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モブキャラに転生したけど死にたくない  作者: 左京ゆり
第二章 世界は金と欲と〓でまわる
24/28

24.修学旅行的なアレ(後)

濡れた髪をタオルでこすりながら、俺はぽすんっとベッドに腰かけた。先に座ってたトムも茶色い髪をぺたりと濡らしたまま、俺を見てにっと笑う。



宿の部屋には一応、浴室もついている。

が、栓をひねっても水しか出てこなかった。

それでも綺麗な水が蛇口から出てくるってだけですげー助かる。


俺はこの世界で目覚めて初めて、バスタブで全身こすって髪の毛から爪の垢まで洗うことができた。


「あースッキリした」

「なっ! 全身洗ったのなんて何ヶ月ぶりだろ。ほら、ウィリー、おまえも洗ってこいよ」


トムが機嫌よく言うと、ウィリーは心底嫌そうに首を振る。


「……おれはいい」

「おまえもずっと風呂に入ってないだろ? 水だけでも浴びてこいよ。今は春だし耐えらんねー冷たさじゃねーからさ」


俺が椅子に向けてタオルを投げると、ウィリーは反射的にぱっとつかんだ。受け取ってしまったそれを嫌そうに眺めて、渋い顔で首を振る。


「……入らなくても死なない」

「そうか? でも女の子は清潔な男が好きだろ? メアリーだっておまえが風呂に入ったら喜ぶんじゃねーの?」

「……水が目に入ったら痛い」


俺とトムは「…………」と顔を見合わせた。

ウィリーは開き直ったようにむっつりと両腕を組んで俺たちを眺めている。


(こいつ……泥ひばりもどぶさらいも、あんだけ臭え泥やら下水の中に入るっつーのに清潔な水の方が怖えのか?!)


「……いいか、トム」

「……いいよ、アトス」


俺とトムはバディを組んだ刑事さながら、互いに視線を交わし合った。


やるべき事は--ひとつだ。


俺たちはベッドから下りて、ウィリーが座る椅子へと無言で歩いていく。


俺が左腕を、

トムが右腕を、


がっしりと掴んで--


俺たちは、ウィリーを浴室に引きずっていった。




ポタポタと黒髪から雫を垂らしながら、ウィリーはベッドの上でぶるりと震えた。


「へっくしゅ!」


俺がタオルを頭に被せてやって、トムが毛布を肩に放り投げてやる。まるで丸洗いされた大型犬みたいな姿のウィリーに、俺は思わず吹き出しちまった。


「笑うな」

「わりーわりー」

「もう一生入らない」


憮然とした顔でタオルを動かすウィリーを見て、俺は苦笑いする。


「メアリーの母さんに言えよ」

「言っても無駄だ。いっつも逃げるけどたまに捕まって無理やり入らされる」


おばさんと追いかけっこするウィリーを想像して、俺はまたぷっと吹き出した。じろりとこっちを睨むウィリーにお構いなしでごろんとベッドに寝転がる。




ぐうううううう。

ぐうううううう。

ぐうううううう。




空腹の三重奏に、部屋はしんと静まった。

俺たちは黙って互いにチラ見して--爆笑する。


「腹減ったよな?!」

「減った減った! 夕方にワイト島に着いて食べたきりだもん。ウィリーはオレたちを待ってる間食べなかったの?」

「食ってない。落ち着かなかったし」


眉をへの字にするウィリーを見て、俺は胸のあたりが温かくなる。こいつは態度に出ないだけで、冷たい奴じゃないんだよな。


「ありがとな」

「なんでおまえが礼を言うんだ?」

「俺はあいつの幼なじみ……や、なんでもねえ! それより腹減ったよなっ! なんか食いもんがあればいーのに」

「そんならあいつから預かった荷物の中に……」


ウィリーはとんっと絨毯に下りて、ソファに歩いていった。側に置かれた革製のトランクにしゃがみこむと、ゴソゴソと漁る音がする。


そして--両手に袋を抱えて戻ってきた。



ビスケット。

キャンディー。

チョコレート。



天国だ!!!


俺たちは思い思いに袋を持って、ベッドに寝転がった。ダブルサイズのベッドは3人で寝ても余裕のでかさだ。


俺はボリボリと硬いビスケットをかじりながら、隣で腹ばいになって寝そべるトムを見た。


チョコレートをぺろりと半分平らげたトムは、口の周りに茶色いヒゲを生やしている。


俺を真ん中にした反対側では、ウィリーが肘をついて背中を向けていた。コロコロと音がするから、キャンディーを舐めてるみたいだ。



「……なんか修学旅行みてーだな」

「シューガク旅行? なんだそれ?」

「えっと……どっかの国じゃ、学校の同級生たちと旅行に行くんだってさ。そんで夜になったら教師に隠れて、こうして菓子を食ったり布団の中で内緒話をするんだ……って誰かから聞いたことがある」

