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モブキャラに転生したけど死にたくない  作者: 左京ゆり
第二章 世界は金と欲と〓でまわる
20/53

20.お嬢様救出大作戦(3)

ワイト島はロンドンの南、およそ90マイル程の距離にある。女王様をはじめ金持ちの別荘も数多くあって、ロンドン市民にも人気の行楽地らしい。


っつーことはつまり、約150Km--東京から熱海の先ぐらいには離れてて、この時代の移動手段じゃ、馬車から途中で船に乗り換えてざっと半日程度は掛かる。


ポーツマス港から船に乗って、ワイト島北東部の港町・ライドに着いたのは夕方だった。俺たちはそこからまた馬車に乗って、島を海岸沿いに南下した。




メアリーとトムは(それに珍しくウィリーまでが)ぱああぁっと顔を輝かせて歓声を上げっぱなしだった。


「見てっ! カモメがいるわ!!」

「水辺なのにすごくいい匂いがするぞ! これが潮の匂いなのか?」

「…………海ってでかいんだな……」


夕陽に染まってきらきらと波打つ水面を眺めながら、3人は馬車の窓から落っこちそうな勢いで顔を突き出していた。




村に着いたのは日が沈んだ頃だった。


坂道に沿って、茅葺き屋根の古めかしい家が並んでいる。どの家も軒先には花が植えられていて、テーマパークみたいな可愛らしい雰囲気の村だ。


俺たちの宿は、二階建ての小ぶりなコテージだった。

部屋に荷物を運び入れて、メアリーとウィリーにはそのまま待機してもらう。朝になっても俺たちが帰らなければ、すぐに宿を発ってロンドンに戻る手筈だった。


俺とブラックリー卿は、玄関前に待たせていた馬車に向かった。それから、チラと隣を見て--。


「……おまえも待機組のつもりだったんだけどな、トム」

「いいだろ! アトスたち二人だけより連絡係がいた方が絶対便利だって!」

「ははっ、まーいいじゃない」


なぜか一緒に付いてきたトムと3人で、俺たちは馬車に乗り込んだのだった。




島の西側に移動しながら、ブラックリー卿はざっくりとビーの婚約者--ロックウッドについて説明してくれた。


ロックウッドは父親と同様に大学の講師をしながら、趣味で詩を書いたり写真を撮ったりしてるらしい。ワイト島にはテニスンっつー有名な詩人もいたらしく、そいつに憧れてこの土地に別荘を借りたみてーだ。

現代なら夢を追いかけてる実家の太い無害な30代のおっさんてとこだが、まあ、ロリコン疑惑が晴れたわけじゃないからな。


「つまり龍太……ビーが言うほどにはヤバそーなやつじゃねーってことか?」

「ああ、ビーのご両親から聞いた話と、僕の調べた限りではね。幼い少女に無体を働くような男ではなさそうだったよ」

「おまえがご両親に警戒されてたっつーのは、やっぱアレか? メアリーの母さんが言ってた例の噂……」

「…………うん。むしろ僕の方が怪しまれてね。信用してもらうのが大変だったよ」


ブラックリー卿は哀愁漂う横顔を窓にむけた。

俺も同情してしまう。

清く正しい小鳥遊静香--少なくとも前世の俺が知る限りでは--の転生元が己の欲望(主に下半身)に忠実な金と権力を持て余したお貴族様ってのも、皮肉なもんだよな……。



馬車は暗い森の中を走り抜けて、海岸の側で止まった。ロックウッドの別荘はこの近くにあるらしい。


俺とブラックリー卿は静かに馬車を降りた。


トムも付いてきたそうな顔をしていたが、ブラックリー卿は首を振って懐から金時計を取り出した。


「きみみたいな孤児は、ある種の人間からしたら馬よりも軽い命なんだ。絶対に屋敷には来ちゃいけないよ。2時間待っても僕らが戻らなければ、すぐに引き返してメアリーたちと合流するんだ、いいね?!」


脅すような口調のブラックリー卿に、トムはおずおずとうなずいた。強気な顔をしながらも、半分本気でビビってるみたいだ。

怖がってくれるぐらいでちょうどいい。


なにしろ(婚約者様)の正体が--

どんな男なのか分かんねーからな。




トントントン。


律儀に屋敷のドアノッカーを叩くブラックリー卿の隣で、俺はずっこけそうになる。


「おい! ひっそり侵入するんじゃねーのかよ?!」

「まさか。不法侵入で捕まるよ、田中くん」


コソコソと二人で話してると、玄関の扉が開いて、若いメイドが出迎えてくれた。



メイドが口を開く隙を与えずに--。


いきなり、ブラックリー卿はずんずんと玄関ポーチに入って行った!!!


「お、お客様?!」

「まったく、ロックウッドときたら! 友人の僕が来たっていうのに港に出迎えもしないんだからな。どうせまた趣味の詩作にでも耽ってるんだろう!」

「あ、あの……っ。お約束は?!」

「僕とあいつの間柄に訪問の取り付けなんて要らないよ。なに、この別荘には何度も来ている。案内されなくても分かってるさ」


そう、ブラックリー卿は馬車の中で、この屋敷の図面(金の力で手に入れたらしい)をあらかじめ用意して見せてくれていた。


俺もざっと頭には入っている。


屋敷は二階建てでそんなに広くもない。

玄関ポーチから階段を上がって、奥の海辺に面した部屋がロックウッドの自室のはずだ。



迷いなく突き進むブラックリー卿に圧倒されて、メイドは止めるべきか迷っている様子だった。


俺たちは扉の前で立ち止まった。

部屋の中から、波の音にまぎれて声が聞こえてくる。




--なあ、もうやめてくれよ。

--何を言う、これからが良い所じゃないか。

--本当に恥ずかしいんだよ、こんなの無理だ……

--ほら、そんな事を言わずに顔を上げてごらん。



俺たちは顔を見合わせた。

(´・д・)

(・д・`)

はい、これ \(^o^)/

アウトーーーーーーー!!!!!




