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 河を挟んで旧市街と新市街を持つグロッケンシュタットは、街道沿いの都市でもある。

 河港と街道、交通と商業。行き交いが支えたこの都市は、教義だけのために人を排除するのを、これまでよしとしてこなかった。それはルター論争の時も、それ以降も変わらない。

 しかし、戦いが続けば、必ず兵は街道を通る。どの軍であれ、駐留のための都市を押さえるのは戦略の要。カトリック信仰の帝国自由都市となれば、皇帝から戦費の上納と軍隊の駐留及び通行について、要請が下りている。

 確かに、包囲状態でもないのに街壁の周りへ陣を敷かせる必要はない。だが、郊外にある宿舎は、ちょうどおあつらえ向きだ。

 戦いの気配が迫るのは、街の外からに限らない。街の中には、戦乱で住処を失った人々が逃げてきている。グロッケンシュタットに逃げてきているのは、プロテスタント軍に故郷を略奪されたカトリックの人々だ。

 この人々が大きな恐れと怒りを抱えてやって来たのを、セシルも知っている。これまでには聞かれなかった異教への怒りを聞いているのだ。

 その怒りは容易に解けるものではないことも、セシルは知っている。存在を脅かされた彼らは、存在をかけて怒っている。あるいは生命をかけて。



「先ほど、怪我をしたのは軍人だと聞いたのですが」

「らしいですけど、軍隊にしては少なすぎません?」

「なら、使者……でしょうか」

「あ、そっか。なるほど」

 セシルは勝手が分かるからと、茶を沸かすために厨へ立った。リュックは手伝うと言ってついてきて、機嫌よさそうに棚やかまどをきょろきょろ見回している。

「面白いですか」

「えへ。面白いです」

 水瓶から鍋に水を入れて火に掛けるのを、リュックが穴も空くほどじっと見つめるので、セシルも少し可笑しくなった。見かけは逞しいのだが、気持ちが表に出やすいようで、何だか子どもっぽい。

 リュックは屈んで火を覗いていたのを立ち上がり、石造りに木を組んだ天井を見上げた。

「ボクね、プロテスタントなんですよ。こういう古い建物も、修道院も、ほとんど知らなくて」

 セシルはただ微笑んだ。四角い白襟も、愛称も、どこかフランドルの気配を有しているのを、ちゃんと気づいていたからだ。

「新市街側の庁舎には、プロテスタント居住区の役人さんがいますからね」

「へへ……最近は風当たりが強くて、困っちゃいます」

 リュックの快活な笑顔に影が差す。

 この辺りに、とセシルがミンツェの葉の壺を探していると、おーいとキュリルの声がかかった。振り返ると、彼は背後に役人を二人連れている。彼らはレースの襟で、どうやらカトリック者らしい。

「セシルよぉ、こちらの方々がお済みだぞ」

 小遣いさんが呼びに来るから少し待つんだと、とキュリルはセシルに伝え、馬車を整える時間を待つ役人たちに椅子を案内した。

「分かりました。キュリル、宿舎のほうはどうでしたか?」

「ありゃ、良くないな。襲われたのは二人だったが、助からんのじゃないかな」

「襲われた、のですか」

「狼だってのは本当らしい。喉を食い破られてる」

 キュリルが僧服の詰め襟あたりで指をすいと振ると、役人たちが声を潜めて囁きあった。北の深い森の近くには狼の出ることがあるが、街道沿いにはまず出たことがない。どこまで狼が降りてきているのか。いつから来ていたのか。この冬の間だけなのか……

「……人間が」

 キュリルは言いかけて止めた。

「どうしました」

「あ、いや。人間があれをやるのは、ちょっと無理そうだったなって思ったのさ」

 代わる、と言ってキュリルはセシルの手から鍋を奪い、即座にミンツェを探し当ててポットに入れ、湯を注いだ。すぐさま銀の器を人数分出してきて、あっという間にミンツェ茶を入れ、手早く全員に渡した。すぐに食堂を出ようと思っていたセシルも、あまりに早いので器を受け取った。

「どうも。手慣れてますねえ」

 ルーカスです、と彼は握手を求めた。風が吹くようにさりげなく、爽やかだ。立ち上るミンツェの香りがよく似合う。

「キュリルっす、よろしく。……居住区の役人さんでしたかね?」

 リュックも、連れだった役人たちも驚いたようだった。

「いや、新ツンフト通りの酒屋でビア飲んでるの、ちょいちょい見かけますもんで」

 キュリルの口調は柔らかい。無礼な言葉を避けつつも、愛想がよく、人好きのする語り方で、まるで彼が親しい友人だったかのように、初対面の相手にも思わせてしまう。

 そんな技術が生まれながらに身についているはずはない。少年時代をこの食堂で共に過ごしているセシルは、無愛想なキュリルも知っている。あの頃の彼なら、こんなに街の隅々まで人を見ていない。

「よく知ってますね」

「ああ、あそこは楽隊が来るんで面白いんだよ」

「あなたお酒飲みましたっけ?」

「飲まねえ。ビールはこりごりだ」

「そんなに」

「違ぇわ、作る方だ。人手がないんで全部一人でやってよ、若えうちに肩壊すとこだったぜ。水もんは危ねえ。今はもうやってないだろ、俺も止めりゃよかったよ」

 リュックは嬉しそうにキュリルの昔話を聞いた。愛想もあるのだろうが、純粋に楽しむ気配がする。

「じゃ、今度お見かけしたら誘いますよ。ヴァインなら来てくれる?」

「あ、そりゃあ是非」

 破顔するリュックの明るさに、同じく人懐こいキュリルは打ち解けたようだった。

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