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モブキャラに転生したけど死にたくない  作者: 左京ゆり
第二章 世界は金と欲と〓でまわる
16/46

16.破傷風で死ぬかと思った(後)

小6の冬だった。


前の晩から調子悪ぃなって思いながら寝て、朝起きたら37.5度だった。


「篤、どうする? お母さん仕事休もうか?」


母親は義務的な口調で聞いてくる。

俺は「大丈夫」っつって首を振った。

案の定、母親はほっとした顔になって「急用があれば携帯に連絡してね」と部屋を出て行った。


去年までは風邪を引いたら祖母ばあちゃんが家に来てくれてた。だけど今はもういない。

--ひとりで寝込むのはこの日が初めてだった。



昼にまた目覚めて、熱を測ったら39度近くまで上がってた。

(……なんだこれ、インフルじゃん)

枕元のポカ◯スウェットを飲み干して、俺はため息を吐いた。なんで毎年予防接種も打ってんのに、こうお約束みたいにかかるんだろな……。


じっとりと汗をかいて目が覚めた。

窓の外はもう日が暮れている。時計を見たら18時前だった。

喉が張りついたみたいに乾いてて、急いで枕元に手を伸ばす。俺は手にしたペットボトルを放り投げた。


空だ。

しまった。

飲みもんがなんもねー。


仕方ないから、ベッドから起き上がって一階に取りに行こうとしたが、世界がぐるりと回った。




動けねー。

……………………え、まじか。




飲めないと思えば余計に飲みたくなるもんだ。

俺は焦った。

そうだ、母さんに電話して……。


【この電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……】


プツ。

出れねーんなら最初から携帯に連絡してとか言うなよな。


なんとか階下に降りなきゃいけない。

そんで飲みもんと、薬と……。

じゃなきゃ脱水でマジで死ぬかもしんねー。



(…………ああでも怠ぃな、クソ……)


まさか現代の日本に住んでて、家族がいて、冷蔵庫には食いもんもリビングボードには薬もある家の小学生が死にかけてるなんて誰も思わねーよな。




ピンポーン。


俺は耳をすました。

母さんか?

それとも宅配のおじさんか?

誰でもいい、俺を助けてくれ……!!!


