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モブキャラに転生したけど死にたくない  作者: 左京ゆり
第二章 世界は金と欲と〓でまわる
15/53

15.破傷風で死ぬかと思った(前)

熱が上がったり下がったりして、また間が空いてしまいました。けして主人公も同じ目に…ふふふ…と思って寝込ませたわけではありませんあしからず。



裏庭で洗濯物を干しながら、俺は空を見上げた。

今日もいい天気だ。

ま、見えるのは四方をレンガ塀に囲まれたちっぽけな四角い青空だけどな。



昨日ビーたちを見送ったあと、俺とトムはまたメアリーんちに泊めてもらった。今朝はトムとウィリー(丸一日眠ってすっかり回復したらしい)は夜明けと同時にテムズに行って、メアリーとメアリーの母さんは洗濯を終えたあと仕事に行った。


そう、洗濯だ。


この時代には洗濯機なんて存在しない。


鍋でぐつぐつ煮えたぎるお湯をタライに移して、シャツやらズボンやらを放り込んで、石鹸で洗ったあと棒でぐるぐるかき回す。

お湯を捨てるだけでも裏庭と部屋を何往復と行き来して、おまけに棒は重たいし部屋はむわあっと蒸し暑くなる。


とんでもない重労働だ。

タダ飯と寝床をもらった俺は当然ながら手伝いを申し出たが、まあ、洗濯をなめていた。


くっそ疲れる…………。



最後にシーツを干し終えると、俺は昨日ビーが座ってた壊れかけた椅子にへたりこんだ。左手と右足の踵をかばってるから、余計に変な力が入って疲れるんだろう。


(仕方ねーよな。なんたってこの身体は栄養失調のスラムのガキのアトスなんだから……)


はああああああ。

◯ッドブルが飲みてぇ。

まじでツバサを授けてほしいぜ。

いや……この幸薄そーな身体に翼を授けられたら即昇天しちまいそーだな。


そんなくだらねーことを考えながら、俺は顔を上げた。太陽は真上に近づいてて、もうすぐ正午になりそうだ。


「……おせーな、小鳥遊」


てっきり、今日の午前中には会いに来るもんと思ってた。昨夜のうちにブラックリー卿の屋敷でビーと作戦を立てて、今後の見通しが決まったんじゃねーかと思ってたんだ。


だけどあいつらも準備があるだろうし、すぐには来れねーのかもな。


「ふぇっくしょん!」


春先はまだ肌寒い。

じめじめした裏庭にいたら汗が冷えてきて、俺は鼻水をすすって部屋に戻った。



暖炉にはまだ熾火おきびが残っている。

俺のために石炭を使うのは悪いから、足さずにそのままにしといた。


暖炉の前の椅子に座って、俺は目を閉じた。


(……なんかマジで疲れたな)


メアリーの母さんはこの町の雑貨屋で雇われてて、メアリーもその手伝いや花売りをしてるらしい。昼飯は時間があれば戻って食うし、忙しければパンやビスケットで済ませるそうだ。


(誰かが戻ってくるまでちょっと休むか……)


Dと話してーなと思ってスマホを取り出したが、画面は真っ黒だ。そうだ、電源オフにしてたんだった。


ぶるりと寒気がする。


毛布を取ってきたかったが立ち上がるのも怠かった。

……やっぱ石炭を使わせてもらえばよかったな。


軽く後悔しながら、すぐに意識は溶けていった。




「目が覚めた? アトス、気分はどう?」



漫画みたいにぼんやりとメアリーの顔が視界に飛び込んでくる。

メアリーの声。

心配そうに俺を見下ろす顔。


「大丈夫」


そう言って、俺は笑って起きあがろうとした。


--が、


起き上がれねー。

なんでだ?


「ダメだよ無理しちゃ!! 熱が高いんだから。食欲はある? なんか食べれそう?」


俺の額にぺとんと手のひらを当てて、メアリーは俺に優しく笑いかけた。


「いや……無理っぽい。ごめん」

「謝らないでよ。じゃあ湯冷ましをあげるね」


ぱっと窓際のテーブルに向かうメアリーを見ながら、俺は自分がベッドを占拠してることに気付く。まるで昨日のウィリーみたいに。


もらった水をコップ一杯飲み干したら、ようやく頭がまともに働くようになった。


(…………すっっげーー、ダルい!!!!)


たぶん風邪だ。

いや、この熱だとインフルかもしんねーな。


「……ごめんな、ベッド使わせてもらって」

「いーんだよ! あたしらは頑丈なんだから」


テーブルから、メアリーの母さんが大声で叫んだ。

ぼんやりと薄暗いろうそくの火の側で、縫い物をしているようだ。今夜はウィリーはどぶさらいの仕事に出掛けてて、トムもふらりと出たままらしい。


俺はメアリーたちに甘えて、静かに目を閉じた。


風邪でもインフルでも、とにかく寝て治すしかない。この時代の、しかもスラムの住人に薬があるわけねーからな。




ズキン。




俺はぱっと目を開けた。

…………は?


なんか……右足の踵、痛くね?



ズキン。


俺はおそるおそる布団の中で手を伸ばす。

…………あ。やっぱ痛ぇわ。


ズキンズキンズキン。


俺が息をする度に踵も痛みを訴えてくる。

(なんだっけこれ……確か……)




破傷風。


怪我をして、土とかにいる細菌が入り込んだ時に発症する。

確か発熱も症状にあったよな。

確か…………致死率がヤバかった気がする。


ドクドクドクドクドクドクドクドク。


分かりやすく心臓が音を立て出した。


…………え? マジかよ?


いや、ただの風邪かインフルだろ?

でもじゃあなんで…………今朝まで順調に治りかけてた踵がこんな急に痛み出すんだ?




(…………あれ、俺…………ひょっとして、死ぬ?)




いやいやいやいや。

だって昨日はビーやブラックリー卿とも再会して、今後のことを相談して、今日はブラックリー卿が会いに来る予定で……そういや結局会えなかったな。俺が寝てたから帰ったのかもな。


とにかく、さあ冒険が始まるぞ!って展開を読者に見せた矢先に主人公が死ぬなんて非難轟轟ひなんごうごう、絶対にありえない。俺が主人公だったら絶対死ぬわけがない。



……………………だけど、俺はモブだ。



スラムのモブのガキなんて、ふつーに破傷風でも死ぬよな、きっと。



(………ぜっっったい嫌だあああ!!!死にたくねー!!!!!)



俺はポケットに手を突っ込んだ。

今すぐDに破傷風の対処法について聞き出したい。

でも--。


「どうしたの、アトス?」


にっこりと笑うメアリーに、俺はあいまいに首を振る。この子の前でスマホをいじるわけにもいかない。


--とりあえず、メアリーたちが寝るまで待つか。


右足のことを考えてたらマジで死にそうな気持ちになるから、俺はごろんと壁に寝返りを打って目を閉じた。





初めて一人で寝込んだのは、確か小6の時だった。


あんときも--死ぬかもってビビってたんだよな。


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