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 東へ軍を牽き、ノイクロスターの丘を目指すほどに、冬にも賑わいを絶やさないはずの街道から人影が絶えていることに、傭兵たちも気づき始めた。修道院を越え、グロッケンシュタットを目指す通行者がいないのだ。

 丘を登り、街道を飲んで広がる林の中に隊を留めて、騎乗の使者たちを引きつれ、隊長ユッタが修道院へ向かう。傭兵たちはからっぽの町を抜け、クロスター通りを上がってくる。

 崖からそれを見ていた僧侶たちは、修道院の正面へと戻り、引き留める者なく門をくぐった隊列の前に進み出た。

「こんにちは、帝国軍連絡小隊隊長ユーディット・ノイマンさん」

 セシルが合掌したまま呼びかけたのを、ユッタは騎乗したまま聞く。

「そうだね、ご機嫌よう。アーダルベルト・カエキリウス・フォン・シュナイエンタール」

 会話に応じるユッタに、セシルはむしろ安堵して微笑みかける。

「あなたのご事情を知らず、無礼をしました。あまり縦笛がお上手だったので、本当に募兵にだけ来られたのかと」

 背後には助祭二人。天啓の占い師は、崖の下にグロッケンシュタットを見渡せる位置に控えている。

 いかなセシルでも、現役の武人と対峙するのが恐ろしくないわけではない。だが、旧友がいれば、恐れる自分を捨て去ることができる。彼らと共にいたい自分で己を満たせば、そう巡り合わせてくれた神に身を捧げるのは喜びとなる。

「随分大勢の兵たちについて、責任を負われていたのですね。中隊一個隊ですか? 彼らに、新しい宿営を与えねばならないのでしょう?」

 町だけでなく、修道院の人々も全員グロッケンシュタットへと避難している。これが、今日一日で済むものと信じて。

「本日私は、ツァハリアス修道院長司祭の代理としてお待ちしていました。ノイクロスター修道院の接収を、お断りするために」

 ユッタが馬を降りた。同時に背後の騎兵も馬を降りる。統制された動き。

「あなたには公書偽造の嫌疑がかけられています。もちろん、私がかけているのです」

 微笑みのままのセシルに、ユッタが一歩近づいた。司祭の顔を伺いながらも威圧している。

「これ以上の交渉と駐留をお望みなら、グロッケンシュタットの市参事会にご召喚することとなりますが……」

「募兵の許可証が偽物だったかい?」

 さらに一歩。何気ないようでいて、ユッタの声色には確信がある。

「いえ、これまでの書状は本物です。補給を少しと、募兵について。そうですよね」

 セシルの言もまた淀みがない。

「私が確認したいのは、今、あなたがお持ちの書状……ノイクロスター修道院接収と、中隊宿営の許可状に、皇帝軍事局の印が捺されたもの。署名は……」

 セシルは両手を広げた。

「神のみぞ知る」

 ユッタは一息笑った。無論、憫笑だ。

「ですが、強制力をもってあなたをお迎えするのには、間に合いませんでした。ですので、市参事会へ来て頂くのは、私からのお願い、ということになるのですが」

「空の広間に男を押し込むのは、水を溢すより簡単なことだがね?」

 ユッタが僅かに凄む。しかしセシルは、それにも微笑みを返す。

「私が帰らなければ、ドッペルマイアー氏が捕縛されることになっています。……と言いますか、まあ」

 背後でキュリルが空咳をする。

「恐らくは、私の師が歓待している頃かと思います。シャッハとか」

心なしか、背後の助祭二人の笑顔が眩しい。

 ユッタはふと、肩の力を抜き、天を仰いで短い息を吐いた。

「僧侶といえば、泣いて金貨を出してくる、生き汚い奴らばかりだと思ったが」

 双子の兄弟が勿体ぶって首を振る。キュリルは仰向いて、メトーデは俯いて、しかしその振幅はぴったりと一致している。

「そいつぁ悪りィなあ、こないだまではいたんだけどよう、そういうのが」

「割のいい獲物なら、綺麗さっぱり殺されてしまったよ。君らの同僚がたに」

「十年前ならいざ知らず、今時僧侶など続けていられる者なんて」

 天使の彫像が莞爾として笑みを湛えるように、セシルはどのような宣言でも、万人に分け隔てなく微笑んでみせる。

「まともじゃないんですよ」

「ふうん……」

 何を得心したものか、ユッタは追及を止め、外套の裡に手を差し入れ、書状を取り出し、誰にも見やすい高さへと掲げた。

 と、その手から光が一閃ひらめいたかと思うと、虚空から炎が立ち上がり、めらめらと書状を舐めて燃え上がった。

「落ち着け、手品だ。見事だが、準備をすれば誰にでもできる」

 驚いて見入った仲間をメトーデがたしなめると、くぐもった吐息でユッタが笑った。

「旦那がた。偽物ってやつは、作れるうえはいくつも作るのが世の常でね……」

 ユッタは偽造の道具が何ものかに盗まれたことに気づいているはずだ。だが、それをセシルに追及しない。すれば、自らの犯罪を認めることになるからだ。

 仄めかしながらも断定を避け、証拠を燃やし去ったのは、その偽物が有効となる瞬間が、まだ存在するから……

 セシルの唇を、その名が撞いた。

「……グロッケンシュタット」


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