ピンポーンピンポーンピンポーン。


だけどその後は、もうドアホンは鳴らなかった。

たぶん宅配かセールスだったんだろう。

俺が諦めかけた時--。


トントントントン。


今度はベランダから音がする。


なぜか--そこにいたのは龍太だった。




お茶のペットボトルを一気に半分がぶ飲みして、俺ははあーーーーっと息を吐き出した。


「マジ死ぬかと思った…………」

「いやこっちがビビるわ。お袋さんは?」

「仕事」


携帯を見たら、折り返しの着信とメッセージが入ってた。短い返信を返してスマホを枕元に放り投げる。


「おまえはバッ◯マンか。ベランダに飛び移る人間なんて漫画か映画だけだと思ってたぜ」

「へっ、俺の運動能力をなめんなよ。学校休んでんのに誰も出ねーから変だなと思ってさ。ま、命の恩人っつーことで給食のデザート1週間分で手を打ってやる」

「ざけんな。とっとと出てけ」


ぶつ真似をすると、龍太はさっと身軽にカーペットから立ち上がった。ぴょこぴょことふざけた足取りでベランダに向かう龍太に苛立ちながら叫ぶ。


「俺は多分インフルだ。おまえ予防接種受けてないだろ? うつるぞ、早く出てけ」

「ああ? 大丈夫っしょ。俺生まれてから一回もインフルなったことねーもん。知ってっか、篤、予防接種って型を予測するだけで外れることも……」

「いーから!! 出、て、け!!!」


へらへら笑いながら、龍太は嵐のように去って行った。



知ってるさ。

俺が毎年予防接種を打ちながらもインフルにかかるのと同じように、おめーもお約束みたいにどんなに無茶をしても無傷で済むんだ。

なにしろ主人公キャラだから。


俺は手にしたペットボトルの残りを飲んだ。

こんなモブキャラまで、幼なじみっつーだけで助けてくれるんだからな。


あんな善意の塊に俺はなれない。

……………………くそ。礼を言い損ねちまった。





軽くうたた寝してたみたいだ。

目を開けたら、メアリーがロウソクの明かりで本を読んでいた。だけど昼間の仕事で疲れてんのか、ゆらゆらと船を漕いでいる。


俺の物音で起こしたみたいで、メアリーはぴくっと身体を揺らした。


「はは……ごめん、あたしまで寝てた」

「いや、寒くないか? 俺は大丈夫だからもう寝ろよ」

「平気だよ! それにアトスはウィリーの恩人だもん。こんな看病ぐらいじゃお礼にもなんないけど」


俺は苦笑いする。

昨日の朝は俺もそう思ってた。

メアリーに感謝されて、飯と寝床までもらって、破傷風にならなきゃ逆にラッキーだなって。



…………でも今は正直、後悔してる。

本当に破傷風になるんなら、ウィリーなんて助けなきゃよかった。

…………なんてな。



「アトスは優しいし勇気もあるし、ほんとかっこいいよね。すごいなあ……」


まるで小鳥遊が龍太を見るような目つきをされて、俺はこそばゆくなる。

てか…………正直、ズルをしてるよーな気分だ。


「あのさ、メアリー。俺……ウィリーのこと助ける気なんてなかったよ」

「えっ?」

「たまたま干潮だったから川に入っただけで、もし満潮だったら絶対飛び込まなかった。だからただの……成り行きっつーか……」

「そりゃそうだよ! 満潮だったら大人の人を呼ばないと! あたしたちじゃ溺れちゃうもん」

「あー、いや、うん。それはそうなんだけど……なんつーか。だから要は、俺はメアリーが思ってるようなやつじゃないってこと。優しくもないし勇気もねーんだ」

「そうなの?」

「ああ。だからそんなふうに感謝しないでくれ。ただ行きがかり上ウィリーを助けたってだけの相手になんかさ」


小学生の女の子に何マジに語ってんだ、って我ながら恥ずかしくなる。

でもたとえ小学生でも、本気で感謝してくれてる相手を適当に流すのはなんか嫌だったんだ。


「そっかあ……でも、助ける気がなくても行きがかり上でも、結局アトスはウィリーを助けてくれたもん。それが事実だよ」


そう言うと、メアリーは俺の手を両手で握りしめた。

熱のある手をひんやりと冷やしてくれて心地いい。ロウソクの炎がメアリーの顔をゆらゆらと照らしてて、なんだか童話の挿絵みたいに優しい光景だった。


「……うん、サンキュ」


うたた寝する前までの恐怖が消えて、不思議と心が軽くなった。寝込んだ時に誰かが傍にいてくれるのなんて、ガキの時以来かもしんない。


そのまままた眠りに落ちて、次に目覚めたのは夜明け前だった。





静かな部屋にメアリー母子の寝息だけが響いている。

メアリーは椅子に座ったまま、彼女の母さんは反対側の壁の藁葺きの寝床で眠っていた。


俺はスマホの電源を入れた。

あいかわらず熱でぼんやりするし、右足の踵も痛いが気分はだいぶマシだった。

とにかく今はやれることをやるしかない。



『よお、D。あのさ、破傷風の症状を教えてくれ』

『こんにちは、ATS! 破傷風は以下のような症状が現れます。


1. **開口障害**

2. **顔面筋の硬直**

3. **項部硬直**

4. **強直性痙攣**

5. **その他の症状**


破傷風は非常に危険な病気で、早期の治療が必要です。もし症状が現れた場合は、すぐに医療機関を受診してくださいね!』




サンキュ、と打ち込みながら、俺は首を傾げる。


確かに発熱や倦怠感も、5のその他の症状で挙がっている。だけどそれ以外--1から4までの症状は、今んとこ何一つ現れていない。



『じゃあさ、風邪やインフルの熱で傷が痛むってことはあるのか?』

『はい、風邪やインフルエンザの発熱が原因で、既存の傷が痛むことがあります。高熱が出ると、体全体の炎症反応が強まり、傷口の痛みが増すことがあります』




なんだよおおおおお!!!

ビビって損したあああ!!!

やっぱただの風邪かインフルじゃねーーかっ!!!!


俺は頭から布団をかぶって心の中で叫び倒した。


(……いや、でも助かった。破傷風だったらマジでつんでた。命拾いしたな)




室内が薄青くなってきた。

漆喰の壁もレンガの床も薄い光に照らされている。あと数十分もすれば夜が明けそうだ。


俺もまた眠くなって--。


どれぐらいの時間が経ったのか--。



バタンッ!!!!!


とボロい扉を蹴破りそーな勢いで、ブラックリー卿が部屋に飛び込んできた。



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