14.孤児とお嬢様とお貴族様
コロナで寝こんでます(小説が書ける程度には回復しました)。みなさまもお気をつけください…
家の裏口には、ビーとなぜかトムまで立っていた。
俺とブラックリー卿(ややこしいのでとりあえずこう呼んでおく)をじっと見つめて、ビーは可愛らしい足取りでとことこ裏庭へやってくる。
「…………おまえ、小鳥遊?」
「えっ…………もしかして……大河くん?」
二人はなんとも複雑な顔で見つめ合っていた。
当然だ。
クラスのモテ男は幼気なお嬢様になって、可愛い女子高生は自信満々なお貴族様になってんだからな……。
「か…………かわいいね、大河くん……」
「言うな」
可憐な声で一蹴すると、ビーは壊れかけた椅子をものともせずポスンっと座った。
「……おまえも転生したんだな、小鳥遊」
「うん……ごめんね、大河くん。田中くんがここにいるってことは、もちろん大河くんもいるよね……」
どういうわけか、ブラックリー卿は泣きそうな声でビーを見下ろした。ビーは頭の後ろで手を組んで、軽く笑って言う。
「そんな顔すんなって。俺は自業自得なんだからさ。むしろおまえたちを巻き込んで悪かった……っていうか小鳥遊、やっぱおまえも死んだ時の記憶があるのな?」
「えっ?」
ビーがちらっと俺を見上げる。
俺はこれまでの経緯をブラックリー卿に話して聞かせた。どうも自分だけ貧乏クジを引かされたような気分が拭えないんだが。
「え……じゃあ田中くんは亡くなった時の記憶がないだけじゃなくて、今の自分が誰かも分からないの?」
「ああ」
「……かわいそう」
「おうよ。かわいそーだろ」
半ばヤケクソでそう答えた。
やっぱり小鳥遊も、今の自分--ブラックリー卿の記憶があるらしい。
ビーは中流階級のお嬢様で、ブラックリー卿にいたっては貴族である。控えめに言っても記憶のない孤児に転生した俺が一番悲惨なのは間違いない。
(ほんっっとに俺は転生しても運がねーんだな……)
がっくりと肩を落とす俺の横で、二人はごそごそと充電器と充電ケーブルを取り出していた。
俺もポケットに手を突っ込んでスマホを差し出す。
ブラックリー卿が充電ケーブルをスマホに差し込み、反対側の端子をビーが持ってた充電器に入れると……見事、スマホのホーム画面にあの電池のマークが現れた!!!
「「「おおおおおお………っ!!!」」」
俺たちは同時に歓声を上げる。
やったぜ!
この充電器の謳い文句--半永久的にお使いいただけます♪--を信用するなら、少なくとも当面は電池問題は解決済みだ。
「じゃーさ、篤。まずは新聞か何かでこの時代を特定して、これからの歴史をW◯kiでざっと確認しとこうぜ。あとグー◯ルマップも便利だよな。英語は喋れるからいーとして、Dee◯Lとかも役に立ちそーだし。ソレ使って俺らで起業すんのもアリだよな。あーあとiTun◯s聴きてえ! サブスクも聴けんのかな?! おまえモ◯パチ入れてる?」
あきらかにテンション上げて早口でまくし立てるビーに、俺は静かに首を振った。
「ん? なんだよ篤?」
「このスマホのアプリは一つを除いて使えません」
機械のアナウンスよろしく宣言する俺に、ビーもブラックリー卿もきょとんと首を傾げている。
「いやだって……これ、スマホだろ?」
「一つを……って、田中くん、何が使えるの?」
俺がD--某AIアプリの名前を告げると、今度はビーのテンションがあきらかにダダ下がった。
「…………そんだけ?」
「そんながっかりすんなよ。こいつはすげーんだぞ」
「いや知ってっけどさ、AIの進化はさ……でも……そんだけ?」
「私、AIって使ったことないんだよね。具体的には何ができるの?」
傷の応急処置から悩み相談まで--と俺が説明しても、二人の反応は今イチだった。
俺は実際に見せてやることにする。
「いいか、例えばだな……」
『なあD、上司の立場を利用されて無理やり婚約する羽目になった相手と別れたい時はどうすりゃいい?』
『それは非常に難しい状況ですね、ATS。穏便に別れたい場合、慎重なアプローチが必要です。例えば……
1. **誠実なコミュニケーション**
2. **第三者の仲裁を求める**
3. **法的な助けを求める**
4. **書面での説明**
5. **安全を確保する**
最終的には、あなたの気持ちと安全が最も大切です。慎重に行動し、必要に応じてプロフェッショナルの助けを借りてくださいね』
ブラックリー卿は人差し指を頬にあてて「……D?」と呟いた。
