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モブキャラに転生したけど死にたくない  作者: 左京ゆり
第三章 あなたがくれた美しき世界
31/53

31.犯人は×××です

夜になっても寝付けずに、明け方になってようやくうとうとし始めた頃--ばたんっ!!!とあたりをはばからぬでっけー音が耳をつんざいた。




「んん……むにゃむにゃ……なんだよ……そんな唐揚げばっか食えねえって……小鳥遊たかな……」

「無事でよかったああああーーー!!!」



ぎゅうぎゅうと布団ごと窒息せんばかりに抱き締められて、俺は危うく目覚めたそばから昇天しかけそうになる。



「うぉい! 離せ!! たかっ……ブラックリー卿!!」

「ふああ……朝っぱらから元気だなあ、ブラックリーきょ……」



ベッドの端でもぞもぞと目をこすってたトムは、真正面の扉に焦点を合わせると、がばっ!!!と跳ね起きた。



「ビッ、ビー?!!」

「おはよう、トム。おっす、アツ……アトス。と、ウィリー」



おまけのように言い足して、ビーは扉の前でなぜか仁王立ちになり、左手にある暖炉を見た。白く装飾された暖炉の前には、濃紺の絨毯に包まったウィリーが簀巻すまきのように寝転がっている……。






俺とトム、ウィリーの3人は、ワイト島から戻って以来この俺の部屋(正確には、ブラックリー卿が金に物を言わせた結果もはやスラムの家として原型を留めていない一室)で寝起きしている。



部屋の大部分を占めてるベッドはキングサイズ並にでかくて、メアリー親子と一緒に寝てもおつりがくるほどだ。


っつっても、いくらガキとはいえ男3人と寝るのは真っ平だったに違いない。メアリーたちはこれまでどおり、廊下を挟んだ自分たちの部屋で暮らすことを選んだ。代わりに、ベッドにたっぷり積まれたふわふわの羽毛布団を一枚、メアリー親子には使ってもらっている。