「うぉいこら!!! おめー何やってんだ?!!」


部屋に飛び込んだ俺は、自分の目を疑った。

目の前では--。


ひらひらの妖精みたいな白い衣装をまとったビーが半泣きになって立っていた。



「なんだ君たちは?」


声を掛けてきたのは、ビーの横に立っている男だった。俺の背丈ぐらいの脚立に四角い木の箱を構えている。


どうやら--写真を撮っていたようだ。


床やベッドには何枚もの写真が散らばっている。

そのどれもがビーを写したもので、ドレスを着たものや東洋風の衣装に扮したものもあった。


なんつーか……要はコスプレ撮影会だな。



「今晩は、ロックウッドさん。僕はブラックリー伯爵家のリオンと申します。何度か夜会で顔を合わせたことがありましたよね?」

「ああ……しかしなぜこんな夜に、何の断りもなく押し込み強盗のような真似をするのかね?」

「ははは、人聞きが悪い。それに強盗はそちらでしょう?」

「なんだって?」


あからさまにロックウッドは不機嫌な顔になる。

髭があるから40代ぐらいに見えるが、よく見れば塩顔の若いサラリーマンって感じの男だ。


「彼女から聞いていませんか? ベアトリクス嬢は僕の婚約者なんです。このように勝手に別荘へ連れてきて撮影をするなんて、言語道断ですよ。ルイス・キャロルさんのおつもりですか?」

「なんだと……どういうことだ、ベアトリクス?」


ビーはたたたっと扉の前に走って、ブラックリー卿の手を掴んだ。


「すまね……ごめんなさい、ロックウッド様。私なかなか言い出せなかったの。だけどずっとブラックリー卿のことを思っていて……」

「…………本当かね? 君はその男の噂を聞いたことはないのか?」


俺がこそっと盗み見ると、ブラックリー卿は(またか……)という顔で天を仰いでいた。


「噂?」

「うむ、その男は貴族らしからぬ放蕩息子で……」

「ごほん! それは仮の姿っ!! とにかく……僕とベアトリクス嬢は心から愛し合ってるんだ。あなたの出る幕はないから、彼女のことは諦めてくれ!」


ぎゅうっとブラックリー卿に抱き締められたビーは、複雑そうな顔でされるがままになっていた。


「愛し合うだと? 彼女はまだ少女だ。恋や愛だのとは無縁な存在だろう」


んんんっ?!

俺は塩顔リーマン男(婚約者様)を見上げた。

なんだこいつ、案外まっとうじゃね……


「何言ってんだおまえ! 俺っ……私の裸まで撮ったくせにっ!!!」


ぐぇほっ!!!

俺は咳き込みながら慌てて横を見た。

ブラックリー卿の腕の中で、ビーが涙目になって叫んでいた。


前言撤回!!!

こいつはやっぱただのロリコンじゃねーかっ!!!


「それは君だって同意の上だろう?」

「同意したのはベアトリクス……とにかく! 私は絶対あなたとは婚約しないからっ!!」

「そうですよ、ロックウッドさん。それにあなたは勘違いしてらっしゃる」

「なに……?」


ロックウッドは何かを察知したように怪訝な声を出した。俺も同じだ。俺の隣で、ブラックリー卿はにんまりと不敵な顔で笑っている。

そう、いかにもお貴族様というていの--

このモードの時の小鳥遊静香は、ロクなことを言い出しかねない!


「彼女が少女で……愛や恋とは無縁の存在だと言いましたね?」

「それがどうした? 間違っているとでも?」

「ええ、あなたは間違っている! この子はもうとっくに僕のものなんだから!」



そう高らかに宣言すると、

ブラックリー卿は腕の中のビーにキスをした。


そう、


キスを、


したのである。



俺は固まっていた。

ビー(龍太)も固まっていた。

もちろん、ロックウッドも固まっていた。


真っ先に動いたのは--またブラックリー卿だった。


「そういうわけだから! 無垢な乙女の被写体を求めてるなら、彼女は諦めて別の子を探してくれ! じゃあねっ!!!」


石像のごとく固まったままのビーを抱きかかえて、ブラックリー卿は光の速さで部屋を飛び出して行った。





へなへなとベッドに座り込んだロックウッドを残して、俺も部屋を出ようとした。が--ふと、足を止める。




床とベッドに散らばったあいつの写真。

ざっと見ただけで4、50枚はありそうだ。

……確かヌード写真もあるっつってたよな。


涙目の龍太を思い出すと、気の毒になってくる。


もしリベンジポルノみたいに世間や裏ルートでばら撒かれたり、そうじゃなくてもこの男のオカズにでもされちゃたまんねーよな。



ちらっとロックウッドに目をやると、まだベッドでぼんやりしてた。


(……仕方ねーな。回収してやるか)


俺はあいつらを追うのを止めて、床にしゃがみこむ。




50、51……




よし、こんなもんだろ。

一通り集め終わって、立ちあがろうとしたら--

ぬうっと頭上が暗くなった。



「おい……おまえ、何をしている?」


俺を怒りの形相で見下ろしていたのは、さっきまでぼうぜんと座り込んでいた--婚約者様(ロリコン男)だった。



PVを見られました。

いつもご覧いただいているみなさま、ありがとうございます!

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