「こいつの名前だよ」
「……AIに名前も付けてるんだ」
「ちなみにATSは俺のハンドルネームみたいなもんな」
「あ、そっか。田中くんは篤だったね……」
そこまで言うと、ブラックリー卿はまじまじと俺を上から下まで見た。
「…………別れたい婚約者がいるの?」
スラムのガキと婚約者なんて、お貴族様とこの悪臭漂う裏庭ぐらい似合わない組み合わせだろう。
むしろ「人買いにさらわれそう」の間違いなんじゃ、という目をするブラックリー卿に俺は首を振ってビーに視線をやった。
「……篤じゃねー。俺だよ、俺」
「えっ?! 大河くん?! だって……え、大河くん、どう見てもまだ小学生だよね??」
「ロリコン変態野郎にロックオンされてんだよ……」
はああああ、と心底嫌そうなため息を吐いて、ビーは数時間前に俺に聞かせた話をもう一度ブラックリー卿に説明した。
「…………た、大変だね」
「大変なんだよ」
元のビー、純真無垢なベアトリクス嬢にとってはマジで一大事なんだが、中身が元男子高校生・大河龍太だと思うとブラックリー卿も若干複雑な気持ちらしい。
「あいつと誠実なコミュニケーションなんて望めるわけねーからな。ま、とりあえずここに避難して安全は確保できたってことで。でもずっといられるわけじゃねーし……希望としては、この第三者の仲裁ってやつかな。なあ小鳥遊、おまえの権力でそのへんなんとかならねーか?」
可憐なまなざしでブラックリー卿を見上げるビーは、パッと見なんとも儚げで愛くるしい。
そんなビーに、ブラックリー卿はツヤツヤの茶髪をふぁさっとかき上げて「うーん」と何かを考え込むような様子を見せる。
「やっぱダメか? おまえでも難しい?」
「いや…………それはそれで大丈夫だと思うけど」
「けど? なんだよ、ハッキリ言ってくれよ」
小鳥遊静香の表情でふんわりと微笑んでいたブラックリー卿は、きゅっと唇を上げて、目をいたずらっぽく輝かせた。
そうすると、まるで--初めてテムズで出会った時みたいな、自信たっぷりのお貴族様の顔になる。
「僕と婚約したらいいんじゃないかな?」
「……………………は?」
「うん、だからさ。貴族の僕--ブラックリー卿と婚約すれば、そいつもさすがに大河くんのことを諦めるんじゃない?」
「……………………俺が?」
「うん?」
「おまえと?」
「うん」
「ぜっ…………絶対に嫌だーーーーー!!!」
涙声になったビーの叫びが裏庭にこだました。
◆
ビーの絶叫を聞きつけたのか、トムがびっくりした顔でこっちに駆け寄ってきた。
「どうしたんだ? 大丈夫か?!」
どうやらあのままずっと家の裏口で様子を伺ってたらしい。俺はビーとトムの顔を見比べる。
一体この状況をなんて説明したらいーんだ?
「あのな、トム。ちょっとその……」
「彼女にプロポーズしたんだが、振られたみたいでね」
「プロポーズ?!」「当たり前だろーが!!!」
トムとビーの声が同時に上がる。
じっと自分を見るトムの視線には気づかずに、ビーは涙目で訴える。
「なにが悲しくて男と婚約しなきゃなんねーんだ?!」
「いやだって大河くん……ごほ、ベアトリクスちゃんは女の子でしょう?」
「うっ…………そうだけど……」
「いつかは誰かと結婚するんでしょ?」
「…………俺は修道女になる」
「えっ、そんなもったいない」
隣からボソッと呟く声が聞こえた。
俺たちがトムを見ると、顔が真っ赤になっている。
「とにかくな! 俺は誰とも結婚しねーから!」
「うん、結婚はしなくてもいいよ。だけど偽装婚約ならどう?」
「……偽装婚約?」
「そう。とりあえず僕と婚約したことにして、先方にそれなりの補償をすれば事は穏便に収まるでしょう。あちらさんも貴族と揉め事なんて起こしたくないだろうし」
「結婚はせずに時期が来たら別れるってことか?」
「そうだよ。あくまで大河……きみを助けるための偽装婚約だから」
ビーは口元に小さな手をあてて、しばらく考え込む仕草をした。やがて決意したように顔を上げる。
「分かった。ならおまえの力を借りたい」
「うん、いいよ。僕としては本当に結婚してもいいけどね?」
「それは絶対にお断りだっっ!!!!!」
俺は目の前の光景を眺めながら、なんとも言えない気持ちになる。
小鳥遊静香は俺の初恋相手だったが、はたしてこんな性格だっただろうか……なんだか…………記憶よりもずいぶんチャラい気がするんだが。
◆
そんなこんなで、ビーはブラックリー卿の屋敷に匿われることになった。