ウィリーは最初の夜「……ふかふかすぎて眠れない」と突然むくりと起き上がり、ベッドから這い出して、火の消えた暖炉の前に寝転がった。

絨毯の端をめくって全身に巻き付けると、数分で寝息を立て始めた。その日以来、暖炉の前の絨毯はウィリー専用布団になったのだ。





「おまえら、一緒に来たのか?」


ブラックリー卿はベッドの上からビーを振り返って、こくっとうなずいた。


「昨日の夕刊でホワイトチャペルの事件を知ったんだ。その足で向かおうとしたんだけど、父様に見つかってね……」


はあ、とため息を一つこぼして、ブラックリー卿はビーが立つ扉を眺めた。

耳を澄ませるようなその姿を真似てみると、廊下からコツコツと静かな足音が聞こえてくる。



コンコン。



遠慮がちなノックの後で部屋に現れたのは、サミーだった。



「……サミーと一緒に外出するっていう条件付きで、父様に許可してもらったんだ」


扉の傍でビーに会釈して、サミーはその場に立ち止まる。

メガネの奥の神経質そうな目で、なにかを合図するようにブラックリー卿にうなずいてみせた。



「よし! じゃあトムとウィリーは、サミーと一緒にメアリーたちの部屋に行っててくれるかい? 簡単な朝食も運びこんでるから」


軽やかながら有無を言わせぬ口調で言うと、ブラックリー卿はベッドの端に座ったトムの背中をぽんぽんと叩いた。



「なんだ? 話があるならオレも一緒に……むぐっ」



まるでネコの子を掴むような手つきで、サミーはあっさりとトムを片手で抱え上げると、暖炉の側のウィリーに声をかけて2人を連れ出していった。





「……で?」



一気に人口密度が減った部屋で、俺は隣に座ったブラックリー卿、それから目の前にやってきたビーを順に見回した。


「龍太、おまえもよく出てこれたな? おばさんたちに止められたんじゃねーのか?」


「おう。昨日新聞を見た後、メイドのテスに頼んでこっそり小鳥遊に電報を打ってもらったんだ。んで、今朝こいつに迎えに来てもらったってわけ」



ビーはふう、と可愛らしく息を吐くと、ブラックリー卿に視線を向けた。待ってましたといわんばかりに、ブラックリー卿が俺の腕をつかんだ。



「田中くん! 今スマホ持ってる?」

「ああ……どうした?」


ズボンのポケットから取り出すと、ブラックリー卿は俺を押し倒さんばかりに前のめりになる。


「ホワイトチャペルの殺人事件って、まさか切り裂きジャックじゃないよね……?!」



不安が滲んだ目をして、ブラックリー卿は俺の顔とスマホを交互に見た。




まったく寝耳に水だった。




そういや……確かに切り裂きジャックは19世紀ロンドンのスラム街で起こった事件だったよな。


でも、俺は刑事ドラマや犯罪ドキュメンタリーの熱心なファンでもねーし、世界史の授業かテレビの特番なんかで聞き流した記憶しかねえ。



ブラックリー卿のいわんとすることを理解して、俺はスマホをタップしてアプリを開いた。




『よお、久しぶりだな、D』

『久しぶりですね、ATS。最近調子はいかがですか』

『それがさ、ホワイトチャペルで夫婦の殺人事件があったんだ。夫は腹を刺されて、妻はのどを切り裂かれてた。切り裂きジャックの犯行だと思うか?』


『直接的な関係はないと考えられます。切り裂きジャックは1888年にロンドンのホワイトチャペル地区で活動したとされる連続殺人犯で、主に売春婦を標的にし、のどを切り裂き、腹部を切開するという残虐な手口が特徴でした。被害者はすべて女性で、夫婦を同時に襲ったという記録はありません。今回のような手口は、一部にジャックの特徴を想起させる要素があるものの、被害者の性別や関係性、動機などが大きく異なるため、模倣犯や偶然の一致の可能性が高いと考えられます』





俺はスマホの画面を少し離して、両隣のビーとブラックリー卿にも見えるようにした。



「ジャックの事件からもう10年以上経ってるし、やっぱ無関係みたいだな。警察の言うとおり、夫婦間のいざこざだったんじゃねーか?」


あごに手をあてて画面を覗きこむビーを見て、ブラックリー卿は納得のいかない顔をした。


「でも……サミーが言ってたよ。のどの傷は致命傷となるほど深くは見えなかったって。ひょっとすると毒物とか、第三者が絡んでる可能性もあるんじゃないかな?」


「あいつは被害者がショックで心臓発作でも起こしたのかもしれない、って言ってたけどな。ま、でも小鳥遊が気になるんなら……篤、そいつに犯人が分かるか聞いてみたらどうだ?」




ビーの口ぶりは、あくまでブラックリー卿の不安を取り除くためといった調子だった。


うなぎパイの作り方や破傷風の治療法ならともかく、いくら全知全能のAI様でも、まさか殺人事件の犯人までは教えてくれないだろう。


たぶんそう考えてるビーに内心で同意しながら、俺は事件の詳細をタップしていく。




『……って状況なんだけど、D、犯人が誰か分かれば教えてくれねーか?』





めずらしく、十数秒の間があった。




まるで人間が躊躇うような様子で、短い文章が表示されていく。





『犯人は、ATSにとって最も身近な存在です』




……………………。

………………………………………。

……………………………………………………………。



俺も、ビーも、ブラックリー卿も黙りこんだ。





「……いや待て待て。俺とおまえは確かに幼なじみだけど……最も身近ってわけじゃねーよな?」


「私は田中くんのことが好きだったし……田中くんも私を好きだったって言ってくれたけど……でも、私たち付き合ってたわけじゃないよね……?」




まるで見えない刃を振り下ろされたような気分で、俺たちはスマホをガン見した。


3人の眼力で穴が開くほど画面を見つめてみても、書かれてる文字は同じだ。





俺たちは互いの顔を見回した。


何か言わなければ、と口を開いたその時--。




部屋のドアが激しく叩かれた。


「取り込み中に失礼するよ! リオン、またイーストエンドで遺体が発見され……」


返事を待たずにドアを開けたサミーは、俺たちを見て雷に打たれたように口を閉ざした。




たぶん……俺たちは今、目の前で犯人に逃げられた刑事よりも途方に暮れた顔をしてるに違いねえ。


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