うらしま?
「陛下、どうも変わった者が海辺に流れ着いたようでございます」
とある王国での執務室。その国の宰相が国王へ報告している。国王は横目で先を促した。
「髪は真っ白で伸び放題、服はボロボロ、言葉は通じずガリガリに痩せております」
「そうか、それは珍しいことだが、それだけか?」
「……それが」
宰相は言い淀んだが、咳払いをすると報告をつづけた。
「その者が話す言葉が、どうにも、我が国の古語とよく似ているのです」
「古語と?どういうことだ」
「わかりません。陛下にお知らせしてご指示を仰ごうかと」
なるほど、宰相もその者の処遇に困ったのであろう。国王は頷くと立ち上がった。
「今、どこに?」
「村役人の館で保護させております」
「……よかろう、離宮へ上がらせろ。言語学者どもを向かわせて聞き取りさせるといい」
「かしこまりました」
宰相は恭しくお辞儀をした。
というわけで、古語の大家の老人と彼に常に追従する壮年の学者、そして大家の若い弟子の三人が、発見された不思議な人物に聞き取りをする運びとなった。
『フネ、フネ』
不思議な人物は必死に語りかけてくる。
「フネ?なんじゃ?聞いたことがないのう。「金」かな?「カメ」のことかもしれんのう」
「そうですな!さすが先生ですな!」
「ええ?カメっスか?そうかなあ」
若い弟子だけが老大家の意見に納得がいかないようだ。
『ノッタ、ウミノウエ』
「わかりましたぞ、「乗った」でしょう、「海」で……。私にも分かりますぞ!」
「カメにっスか?」
『フネ、ウミノナカ』
「海の……、中!海の中から来たということじゃろう!」
「カメに乗ってっスか?」
『フネ、ウミノナカ……タスケテ』
「助けた?カメをでしょうか?」
『タスケテ!オレイ、ニモツ、アゲル!』
「ニモツ、ニモツと。辞書にもございませんなあ。あっ!似た言葉で箱という意味ならございますよ」
「カメを助けて箱を?あげた。いや、もらったのであろうかのう」
「カメからっスか?」
『デモ、ニモツ、ケムリ、モエタ。フネ、ウミノナカ……」
「泣き出してしまったぞ。どうどう、落ち着いて。それにしても、ケムリと言っておらんじゃったか?煙で合っているのか?ニモツ、つまり箱から煙が出たとのかの?」
「お礼とか言っていませんでしたかな」
「助けてもらったから礼をしたということじゃろう」
「カメがっスか?」
『ココ、シラナイ。ゼンゼン、チガウ。カエリタイ」
「ん?わからんのう。チガウ……、古語では「変わった」という意味だな。ああ、元いた場所と変わったということか?」
「以前住んでいた場所とは変わってしまったということでしょうな」
「カエリタイとは、海の中から戻ってきたくなったということじゃろう」
「そんな、まさか……」
「どうしたんじゃ?」
「まさか。三百年前の古語。ここは変わったという言葉。ボロボロの白髪姿。コレはもしや、この男は、三百年もの間、海の中にいたのではないですか!?カメに連れられて!」
壮年の学者の言葉に、若い弟子が吹き出した。
「……キミ、なんだね先ほどから。口をはさまんでくれるかな」
「いやすまんのう、この若者はワシの助手なんじゃが優秀で鋭いところがあるので連れてきたんじゃ。君、スマンがこの不思議な男に飲み物でも持ってきてやってくれ」
「……はい、先生」
この場の唯一の常識人である若者が退場し、学者二人による聞き取りは続いた。その結果、この不思議な男は、三百年前にいじめられていたカメを助けて礼に海の中の屋城に招待され、三ヶ月のつもりが三百年も経っていたという伝説の男となったのであった。
実は、この国には知られていないが、三百年ほど前に飢饉があった際、食い詰めた漁村の人々がひそかにこの国から海を渡って島で生活し始めたという出来事があった。当時、許可のない移住は御法度だったため、彼らは空の墓を建て、疫病が流行ったの如く装い、こっそりと海へと乗り出したのだ。だから漁村は全滅したと思われていた。
不思議な男はその末裔だったが、出自を隠した祖先たちのおかげで彼は祖先の漁村のことなど知らなかったし、そもそも島の外ににこんな国があることすら知らなかった。三百年の間に言葉が独自に変化し合ってすっかり通じなくなっていたのだ。
彼はその後、そのまま流れ着いた地で暮らし、言語を習得した後、自分が「海の中で三百年過ごした貴重な体験をした人物」とされているのに気付き慌てたが、それは違うと告げると追い出されるかもしれないので誰にも本当にことを話すことはなく、全く身に覚えがない、「カメを助けて大冒険をした人物」として、たまに土地の子供たちに偽の冒険譚を聞かせながらこの地で終生、過ごしたのだった。
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