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魔法使いと皇の剣  作者: 123
1章 出会い
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エイランリッシュ号

 酒場を出たミエラが宿泊先がないことを告げると、アイリーンは自信たっぷりに微笑んだ。


「それなら心配いらないわよ。船で寝ればいいじゃない! アタシ達が乗る船の大きさときたら、きっとびっくりするわ。」


 その言葉に期待を抱きながら案内された先には、アイリーンの言葉通り、とてつもなく大きな船が停泊していた。他の船と比べると倍近い大きさを誇り、ミエラは思わず息を飲む。そんな彼女の反応を見て、エイランが誇らしげに声を上げた。



「ふふん、どうだ!このエイランが手配した船だぞ。荒波にも屈しない強靭さ、そして中は貴婦人たちですら帰宅をためらうほどの居心地の良さを兼ね備えた、夢のような船だ。その名も――エイランリッシュ号!」


 ミエラは驚きと疑問が入り混じる。こんな立派な船を一体どうやって手配したのか。さらに、自分の名前を冠した船にまで疑問が膨らむ。しかし、それらの疑問を押しのけるように、船内を早く見たいという興味が湧き上がってきた。


 そんなミエラの心を見透かしたかのように、アイリーンが船の乗船足場から陽気に声をかける。


「ミエラちゃーん! こっちよ! 早くいらっしゃい!」


 呼び声に応じて駆け寄るようにしてミエラは船へと乗り込んだ。その瞬間、彼女の目に飛び込んできた光景は、言葉を失うほど素晴らしいものだった。


 広々とした甲板は、夜の静けさの中に凛とした雰囲気を漂わせ、乗組員は見張り程度の少人数しかいない。そのため、甲板は広く開放的で、航海の期待感に心が弾むようだった。

 

 

 甲板にある扉を開けると、広々とした廊下が目の前に広がった。


 廊下の天井や壁には、光石を仕込んだランプが規則的に並び、柔らかくも絶え間ない光で空間を照らしている。そこに連なる数多くの扉が、この船がどれほど広大で豪奢であるかを物語っていた。


 ミエラがその光景に感動していると、アイリーンが満足げにうなずきながら声を上げる。


「わかるわかる。ミエラちゃんの気持ち! 私も最初ここに来たとき、全く同じだったのよ。でもね、迷子になったら困るから、先にミエラちゃんのお部屋を決めましょう!」


 そう言って進もうとするアイリーンを見て、エイランがやや不満げに口を開く。


「むぅ……。一応、これは私の船なんだがね。ミエラ嬢に部屋を用意するのは構わないし、むしろ歓迎だが……。その役目は本来、私が――」


 しかし、アイリーンはエイランの言葉に耳を貸さない。


「さあ、こっちよ、ミエラちゃん!」と、さっさと廊下を進んでいく。


 エイランの抗議めいた声が背後に残る中、ミエラはアイリーンの後について歩きながら、「エイランの船」という言葉だけが妙に印象に残っていた。


 しばらく進むと、案内されたのはどうやらアイリーンの部屋の向かいの一室だった。一人部屋だということにミエラは驚きつつも、嬉しさを隠せなかった。船という限られた空間の中で、一人部屋が用意されるとは思っていなかったのだ。

 

