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魔法使いと皇の剣  作者: 123
1章 出会い
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フルエル・ヒューリック

 エイランリッシュ号が出航してから二日が経ち、三日目の朝を迎えていた。その航海は実に順調だった。


 甲板では船員たちが朝日を浴びながら忙しなく働いており、その姿にはどこか楽しげな雰囲気が漂っていた。


 そんな活気ある景色を眺めつつ、ミエラは甲板の片隅で一冊の本を手にしていた。その本のタイトルは『眷属達の種類と生態』。内容は偏見に満ちており、眷属たちを魔物と同じく一括りにして扱い、彼らの弱点や特徴を事細かに記していた。


「これはおそらく禁書に近いものだろう」と、ミエラは考えた。本の発行日付を見ると、820年と記されており、今からおよそ300年前――既に大陸が切り離された後の時代のものだった。


 そのため、記述されているのはグランタリスにおける眷属たちの情報に限られていたが、内容には実用的で興味深い部分も少なからずあった。


 本の古びたページをめくるミエラの表情には、驚きと疑念が混じっていた。この本が船内に存在している理由を含め、ミエラの心にはいくつかの謎が生まれていた。


 グランタリスにおける眷属たちは、慈愛の女神オルフィーナ、豊潤のレミア、そして叡智のオルテガという三柱の神々に仕える存在だった。


 ミエラはその中でもレミアの眷属に関する記述に目を通していた。




 ハート族

 特徴:小柄な体に長い耳、鋭いギザギザの歯、大きな黄色い瞳を持つ。

 性質:戦闘を好まず、楽しいことを愛する種族。大木の上に家を作る傾向がある。

 戦闘:自身で作った弓を用いるが、それ自体の殺傷能力は低く、森で作られる毒を多用する。

 弱点:仲間意識が強く、燃え盛る家を見れば仲間を救おうと集まる習性があるため、集団を効率的に倒すには家ごと燃やすのが効果的とされる。



 キューリック族

 特徴:美しい容姿を持ち、肌と髪が白く、ほぼ人間と変わらない外見を持つ。ただし、身長は2メートル前後であることが多い。

 性質:美しいもの、特に円形のものに執着する。人間と感性が大きく異なり、その価値観のズレがしばしば問題を引き起こす。

 戦闘:腕をムチのように伸ばして攻撃し、さらに魔法も用いるため脅威となる。

 弱点:丸いものへの執着を利用して誘導すれば、多数の個体を一網打尽にできる。


 ドレイク族

 特徴:人の形をした木々のような存在で、個体ごとに外見にばらつきがある。人型をしているものもいれば、異形のままのものも多い。ただし、下半身の形状は共通しており、これが本体とされる。

 性質:形を自由に変えられるが、戦闘時は体や周囲の木々を武器として用いる。

 弱点:燃えやすい特性を持ち、火を用いれば速やかに絶命する。



 ミエラは纏めのページを読み進めていくと気になる文を目にして、ページを捲る手を止めた。



『眷属自体に繁殖能力はなく、他種族との交わりでのみ繁殖が可能である。例えば、男性の眷属と女性の人間、女性の眷属と男性の人間などの組み合わせがこれに当たる。眷属同士の繁殖については例が確認されていない。これは、異なる神の眷属同士が友好関係を持たないためだと思われる。


 さらに、眷属はどのような生物とも交わることが可能であり、魔物との交配も確認されている。眷属と人間の間に生まれた子供は、見た目が人間に近づいていく傾向があり、その特性は非常に分かりやすい。力が弱まることはほとんどないが、神々への信仰心が薄れる傾向が見られる。このため、眷属の繁栄を望めば、いずれ種族としての信仰心は失われる可能性が高い。


 神々がこのような不完全な存在を生み出した理由には疑問が残る。また、一部の眷属が繁栄を目指して人間を攫った事例も記録されている。』


 さらにページを進めたミエラは、著者自身の想いが記された部分に目を留めた。


 それは眷属に対する複雑な感情と、彼らがもたらす恩恵と脅威に対する深い考察で満ちていた――続きを読んでいくうちに、ミエラの胸にはさらなる疑問が湧き上がった。



『私は種族を調べていくうちに、いくつもの疑問に突き当たった。神はなぜ人間を直接作ることができないのか。矛盾するようだが、なぜ神は人間に近い眷属を作ろうとするのか。


 過去、戦いに敗れてこの世を去った神々の記録を調べると、彼らが創造した存在は人間からはかけ離れた眷属や生物であったことが分かる。だが、いまだ現存する神々は、人間に似た生物を創造しようとしているように思える。この違いは何を意味しているのだろうか。


 私がこの本を執筆した理由は、いずれこのような情報が人間に必要とされる時が来ると考えたからである。もちろん、この記述が誤解を生む可能性があることも承知している。しかし、眷属や神々の中には、人間に対して友好的な存在もいることを忘れてはならない。


