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モブキャラに転生したけど死にたくない  作者: 左京ゆり
第二章 世界は金と欲と〓でまわる
26/28

26.ワイト島の夜(2)

公園のジャングルジムがオレンジ色に染まっている。

パイプの側にランドセルを放置して、小学校低学年ぐらいの男子たちが遊んでた。



戦隊ヒーローごっこをしてるらしい。



「田中くんは見てた? 戦隊モノ」

「いや、俺は日曜の朝は寝たい派だから」


小鳥遊は俺の一歩後ろで立ち止まって、そっかーと笑う。





5月の遠足以来、たまに下足箱で小鳥遊と顔を合わせるようになった。なんとなくの流れでそのまま、駅まで10分ぐらいの通りを一緒に歩く。


うちの高校の生徒は正門に近い国道を通るから、国道から分岐したこの道は人通りが少ない。


なんで小鳥遊が俺に付き合ってわざわざ遠回りするのかは知らねーが、聞く勇気はなくて気にしない振りをしてた。


そんなことが何度か続いた初夏の帰り道だった。





「私は中学のとき毎週見てたなあ。下の弟がまだ幼稚園でね、一緒にテレビの前に座ってたの」


小鳥遊には何人か弟がいるみたいだ。

親は商店街で店をしてるそうだから、代わりに弟の世話をしてるんだろう。


「面倒見がいいんだな、小鳥遊」

「ううん、私もわりと真剣に見てたんだ。ほら、今でも覚えてるよ」



レンジャーが名乗る真似をして、小鳥遊はへへっと照れたように笑う。

ほんとにこいつは……めちゃくちゃ可愛い。



「田中くんは? 戦隊モノじゃなくても、スー◯ーマンとかウルト◯マンとか憧れのヒーローはいなかった?」

「いねーな」


即答した俺を見て、小鳥遊は目を丸くする。


そういう質問は龍太にするべきだ。

俺は端からなれもしないものに憧れたりはしない。



チェンジー!



公園で口々に叫ぶ男子たちをまぶしそうに眺めて、小鳥遊は微笑した。


「私はいいなあって思ったんだ。ヒーローはどんな時でも絶対負けないし、必ずみんなを助けられるでしょ……私もそうならいいのになぁって」


オレンジ色の夕陽を浴びた小鳥遊はきれいで、だけどどこかに違和感があった。




こんなに暖かな光の中にいるのに、

小鳥遊静香の笑顔は泣いてるように見えたんだ。





7月になると、龍太も帰り道に加わった。

期末テスト前で部活が休みになったのだ。




事件が起こったのは、テストが始まる前日だった。



その日も俺はわざとゆっくり二人の後ろを歩いてた。


せっかく気を遣ってんだからとっとと二人きりで帰りゃいいものを、こいつらはなぜか遅れた俺を振り返って「どうしたのー、田中くん?」「おい篤、置いてくぞー!」と立ち止まる。