 扉を開けると、そこには期待以上の光景が広がっていた。部屋にはしっかりとしたベッドが置かれ、壁際には固定された机があり、実用性と快適さを兼ね備えた設計だ。


 そして何より驚いたのは、窓があり、外の景色が見えることだった。暗い夜の海が広がる窓の向こうを見つめ、ミエラは静かに感動を覚えた。


 持ってきたわずかな荷物を部屋の隅に置いたミエラは、再び廊下に出た。すると、アイリーンとエイランが外で待っており、今度は船内の主要な部屋を案内してくれるという。


 船内を回りながら、ミエラは改めてこの船の規模と豪華さに驚かされ続けた。それぞれの部屋に漂う優雅さと実用性が、まるで船旅に行くのを忘れさせていた。


 ミエラたちの部屋は、どうやら船の最上階に位置しているようだった。


 船全体は4階建てになっており、階を下るごとに異なる役割を持つ構造になっている。ミエラたちが寝泊まりする4階は甲板に直結しており、眺めがよく開放感がある。


 一方、3階には船員たちの部屋や主な食堂が配置されている。2階には船の司令室や機能的な部屋が点在し、さらには水浴び場まで備えられていた。そして1階――この階だけは他と異なる雰囲気を持つらしく、エイランによれば「海の魔物に襲われたときのため」の空間だという。


 しかし、1階に降りることは厳重に止められていた。


 アイリーンも、最初に船へ乗り込んだ際に何度も警告されたようで、今回はさすがに空気を読んで黙っていた。


 船の安全対策として、甲板の船首と船尾にはそれぞれ倉庫が設置されており、物資を確保するための重要なスペースになっているという。エイランの説明によれば、万一襲撃を受けた場合、真っ先に危険に晒されるのは4階だが、それを防ぐために護衛専用の部屋も設置されているとのことだ。


 しかし今の大陸では昔にいた海賊等は結界を恐れいなくなり、対して意味はないとの事だった。


 一通りの案内を受けた後、エイランは「最後に見せたいものがある」と言い、ミエラとアイリーンを3階の奥にある部屋へと案内した。


 扉を開けた瞬間、ミエラはその光景に息を呑み、感動で胸がいっぱいになった。


 部屋の壁一面には、大陸や海域の詳細な地図が張り巡らされている。それだけでも壮観だが、さらに驚くべきは、中央に配置された机の上で宙に浮いている丸い水晶だった。


 その水晶の中では、恐らく航路を示す針が一定の方向を指し、静かにその役割を果たしているようだった。その光景は、ただ美しいだけでなく、この船がいかに精巧な技術で作られているかを物語っていた。 


 部屋の中には、一面に張り巡らされた地図や水晶のほか、立派な本棚が設置されていた。


 本棚には様々なジャンルの本が整然と収められており、その内容の豊富さにミエラは目を輝かせた。


「『魔法使いケンニグと慈愛の女神オルフィーナ』、『グランタリスの歴史』、『食べられる魚と捌き方』、『安全!安心!応急処置!』、『病気の種類と対処法』……」


 タイトルを読み上げるたびに、ミエラの心は興奮で満たされていく。そのどれもが、実用的でありながら興味をそそる内容ばかりだった。


 ミエラは夢中で本棚を物色し、手に取った本をめくる中で、背後から聞こえた軽い咳払いに驚いて振り返った。


 エイランが少し微笑みながら話しかける。


「ミエラ嬢、ここの本は後で自由に持ち出して構わない。だが、その前に少し話を聞いてもらえるかな?」


 ミエラは顔を赤らめながら、恥ずかしそうに頷いて本を元に戻した。


 エイランは姿勢を正し、静かに話を始めた。


「まず航海についてだが、今すぐにでも出発したいのは山々だ。しかし、今日の出発は難しいだろう。船員たちも休息中であり、町に繰り出している者もいる。それを無理に呼び戻すのは野暮というものだ。そこで、出発は明日の昼前を予定している。今日はゆっくり休んでくれたまえ。」


 その言葉にミエラは頷き、横で聞いていたアイリーンも同意するように頷いた。


「ただし、明日の出発前に揃えたいものがあるなら、朝のうちに手配してくれ。とはいえ、店が開く時間と出発までの余裕はそれほどない。時間に注意してほしい。航海中は必要なものが手に入らないことを覚悟しておくべきだ。」


 エイランは続けて航路の説明に移る。


「出発後、何も問題が起こらなければ4~5日でアルベストの結界に到達する見込みだ。結界を超えてからどれくらいで大陸に到着するかは正確にはわからないが、それほど長くはかからないはずだ。」