 私自身、かつて神を信仰していた。しかし、私はそれ以上に人間が好きなのである。眷属や神々について知ることは、人間自身を守り、理解するために必要な知識だと信じている。』


 作:フルエル・ヒューリック

  



 ミエラは本を閉じることもなく、しばらくその内容を反芻しながら考え込んだ。


 母であるレミアもまた、人間を欲した存在だった。そして今、ミエラを執拗に狙っているノストールも同様だ。それが一体なぜなのか、ミエラには分からなかった。


 母はかつてこう言っていた。

「人間は、秩序と混沌という相反する力を同時に使いこなせる、始まりの神に最も近い存在。だからこそ、神々にとって人間は特別なのだ」と。


 だが、ミエラの心には疑問が残った。もしそれが唯一の理由であれば、ただ魔法の力を持つ者であればよいはずだ。それなのに、なぜ人間でなければならないのか?なぜ、彼女――ミエラ自身が狙われるのか?


「何かが違う気がする……」


 ミエラは本を手にしたまま考え込んでいた。


 この本を書き記した人物、フルエル・ヒューリックは、疑問を抱きながらもその解決策を見いだせず、ただ記録を残しただけのようだった。


 しかし、それだけの行動力を持つ人物ならば、何かしらの行動を起こしたのではないか。彼が最後に何を見たのか、何を考えたのか――それを知る術は今のミエラにはなかった。


 ふと顔を上げると、空が暗くなり始めていることに気づいた。雲行きが怪しく、風も強くなりつつある。周囲を見回すと、船員たちもこの変化を察知し、嵐への備えを始めていた。


(この本を濡らすわけにはいかない…)

 ミエラはそう思い、本を抱えて甲板を後にすることにした。



 船内に入り、本を戻しに船長室へ向かうと、中にはエイランが静かに佇んでいた。


 彼は壁に掛けられた地図をじっと見つめている。「船長室」とは名ばかりで、エイランは普段、別の場所にある自室で過ごしているため、彼がここにいるのは珍しかった。


 そのため、ミエラは軽率にノックもせず部屋に入ってしまい、すぐにバツの悪さを感じた。


 謝罪の言葉を口にしようとしたが、それよりも先にエイランが口を開いた。


「おはよう、ミエラ嬢。今日会うのは初だね。時間を潰せる本はあったかね?」


 エイランの穏やかな声が部屋に響いた。


 ミエラは本棚に本を戻しながら振り返り、少し微笑んで答えた。


「はい、ここにある本には驚かされます。何があるか分からない旅に持っていくには、貴重な本が多すぎるくらいです。聞いてもいいでしょうか?どうしてこんなに多くの本があるのですか?」


 軽い気持ちで尋ねたミエラだったが、エイランは静かに、それでいて真剣な口調で答えた。



「この船に数多くの貴重な書物があることには、実のところ、あまり深い意味はないんだ。ただ、アルベストに着いたとき、向こうの書物と照らし合わせたら面白いと思ってね。それだけだよ。」


 エイランの言葉に、ミエラは一瞬驚いた。


 これまでエイランは自身について尋ねられるといつも巧妙にはぐらかしていた。それが突然、こんなにも率直に答えが返ってきたのだ。


「それは確かに楽しそうですね。大陸によっては、同じ出来事でも違う考え方や伝承が伝えられている可能性のほうが高いですし。」


 ミエラは相槌を打ちつつ、エイランの意図を探るような視線を向けた。


 エイランは軽く頷き、視線を地図に戻したまま続けた。


「ああ、むしろその可能性のほうが高いだろう。そして、大陸によっては歪められた伝承が国を蝕んでいることもあるだろうな。」


 一呼吸置いて、エイランは静かな声で言葉を紡いだ。


「私はね、ミエラ嬢。なんとしてもアルベストに行かなければならないんだ。」


 エイランの真剣な声色に、ミエラは思わず息を呑んだ。彼のいつもとは違う重々しい雰囲気に圧倒され、自然と背筋が伸びる。


「まだ少女から大人になったばかりの君にお願いするのは苦しいことだと思う。それでも……」


 ミエラは彼の視線から逃れられず、無言で首を縦に振るしかなかった。



 エイランは小さく息をつくと、少しだけ表情を緩めた。


「もうじき優雅な旅も終わる。あと少しすれば、アルベストの結界にたどり着くだろう。そう思うと、どこか楽観視していた気持ちにズレが生じてしまってね……すまないね、呼び止めてしまって。」


 そう言うと、エイランは再び地図に目を向けた。その横顔には微かに焦燥と覚悟が入り混じっているように見えた。


 ミエラはエイランの言葉を受けて、胸の奥に緊張が生じるのを感じていた。自分もいずれ、力を使わなければならない――その瞬間が迫っているのだと悟らされる。


 嵐の気配が強まる音が船内にも響いていたが、ミエラはそれに気を取られることなく、静かに心を引き締めるのだった。

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