「へえ〜、楽しそうだな! いいなあ!」


トムがにかっと笑うと、口の周りのチョコのヒゲも丸くひろがった。

ベッドに散らばったチョコを一つ取って、俺も袋を破ってかぶりつく。


「内緒話か……じゃあさ、アトス。あんたはどこから来たんだ? オレは半年ぐらいあの町にいるけど、これまで見かけなかったよな?」


いきなり直球を投げられて、俺は判断に迷った。


(適当に取り繕った方がいいのか? いや……でもこいつら相手にあんま嘘は吐きたくねーな)


「それが……分かんねーんだ。俺、馬車に轢かれかけてさ。そん時に頭でも打ったのか、記憶がはっきりしねーんだよ」

「そうなんだ。大変だったな」


トムは目を丸くして、心配そうにこっちを見た。

軽く罪悪感を覚えた俺は、この話題を続けたくなくてボールをトムに返す。


「おまえは? 半年前はどこにいたんだ?」


チョコを全部食べ終わると、トムはくしゃりと包装紙を丸めてベッドの隅に放り投げた。俺と並んで仰向けになったトムは、ぼんやりと天井を見上げている。



「オレは農村で生まれたんだ。父さんと母さんがいて……去年までは3人で暮らしてた。でも病気で父さんが死んで、生活が苦しくなって、母さんと2人でロンドンに引っ越したんだ。でも……」


そこで言葉を切って、トムは黙りこくった。



俺は口を開かずに続きを待った。

背中を向けたウィリーも、耳をそばだててる気配が伝わってきた。



「……でも、母さんはロンドンが合わなかったみたいですぐ病気になって死んじゃったんだ」



俺はかじってたチョコを置いて、左を向いた。

トムが泣いてるんじゃないかと思ったが、こいつは静かに微笑んでるだけだった。


「トム…………」

「へへっ、そんな顔するなよ。オレは見た目はチビだけど頑丈だからさ、このとおり、路上暮らしでもぴんぴんしてるし」


にやっと笑うトムに、俺も笑ってみせた。ほんとは胸が苦しかったけど、こいつが笑ってんのに俺が悲しそうにすんのは絶対にダメだと思った。




「…………おれも」


そのとき、ぼそりと右隣から声がした。


俺たちが振り向いても、ウィリーは背中を向けたままだ。


「おれのお袋も去年いなくなった」

「……そうか」


俺の返事を期待してるふうでもなく、ウィリーは独り言のようにぽつぽつと呟いた。


「親父には会ったことがない。ずっとお袋と暮らしてて……でもある日突然、帰って来なくなった……どっかで元気にしててくれたら別にいいけど……」



俺はウィリーの背中を見つめた。

どぶさらいで鍛えた筋肉質な--だけどまだガキの小さな背中だ。


震えてるように見えるのは気のせいじゃねえと思う。



「普段は仕事で疲れて忘れてるけど……たまに無性に会いたくなる…………考えても無駄なのに……考えてしまう。おれは馬鹿だから」


「そんなことないだろ。オレも考える。母さんとあのまま村に残ってたら……とか、オレがもっと父さんを手伝えてたら……とか。そんな夜は眠れないから一人でずっと歩き回るんだ。ハイドパークまで行ったこともある。疲れて足が棒みたいになったけど」



俺はふと、トムが帰って来なかった日を思い出す。

あの日もそんな夜だったんだろうか。




俺はどうだろう。

父さんにも母さんにも、そこまで会いたいとは思わないけど--小鳥遊や龍太がこの世界じゃなくて、前世で元気に生きてくれてたらよかったな……とは思う。


それを思うと苦しくなって、俺は考えるのを止めた。



代わりにとん、とウィリーの背中を軽く叩く。


「また会えたらいいな」

「…………サンキュ」

「オレも祈っといてやるよ。あんたにはこのお菓子をもらったしさ」


憎まれ口みたいな声音で言いながらも、トムは真剣な目をしている。


サンキュ、と小さな声が返ってきて、コロコロと飴玉を転がす音が静かな部屋に響いた。




カーテンの隙間から細い光が漏れている。

窓の外から聞こえてくるのは波の音と虫の声だけだ。


両隣では、すうすうと2人が寝息を立てている。

年相応のあどけない寝顔をしたトムとウィリーを残して、俺はそっとベッドを抜け出した。




月明かりを頼りに庭を歩く。

庭から私道の坂道を下ると、数分も立たないうちに海岸に出た。



黒い波は動いていないようで、でもゆっくりと寄せては戻りを繰り返している。


俺は砂浜に腰を下ろして、静かに海を眺めた。



そのとき--。

ざりざりと、背後から砂を踏む足音がした。

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