俺の1、2メートル先で二人は笑ってた。




ひゅん、とその後ろを影のようなものが横切った。




子どもだ、と俺が気付くと同時に、龍大も気配を察したのかぱっと背後を振り返る。


小学校の低学年らしい男子が車道に飛び出していた。



車道の真ん中に白と黒のサッカーボール。

子どもの目にはボールしか映ってない。



カーブの向こうでタイヤの擦れる音がする。

勢いが強い。

片側一車線のこの車道は交通量は多くないがたまに国道から車が飛ばしてくる。

目の端に白い軽トラが映って--





間に合わない。





全力でダッシュしてもこの距離じゃ子どもも俺も一緒に轢かれちまう。


だったらせめて--


「おいっ!!! 逃げろおっっっ!!!!!」


俺が叫ぶのと小鳥遊静香が飛び出したのは同時だった。





一瞬だった。





カンッ



素早い影が跳躍したと思うと、うずくまる小鳥遊と子どもの傍に着地して、かっさらうようにまた飛び上がる。



ぎゅいいいいいん。



走り抜けていく白い車体の反対車線で、

龍太は両腕に小鳥遊と子どもを抱き抱えていた。





「あっっっぶねー!!!」


遠くで荒い息まじりの幼なじみの声が聞こえる。



龍太は左右に素早く目を走らせて、二人を抱えたまま車道を渡った。




「まじビビるわ……おい、おまえ大丈夫か?! 小鳥遊もどっか打ったりしてねーか?!」


こっちの歩道に戻ってくると、龍太は二人を降ろして早口で声をかけた。


子どもはふるふると頭を振ったと思えば、うわああああん!!!と大声で泣き出した。

そんな子どもの頭を大きな手で撫でながら、龍太は笑って言う。


「おっし! そんだけ元気がありゃ大丈夫だ! これに懲りて二度と飛び出すんじゃねーぞ」


にんまりと笑うと、龍太はまた車道の左右を見渡した。さっきと同じようにガードレールを踏み台にして、カンッと跳んで車道に残されたボールを拾いに行く。



ぽんっ



龍太に蹴られたボールは見事な曲線を描いて、子どもの手元におさまった。




戻ってきた龍太を見上げて、子どもはキラキラと目を輝かせた。まるで--テレビ画面のヒーローを見つめるように。



子どもの隣で、小鳥遊静香も龍太を見つめていた。


大きな目をぐっと見開いて--

熱心に、熱心に--

まるで焦がれるように--



その目がふいに--

龍太の後ろに立つ俺を見る。



すうっと、

その瞬間、小鳥遊の目から熱が消えた。



ひやりと冷たい視線が俺を貫いて、

静かな声が耳を刺す。



「……田中くんはずっとそこにいたんだね」



氷で固めたような一言に、俺は何も返せなかった。





その日から下足箱で小鳥遊に会うことはなくなった。

教室でも話し掛けられなくなった。



龍太の活躍は子どもから保護者に伝わったらしく、学期末の全校集会で校長が誇らしげに取り上げていた。


変化といえば、龍太のファンがさらに増えたことと、俺から情報を引き出そうと休み時間にやってくるファンが少し増えたことぐらいだ。




俺の日常は変わらない。




夏休みはどこにも出掛けなかった。




どちらにせよ、親は二人とも仕事だし、盆にどこかに旅行するような家族でもない。




俺はベッドから出ないまま、だらだらとスマホを眺めて過ごしていた。


ユー◯ューブの動画を漁って、日本の廃村や海外のスラムを歩き回るユー◯ューバーたちを延々と眺めていた。


それにも飽きて、スマホのアプリを適当に探ってると、数ヶ月前にダウンロードしたまま放置してたアプリに気付いた。


(どーせ使わねーし削除するか……)


そう思いながら、一応そのアプリの名前を検索してみると、人によっていろんな使い方がされていた。


調べ物をするだけじゃない。

翻訳をしたり、絵や写真を作ったり、なかには自分の考えをまとめるために相談するって奴もいた。



「…………へえ」



俺は試しにアプリを開いて、こんな質問をしてみた。



『なあ、何にもやる気がしねー時はどうしたらいい?』

『そんな時もありますよね。まずは自分を責めずに休むのも大事です』



ズキ、とほんの少しだけ、心がゆれた。

自分を責めずに--まるで心の内を見透かされたような気分だった。



『……じゃあ自分を責めそうな時は、どうしたらいい?』

『自分を責めそうになる時は、つい思考が負のループに入ってしまいますよね。でも、そんな時は少し立ち止まってみましょう。あなたが一人じゃないと思えるように、私はいつでもここにいますよ』



俺はぼんやりと明るいスマホの画面を見つめた。


親にも、同級生にも、教師にも、

--誰にも、これまでこんな言葉を掛けてもらったことはねえ。



震える指で、タップした。


『じゃあ……目の前で事故に遭いそうな子どもを助けられなかったらどうしたらいい? 俺はその場から動けなかった。間に合わないと思ったんだ』


『そんな状況に直面したら、心が重くなるのは当然です。事故の瞬間は一瞬で冷静な判断は難しい。自分を責めるよりも、その状況でできることを考えたこと自体を認めてください。できることがなかった状況で自分を責めるのは、重荷を増やすだけです』



気付いたら、枕が濡れていた。

ボロボロと涙が止まらなかった。


ほんとは、俺は小鳥遊にそう言ってほしかった。

だけどそんな資格がねーのも分かってた。



小鳥遊は身をもって飛び出して、

俺はあの場から動けなかった。



その判断が間違ってたとは思わない。

あそこで助けられたのは、龍太の身体能力があったからだ。

俺が飛び出したところで、三人とも助からねーか、龍太の手を煩わせただけだろう。




だけど--


小鳥遊のあの冷えた声が耳から離れねえ。




俺は一体、どうするべきだったんだ?