 話を終えかけたエイランの顔には、少しだけ寂しさが垣間見えた。


「大陸に無事到着したら、あとは自由行動だ。私は私で、大陸には別の目的がある。率直に言えば、そこでお別れということになる。帰りの船について期待されても困るが、タイミングが合えばまた一緒に戻るかもしれない。ただ、期待しないでほしい。」


 その言葉を聞き、ミエラは少し驚きつつも静かに頷いた。アイリーンもまた真剣な表情で聞いている。


 エイランの話はどこか現実的でありながら、どこか冷静すぎる印象もあった。しかしその一方で、彼の態度からは航海に対する確かな責任感が伝わってきた。ミエラはこれから始まる旅に、改めて期待と不安が入り混じる感情を抱いていた。



 エイランは真剣な眼差しを崩さず、語気を強めて言葉を続けた。


「なぜ出発前にこれを話すかというと、すべてが自己責任であることを理解してほしいからだ。アイリーンは護衛として、ミエラ嬢は結界を越えるため、それぞれ利害が一致しているから同行しているだけだ。もちろん、私は寛大な心で君たちを助けるつもりだが、危険な状況に陥ったときは、自分の命と目的を最優先する。それは君たちにも同じことが言える。」


 一呼吸置き、彼はさらに言葉を続ける。


「もし命の危機に直面したとしても、船が引き返すことはない。それは船員たちにもすでに伝えてある。命を預ける以上、このルールを受け入れてほしい。」


 ミエラはその厳しい言葉の奥に潜む優しさを感じ取っていた。エイランは自分だけでなく、船全体を守ろうとしている。その責任感が彼の言葉を重くしているのだと。


 一方で、アイリーンはその言葉に頷きつつ、少し柔らかな笑みを浮かべた。


 エイランは口調を和らげると微笑み、最後に付け加えた。


「だが、この出会いには感謝している。それぞれ目的があり、目指す場所が同じだからこそ、旅の間は助け合おうじゃないか。過去に何があろうと、悪意が潜んでいようと、私は詮索しない。」

 

 そう言うと、エイランは手の甲を上に向け、前に差し出した。協力を示す行動だったが、ミエラはその意味をすぐに理解できず戸惑っていた。


 その様子を見たアイリーンが軽く笑い、静かに語り出す。


「隠すつもりもないけど、アタシの話をしておくわね。アタシはこの大陸の生まれじゃない。アルベストが故郷らしいけど、育ての親はアタシをペットみたいに扱って、最終的に傭兵団に売っぱらったのよ。この見た目でしょ?同じ種族なんて周りにいないし、嫌な思いもたくさんしたわ。」


 彼女は少し目を伏せ、言葉を続けた。


「でも、傭兵団はアタシの力を必要としてくれた。ただそれだけのためだけどね。それでも、アタシは自分の生まれた国を知りたい。だからアルベストに行くの。」

 

 

 そう語ると、彼女は軽やかに笑みを浮かべ、エイランの差し出した手に自分の手を重ねた。その鱗に覆われた手と鋭い爪がエイランを一瞬驚かせたが、彼は引くことなくその手を受け入れた。


 それを見たミエラは、自分の手をそっと二人の手の上に添え、短く言葉を紡いだ。


「復讐のために、真実のために……。」


 その言葉にエイランとアイリーンは目を丸くし、思わず口を開けて驚いた。数秒の沈黙の後、エイランが慌てたように言葉を繋ぐ。


「じゃ、じゃあ!えー、何というか……まぁ!共に!」


 声が少し裏返ったエイランに続いて、アイリーンが勢いよく声を張り上げる。


「おーっ!」


 それに引っ張られる形で、ミエラも戸惑いながら小さく声を上げた。


「……おっ、おー?」


 三者三様の反応ながら、重ねた手の温かさが彼らの結束を確かなものにしていた。その小さな誓いが、これから始まる航海への第一歩となることを、誰もが感じ取っていた。

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