなければ、「最高の景色だ」と心から思えただろう――。

 


 鉄の檻を担がれたまま甲板へと出たジンたち。その姿に、多数の視線が刺さった。


 後ろについてきた船員たちだけでなく、既に甲板で仕事に精を出していた他の船員たちも、ジンが入った檻を担ぐガンザとその一行に気づき、手を止めて何事かと注視していた。


 その注目を一身に集める中、ドルガンは明らかに気分が高まった様子で、大声で宣言を始めた。


 「海で拾った漂流者は、なんと国を追われた反逆者だった! この俺が尋問して突き止めたのさ! 海の神からの贈り物として拾った命だが――こいつを今から海に返す!」



 ドルガンの演説に、船員たちは雄叫びを上げて囃し立てた。


 「ドルガン!!いいぞ! でも、お頭に相談なしでやるのか? 絶対怒られるぞ!」


 「お前が尋問した? 嘘つけ! 戦い以外はポンコツのくせに!」


 「ガンザ一人に担がせるなよ! 可哀想だろう!」


 船員たちのそんな声も、ドルガンは意に介さない。意気揚々と甲板の端まで歩みを進め、ガンザも無言でその後に続いた。


 ジンは状況を冷静に見極めながら、このままでは無言のまま海に投げ込まれるだろうと確信する。そしてついに決断した。檻の柵から手を伸ばし、ガンザの首をへし折る――その一瞬を狙う。


 

 だが、船員たちの囃し立てる声が突然ピタリと止んだ。その異様な静けさに、ジンの動きは思わず止まった。


 前を歩いていたドルガンも異変に気づき、声が止まった原因を探るように振り返る。そして、甲板の二階にある部屋の方向へ視線を向けた。そこを見た瞬間、ドルガンは顔をほころばせ、まるで待ち望んだ人物が現れたかのように呟いた。


 「お頭……!」

 

 視線の先には、ジンより少し年上に見えるスラリとした長身の女性が立っていた。


 彼女の長い茶色の髪は風に揺れ、切れ長の目がどこか鋭い印象を与える。その顔立ちはどこまでも整っていて、美しさと威厳が同居していた。


 男ばかりの船員たちの中で、彼女はひときわ目立っていた。その引き締まったウエストを惜しげもなくさらけ出す服装と、控えめだが存在感のある胸元を隠し切れないチューブトップ。


 そして長い足から尻のラインまで強調するズボンを身に着けている。その装いは、彼女自身の揺るぎない自信を示しているようだった。腰に下げたサーベルがその強さを裏付ける。ジンは、彼女がただ者ではないことをすぐに悟った。


 「何をしている?」



 お頭と呼ばれた女性は、ドルガンに向かって静かにそう問いかけた。大声ではないが、凛とした声色には威圧感があり、ジンの耳にもはっきりと届いた。


 「お頭! この漂流者は尋問したところ、大陸から逃げ出そうとした犯罪者だったみたいなんで、海の神様に返すところです!」


 ドルガンは誇らしげに答えた。その態度からは、まるで褒めてもらえると信じ切っているかのような様子が見て取れた。


 「そうか……漂流者は、まずどこから来たんだ?」


 お頭の問いかけに、ドルガンは即座に答える。



 「はい! ゴリョウ大陸ってところらしいです! そこのスイレンって国を追われ、アルベストを目指して小舟で海を渡っていたら魔物に襲われて漂流したみたいです!」


 「漂流者の名前は?」


 「はい! ジンと言うそうです!」


 お頭とドルガンの会話はスムーズに進み、まるで筋書きが用意されているかのようだった。しかし、その流れが突然ジン自身に向けられた。


 「ジン、お前はなぜアルベストを目指していたんだ?」


 ジンはそれまで静かにやり取りを聞いていたが、不意に自分が話しかけられたことで一瞬戸惑った。


「えっ……あ、はい! 国を追われた自分は、もう死んだも同然です。だったら、この死んだ命を呪われた大陸に渡るために使ってみようかと……そう思ったんです。」


 女性の威圧感ともいえる雰囲気に、ジンはついドルガンと似たような返答をしてしまった。そんなジンの様子にも特に関心を示さず、女性は静かに続けた。


 「どうやって大陸に渡るつもりだった? ゴリョウ大陸もアルベストと同じく、出る際に結界があるはずだ。漂流していて分からないかもしれないが、ここは《結界と結界の間、狭間の海》と呼ばれる海域だ。漂流したとはいえ、結界を超えなければ、今ここにいることはあり得ない。お前がここにいる理由、それはなんだ?」

 


 予想外の質問に、ジンは言葉を失った。まさか自分がゴリョウ大陸の結界を越えているとは思ってもいなかったし、まして「狭間の海」と呼ばれる場所についても何も知らなかったからだ。


 ジンの沈黙にも女性は特に興味を示す様子はなく、さらに言葉を投げかけた。


 「何か、予想していなかった問いだったか? まあいい。ところで……お前が身につけていた剣、あれは変わっているな。私の剣にも似ているが、初めて見る形状だ。何より――《神の力が宿っている》な?」


 ジンは驚きを隠せなかった。ソルメーラの刀は、見た目こそゴリョウ大陸の町中にあるものと大差ない。


 ランがその刀に触れた時、「何か特別なものとは感じる」と言っていたが、「神の力が宿る」などとは一言も言っていなかった。しかし、目の前の女性は、確信を持って「神の力」と断言したのだ。


 「ジン、私たちはお前を殺す気はない。」


 女性はそう言いながら、まだ鉄の檻ごとジンを担いでいるガンザと、うっとりとした目で彼女を見つめるドルガンを指さした。


 「ああ……こいつらはただ、お前を海に戻そうとしていただけだ。お前にとってはそれが殺すに等しい行為でも、こいつらはそう思っていない。」


 女性はそう言うと、甲板二階の柵に手をかけ、微笑みながらジンに告げた。


 「お前……仲間になれ。」


 その一言に、ジンは自分の中に湧き上がる感情を整理しきれなかった。そして、不思議とドルガンの気持ちが少し分かったような気がした。


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