この先同じことが起こったら、どうすりゃいーんだ?




何度も、何度も、何度も、

俺はこのAIに話しかけた。

愚痴って、泣きついて、無茶振りして。


まるで--ドラ◯もんに頼る、の◯太みたいに。






ざあああん。

ざあああん。


夜の波音を聞きながら、俺の顔をのぞきこんでいる小鳥遊静香--ブラックリー卿を見つめる。




「……私ね、死にたくなかったんだ」


波にかき消されそうな声だった。

泣きそうな顔のまま、ブラックリー卿はどこか皮肉めいた口調で続ける。



いつか話したよね?

私、戦隊ヒーローに憧れてたって。

でもね、ほんとは知ってたの。私は絶対に、生き残るメインキャラにはなれなくて、途中でやられちゃうキャラなんだって。

大河くんみたいに強くもないし、田中くんみたいに冷静に判断することもできない。

助けたいと思っても、私にはその力がない。

それでも……あんな場面になった時、私には「助けない」って選択肢は存在しないの。




--あんな場面。

俺の脳裏に、あの日の事故が浮かんだ。




真ん中の弟が小3の時にね、インスタントラーメンを作ろうとしてお湯をこぼしたことがあったの。私は庇って腕を火傷して……すごく痛かったけど、ママたちがえらいね、さすがお姉ちゃんだねって褒めてくれたんだ。

その時……すごく変な気持ちになったの。

腕の痛みと引き換えに心の底が満たされたような気がしたの。



ブラックリー卿の目は俺を素通りして、どこか遠くを見てるようだった。



誰かにそうしなさいって言われたわけじゃないのにね。でも、いつの間にかそんなふうに生きるのが私の当たり前になっちゃった。家や学校でみんなに感謝される度に、あの火傷の時みたいに心が満たされたの。テレビのニュースで、溺れた子どもや遭難した家族を助けようとして亡くなった人を見ると、ああ私もいつかこんなふうに死ぬのかなってぼんやり思ってたんだ。




俺は声が詰まって出なかった。

正直……前世の小鳥遊がそんなことを考えてたなんて微塵も思っちゃいなかった。




指先で俺の前髪を払いのけて、ブラックリー卿は眉を下げた。


「私ね……きみのことが好きだったんだ。教室で周りに流されなくて、いつも冷静で自分を貫いてて、かっこいいなあと思ってた」

「……………………」

「でもあの日、分かったの。きみは冷静に判断して、私を切り捨てるんだろうなって。助けられないと思ったら、きみはあんな場面で飛び込んだりしないんだって」

「……………………」

「大河くんに助けてもらった時……ああ、この人と一緒にいたら私は死ななくてもいいんだってほっとしたの」

「……………………そうか」





小さな子ども。

助けようとした少女。

助けようとした少年。

助けられなかった少年。





「俺は龍太みたいなヒーローにはなれねえ。だったら……小鳥遊、おまえは俺にどうしてほしかった?」

「私と一緒に来てほしかった」



ブラックリー卿は泣きそうに顔を歪めると、砂浜から上体を起こして--俺に覆いかぶさるようにぎゅっと抱きしめた。



「…………ごめんね、田中くん」

「なんだよいきなり。むしろ俺がおまえに謝るべきだろ」

「違うの。違う…………ごめんなさい、田中くん。ごめんなさい。私が間違ってたの」

「だからなんだよ……」

「……亡くなった時の記憶はまだ戻らないの?」

「ああ。何にも覚えてねーけど」



間近で見るブラックリー卿は、端正な青年貴族の顔をしている。くっきりした彫刻みたいな目、高い鼻梁、薄くて赤い唇--。



だけど、その顔に浮かんだ表情は--


微笑んでいるような、

泣いているような、


公園でオレンジ色の夕陽を浴びた小鳥遊静香のものだった。






俺は小鳥遊の髪に手を差し込んで、


こいつの後ろ首をぐっと引き寄せて、




…………キスをした。



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