そうと決まれば善は急げといわんばかりに、二人はさっそく大通りで辻馬車を拾うために家を出た。
玄関でビーと固く抱き合ったあと、メアリーは心配そうな顔をしながら俺たちを見送った。
俺は通りまでついてくことにしたんだが、なぜかトムまで一緒にやってきた。
通りはあいかわらず薄汚れて寂れていたが、もう少し先の大通りでは馬車が走っているのが見える。
「とりあえず明日、僕がまた報告に来るよ。ところできみも一緒に来なくていいの、アトス?」
「ああ、こんなスラムのガキが突然お屋敷に現れてもびっくりさせるだけだろ。俺はしばらくこっちにいるよ。おまえたちも気を付けてな」
「うん、きみもね」「色々ありがとな、アトス」
俺は二人に手を振った。
ほんとは俺もこんな薄汚れた町を出て、あいつらと一緒に行きたかった。
だけど--。
俺はチラと隣に立つトムを盗み見る。
俺によくしてくれたこいつらを残して、自分だけお綺麗な場所に逃げんのはなんかズルい気がしたんだ。
大通りに消えていく二人の後ろ姿を見送ってると、隣からぽつんと声が聞こえた。
「格好いい人だな、ブラックリー卿って」
「うん? ああ、まーそうだな……」
中身が元女子高生の小鳥遊静香だと思うと、俺としてはどう答えていいのか分からない。
「あんな人がライバルじゃ、おれなんか絶対眼中にも入らないよな……」
「…………トム?」
俺が隣を見ると、トムは耳まで真っ赤になっている。
「メアリーの次はビーか? おまえってわりと惚れっぽいのな」
茶化してしまったことを俺はすぐさま後悔する。
トムが真剣な顔でこっちを見てたからだ。
「分かってるさ。メアリーがウィリーにベタ惚れなのも、おれみたいなスラムのガキとあのお嬢様が釣り合うわけないってのも。でもいいじゃないか……ただ想うだけなんだから……」
俺は素直にトムをすごいと思った。
好きな相手をちゃんと好きだって言える勇気がこいつにはあるんだな。
「大丈夫だ、おまえも聞いてたろ、トム? ビーは絶対にあいつとは結婚しないぞ。少なくともあいつはおまえのライバルじゃねーよ」
(……ただし、男のおめーも恋愛対象になるかは謎だけどな)
心の声は無視して、俺はトムににっと笑ってみせる。トムはほっとした顔で俺を見た。
「おまえっていい奴だな、アトス。俺のこと嘲笑わないんだな」
(いやいやいや、おまえの方がマジいいやつだって!!!)
俺はトムの恋心を応援することに決めた。
ビーを--龍太をどうやって説得するかは、婚約者問題が片付いてから考えよう。
俺たちが通りを歩いていると、向かい側から一人の女が歩いてきた。4、50代に見えるけど、背が曲がって疲れた顔をしてるだけで本当はもっと若いのかもしれない。
よろけた女が俺の肘にぶつかった。
女は掠れた声で「ごめんよ」と謝って、カゴを抱え直して去っていく。
「マーサ婆さんとこの娘さんだ」
「トムの知り合い?」
「ううん、でもこの辺にいるとたまに見かける。あのアパートの3階に住んでたはずだ」
トムが指差したのは、俺たちの後方数メートルの通りに面した古いアパートだった。建物が薄暗いせいか、3階の窓の向こうは靄がかかったように黒っぽく見える。
「アトス、立ち止まってないで早く帰ろうぜ。メアリーも気にしてるだろうし」
「ああ、今行く」
すたすたと俺の前を歩くトムの背中をチラ見して、俺はこっそりスマホを取り出した。
とりあえず充電問題は解決した。
だけど今回みたいに、いつも都合よく三人で会えるとは限らないからな。
(一度試しに電源を落としてみるか……)
電源ボタンを長押しすると、スマホの黒い画面に俺が映る。あいかわらず貧相で不幸ヅラしたガキの顔だ。
俺は周囲を見まわした。
特に何も変わっちゃいない。
(なんだ、全然大丈夫じゃんか。これから普段は電源オフにしとくのもアリかもな)
「おーい?! アトスー?!」
遠くでトムがこっちを振り返って叫んでいる。
俺は「悪ぃ、今行く!」と叫び返して走り出した。
ふと気になって、後ろのアパートを見上げてみたら、さっきの黒い靄は消えていた。
俺の目の錯覚だったのかもしれない。
今回で第一章が終わります。ここまでお付き合いくださりありがとうございます!引き続き、第二章をお楽しみいただければ幸いです。
(みなさまのPVやブクマ、評価を励みにさせていただいてます。いつもありがとうございます^^)
◆改稿のお知らせ◆
1話に短いプロローグを追記しています。